弊本丸の日常

新入り



「手合わせを?…ふむ。」
 道誉一文字から手合わせを申し込まれた三日月は少しばかり思案する。
 三日月はこの本丸の近侍であり第一部隊を率いる部隊長。修行も疾うに済ませて本丸一強いと言っても過言では無い。それに引き換え彼、道誉一文字は顕現したばかりだ。稽古を付けてやることは出来るが、彼の思惑は別のように思える。
「すまぬが今日は仕事が立て込んでいる。それに…おぬしは通過儀礼も済んでおらぬだろう?」
「通過儀礼?」
「ああ。すぐに主からの呼び出しがある。楽しみにしておくと良い。」
 言っている間に世話係の南泉が彼を呼びに来た。
「叔父貴、出陣だにゃ。」


 道誉が南泉に連れられていくと、そこには主の他に数名の刀がいた。
「はいはい、道誉一文字もこっち来て。」と加州が急かす。
 並ばされた刀は抜丸と後家兼光、そして道誉一文字だ。
 主が前に立った。
「じゃあ、三人にはこれから出陣して貰います。加州、いつも通りよろしく。」
「はーい。」と主に返事をすると、三人に向き直る。
「敵の本隊を叩く必要は無いからね。こっちで様子見て帰還命令出すから、心配しないで。」
 そう言って三人にお守りを渡した。
「落とさないでよ?共用だから、無事ならあとで回収する。」
 しっかりと懐にしまいながら、抜丸が疑問を向けた。
「刀装は付けないのです?」
「うん、今回は無しで。」
 マジかよ、と道誉が漏らすと、その横で後家が笑った。
「あんたら聞いてないのか。」
「何を?」
「この出陣の目的。」
 後家が続けて説明しようとすると部屋の隅に居た姫鶴が「ごっちん。」と睨みを効かせる。彼は後家の世話係だ。
 道誉が不機嫌な身内の方に目をやった。
「なんだ、お姫。俺も贔屓してくれてもいいんじゃないか?」
「叔父貴ならラクショーっしょ?」
「だからその呼び方を変えてくれないか。」
「それはこっちのセリフだっての。」
 姫鶴はプイッと横を向いて黙ってしまった。
「別に秘密ってわけじゃないんだろ?主。」
 後家が主に問いかけると、まーね、と言いながら転送装置を操作している。
「ほら、三人そっちに立って。行くよ。」


 二度目の戦闘で後家兼光と抜丸が中傷を負い、後家が真剣必殺を出したところで帰還命令が伝えられた。
「ごっちんお疲れ~。手入れ行くよ。」
 姫鶴が促して連れて行く。
 その後ろに抜丸が続こうとすると、加州が止めた。
「アンタはまだ。これ付けて。」
 刀装を差し出されて受け取りはするものの、抜丸は釈然としない様子を見せる。
「…禿の傷も彼と同じぐらいだと思うのですが。」
「うん、でもまだダメ。刀装付けたらあのくらいの敵には折られないから。お守りは念のためだよ。」
 抜丸の世話係には加州が付いている。世話係には基本従うよう言われていることもあって、彼は疑問を残しながらも了解した。
「俺にも刀装をくれるかい?」
 道誉一文字が加州に向けて手を差し出す。抜丸が刀装を貰っているのだから自分にもあって当然だろうと思ってのことだ。
 すると加州は小さく口角を上げた。
「残念だけど、アンタはまだだよ。」
「Why!?」
「後家兼光は教えてくれなかったんだ?目的。」
 出陣先で問いかけはしたが、彼は「すぐに分かるよ。」と言って答えなかった。
「はい、もう一回。行ってきてね~。」
 加州がそう言って二人を送り出すと、主はニッコリ笑って手を振り、南泉は拳を作って見せて「叔父貴、頑張れにゃー」と応援する。
 歴史を守るのが仕事の筈なのに、この出陣には何か真剣味が足りないと道誉と抜丸は感じていた。


 帰還すると主が難しい顔をする。
「うーん、抜丸、終わりでもいいんだけど…道誉くんがひとりになっちゃうから…ごめん、も一回行ってくれる?」
「主さまが言うなら、もちろん禿はかまいません。…少し怪我が痛いですが…。」
 ごめん、と再度言って、主は顔の前で手を合わせた。
「…真剣必殺か…なるほど?」
 主と抜丸のやり取りを眺めながら考えていた道誉一文字がぽつりと言った。
「正解。だから、頑張ってね。」と加州。
「あとは叔父貴だけだにゃ。」
 ところが、次の出陣でも狙われるのは抜丸ばかりで、道誉は軽傷止まり。
「ん~~~、抜丸、手入れ部屋へ。加州、あとはいいから連れてってあげて。」
「はーい。じゃ、お疲れ、抜丸。もう怪我治しに行くよ。あとよろしくな、南泉。」
「おう、にゃ。」
 それから数回掛かってやっと道誉一文字の真剣必殺が確認され、その日の出陣を終えた。

「通過儀礼ってのはこれで終わりだな?」
 手入れ部屋への道中、道誉がそう尋ねると、南泉は視線を上げて少し考える。
「通過儀礼?…にゃ…あー、もう一つかにゃ。」
 聞けば、新刃は数日近侍の役に就くという。顕現順なため、抜丸と後家のあとになる。
「っカー!なんだよ、まだ十日近く掛かるじゃないか。」
「叔父貴、どうしたんだ、にゃ?」
「近侍殿と手合わせの約束をしたんだが、通過儀礼が済んでからだと。」
「三日月と?…よく約束取り付けたにゃ。」
 三日月はあまり手合わせをしない。忙しい、というのは口実で、実は面倒臭がっているのだと初期からの付き合いの者はもう気付いている。何かのきっかけがあったり、三日月自身の気が向いたりすれば二つ返事のこともあるのだが、余程タイミングが良くないと手合わせに応じてはくれないのだ。
 道誉の場合、実際には確約には至っていない。が、通過儀礼がまだだという理由で断られたのだから、それが済めばOKだと勝手に解釈しているのだった。


 道誉が近侍の役を外される頃には、手合わせの話が一人歩きして三日月が快く約束をしたと言う話になっていた。
「…まあ、相手をするのは構わんが…」
 正直なところ、自分が相手をするより同程度の腕の者と手合わせをする方が上達に繋がるのではないかと思っているのだが、近侍を外れた道誉が「では、今日の午後で構わないですな?」と言って、返事も聞かずに高らかに笑いながら去って行ったため、仕方なく応じることにしたのだ。
 三日月が道場に向かっていると初期刀の蜂須賀が追いかけてきた。
「三日月!少しいいか。」
「どうした。」
「主から伝言があってね。『いじめないでね』と。」
 和やかに笑って、蜂須賀がそう言った。
 三日月は苦笑を返す。
「主の耳にまで入っていたか。勿論いじめる気などないが…」
「アンタのことだ。初心者の相手も難しくはないだろう?適当に揉んでやればいいさ。」
「それでアヤツが納得すればな。」
「どうせ適わないんだ。納得するしかないよ。」
 伝えたからね、と去って行く蜂須賀を見送ってから、三日月は溜息を吐いた。
 強いヤツと刀を交えてみたい、という者は沢山居る。そういう理由で手合わせを申し込まれて応じたことも勿論あった。そういう場合、大抵はあっさりと負ければカラッと笑って降参をする。悔しがる者や負けを認めようとしない者もいるが、それでも、こちらが終わりを告げれば引き下がる。
 だが道誉一文字はそういうわけにはいかないだろう、と三日月は思っているのだ。


「三日月と手合わせだって?気張れよ。強いぞ。」
 則宗がそう声を掛けると道誉は笑って答えた。
「ああ、それは勿論心得ていますよ。」

 三日月と道誉が向かい合う。
 周りにはちらほらと見物客が集まっていた。
「やりにくかろう。人払いをするか?」
「いんや?お気遣いなく。」
 いざ、と道誉が打ち込んでいくと、三日月は勿論難なく避ける。その後も、木刀を右へ左へと捌く音はごく軽いものだ。程なくして三日月が道誉の急所を捉えた。
 が、道誉は突きつけられた木刀を、己の木刀で払いのけた。
「まだまだァ!」
 コンっと撥ね除けられた木刀を構え直して、三日月は「やれやれ」と独りごちる。
 そんなことを数回繰り返したところで、隅の方で見ていた則宗が静かに立ち上がって廊下に出た。
「行くぞ。」
 一文字の面々に小さく声を掛ける。
 山鳥毛はすんなりと従ったが、日光と南泉は訝しげだ。
「御前、最後まで見ていかれないので?」
「伸されるところを僕たちに見られたくはないだろう。」
 日光の問いに則宗がそう答えると、南泉はますます首を傾げる。
「それはそうだけど、三日月がそこまでやるかにゃ?」
 南泉の疑問には「やらざるを得んさ」と返した。
「道誉のやつ、意地でも降参をしないつもりだ。」
 則宗は少し離れたところに後家兼光と共にいる姫鶴にも声を掛け、道場を後にした。
 何も言わずに立ち上がった姫鶴を見上げて、後家が笑う。
「あれ?もう見ないの?」
 その笑みは、彼が道誉を煙たがっているのを知ってのことだ。嫌っている相手なら、負けるところを見てもいいのではないかと。
「ん。武士の情けっつーやつ?」
「ふふっ。素直じゃないな、おつうは。」
「馬鹿じゃないの?」
 後家はまた笑って、姫鶴の後を追った。



 道誉は手入れ後しばらくして目を覚ました。傍らには加州がいて、呆れたように見下ろしていた。
「どう?少しは懲りた?」
「ん?何にだい?」
「三日月に挑もうなんてさ、自分の力量も分からないヤツだとは思わなかったよ。」
 苦虫を噛みつぶしたような顔で加州がそう言うと、道誉は笑った。
「わかっているさ。でもまあ、厄介なヤツだと思わせるくらいはしたかったんだが、それも叶わなかったな。」
「どんだけ差があると思ってるんだよ。まともに相手して貰いたかったら、地道に腕上げることだね。」
「どのくらいで行ける?」
 時間のことか強さのことか計りかね、数秒の思案ののち、加州は答えた。
「まずは南泉に追いつけば?あいつ、一回三日月に勝ってるよ。」
 それには、道誉は驚きの顔を見せた。
「マジかよ…」
「イレギュラーありだけどね。」
 まともに勝ったわけではないと知って眉を顰める。
「うちの坊主が卑怯な手を使うわけがないだろう。」
「ああ、もちろん。南泉は真剣にやってたよ。主がね、止めるために茶々入れたの。」
 連日の出陣が続いていた中、二人が全力で手合わせをしていたため、主が心配してやったことだった。大きな隙を作られた三日月が、南泉に急所を取られ負けを認めた。
「確かにホントの勝ちではないけど、三日月にこう言わせた。」

『なかなかに恐ろしかったぞ?』

 それは急所を捉えられた一振りのことではなく、手合わせ中何度となく隙を突いた南泉の機動力のことを言っていた。
「そんなこと言わせたの、多分南泉が初めてじゃないかな。」
「…やるな、南くん。」



 道誉が療養部屋を出ると、そこここで行き会う刀たちに声を掛けられた。
「もう大丈夫か」「無茶をしたな」「中々のガッツだった」などなど。
 主が心配していたと聞かされて、謝りに行こうと主の部屋に向かう途中、執務室の前に差し掛かると障子が開いた。
「やあ、道誉一文字、もう大丈夫そうだね。」
 出てきたのは蜂須賀だった。
「ああ、心配を掛けたか。」
「まあね。キミみたいなのは珍しいから。主のところに行くのかい?」
 応と答えると蜂須賀は付いてくるよう促した。彼もちょうど主のところを訪れる予定だった。
 歩きながら二言三言他愛ない言葉を交わして、主の部屋の少し手前で蜂須賀が足を止めた。
「少しね、心配だったんだ。キミが三日月に何か思うところがあるんじゃないかって。でもそうじゃないみたいだね。」
 綺麗なストレートの紫髪が揺れて、道誉の方に振り向く。
 ニッコリと美しく笑った初期刀に道誉は少々たじろいだ。
「ん…いやあ、自分の所属する組織のトップがどの程度かってのを見ておきたくてね。…無作法だったかい?」
「いや、問題ないさ。三日月はああして無理矢理引っ張り出すぐらいしないと腰が重いからね。いい働きをしたと思うよ、道誉一文字。」
 そう言って蜂須賀は右手を差し出した。
「改めて、ようこそ我らが本丸へ。」
 一瞬の間を開けて、道誉は握手をすべくその手を取った。
「ああ、よろしく頼む。」



fin.
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