みかのり
冬ごもり
すっかり紅葉も過ぎ去って、辺りは冬の様相だ。流石に縁側でのんびりするわけにはいかなくなってきた。
三日月は秋風が冷たくなった頃から自室へ則宗を誘っていたが、更に寒さが身にしみるようになったある日、三条の共用居間に彼を連れて行った。
「炬燵を出したからな、こちらの方がいいだろう。」
三日月がそう言って障子を開けると、そこには三条の面々が揃っていた。
「おや?則宗どのではないですか。」
小狐丸がにこやかに言った。
「お邪魔しても構わないかい?」
少々気後れしながら則宗がそう言うと、今剣が飛び上がるように立ち上がった。
「もちろんです!菊さんはこちらですよ。さあさあ。」
走り寄って則宗の手を取って、すぐそこの座布団を指し示す。
「ほりごたつですから、ふみはずさないように気をつけてくださいね。」
「去年は今剣が滑り込もうとして踵を擦りむいていたからなあ。がはは。」
横から岩融が笑った。
「もう!岩融はよけいなことを言わないでください!」
あっはっは、と三日月も笑って則宗の隣に落ち着いた。
三日月の向こう側にいる石切丸が、すぐ後ろのポットのお湯を急須に注いでいる。
「お菊さんもお茶で構わないかい?今、他に用意出来なくてね。」
「ああ、お茶がありがたい。すまないね。」
「みかんもありますよ。こたつと言ったらみかんですからね。」
今剣が蜜柑を三つ、則宗の前に置いた。
小狐丸は自分の前にある蜜柑の山からひとつ手に取って、そっと剥きながら話を振った。
「一文字でも炬燵は人気ですか?」
「ああ。でもウチのは掘り炬燵じゃないから、足が喧嘩して時々姫鶴がぶー垂れているよ。」
南泉が首まで潜り込むから狭いのだと説明すると皆笑った。
それぞれが思いつくまま他愛ない話をする。笑ったり、感心したり、和やかに時間を過ごす。
「さてと」
話に一段落付いたところで、小狐丸が立ち上がった。
「身体も温まったことですし、私はぬしさまのところに赴くと致しましょう。」
「主に用向きが?」
三日月の問いに小狐丸は得意げな顔を見せる。
「この季節はぬしさまに毛並みを愛でていただく絶好の機会ですから。逃す手はありません。では。」
小狐丸が出て行くと今度は今剣が立ち上がって岩融を引っ張った。
「ぼくたちもじゅうぶん暖まりましたよ!さあ、岩融、おにごっこの時間です。」
「お?そうか。そろそろ動かんと身体が鈍ってしまうな。行くか。」
勢いよく今剣が飛び出して行き、その様子を見て笑いながら岩融も出て行った。
「ふむ。私も頃合いだね。」
「おぬしも何か用事があるのか?石切丸。」
「部隊が帰ってくる頃だからね。出迎えたいんだよ。」
石切丸は出陣と帰還に合わせて軽いお祓いをするのが日課だった。少し離れた場所から目立たぬようにしているから、知っている者は少ないが。
「では、お菊さん、ゆっくりしていってくださいな。」
ニコッと笑って、彼はゆっくりとした身のこなしで出て行った。
「一気に静かになってしまったな。」
少し名残惜しそうな風を見せる則宗に身を寄せて、三日月は笑った。
「俺は二人きりになれて嬉しいぞ?」
「…それは、…まあ、そうだが。」
湯飲みに残ったお茶を口に含むと、それはもうぬるくなっている。
「熱いお茶が飲みたくないかい?」
三条の部屋で勝手をするわけにもいかず、則宗はそう尋ねた。三日月の向こうにポットがあるから自分のお茶を淹れるついでにやってくれるのではないかと思ったからだ。
すると三日月は「好きにして良いぞ?」と答えた。続けて「赤いボタンを押せば沸かし直せるぞ。」とポットの使い方を説明する。
「ウチのと同じだから分かっているよ。」
飲む気が無いならしかたない。よいしょ、と立ち上がり、石切丸が座っていた場所に移動してポットのボタンを押すと、その場に落ち着いた。
「こちらに来ないのか?」
三日月が不服そうだ。
「すぐ沸くだろう?面倒だからここで待つよ。」
「ふむ。まあ隣より顔がよく見えて良いかも知れぬな。」
ニッコリ笑って、彼は炬燵に潜り込むように腕を深く入れて天板に頬を付けた。
見上げられた則宗が気恥ずかしそうな顔をしていると、炬燵の中で三日月の手が則宗の手を捕まえる。
「暖かいな。」
「ん、そうだな。」
三日月の幸せそうな顔につられて、則宗も柔らかく笑む。しばらく見つめ合っている間にお湯が沸いた。
ピピッという音に反応して手を引き抜くと、三日月も炬燵から手を出して湯飲みを差し出した。
「俺の分もついでに頼む。」
は?と則宗は一瞬止まって眉を顰める。
「…もしかして最初から?」
三日月は「はっはっは」と笑って謝った。
「ここに居るといつも誰かがやってくれるからな。」
「まったく…」
ボヤキはしたが、分からなくはない。則宗も一文字の中では世話をされる方だ。
「まあ、僕もウチのがやってくれるから普段はやらないが。」
「ならばそれは贅沢な茶だな。」
「そうだぞ。僕の茶は高く付くからありがたく飲めよ?」
そんなやり取りをしながらお茶を淹れ、相手の前に差し出す。
三日月はそれを受け取ると、自分の後ろを通って元の位置に戻ろうとしている則宗に目をやりながら、袖で口元を隠して笑った。
「礼なら今夜たっぷりしてやるぞ?」
則宗は赤面して「馬鹿」と返しながら隣に腰掛ける。
「アンタはいつもそういうことを。」
「良いではないか。ちょっとした戯れだろう?」
ぷいっと三日月から顔を背けて、膨れた。
「たまには『美味しいものを食べさせてやる』とか、『綺麗な景色を見せてやる』とか言えないのかい。」
二人きりのまったりとした時間も勿論嬉しいが、ときには二人で出かける非日常も欲しいものだ。
「ふむ。ならば、そうだなぁ…菊は万屋街に綺麗な練り切りを出す店があるのを知っているか?」
「いや、知らないな。」
「明日にでも行ってみるか?欲しいものをいくつでも買ってやるぞ。」
ニコッと笑ってみせる三日月の顔を横目で見ながら、「それは悪くない案だ。」と納得すると、そっと身を寄せた。
三日月はそれに応じて片腕を則宗の腰に回してしっかりと抱き寄せる。
そんな触れ合いを、二人は幸せに感じていた。
「明日が楽しみだな。」
「ああ。それはそれとして、俺は今夜も楽しみだぞ?」
fin.
すっかり紅葉も過ぎ去って、辺りは冬の様相だ。流石に縁側でのんびりするわけにはいかなくなってきた。
三日月は秋風が冷たくなった頃から自室へ則宗を誘っていたが、更に寒さが身にしみるようになったある日、三条の共用居間に彼を連れて行った。
「炬燵を出したからな、こちらの方がいいだろう。」
三日月がそう言って障子を開けると、そこには三条の面々が揃っていた。
「おや?則宗どのではないですか。」
小狐丸がにこやかに言った。
「お邪魔しても構わないかい?」
少々気後れしながら則宗がそう言うと、今剣が飛び上がるように立ち上がった。
「もちろんです!菊さんはこちらですよ。さあさあ。」
走り寄って則宗の手を取って、すぐそこの座布団を指し示す。
「ほりごたつですから、ふみはずさないように気をつけてくださいね。」
「去年は今剣が滑り込もうとして踵を擦りむいていたからなあ。がはは。」
横から岩融が笑った。
「もう!岩融はよけいなことを言わないでください!」
あっはっは、と三日月も笑って則宗の隣に落ち着いた。
三日月の向こう側にいる石切丸が、すぐ後ろのポットのお湯を急須に注いでいる。
「お菊さんもお茶で構わないかい?今、他に用意出来なくてね。」
「ああ、お茶がありがたい。すまないね。」
「みかんもありますよ。こたつと言ったらみかんですからね。」
今剣が蜜柑を三つ、則宗の前に置いた。
小狐丸は自分の前にある蜜柑の山からひとつ手に取って、そっと剥きながら話を振った。
「一文字でも炬燵は人気ですか?」
「ああ。でもウチのは掘り炬燵じゃないから、足が喧嘩して時々姫鶴がぶー垂れているよ。」
南泉が首まで潜り込むから狭いのだと説明すると皆笑った。
それぞれが思いつくまま他愛ない話をする。笑ったり、感心したり、和やかに時間を過ごす。
「さてと」
話に一段落付いたところで、小狐丸が立ち上がった。
「身体も温まったことですし、私はぬしさまのところに赴くと致しましょう。」
「主に用向きが?」
三日月の問いに小狐丸は得意げな顔を見せる。
「この季節はぬしさまに毛並みを愛でていただく絶好の機会ですから。逃す手はありません。では。」
小狐丸が出て行くと今度は今剣が立ち上がって岩融を引っ張った。
「ぼくたちもじゅうぶん暖まりましたよ!さあ、岩融、おにごっこの時間です。」
「お?そうか。そろそろ動かんと身体が鈍ってしまうな。行くか。」
勢いよく今剣が飛び出して行き、その様子を見て笑いながら岩融も出て行った。
「ふむ。私も頃合いだね。」
「おぬしも何か用事があるのか?石切丸。」
「部隊が帰ってくる頃だからね。出迎えたいんだよ。」
石切丸は出陣と帰還に合わせて軽いお祓いをするのが日課だった。少し離れた場所から目立たぬようにしているから、知っている者は少ないが。
「では、お菊さん、ゆっくりしていってくださいな。」
ニコッと笑って、彼はゆっくりとした身のこなしで出て行った。
「一気に静かになってしまったな。」
少し名残惜しそうな風を見せる則宗に身を寄せて、三日月は笑った。
「俺は二人きりになれて嬉しいぞ?」
「…それは、…まあ、そうだが。」
湯飲みに残ったお茶を口に含むと、それはもうぬるくなっている。
「熱いお茶が飲みたくないかい?」
三条の部屋で勝手をするわけにもいかず、則宗はそう尋ねた。三日月の向こうにポットがあるから自分のお茶を淹れるついでにやってくれるのではないかと思ったからだ。
すると三日月は「好きにして良いぞ?」と答えた。続けて「赤いボタンを押せば沸かし直せるぞ。」とポットの使い方を説明する。
「ウチのと同じだから分かっているよ。」
飲む気が無いならしかたない。よいしょ、と立ち上がり、石切丸が座っていた場所に移動してポットのボタンを押すと、その場に落ち着いた。
「こちらに来ないのか?」
三日月が不服そうだ。
「すぐ沸くだろう?面倒だからここで待つよ。」
「ふむ。まあ隣より顔がよく見えて良いかも知れぬな。」
ニッコリ笑って、彼は炬燵に潜り込むように腕を深く入れて天板に頬を付けた。
見上げられた則宗が気恥ずかしそうな顔をしていると、炬燵の中で三日月の手が則宗の手を捕まえる。
「暖かいな。」
「ん、そうだな。」
三日月の幸せそうな顔につられて、則宗も柔らかく笑む。しばらく見つめ合っている間にお湯が沸いた。
ピピッという音に反応して手を引き抜くと、三日月も炬燵から手を出して湯飲みを差し出した。
「俺の分もついでに頼む。」
は?と則宗は一瞬止まって眉を顰める。
「…もしかして最初から?」
三日月は「はっはっは」と笑って謝った。
「ここに居るといつも誰かがやってくれるからな。」
「まったく…」
ボヤキはしたが、分からなくはない。則宗も一文字の中では世話をされる方だ。
「まあ、僕もウチのがやってくれるから普段はやらないが。」
「ならばそれは贅沢な茶だな。」
「そうだぞ。僕の茶は高く付くからありがたく飲めよ?」
そんなやり取りをしながらお茶を淹れ、相手の前に差し出す。
三日月はそれを受け取ると、自分の後ろを通って元の位置に戻ろうとしている則宗に目をやりながら、袖で口元を隠して笑った。
「礼なら今夜たっぷりしてやるぞ?」
則宗は赤面して「馬鹿」と返しながら隣に腰掛ける。
「アンタはいつもそういうことを。」
「良いではないか。ちょっとした戯れだろう?」
ぷいっと三日月から顔を背けて、膨れた。
「たまには『美味しいものを食べさせてやる』とか、『綺麗な景色を見せてやる』とか言えないのかい。」
二人きりのまったりとした時間も勿論嬉しいが、ときには二人で出かける非日常も欲しいものだ。
「ふむ。ならば、そうだなぁ…菊は万屋街に綺麗な練り切りを出す店があるのを知っているか?」
「いや、知らないな。」
「明日にでも行ってみるか?欲しいものをいくつでも買ってやるぞ。」
ニコッと笑ってみせる三日月の顔を横目で見ながら、「それは悪くない案だ。」と納得すると、そっと身を寄せた。
三日月はそれに応じて片腕を則宗の腰に回してしっかりと抱き寄せる。
そんな触れ合いを、二人は幸せに感じていた。
「明日が楽しみだな。」
「ああ。それはそれとして、俺は今夜も楽しみだぞ?」
fin.
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