みかのり

待雪まつゆきに乗じる


 十二月のある日、三日月は現世うつしよの街にいた。
 街はすっかりクリスマスの様相だ。緑と赤の飾り付けと電飾。見慣れぬ光景だったが、今年は主がクリスマスをやろうと言い出したため、本丸内にも似たような飾り付けがされていた。街が西洋のイベント一色になっているのがなんだか不思議な気がする。そして、自分もそのイベントに乗っかろうと言うのだからおかしなものだと三日月は口元を緩めた。
 いらっしゃいませ、という店員の声に迎えられ、少々気後れしながら宝飾店に入る。店内をゆっくり回って、指輪の前で足を止めた。
「クリスマスプレゼントですか?」
 少し離れたところにいた女性店員が、すぐ側に来てそう尋ねた。
「ああ。」
「指のサイズはご存じです?」
 返答に困っていると、店員は「もし指輪に拘らないのでしたら、ペンダントやブローチも見てみてはいかがです?」といくつか品を出してきた。
 あれこれ見てはみるが選べない。どんなものを贈れば喜んでもらえるのだろう。
「…好みが分からんな…困った。」
「お相手の方とはお付き合いをなさっているのですか?」
「ああ。そうだ。」
「どんなタイプの方でしょうか。」
「…たいぷ…?」
「可愛い系とか、清楚系とか、色っぽい方だとか…。例えば可愛らしい方ならこちらのペンダントなどお似合いになると思いますよ。」
 そうだなあ、と三日月は考え始める。
 可愛いというのは多分、乱のようなのを言うのだろう。清楚というと京極辺りだろうか。では彼はどう表現すれば良いのか。
「見目麗しく華やかだ。落ち着きがあって且つ楽しいひと…だな。」
 紡ぎ出すように言葉を選んでいると、店員がにっこりと微笑んだ。
「とても大切に思ってらっしゃるんですね。」
「それは勿論だが…」
 なぜそんなことを言われたのだろうと小首を傾げると、彼女は言った。
「お相手の方のことを考えていらっしゃる間、とても幸せそうなお顔をなさっていましたから。」
 思わぬことを指摘され、三日月は頬を掻いた。
「ははは。少々照れくさいな。」
「うふふ。恋人さんが羨ましいです。…そうですね。華やかな方ならこれなどいかがですか?」
「ふむ。」
 まだ決められない客を見かねて、店員は少し考える。
「先程指輪を見ていらっしゃいましたね。もし指輪が良ければ、クリスマスイブにお二人でご来店いただくというのはどうでしょう。きっと喜ばれますよ?」
 指輪に拘っているわけではなかったが、気になるものがあったのも確かだ。三日月は勧められるままに来店予約をして店を出た。



「街に出るのかい?」
 今日は本丸でパーティーをすることになっているが、主に頼んで三日月は則宗と二人で外出する許可を貰っていた。
「たまには良いだろう?」
 どこに行くのかという問いかけをのらりくらりとかわしながら、飾り付けをされた街並みを楽しみつつ歩く。
 目的の店の前で足を止めると、則宗は首を傾げた。
「三日月?」
 さあ、とだけ言って三日月は則宗を促し店に入る。
 予約のことを伝えると、先日の店員がやってきて少し驚いた顔をした。
「いらっしゃいませ。指輪でしたよね?」
「ああ、見せてくれるか?」
 品物を出してもらっている間に、前回買えなかったことを話す。
「菊の指に合うものが分からなくてな、連れてくるのが早いだろうという話になったのだ。」
 サイズを確かめるためのサンプルを店員が持ってきて、則宗の手を取る。
「左手の薬指で宜しいですか?」
「え…ああ、構わない。」
 則宗はされるまま薬指にサンプルを嵌められて、戸惑いがちに三日月を見上げた。
 三日月は笑みを返す。
「好きな物を選んで良いぞ?今日はこのために出てきたのだからな。」
「…クリスマスプレゼント、というヤツかい?」
「ああ。受け取ってくれるか?」
「勿論。」
 則宗がゆっくりと選んでいる間、三日月は店内を回って時間を潰していたが、しばらく経って店員に声を掛けられて則宗のところに戻ると、左手を掴まれた。
「どうした?」
「アンタもだ。」
 則宗が捕まえた手を店員に差し出すと、サンプルを薬指に嵌められる。
 則宗は商品の指輪をひとつ指さして言った。
「これにしようと思うんだが、これはこっちと対なのだそうだ。だから、僕がこっちをアンタに贈ることにした。」



 二人が店を去った後、対応した店員は側にいた同僚の前で溜息を吐いた。
「どうしたの?」
「さっきのお客様、綺麗だったでしょ?素敵だったなーって思って。」
 同僚は首を傾げる。
「そう?…特に目立つ顔立ちじゃなかった気がするけど…というか…あんま覚えてない。」
「え!?すっごく綺麗な人だったじゃない!」
「芸能人で言うと誰似?」
 答えようとして思い浮かべても、その顔をハッキリと思い出せない。
「…どんな顔だったかな…」
「なんだ、覚えてないんじゃん。」
「でも!とっても綺麗な…あ、予約のときに身分証のコピー取ったんだった。」
 カウンターの内側の書類入れを探ってコピーを抜き出す。
「これこれ、…あれ?」
「なに?」
「…こんな顔だったかな…」
 そこに写っているのはどこにでもいそうな、十人並みの顔立ちだった。
「ちゃんと本人確認したんでしょ?」
「うん…でも、ふたりともとても綺麗だった気が…」
 そこに上司から叱責の声が掛かり仕事に戻ると、彼女はもう先程の客のことは忘れてしまった。



 揃いの指輪を嵌めて、三日月と則宗は近くの公園に足を伸ばした。冬の公園は人影がまばらだったが、クリスマスだからか二人連れが目立つ。
 しばらく歩くとベンチが空いていて、二人はそこに腰掛けた。右側に座った三日月が、左腕を則宗の腰に回して身体を寄せる。そうして則宗の左手を自分の手の上に乗せた。二つのリングがキラリと光る。
 ふふっと三日月が笑う。
「揃いの指輪も良いものだな。」
「ああ、僕も今そう思ったところだ。」
 三日月は、重なった左手に視線を落としている相手の頬に右手を添えて自分の方を向かせた。
 キスをしようとしているのだと気付いて則宗は慌てる。
「ちょっと待て、こんなところで…」
「心配せずとも、普通の人間の印象には殆ど残らない。」
 そう言って半ば強引に唇を合わせた。
 少し離れた場所を歩いている数人が、足を止めてひそひそと話すのが聞こえる。
「ば、馬鹿、見られているだろう?」
「はっはっは。では行こうか。そろそろ帰らねば、本丸の宴に間に合わない。」

 三日月が立ち上がり、則宗の手を取ってベンチから離れる。
 すると、見ていた者たちは首を傾げた。
「…今、あのベンチに人が居なかったっけ?」
「…いたよね?」
「そう?…ところで、何の話してたっけ?」
「…忘れちゃった。」



 本丸に帰ると、もうパーティーは始まっていた。酒飲みたちはもう出来上がっていて、それなりに賑やかだった。
「遅刻だよ?」と悪戯っぽく怒って見せた乱が、二人に空いてる席を教えて座らせる。丁度並んだ席が残っていた。と言うより、わざと空けてあったのかもしれない。
 二人が席に落ち着くのを見届けた彼は、パッと笑顔になって声を上げた。
「あー!お揃いの指輪だ!」
「やや、もう見つかってしまったか。乱は流石だな。」
「素敵だね!」と言って彼は兄弟たちのところに帰って行った。
 しばらくすると、包丁がやってきて則宗に話しかけた。
「ねー、菊さん?」
「ん?なんだ?」
 菊という呼び方をするのは少数派だ。今剣は三日月の影響で「菊さん」と呼ぶが、短刀たちは大半が「御前さん」呼びだった。包丁が菊と呼んだことを内心不思議に思いながら応じる。
 彼は何故かもじもじしながら、あのね、と上目遣いに言った。
「お菓子ちょうだい?」
 則宗は首を傾げた。
「あとでケーキが出るんじゃなかったかい?」
「それはそれ。菊さんにお菓子貰いたいんだー。」
 どういうことだろう、と思いながら、ふと先程まで着ていた外套に目をやる。そういえば街を歩いているときにチラシと一緒に個包装の菓子をひとつ貰ってポケットに入れていた。
「こんなものしか無いぞ?」
 ポケットを探って取り出した菓子を、ポンと彼の手に乗せる。
 包丁は感動したような笑みを浮かべて頬を染めた。
「ありがとー!」
 礼を言って、小走りに兄弟たちのところに向かいながら、彼は菓子を持った手を上げて「見て見て~!」と振った。
「人妻からお菓子貰ったぞ!」
 わーっと粟田口が盛り上がる。「やったじゃん」「良かったね」などと言っているのが聞こえた。
 則宗は丁度口に含んだ飲み物を吹き出しそうになりながら何とか飲み下す。
「ひ、人妻?」
「指輪のせいだろう。乱が話したのではないか?」
 何でもないことのように三日月はそう言った。
「人妻…」
「契りは疾うに済ませただろう?」
 耳元に囁かれて、則宗はカッと顔を赤くした。
「ば、馬鹿…」
「はっはっは。揃いの指輪というのはなかなか良いな。」

 その後、二人の関係が「恋仲」ではなく「夫婦」と言われるようになるまで時間は掛からなかった。



fin.
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