みかのり短編

お祭り



 夏の終わり、そろそろ秋に差し掛かる頃、三日月と則宗は二人揃って主に呼び出されていた。
「祭り?」
「そ。友達と二人で行くんだけど、護衛してくれない?」
「俺たち二人でか?」
 ふむ、と三日月は拳を顎に当てて考えに入る。
 則宗は少し眉を顰めた。
「人混みに行くなら数人で護衛した方が良くないかい?」
 主は視線を逸らして頬を掻きながら言う。
「あー…護衛って言うか、危険は特にないんだけど、ナンパ避け?みたいな。」
「つまり、主とご友人の恋人の振りをする、ということか?」
「うん、そういうこと。」
「僕たちでいいのかい?…もっと若い奴らに頼んだ方が…」
 主は呆れたように言う。
「キミたち自分の見た目年齢分かってる?私も友達も20代だから、充分釣り合い取れてるよ。」
「同世代には見えないだろう?」
「見えなくないと思うけど…。まあ、ちょっと年上がいいの。ナンパするやつらなんて大抵若いんだから。」
 なるほど、と納得して二人は引き受けた。

 当日、主も友達も浴衣を着るということで、二人も軽装で整える。
「あ、これ、身分証。落とさないでね。ちゃんと名前と生年月日覚えて。」
 渡されたカードを見ると、現代風の名前が記載されている。
三枝さえぐさ一樹かずき。ふむ。これが俺の名か。」
「僕は菊池きくち高則たかのりだ。」
「いつもの呼び方で呼んでも、あだ名だって言えるでしょ?私も楽だし。」
 良い名前を思いついたと自慢げに言う主に、三日月は首をかしげて聞いた。
「主のことは何と呼べば良いのだ?」
 ハタと主が真顔になる。
「…忘れてた。…名前にちゃん付けでよろしく。二人は遠縁の親戚ってことにしたから。」
「あいわかった。」
「あー、三日月?…その『あいわかった』の『あい』は無しでお願い。」
「あ……コホン、わかった。気を付けよう。」
 早速「あい」と付けそうになって言い直した。



 待ち合わせ場所に着くと、主の友人は二人の美青年に驚いて、キャアキャアとはしゃぎだした。
「お、落ち着いて。」
「ボディーガードには勿体ない!あ、あの!こ、恋人はいらっしゃいますか?」
 緊張しながら期待いっぱいの眼差しで聞いてくる彼女に、三日月はニコッと笑って返す。
「ああ、いるぞ?」
 がっかりしながらも則宗にも尋ねる。
「そ、そちらは?」
「ああ、いるな。」
 則宗は少し申し訳なさそうに返した。
「で…ですよねー…そりゃそうか、こんなのが売れ残ってるわけないよね…」
「もう!今日は私とお祭りに行くんでしょ!彼氏なんかいらないって言ってなかったっけ!?」
「言ったけど!目の前にこんなイケメンが来たら気も変わるっつーの!」
 ようやく落ち着いて、祭りに繰り出すことになった。
「私たち前を歩くから、すぐ後ろをついてきてね。」
「了解した。任せておけ。」と則宗が返事をする。

 主と友人は手を繋いで楽しそうに喋りながら前を行く。連れだと分かる距離を保って、二人は後ろに付いて歩いた。
「とても仲が良いようだな。」
「そうだな。楽しそうで何よりだ。」
 出店の前を通りかかると、あれがいいこれがいいと言い合って立ち寄る。
 主があれこれ買い与えてくれるため、三日月たちもすっかり祭りを楽しむ一般客だ。
「ある……コホン…こちらは気にしなくていいから、二人で楽しんでくれ。あまり手に持っていると護衛にならないだろう?」
 主、と呼びかけそうになって咳払いで誤魔化した。
「今日のお礼だよ。それに、一緒に楽しんでないと恋人っぽくないでしょ。ナンパ避けなんだから。」
 すると、友人がタタタっと則宗の隣に駆け寄って腕を掴んだ。
「恋人役だもんね。一応パートナー決めとかないと。私この人とーった!」
「あっ!」
 想定外の友人の行動に、主が慌てた。
「…えっと…ボディータッチは、やめたほうがいいよ。恋人さんがとっても焼きもち焼きだから。」
「そうなの?…もしかして、今日のこと内緒?」
「一応事情は話してあるけど、やっぱり、そういうことは、ねえ?」
 主に話を振られて二人は苦笑を返す。
「そうだな。控えていただけると助かるな。」
「すまないね。」
 友人は少々不服そうにしながら、「はーい」と手を離した。
 その後も出店をくまなく見て回ったり、社での出し物や神輿を観賞したりと、前を歩く二人は祭りを満喫しているようだった。

「随分と人の流れが出来ているな。」
「このあと花火だからね。みんな河川敷に向かってるんだよ。」
 一方向に向かっている人波は隙間もなく、横切るのは至難の業だ。
「どうする?しばらくどこかに避難するか?」
「うーん…やっぱり花火が見えやすいところにいきたいし…」
 主が迷いながら、人の流れに乗ろうかと少し列に近付いたその時、ドン!と最初の花火の音が鳴った。
 わあ、というような声があちこちから上がり、皆、空を見る。
 つられて三日月たちも空を見上げると、「きゃ!」と前の二人が声を上げた。
「主!」
 手を繋いでいた二人は、一緒に人波に攫われてしまっている。
「しまった!」
「追う…にしても、ここに入ったら、追いつけないぞ。」
 しばらく考えて、三日月が「仕方ない」と則宗を促してひとけの無い場所に向かう。
「木の上から行くぞ。」
「本気かい?」
 視線がないことを確認して、高い木の上に飛び上がる。主はかなり先まで流されていた。
 花火に視線が集まる瞬間を狙って、なるべく暗い場所で飛び移る。
「ご友人も一緒だな。ひとまずは安心だ。このまま追えるところまで木の上を行くしかないか。」
「やれやれ…」
 しばらく行くと木が途切れてしまったが、丁度主も人の波から外れたところだった。
 則宗が持たされている携帯の着信音が鳴る。
「主だ。もしもし?大丈夫かい?」
『大丈夫。こっちの場所分かる?』
「ああ、見えているぞ。すぐに向かうからそこで待っていてくれるかい。」
 さて下りよう、と思ったものの、すぐ下にはまばらだが人がいる。人の居ない場所まで跳躍するにも、人目に付かないようにするのは難しい。
「困ったな…」
「おい、不味いぞ。」
 則宗が主の居る場所を指さした。
 見れば柄の悪そうな男が数人、二人に向かって近付いている。
「よし、落ちるぞ、菊。」
「え?」
 三日月が何をしようとしているか理解しないうちに、則宗は腕を引かれてそのまま下に落ちていった。
 ガサガサッと音を立てて木の根元に落ちる。
「いってててて…」
 周りの人間がびっくりして見ている。
 中のひとりが「…大丈夫ですか?」と声を掛けた。
 三日月は誤魔化すような笑い方をした。
「花火が見えるかと思って登ってみたがダメだった。」
「だから、言ったじゃないか!」
 則宗も話を合わせる。
「皆は真似をしないようにな。」
 そう言い置いて、二人は逃げるように立ち去った。



「よう、ねーちゃんたち暇そうじゃねーか。俺たちと遊ばねえ?」
「連れを待っているので、ごめんなさい。」
 断りを言っても、五人の男は二人を囲むように近付いてくる。
「連れって男?女?」
「男性です。」
「女の子ほっぽってどっか行くような奴、どーでもいいじゃん。俺らと遊ぼうぜ。」
「お断りします。」
「つれないな~。そういうのもいいねぇ。」
 にやにやと笑う男たちを見て、二人は身を寄せた。
 主は内心、選りに選って柄の悪いのが来たな、と舌打ちをする。友人の方は怖がっているようで、しがみつくように友の袖を掴んだ。
「ほらほら、こっちおいでよ~」
 友人を抱き寄せるようにしている腕を掴まれて、二人は引き離されそうになる。
 やめろ、と言おうとした瞬間、後ろから声が掛かった。
「その手を離してもらおう。」
 振り向くと、腕を掴んでいた男は三日月にヘッドロックを掛けられていた。
 その横では、則宗が余裕の笑みで扇子を顎に当てている。
「今のうちに退散した方が賢いぞ?」
 男たちは当然退かずにいきり立つ。
「はあ!?たった二人で俺ら相手にするつもりかよ。」
 すると、三日月は則宗の方を見て、「だ、そうだが、どうする?」と聞いた。
「…僕はパス。ひとりでいいだろう?これ以上着物が乱れることは勘弁してくれ。」
「やれやれ。俺も着物姿なのだがな。」
 その態度が気に食わなかったらしく、男たちは一斉に三日月に掛かっていった。
 隙を見て則宗が女性二人を安全な場所に移動させる。
「あ、あの、大丈夫なんですか?三枝さん…」
「ああ、心配いらないよ。…やり過ぎるってことはないだろう。」
 心配の方向性に主は苦笑して、一応声を掛けた。
「三日月、怪我させないようにね。」
「ああ、心得た。」
 程なく男たちはお決まりの捨て台詞を吐いて去って行った。
「覚えておいてやる義理はないな。」
 三日月は着物を整えて、主と友人の前に立つ。
「はぐれたばかりに怖い思いをさせてしまったな。申し訳ない。」
「そうだな。僕らの落ち度だ。」
 頭を下げる二人に、主と友人は首を横に振る。
「すぐ来てくれたし!」
「凄く強かったし!」
 また花火の音が響き渡った。
「さあ、もう少し空が見える場所に移動しようか。」
 そう言って行き先を吟味するが、よく見えそうな場所はもうどこもいっぱいだった。
 主が後方を指さして言う。
「少し離れていいなら、あっちに穴場だって言われてる場所があるんだけど。」
 十分ほど歩くと、高台に上がる階段が見えた。それを上がった先は公園になっている。
 祭りの会場から少し外れた場所だからか、人影はまばらだ。
「ホントだ。穴場だね。よく花火が見えるし。」
 耳を澄ますと会場の案内の音声も微かに聞こえる。
『続きまして………作………』
 どうやら花火の紹介をしているらしい。
 公園のベンチは塞がっていたため、敷地の端にある柵にもたれて花火を見上げる。女性二人が並んで立つと、護衛のために三日月と則宗はその両脇に立った。
「ここなら安全だから、三日月向こうに行って良いよ。」
 主がそう言って三日月を則宗の向こう側に追いやる。
 三日月は周りを見回して、確かに問題は無いだろうと主の言に従った。
『…きまして………作、菊の大輪』
 花火の名称らしきものが聞こえた。
「菊だって!」
 主が、聞き逃しているかも知れないと皆に知らせる。
 上がった花火は一層大きく、綺麗な花を咲かせた。
 友人はふと隣の人の姿を最初に見たときのことを思い出す。そう言えば菊の花のようだった。あだ名が菊なのも、苗字からというだけではなく、髪の印象も入っているのだろうか。気になって聞きたくなり、隣を見る。
 と。
 その向こうにいる三枝が菊池の頬にキスをしていた。
 驚いて反対側を向く。
 その動きに気付いて主が横を見ると、友人の向こうで、キスをされて三日月の顔を押し戻している則宗が見える。
 三日月と目が合って、主はメッと叱るように睨み付けた。



 後日、主が友人と電話で話していると、彼女は呆れたような声で言った。
『私をダシにして二人にデートさせてあげたんでしょ。』
「いや、あくまでも『ついで』だから。メインは純粋に、私たちが一緒に祭りに行くことで…。」
『いいけどさ、先に言ってくれれば気を遣ってあげられたのに。二人で回る時間作ったりさ。』
 主はうーん、と思い返す。
「多分、充分楽しめたんじゃないかな。私たちの後ろで、あの二人、手繋いでたし。」
 まーじーでーと友人が電話の向こうで騒いでいた。



「常々思っていたんだが…」と則宗はムスッとした。
「人目に付く場所でああいうことはやめてくれないか。」
 三日月は首を傾げる。
「はて?」
「接吻のことだ!」
 とぼける彼に則宗はいつになくキツく言う。よりにもよって主とその友人のすぐ側であんなことをするなんて信じられない、とぶつぶつ付け加えた。
 三日月はどこ吹く風と言った様子だ。ニコッと笑って返す。
「すまんすまん。菊があまりに可愛かったからつい。」
「つい、じゃない!」



fin.
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