刀剣乱舞
不動は考え事をしながら本丸の庭の植え込み沿いを歩いていた。
どこに行くでもなく歩いていたため、いつの間にか茂みの中にいた。袋小路のように行き止まりになっているのを見て、くるっと向きを変え戻ろうとすると、目の前に薬研が立っている。
「うおっ!…や、薬研、どうかしたのか?」
「どうかしたのはお前さんの方だろう?声を掛けても気付かないし、こんなところに入ってくるし。どこかにぶつかるんじゃないかと追いかけてきたんだ。」
不動は誤魔化すように笑って頭を掻いた。
「そうか、悪い。別にどうもしないんだけどさ…」
「どうもしなくてこんなところに来たのか?」
うーん、と返事に困ってまた歩き出す。
茂みから出たところで「ちょっと聞きたいんだけど」と切り出した。
「投擲?」
「この前主に言われて、三日月狙って投げたんだけど、やっぱ気付かれて。で、三日月が言うには投げたあとも殺気を消せってさ。…薬研、出来る?」
薬研は数秒固まったように何かを考えていた。
「…まずその状況から凄く興味深いんだが…、まあ、それは置いておくか。」
彼らが投擲をすることは殆ど無い。武器は基本自分の本体だから、それを投げるなんて事態はそうそうない。投擲をするなら別の武器を用意することになるし、投擲をしたところで、最終的には接近戦になるのだから、あまり意味が無い。
薬研は「出来ないことはないな、例えば」と言うと、チラッと後ろを確認してから小石を拾い、ひゅっと勢いよくそれを後ろに投げた。的は最初に確認したきりで、投げるときには見ていない。
石はまっすぐ飛んでいって的に当たった。
不動は薬研が突然投げたことにも驚いたが、その石がきちんと的を捉えていたことにも驚いて唖然とする。
と、的にされた長谷部が振り向いた。
「不動行光!貴様、俺に何の恨みが!」
ズカズカと怒りにまかせて歩み寄ってくる。
「い、いや、今のは薬研が!」
「嘘を吐くな!薬研は背中を向けていただろう!貴様以外に誰がいる!」
「ホントだって!」
長谷部に詰め寄られて焦っている不動の様子を見て、薬研は肩を震わせていた。
「ふははは!悪い悪い。長谷部、俺だ。不動は何もしていない。」
怪訝そうに眉を顰める長谷部に、薬研は「見てろ」と言うと、長谷部の立ち位置から見やすい場所に宗三が歩いて行くのを見つけて、先程と同じように石を投げた。
宗三が鋭い目線を向けながらこちらに歩いてくる。
「…長谷部…」
「ま、待て、今のは俺ではなくて、薬研だ。」
「自分のやったことを人になすり付けるとは、見下げ果てたものですね…」
「いや、本当に、薬研が…」
「薬研はそちらを向いていたでしょう!素直に謝ったらどうです? まあ、許しませんけど。」
手に刀を持っていたら今にも斬りかかりそうな空気を醸し出し、長谷部に詰め寄る。
するとそこに小夜がやってきた。
「宗三兄様、今のは薬研でしたよ。僕の居るところからは見えたので。」
「…小夜がそう言うなら、そうなのでしょうね。…薬研?説明していただけますか。」
長谷部には詰め寄っていた宗三だが、薬研には申し開きを求める。薬研は軽く謝ってことの経緯を話した。
「投擲、ねぇ…。小夜、あなたは出来ますか?」
宗三に聞かれて小夜は少し考える。
「…僕は殺気を消すのが苦手です。もちろん気配は消せるのですが、攻撃にはやはり殺気が纏わり付いてしまうので。でも…」
そう言って小石を手に取ると、皆を促して茂みの中に入った。
「攻撃力は殆ど無くなりますが、これなら出来ます。」
小夜が投げた石は高く上がり、放物線を描いて飛んでいく。
石は近くでトレーニングをしていた同田貫の脳天に当たった。
「!?だ、誰だ!?」
キョロキョロと辺りを見回す同田貫。
その時、宗三が「おや?」と長谷部の後ろに回り込む。
「長谷部、背中に葉っぱが付いていますよ。取ってあげましょう。」
「ん?ああ、頼む。」
途端、宗三は長谷部の背中を押した。
長谷部はつんのめって、ガサガサッと音を立てながら茂みから出てしまった。
「へし!お前かよ!」
怒りを向けられて、長谷部は慌てて否定した。
「ち、違うぞ!今のは小夜左文字が…」
「はあ!?小夜がンなことするわけねーだろ!」
茂みの中では宗三が穏やかに小夜に話しかける。
「おや、小夜は同田貫に買われているようですね。」
「そうみたいですね。ありがたいことです。」
小夜も穏やかにそう返した。
「さあ、小夜。おやつにしましょう。手を洗いに行きますよ。」
そのまま立ち去ってしまいそうな宗三に、小夜は「待ってください」と言って止める。
「あれでは長谷部が可哀想ですから、僕、同田貫に謝ってきますね。」
小夜は走って出て行った。
「律儀ですねぇ、小夜は。あのままでも面白かったのですが。」
「宗三…アンタ、時々怖いよな。」
「おや?不動は長谷部がうらやましいのですか?だったら時々構ってあげてもいいですよ?」
「いや、構わなくていいから。」
薬研は自分が標的にならないように、二人を眺めながら黙っていた。
その後、短刀たちの間で投擲訓練と称した遊びが流行ってしまい、被害者が続出した。
fin.
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