みかのり短編

南泉の苦悩



 南泉が則宗にベッタリ張り付くのをやめて、三日月と則宗は日常を取り戻した。が、三日月に対する南泉の態度はあまり改善されていない。
「俺はすっかり嫌われてしまったなぁ…。」
「すまない…。そのうち治まると思うんだが…。」
 則宗はあのあと山鳥毛たちから南泉の行動の理由を聞いたものの、つきまとうのが治まったことで全て解決したと思っていた。元々三日月を嫌っていたような節はないし、二人の仲をよしとしたなら問題は無さそうなものだが、と考えあぐねている。
「いや、かまわんさ。あやつにとっては大事なものを取られたのと同じだろう。そう簡単に切り替えられまい。」
 三日月は特に気にしている風でもなく、いつものように柔らかい笑顔を向けた。



 それからしばらく経ったある日、主から部隊編成の変更が言い渡された。
 皆が集められて、近侍の三日月がその旨を伝える。
「此度の出陣先に合わせたものだ。殆どが入れ替えられているから、間違わぬように。」
 第一部隊に呼ばれたのが、不動行光、今剣、岩融、山姥切国広、そして、南泉一文字。
 名を呼ばれた南泉が先に呼ばれた面々のところに行こうとしたとき、三日月が続けた。
「隊長は俺が務める。よろしく頼む。」
 それを聞いて、南泉は立ち止まる。
「…辞退する、にゃ。」
 不動が驚いて「何言ってんだよ。第一部隊だぜ?」と南泉のところまで駆け寄った。
 この本丸では第一部隊が最高位という意識がある。今回はそういう意味合いの編成ではないが、それでも第一部隊に入るのは光栄なことだと思っている者が多い。
 ムッとして押し黙る南泉に、三日月が笑みを向ける。
「俺と同じ部隊は嫌か?」
「…ああ、そういうことだ、にゃ。」
「そうか、おぬしは主命に背くと言うのだな?」
 主命、と言われて言葉が出せずにいると、ほど近いところにいた日光が睨みを効かせた。
「どら猫。主命に背くつもりなら、一文字を出る覚悟をしておけ。」
 ビクッと背筋を伸ばして、南泉は渋々受け入れた。
「わ…わかった、にゃ…。第一部隊入ればいいんだにゃ。」
 三日月は笑みをたたえたまま頷く。
「よろしく頼むぞ。南泉。」



 出陣先でも南泉の態度はあまり変わりなく、三日月は少々手を焼いていた。
 話は一応聞いているようだが、三日月を避けているため度々隊から外れる。
「南泉よ。作戦中だ。私情は挟むなよ?」
「分かってる。にゃ。」
 プイッと顔を背けて歩いて行ってしまう南泉の背中を、溜息を吐いて見やる。
 不動がニッと笑って見せた。
「俺が南泉と行動するよ。任せといて。」
「ああ、頼んだぞ?」
 敵の本隊はまだ見つからない。これは長丁場になりそうだと皆腹をくくっていた。
「今剣、南側の索敵を。不動は北側を頼む。」
 今剣が敬礼をするように手を挙げて、「わかりました。いってきまーす。」とひとり走っていく。不動は走り出してすぐ南泉を誘った。
「一緒に行こうぜ。」
「わかったにゃ。」

 二人が木の陰から崖下を覗くと、敵が数体見えた。
「いた。知らせる、にゃ?」
「待って。何か様子が変だ。少し観察する。」
 部隊にしては数が少ない。加えてあっちへこっちへとふらふらしている。
 不動は少し考えて、うーんと唸った。
「はぐれたのかな?」
「迷子か、にゃ?」
「こいつら本隊に合流したいのかも?もう少し追いかけよう。」
 敵が向かう方角が分かれば、本陣も見つけやすい。
 しばらく観察すると、一体を残して他はさらに北に行ってしまった。
「あっちだ、にゃ。」
「…ちょっと待って。あいつ、気になる。南泉は戻ってみんなに知らせて。俺はもう少し近付いて様子を見る。」
 残された一体が、先程よりもさらにフラフラと挙動が落ち着かない様子だ。
 不動は岩陰に入っていったその一体を追って、すぐ側まで下りた。
 その様子を少し気に掛けつつ、問題無さそうだと判断して隊に戻るべくその場を離れる。その時。

ぴぃー!

 不動の方から指笛が聞こえ、慌てて視界に入るところまで戻ると、彼は敵に囲まれていた。
「不動!」
 助けに駆け寄ろうとしてから、この敵は二人では手に余ると思い直して、南泉も指笛で緊急の合図を送る。
「待ってろにゃ!すぐ行くにゃ!」
 力一杯指笛を鳴らしておいて、駆けだした。

 ひゅーう!っという後ろが上がる指笛の音が二度、聞こえた。
 ハッとして三日月は岩融に今剣を呼び戻すように言い置き、山姥切と共に不動たちのところを目指す。
 岩融は独特な節の指笛で今剣に状況をある程度知らせて、姿を見つけると「行くぞ!」と声を掛けた。

 程なく二人を見つけ、加勢する。二人とも辛うじてまだ無傷だった。
「刀装は!」
「もう持たない!でも、まだやれる!」
「ああ、気張れよ!」
 敵は中程度。不利な状況でも殲滅してしまえるだろう。徐々に数を減らしていく。
 と、そのうちの一体が逃げるようにその場から離れた。
 一番近くに居た南泉に三日月が指示を出す。
「南泉!追え!」
「言われなくても、わかってる!にゃ!」
 丘を駆け上がっていく敵を追いかけ、飛び上がって行き先を阻む。一二度刀を合わせたが、圧し負けることはない。
「逃がすわけない、にゃ。」
 弾き飛ばしてよろけた敵を両断した。
「ほら見ろ、にゃ。」
 目の前の敵が消えるのを確認して刀を鞘にしまうと、そこに声が掛かった。
「南泉!後ろ!」
 声で後ろの気配に気付いて振り向いた。
 鞘から抜ききらぬうちに敵の刀が迫り、ギリギリのところで止めたがそのまま転ばされた。体勢を立て直す間もなく次の攻撃が来る。
(間に合わない!)
 重傷覚悟でグッと目を瞑る。と、斬撃の音だけで衝撃が来なかった。
 目を開けると前に三日月が背を向けて立っていた。破れた衣の隙間から血が滴っている。
 三日月はチラッと振り返って笑みを見せた。
「すまぬ。討ち漏らした。大事ないか?南泉。」
 南泉が唖然としている間に、他の仲間が攻撃に出て敵は消滅し、辺りには静けさが戻る。
「な…なに言ってんだにゃ…そっちの方が大怪我じゃないか、にゃ」
「なに。立っていられない程ではない。」
 三日月は言った途端、片膝を付いた。
 今剣が慌てて駆け寄る。
「岩融!おねがいします。」
「ああ、任せておけ。」
 肩に担がれて、三日月は不服を訴えた。
「岩融よ、荷物のように担ぐでない…」
「はっはっは。ぼろ布になった三日月を担げる機会なぞ、そうそうないからな。」
 ぼろ布と言われたことにも小声で文句を言うが、岩融が笑うばかりなので諦めて黙った。そして思い出したように手でひょいひょい、と誰かを呼ぶ仕草をする。
 何かと思って今剣が覗き込むと、三日月は「南泉よ」と呼んだ。
 南泉が近寄ろうとしないため、今剣が岩融に言って近づける。
「討ち漏らしたのは隊長である俺の手落ちだ。この怪我はその責を負ったまで。おぬしが気に病むことは何も無いぞ?」



 三日月と南泉が手入れ部屋に入る丁度その時に、第五部隊の帰還を知らせる声が聞こえた。今、第五部隊には則宗が入っている。
 不動が三日月に駆け寄った。
「御前さん、呼んでこようか?」
「いや、手伝い札ですぐに治る。俺は良い。それより…」
 そう言って視線で南泉を示す。
 不動は小さく頷いて「任せといて。」と返した。
 重傷の場合、手伝い札で手入れをすぐに終えても療養部屋で休むのが慣例だ。三日月は半日ほど寝たままだろう。その間、南泉が思い悩むことになるかもしれない。
 不動は南泉に「しっかり治せよ。」と声を掛けてから玄関に走って行った。

「御前さん!」
 不動が声を掛けると、則宗は少し驚いた顔を向けた。
「お前さん、第一部隊じゃなかったかい?」
「三日月が重傷を負って帰還したんだ。あ、でも、主が手伝い札出してくれたから三日月はもう大丈夫。それより…」
 三日月が重傷と聞いてドキリとしたが、それよりも重要なことがある、ということにまた不安が生まれる。何があったのかと注意深く言葉を待った。
 不動は少し周りを気にしながら、声を落として言った。
「南泉が…えっと、三日月は南泉を庇って怪我をしたんだ。だから、南泉が多分凹んでる。アイツのところに行ってやってほしい。…ってまあ、三日月の言伝なんだけどさ。」
「そうか」と答えて南泉の心情に思いを巡らす。まあ、十中八九凹んでいるのだろう。それがどういう思考の末かは分からないが。
「ありがとうよ、不動。うちの子猫が迷惑を掛けるな。」
「いや、仲間だし…友達だし、そのくらいどうってことない。」
 南泉は半時もすれば手入れ部屋から出てくる、と聞いて、則宗は手入れ部屋の前で待つことにした。



 手入れを終えて出てきた南泉に、則宗はひょいっと手を挙げて笑った。
「綺麗にしてもらったかい?」
「…うす、にゃ…」
 南泉は気まずそうに目を逸らし、ボソッと言う。
「…三日月の見舞い…行くといいにゃ…」
「必要ない。どうせ寝てるんだ。それより、付き合え。」
 則宗はくるっと向きを変えると、スタスタと歩き出した。南泉は黙ってそれに従う。
 行き先は道場だった。
 何も言わず木刀を二本手に取り、片方を南泉に渡す。
「さあ、やろうか。」
「う…うす。」

 開始数分で南泉は降参をした。全く歯が立たず、あっさりと急所を捉えられた。自分はまだまだだと沈んで視線を落としていると、則宗は南泉の木刀を切っ先でコンコンと叩く。
「まだだ、立て。」
「…続けても…意味ないにゃ…」
「何だ。お前さん、この前まで構え構えと煩かったじゃないか。構ってやろうと言うんだ。ほら、立て。」
「…もう…構わなくて…いいにゃ…」
 拗ねたように言う南泉に、則宗はギロっと睨んで見せた。
「立てと言っているんだ。今日はトコトン付き合ってやる。お前さんが無心で刀を振れるようになるまで。」
 落ち込んでいる原因が、庇われたことなのか、相手が三日月だったからなのか、それとも自分の不甲斐なさか。いずれにしろ、心が沈んでいる間は思うように戦えなくて当然だ。第一部隊にいる今、それは南泉だけでなく仲間にとっても、ひいては主にとっても痛手になると言える。
 のろのろと立ち上がって、南泉は木刀を握り直した。
 則宗は微かに口角を上げる。
「僕から一本ぐらい取ってみろ。ご褒美ぐらいは考えてやるぞ?」
「…そんなもの…いらない!にゃ!」
 キッと強い視線を則宗に向ける。
「お言葉に甘えて、付き合って貰う、にゃ!」
「よし、仕切り直しだ。行くぞ。」

 南泉は何度転ばされても起き上がって構えた。そのタイムラグは徐々に短くなっていく。則宗は時折意地悪く倒れたところに攻撃を仕掛けたが、それも当たったのは最初の内だけで軽く避けるようになっていった。
 一刻ほど打ち合ったところで、則宗が手のひらを見せて止めた。
「休憩だ。一旦息を整えろ。」
「うす、にゃ。」
 則宗自身もふうっと息を吐き、水で喉を潤す。
「楽しそうだな、菊。」
 不意に三日月が現れた。狩り衣姿だ。
「もういいのかい?」
「ああ。充分に休んだ。…して、南泉、次は俺と打ち合ってくれるか?」
 三日月が木刀を手に取ったのを見て、南泉はスタスタと近くまで足を進めると言った。
「その前に、言うことがある、にゃ。」
「なんだ?」
 則宗はその様子を見て、謝罪をするのかと思っていたが、南泉が口に出したのは不服だった。
「…アンタは俺に非はないと言ったけど、あれは嘘にゃ。確かに敵を討ち漏らしたのはアンタの責任かも知れねーけど、俺があの敵の気配に気付けなかったのは、一匹倒したところで気を抜いたから、にゃ。俺の責任は俺が取るべきにゃ。」
 則宗は自分の思い違いに笑みを漏らした。南泉は落ち込んで萎縮していたわけではなく、侮辱に怒りを覚え、そのやり所に困っていたのだ。
 なるほど、と三日月は笑った。
「それが分からぬほど子供ではない、ということか。」
 道場の中央に向けて歩きながら、手に持った木刀を南泉に向ける。
「ならば、その刀捌きで示してみよ。」
「わかった、にゃ。」
 二人の様子を眺め、則宗は壁際に腰掛けた。あぐらを掻いて片膝を立てる。いつもの様に扇子を手にすると、楽しげな笑みを浮かべる。
「なら僕は観覧客と洒落込もう。」
 南泉も木刀を手に取って三日月の前に座す。
 二人は無言で礼をし、立ち上がった。



 則宗との手合わせで調子を上げていた南泉は、機敏な動きで三日月に挑んでいく。練度は雲泥の差だ。同条件下で勝てる相手ではない。しかし、刀種の違いがある以上、同条件ではないはずだ。
 何度も押し飛ばされ、転んで、その度に床を蹴って飛び出す。
「隙はある。食らい付いていけ。」
 則宗は近くに転がってきた南泉にそう声を掛けた。
「うす!」
 身軽な彼はよく上に飛び上がって攻撃を避けるが、今はそれが出ていない。相手を分かってのことだ。飛び上がれば最後、着地を狙われて直撃を受ける。
 三日月の方は読まれていると知りつつ、わざと足元を狙って南泉の跳躍を何度も誘う。上手く避ける南泉を見る目は楽しげだった。
 また一層低い位置に三日月の木刀が振られた。
 南泉は上には飛び上がらず、太刀筋の軌道のギリギリ上を水平に飛んで、三日月の横をすり抜けて前転で回り込む。
(後ろを、取れる!)
 そう思った瞬間、三日月の木刀は先程の軌道から続けて振り上げられ、くるりと振り返ると同時に振り下ろされた。
 距離を詰めようとしていた南泉は慌てて後ろに飛び退いた。
「よく避けたな。」
 何の危機感も感じていない風を見て、南泉はキリッと奥歯を噛みしめた。切っ先を三日月に向ける。
「まだまだ!にゃ!」
「ああ、まだ、楽しめる。」


 木刀の音で、見物に皆集まっていた。そこにひょっこり主も顔を出す。
「楽しそうだね。」
 そう言って入り口近くにある木刀置き場から、短木刀を手に取った。
 ひょいひょいっと不動に手招きをする。
「何?主。」
「不動、投擲とうてき訓練。目標三日月。討ち取るつもりで行け。」
 短木刀を手渡され、小声で言われた内容に、不動は驚いて慌てた。
「え…え?…いや、それは…」
「主命だよ。」
 主はニッコリと笑う。
 主命と言われてしまうと、断るわけにはいかない。不動は覚悟を決めて「わかった」とだけ言うと、目立たない場所を選んで座った。心を落ち着ける為に目を瞑る。
(一瞬だ。殺気を出していいのは一瞬。じゃないとバレる。)
 討ち取るつもりでと言われたからには、せめて当てなければならない。が、三日月に気付かれてはそれも叶わない。
 一瞬で的の位置を捉え、投げる。不規則に動く的だ。動きを見極めることも重要になる。
(落ち着け。三日月の足音を耳で追え。捉えろ。)
 すり足。ときに強い踏み込み。舞うような衣擦れの音。南泉とは違うその音に、徐々に耳が追いついていく。
 南泉から離れたその一瞬、不動は目を開けた。
 声もなく、音もなく、腕だけで投げる。
 よし、行ける!と投擲の軌道を視線で追っていると、三日月は振り向いた。
 カクンと膝を折って、反らせた身体の位置を下げる。不動が投げた短木刀は三日月の鼻先を掠めていった。

 カランカランと投擲に使われた短木刀が壁にぶつかって床に落ちたとき、三日月は崩れた体勢を立て直す間もなく、南泉に急所を捉えられていた。
 尻餅をついたまま、三日月は不動の方を見た。
「不動、恨むぞ。」
「ご、ごめん!主命で…」
 主は笑い声を立てて、「薪が爆ぜたんだよ。」と言った。
 三日月は短い溜息と共に「主よ、俺はやまわろか?」と返す。
「明日も出陣だから、程々にね。」
 そう言い置いて、主は去って行った。
 はあ、と大きく溜息を吐いて、三日月は両手を広げて降参の身振りをする。
「負けは負けか。参った。」
 南泉が木刀を引くと、三日月は立ち上がった。
「南泉、おぬしの隙を見極める目は見事だ。」
「…不動のお陰だ、にゃ。」
「いや、今だけの話ではない。何度か隙を突こうとしてきただろう?なかなかに恐ろしかったぞ?」
 思いも寄らぬことを言われ、一瞬返事に困る。が、すぐに返した。
「なら、次はまともにやって勝つ、にゃ。」
「ああ、楽しみにしておこう。」
 そして三日月は不動の方を振り向く。
「不動、おぬしも見事だった。投げたあとも殺気を消していれば、避けきれなんだやもしれぬ。」
 不動はそういえば、と思い起こす。
 投げたあと、じっと見てしまった。あれで三日月に気付かれたのか、と。
「さて、主に釘を刺されたことだし、この辺にしておこう。」
 三日月はお開きを告げ歩き出したが、すぐに足を止めた。
「南泉よ。言っておかねばならぬことがあるな。」
「にゃ?」
「怪我のことを責任だと言ったが、あの瞬間、責任を取るつもりで飛び出したわけではない。気付いたらそうなっていたというだけだ。つまり、…そうだな…あれは自分の向こう見ずを隠すための方便だ。許せ。」
 そう言って南泉に向かって正対すると、小さく頭を下げた。
 南泉は驚いて視線を泳がせる。
「べ…別に…気にしてない…にゃ。そ、それにあれだにゃ、助けてくれたことには…感謝してる…にゃ。」
 気まずそうな彼の表情を見て、三日月は微かに笑みを浮かべた。
「そうか。では、明日の出陣も頼むぞ?」
「わかってる、にゃ。」
 則宗に向かって「あとでな」と言い置き、三日月は道場を出て行った。



 三日月が去ってから、不動が則宗の側に寄って尋ねた。
「なあ、やまわろって何だ?知ってる?御前さん。」
「ああ、さっきのか。どこかの民話に出てくる、人の心を読む妖怪さ。考えていることを次々言い当てられ、緊張して薪割りの手元が狂って薪が爆ぜて、それがやまわろに当たるんだ。で、やまわろは撃退されるわけだが、それをお前さんで再現したんだな、主は。」
 人の心を読む妖怪。それを聞いて南泉と不動は顔を見合わせる。
 何度隙を突こうとしてもかわされた。殺気を出さぬように気を付けても、少しの漏れで気付かれた。
「やまわろだにゃ。」
「ああ、やまわろだ。」
 妖怪相手なら苦戦も仕方ないか、と笑い合った。



「仕方ないから、認める、にゃ。」
 一文字棟の居間で、南泉は則宗に向かってそう言った。
「ん?」
 則宗は何を言われたのか分からず、キョトンとした顔を返した。
「三日月とのこと、にゃ。」
 南泉の後ろから姫鶴がパコンと頭を叩く。
「どこ目線よ。」
 わはは、と則宗が笑った。
「そうか、認める、か。」
「そう、にゃ。…あ!でも!お泊まりは一週間…いや、ひと月に一回まで、にゃ!」
 また姫鶴が叩いて、「馬鹿にゃんこ」と言った。
「そんな取り決め作ったら、絶対お泊まりの次の日は一日動けなくなるっしょ。」
「そ、それはダメにゃ!」
「じゃ、口出しするのやめなって。」
「…う、うす…にゃ…」
 渋々南泉は頷いている。
 それを溜息交じりに眺めながら、則宗は笑った。
「随分と心配を掛けてしまったようだな。」
「まだ…心配にゃ…」
「そうか。ありがとうよ、坊主。」
「う…うす…にゃ。」
 まだ完全に納得できたとは言えない。それでも、自分の心配する気持ちが伝わったと思えることが南泉は少し嬉しかった。



「ところで、なんで身を挺してまで南泉の坊主を庇ったんだい?」
 二人で茶を飲みながら、則宗がそう尋ねると三日月は苦笑を返す。
「言っただろう?気付いたらそうなっていた、と。」
「子猫は軽傷だったと聞いたぞ? アンタなら、そのまま怪我を負わせて自分が討ち取る、ぐらいのことをしそうじゃないか。」
 実際これまでそういう場面は何度もあったが、則宗の言った通り折れるほどでもない怪我なら見過ごして敵を討つことを優先してきた。それがどうして今回はそうしなかったのか。三日月自身、ハッキリと答えがあるわけではない。
「自分でもよく分からないのだ。…ただ…」
 そこで三日月は言葉を止めて息を吐いた。
「…菊が大事にしているものを守るのは、悪い気分ではなかったぞ?」
 そう言って柔らかく笑った。



fin.
11/15ページ
スキ