みかのり短編

一目惚れ



「どうしたもんかねぇ…。」
 則宗は座卓に頬杖をついて、つまらなそうに呟いた。
「ちょっと、ここ相談所じゃないんですけど?」
 加州がたすき掛けを解いてドスンと座った。
 大和守も呆れたように言う。
「新刃教育には協力してるでしょ?他のことまで引き受けないからね。」
 則宗が困っているのは中堅の刀たちの伸び悩みだ。
「伸びるときは一気に伸びるもんだが、最近芳しくなくてなあ。」
 二人の苦言を聞いているのかいないのか、構わず続ける。
「だーかーらー、俺たちに言っても仕方ないだろ?三日月にでも相談したら?」
「冷たいな、坊主たちは。聞いてくれたっていいだろうに。」
「愚痴も承っておりませーん。」
「お前さんたちを買ってるからこそだぞ?」
「嬉しくないから、そーゆーの。」
 冷たくあしらっても、則宗は立ち上がる気配がない。
 二人が呆れて肩をすくめると、則宗は急に真面目な顔を向けた。
「お前さんたちはどうだったかと思ったんだ。僕自身はここに来てから目まぐるしかったからな、知らない間に力が付いた。何の参考にもならんだろう?で、どうだ?」
 加州は「何言ってんのさ」と言いながら、クッションに背中を預けて寝転ぶ。
「俺のことは見てたでしょ?特命調査で鍛えられたんだよ?」
 則宗はパチクリと瞬きをして、頬杖から顔を上げた。
「ああ、そうだったな。お前さん、最初は速攻帰っていたな。」
 大和守も「そうそう」と言って苦笑を見せる。
「僕も二回ぐらい入ったけど、まだ全然ダメだったからすぐ抜けたんだよね。清光は政府から推奨されてたから、主が外そうとしなかったんだっけ。」
 そうだよ、と加州は顔を顰めた。
「第一部隊に俺ひとり放り込まれてさ、俺が怪我するたびに帰って…三日月は笑ってばっかだし、他のみんなも気にするなって言ってくれたけど、その優しさがかえってツラくてさ…結構凹んでた。」
 それを聞いて則宗は何やら考え出す。
「第一部隊?」
「第一部隊だよ。今のメンバーと変わんなかったでしょ?…俺は蜂須賀の位置に入ったんだったかな?」
「…三日月も居た…な?」
「居たでしょ?」
「どうしたの?則宗さん。」
 拳で口元を隠してジッと視線を止めている。加州と大和守は顔を見合わせた。
 すると、小さな声で則宗が呟いた。
「なんだ…そこが初対面か…」
「…もしかして、三日月さんとのこと?」
 大和守がそう聞くと、則宗は頷く。
 加州は驚いて起き上がった。
「え、覚えてなかったの?ってか、一目惚れじゃなかったの?」
 その加州の言に今度は則宗が驚いて聞き返す。
「ちょっと待て!なんでその話を知ってるんだ!?」
「…太閤が得意げに話して回ってたよ?」
 あの演練での顛末について、殆どのメンバーが則宗を心配して政府刀云々の話をしていたのに対し、太閤左文字だけは一目惚れの話を楽しげに語っていたのだ。身振り手振り、尾ひれ背ひれ付きで。
「…あの小猿め…」
 取り敢えず、この二人にだけでも本当の話をしておこう、と則宗は話し出す。
「一目惚れの話は誤解だ。あれは…」


「じゃあ、則宗さんはここに来た時が初対面だと思ってたんだね。で、刀に見蕩れたって話が一目惚れってことになっちゃったわけか。」
「そういうことだ。ともかく見蕩れた云々は関係無く、初対面じゃなかったってことは一目惚れではなかったと確定したな。よし。」
 何故か拳を握った則宗を見て、加州は笑う。
「なんでそんなに否定したいわけ?良くない?一目惚れでも。」
「良くない!覚えていないんだぞ?僕は。そんな曖昧なところで惚れただの何だの言われても、納得いかないだろう?」
 そんなもんかな、と一応は飲み込んで、加州は首をかしげた。
「じゃあさ、アンタはいつ三日月を意識し始めたの?」
 大和守はパッと笑顔になって身を乗り出した。
「いつから好きって思ったの!?」
 思わぬ質問に、則宗はたじろぐ。
「いや…それが…あまり覚えていなくて…だな。」
 頬を染めた則宗の様子に、二人はニッと笑った。
「あの時じゃない?睫毛褒められたとき!」
「それとももっと前?ういろう一緒に食べたとき!」
 二人は詰め寄って左右をがっちり固めた。
 則宗は視線を逸らして気のない返事をする。
「どうでもいいだろう?そんなこと。」
「あれ?納得いかないんじゃなかったの?」
「よく思い出してみよう?きっと答えは則宗さんの中にあるから。」
 二人に押し切られて、則宗は記憶の整理をすることになってしまった。



「いや、最初はホントになんとも思ってなかった筈なんだが…」
「ういろうは?」
「ういろうが目当てで行っていたな。」
 うーん、と加州が気になっていたことを尋ねた。
「ほら、睫毛の話ってさ、確か『それを言うなら』みたいな返しじゃなかった?あのとき、アンタが先に何かを言って、それにアレを言われたんでしょ?何言ったの?」
 押し入れに隠れたときのことを思い出してみる。何を言ったんだったか…確か、間近にあった三日月の顔を見上げて…。
「…あ…」
「なになに!?」
 期待いっぱいで見てくる大和守の笑顔に気圧されながら、「これは、そういう感情ではなくてだな」と前置きをしてから答えた。
「隠れているときに三日月の顔を近くで見ていたから、『美しいな』とかなんとか言った。言ったが、それはほら、花が綺麗だとか、そういう感想と同じでだな、特別な感情ではなかった…筈だ。」
 嘘だと言われるかと思っていたら、二人は納得した様子だった。
「確かに、あのやり取りってそういう含みは無さそうに聞こえたよね。」
「うん、ちょっと冗談めかしてた感じ?」
「じゃあ、あの日はなんともなかったってことか。あのあと俺たちも居たからそんな雰囲気にはならなかったよね。」
 次は?と聞かれて、眉間にしわを寄せる。あの後、会ったのは。
「…ケーキのときか。」
「ケーキ?ずるい!」
「安定、食い意地張りすぎ。今は置いておいて。」
 一個だけ手に入ったケーキを二人で食べた。その時のことを話し出してすぐ、則宗は言葉に詰まった。
「どしたの?」
「半分こしたんでしょ?」
「苺が…一個乗っていて…」
 それを囓ってくれと差し出したら、三日月が囓った。その時の様子を思い出した。とても色めいて見えたのだ。
「いや、これはいいか、えーっとだな、とにかく二人で分けて…」
 苺の話を飛ばそうとしたら、大和守が手を出して止めた。
「待って、どうして飛ばしたの?」
「え…いや、その…関係無い話だ。」
「じゃあ、その関係無い話を聞かせて?」
 言われた途端、則宗の頬にパッと赤味が差した。
 加州が呆れた風な声を出す。
「なんだ、それじゃん。」
「だね。」と大和守も同意する。
「…いや、特に何も…」
「聞きたいなー、関係無い話。」
「関係無いなら話せるよねー。」
 詰められて、渋々話し出す。
「ういろうを分けて貰ったから、きっちり半分に分けたくて、苺を半分囓れと言ったんだ。それを、三日月が囓っただけの話だ。」
「で?なんで飛ばしたの?」
 二人の視線を避けたくて、手で顔を覆った。
「も…もういいだろう。話は終わりだ。」
「話せない事があったんだ?」
 口を割らない則宗に観念して、加州が「ま、いっか。」と引っ込めた。
「その苺がポイントだってことがわかったから、それでいいよね。」
「聞きたいな~。」
 大和守はまだ興味津々だが、加州が「やめてあげなよ」と止める。
 そのやり取りを聞きながら、則宗はひとり考える。そうか、苺か、と。自分の中ではアレが分岐点だったのか。
 腑に落ちたら、ボソッと呟いていた。
「とても…色めいて見えた…」
 則宗が答えたことに驚いて、二人は無言で彼を眺める。
 すると則宗は続けて言った。
「三日月は普段から所作が美しいだろう?片手で髪を押さえながら、僕の差し出した苺に齧り付いたんだ。何というか…控えめに口を開いて。それが…綺麗だった…」
 則宗の隣で、大和守が「うっ」と唸って胸を押さえ、座卓に突っ伏した。
「清光…僕…こんな…まさに恋に落ちた瞬間、の話が聞けると思ってなかったから…死にそう…」
「気持ちは分かる。」
 二人の様子に、則宗はハッと我に返る。顔を覆っていた手を除けて、立ち上がるべく座卓に手をついた。
「き…聞きたがったのはそっちだろう?…もう、いいな。」
「待って待って!まだ聞きたいことある!」
 大和守が則宗の腕にガシッと掴まる。
「どっちからアプローチしたの!?告白は!?初キッスはいつ!?」
 答えにくい質問をされて、唯一ハッキリしていることをつい口に出してしまう。
「…ケーキのとき…」
「キスが!?」
「速攻じゃん!」
「いや、これはちょっとワケが…」
「聞かせて!聞かないと今日眠れそうにないから!」
 振りほどこうとしても離れそうにない大和守に困って言った。
「誰にも言わないでおいてくれるか?」
「言わないよ。俺たち口堅いから。」
 加州の返事にうんうんと大和守が頷く。
 三日月との仲が広まったのはこの二人が発端だったのだが、それを知らない則宗はすんなりその言葉を信じて一連の流れを話してしまった。

 また大和守が突っ伏している。
「マジ?」
「アンタも結構大胆だね。」
「あ…の時は、馬鹿にされた気がして、ちょっと腹を立てたからであって…あっちが悪い。」
 少々拗ねた風を見せる則宗を見て、加州が笑った。
「いい悪いは無いと思うけど。でも、その流し目がわざとだったら、三日月が悪いかもね。」
 指についたクリームを舐め取られたとき、三日月の視線は則宗に向けられた。あれは意図的なものだったのか否か。考えたところで三人には知りようがない。
「てかさー」と大和守。
「三日月さんの方はいつからだったんだろう。その時キスしたってことは、もっと前から好きだったってこと?それとも、則宗さんと一緒でその日?」
「さあ?三日月はそういう話しない?」
 聞かれて則宗は視線を落として考え込む。
「聞いたことがない。…いや…一度…」
 ずっと焦がれていた、と言っていたのを思い出した。
「ずっと?」
「いつから?」
「それは聞いてない。」
 言われたのは月見に乗じて酒を酌み交わした日だ。お茶に誘われてからひと月程度だったか。だとすると、もっと前からということになるだろう。あれが本心ならば。
「ね、他にも面白い話ない?」
 ニコッと笑って大和守が聞いた。
 再びハッとして、則宗は顔を背ける。
「もう無い。…というか、面白い話じゃないだろう!」
 すっかりペースに飲まれていたことに気付いて、今度こそ立ち上がった。
「頼むから、ひとに言わないでくれよ?」
 そう言って立ち去ろうとする則宗に、加州が声を掛けた。
「ねえ、折角恋に落ちた瞬間が分かったんだからさ、三日月に言えば?」
「そうだね。喜ぶよ、きっと。」
「な…」
 則宗は頬を染めて「やめてくれ」と返す。三日月は一目惚れだという話を喜んでいたようだし、こんな話、自分の中の確認で充分だ。
「まあ、好きにすれば良いけどね。太閤の触れ回った話はどっちにしろそのままになっちゃうし。」
 加州の言に、そうだった、と思い出す。
「ちょっと聞きたいんだが…いや、聞きたくないんだが…」
「何?」
「あの小猿、どんな風に話していたんだ?」



 加州たちは太閤の触れ回った様子を二人で演じて見せてくれたのだが、その中の三日月と自分がとんでもなくバカップルになっていて、則宗は頭を抱えた。
「小猿め、覚えていろ。」
 一目惚れの話は否定したい。だが、それをまた触れ回るのもおかしな話で、もう放っておくしかないかもしれない。
 それに、三日月に何も言わず否定していたら、それはそれでまた障りがあるだろう。
「記憶の確認、はしてもいいかもしれないな…」
 初対面が特命調査だったという話は、共通認識にしておいた方が後々話の食い違いを阻止できる。そんなことで喧嘩はしたくないし、と納得して、その辺りの話をするつもりで三日月のところに向かった。



 三日月の部屋で、加州と特命調査の話をしたと話し出し、そのついでのように則宗は言った。
「そういえば、僕らの初対面はあの特命調査だったんだな。忘れていたよ。」
「…ああ、そうか。そうだな。」
 その返事で三日月も忘れていたのだと判断して、話を続ける。
「そうなると、あれは間違いということになるな。」
「あれ?とは?」
「一目惚れの話だ。特命調査で初めてアンタを見たんだ。その時に惚れてないんだから、一目惚れではないだろう?」
 よし、これで一目惚れ云々から解放される、と思っていると、三日月はこう返した。
「では、あの時、菊は俺を見てどう思ったのだ?」
 則宗は一瞬止まり、うーんと唸る。
「…あの時は坊主のことで頭がいっぱいだったからな…よく覚えていないんだ。」
「ならば、本丸で会ったのが初対面のようなものではないか?」
 また、元の木阿弥になる気配を感じて、違うぞ、と返す。
「その…よく考えたら、その時ではなかったから、…どちらにしろ一目惚れではないことになる。」
「その時ではない、とは何がだ?」
 そう言いながら、三日月は則宗の腰に手を回し、ピッタリと身体を寄せた。
 答えなくても分かっていそうだと思いながら、則宗は相手の顔を間近で見上げる。
「だから…僕が…アンタに惚れたのが…」
 しっかり抱き寄せられているせいで、口を開く度に相手の顎に唇が触れそうになり、そわそわとしてしまう。この距離はいつもなら口づけをしている筈で、それがないのがもどかしい。
「それはいつだ?教えてくれぬか?」
 ドキリとして俯く。『三日月に言えば喜ぶ』と加州と大和守に言われたのを思い出した。本当に喜んでくれるだろうか。一目惚れではないことにがっかりしないだろうか。自分で否定しておきながら、それが相手に気落ちさせることになるのではないかと今更心配になる。
 言葉に詰まっていると、三日月は俯いた則宗の顎に指を添えてそっと持ち上げた。
 則宗は今度こそ唇が触れるのだと思って目を瞑るが、唇には指が当てられ、耳元に三日月の唇の気配がした。
「教えてくれ。いつだ?」
 キスを待ってしまったことに恥ずかしさを覚え、顔を伏せたいがそれは許されず、則宗は頬を染めた。
「苺を…分けたとき…だ。」
「そうか、あの時か。…美味かったな、あの苺は。」
 そう言って、三日月は唇を合わせた。
 やっと触れられた唇は、相手を求めてしばらく離れようとしなかった。



「それにしても」と三日月は言う。
「初対面の印象を覚えてくれていないというのは、些か残念だな。」
 それにはプイッと顔を背けて返す。
「アンタだって忘れていただろうに。」
 三日月は微かに笑った。
「覚えていないなどと言ったことはない筈だが。」
「え?」
「忘れるわけがなかろう?」
 言って抱きすくめる。
「何せ監査官殿は、それはそれは見目麗しく、この上なく魅惑的な御仁だったのだから。」

 焦がれていたぞ? ずっと

 則宗は驚いて相手の胸に顔を伏せた。そんなに前からその視線に捉えられていたのか、と。
 嬉しいような恥ずかしいような複雑な気持ちに高揚する中、気付く。
「ん?…ということは、つまり、アンタが一目惚れしてたってことかい?」
 すると三日月は首をかしげた。
「はて、何のことやら。」
「とぼけるな。」
「いやはや、歳を取ると物忘れが酷くてな。」
「忘れるわけがないと言ったばかりだぞ!」
 三日月は笑ってはぐらかしてばかりだった。



fin.
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