みかのり短編

隙間に光る月


 その日は演練に二部隊で出かけていた。
 勝ち数を上げるための第一部隊と、鍛錬を始めたばかりの刀を集めた第二部隊。
「主の考えもよく分からんな。第一部隊がいるなら、こっちは出番がないだろうに。」
 第二部隊の隊長である則宗は、今日の演練相手になる部隊の表を見ながらそう言った。
「主は結構気まぐれだからな。今日は勝ち数もほしい、鍛錬もしたい、ということだろう。」
 三日月が横から覗き込んで、表の中の一部隊を指さす。
「これなど丁度良いのではないか?おぬしたちより少し強いようだが、全力で行けば勝てなくはない。」
「おお、そうだな。たまにこういう相手がいてくれると助かる。練度が違いすぎると学ぶのも難しいからな。」
 二人が相談している様子を後ろから見ている面々は、クスリと笑った。
「ま、大将の気遣いだろうな。」
「やっぱり?」
「二人ともホントに気付いてないのかね。」
「御前さんはともかく、三日月は気付いているんじゃないか?」
「だよねー。」
 演練場の待機所の端に陣取って話していると、三日月と則宗のすぐ側で足を止めた者がいた。
「久しいな。息災か?」
 それは以前会った他本丸の三日月だ。
「ああ、どうやら縁があったようだな。そちらも息災か?」
「ああ、うちはのんびりしたものだからな。相変わらず、仲睦まじいようで何よりだな。」
 相手の三日月がニッコリ笑うと、こちらの三日月もニッコリ笑って見せた。
「そうだろう?…して、そちらの本丸でも菊…一文字則宗を迎えるという話だったが…」
「ああ、あの後すぐにな。」
 そう言っている三日月の後方から、恐らく部隊員と思われる刀たちが彼を呼ぶ。
「三日月!ここに居たのか。」
 歩み寄ってくる数人の中に、彼、一文字則宗がいた。
 そして、彼はこちらの三日月と則宗を見て口角を上げた。
「やあやあ。もしかして、お前さんたちが噂の二人かい?」
「噂?」
 則宗がパチクリと瞬きをして聞いた。
「キミが一目惚れをして、ただならぬ仲になったと聞いた。珍しいこともあるものだと思ってね。」
「え?一目惚れだったの?御前さんの?」
 後ろから誰かがそう言ったのが聞こえて、則宗は焦った。
「いや、ちょっと待て。違うぞ?」
 後ろに向けてまた「違うぞ?」と繰り返す。すると横から三日月が顔を近づけて「違うのか?」と聞いた。
「いや、違……その…自分でもよく覚えていないから、あれは結果論でしかなくてだな…」
 三日月はしゅんとして見せる。
「そうか、俺は嬉しかったのだが…」
「いや、違う…とは言い切れないとも言える…」
「そうか。ならば一目惚れということでも大差ないな。」
 ニッコリする三日月の後ろから薬研がポンポンと背中を叩いた。
「はいはい、旦那方、人前でいちゃつかない。」
「いちゃついているわけじゃない!」
 則宗がムキになって反論する。と、もうひとりの則宗が笑った。
「あっはっは。本当に仲が良いんだな。珍しいものだ。」
 三日月が人当たりの良い笑顔を向けて尋ねる。
「先程も、珍しい、と言ったが、何が珍しいのだ?」
 すると彼は扇子を広げて、口元の笑みを隠した。
「一文字則宗と言えば政府の刀だ。そして、三日月宗近と言えば、政府にとっては頭の痛い何かと問題が起こる刀。政府から来た刀が監視対象の刀と恋仲になるなど、珍しいことに違いなかろう?」
 皆、言葉が出ずに一瞬静まりかえった。
 彼は続ける。
「ああ、そうか。恋仲になってしまえば、ぴったり張り付いて監視ができるというわけか?」
「一文字則宗!」
 あちらの三日月が鋭い視線を彼に向けた。
「失礼なことを言うものではない。行くぞ。刻限だ。」
 仲間を促してその場から立ち去らせると、自分は振り返って姿勢を正す。
「すまぬ。失礼をした。」
 三日月は目を伏せてゆっくりとお辞儀をしてから去って行った。
 則宗はジッと自分の同位体を見送っている。ふわふわとした髪に覆われていて、仲間の位置からその表情は見えない。
 傷ついているのではないかと皆、不安げだ。
「だ、大丈夫だって。誰も則宗さんをそんな風に思ってないから!」
 浦島が慌てた風にそう取り繕うと、則宗は振り向いてニコッと笑顔を見せた。
「ああ、分かっているさ。心配を掛けたな。」
 三日月はしばらく立ち去った彼らの背中に視線を向けていたが、則宗の方を向くときには優しい笑みになっていた。
「大丈夫か?菊。」
「問題ない。…アレは僕だからな。分かるだけだ。」
「分かる?」
「あの三日月が言っていただろう?『今度主が一文字則宗を迎える』と。つまりアンタと同じで、札か特別なまじないを施した疑似刀を政府から貰い受けて、本丸で顕現させた。あの『僕』は政府も特命調査も知らない。でも政府由来の刀だ。きっと空洞が多いんだろうさ。ゆえに、歪さも際立つ。」
 則宗は視線を落とす。尚も口角は上げたまま。
「己の歪さに自覚的だからな、一文字則宗という刀は。隙間を埋めたいと常に思っている。だから足掻いているのさ、アヤツも、アヤツなりに。」
「ね、隊長さん。隙間はどうやって埋めるの?」
 第二部隊の太閤左文字が、タタタと則宗の前に回り込み、首をかしげて聞いた。
 則宗は畳んだままの扇子を顎に当て考える。
「そうさなあ、…愛かな?」
 太閤はニッと歯を見せて笑った。
「じゃあ、うちの隊長さんは大丈夫だね。愛されてるからさ、あんな風にはならないよね。」
 あんな風と言われてしまった同位体を少々哀れに思いはするが、それは置いておいて、太閤の真似をして歯を見せた。
「そうだな。中々嫌味なヤツだったな。うはは。」



 それから数日間、則宗は忙しくしていて三条には顔を出さなかった。
 三日月も特にそれを気にする風でもなく、日常を過ごしている。
「菊さん来ませんねぇ。」
 今剣が三日月の隣に腰掛けて、縁側から脚を投げ出すとブラブラさせた。
「忙しいのだろう。そのうちまた手が空いたら来ると思うぞ?」
「そんなにお仕事あるんですかねぇ。」
「役付きだからな。なんやかやあってもおかしくはない。」
「…近侍より忙しいんですかぁ?」
 不服そうな今剣の頭をポンポンと軽く叩いて、三日月は立ち上がる。
「俺は自由気ままにやらせて貰っているからなあ。…とは言え、ひとつ仕事を忘れていた。行ってくる。」
 今剣はハッと思いついて三日月の背中に声を掛けた。
「ついでに教育番長さんに、ぼくを演練につれていってくれるようたのんでおいてください!」
「あいわかった。言っておこう。」
 今剣はもう修行を済ませている。則宗が演練に連れて行くのは修行前の刀ばかりだ。それを分かった上でのことだというのは三日月も心得ていた。それに了承の返事を返したのは、今剣の心遣いを無碍にしたくないからに他ならない。

 三日月は取り繕うように主のところに顔を出し、一応の用事を済ませ、去り際に思い出したように聞いた。
「ときに主、番長制に滞りはないか?」
「ん?特に問題は無いよ。皆よくやってくれてるし。」
「それは良かった。それはそうと、何か通達があるなら届けるが。」
「んー、あ、燭台切に肉ばっか食べてる人に野菜食べさせるメニュー考えてって言っといて。まあ、気軽にでいいんだけど。」
「そうか、…他はないか?」
「無いかな…あ、…菊にちょっと相談があるから来るように言ってくれる?急ぎじゃないけどね。」
「あいわかった。」
 目を伏せて軽いお辞儀をし、三日月は主の部屋を出た。

 厨に行って燭台切に主からの伝言を伝えると、燭台切は首をかしげた。
「わざわざそれを伝えに来てくれたのかい?」
「番長制の話を振ったらそんなことを言っていたのでな。まあ、気軽にと言っていたから、献立を考えるついででよいと思うが。」
「ああ、了解したよ。ところで…」
 そこで燭台切は言葉を止めた。
「どうかしたか?」
「…いや、ゴメンね。余計なお世話だ。やめておくよ。」
 ではな、と言って厨をあとにする。
 燭台切の様子から、やはりあの時の話は広まっているようだと三日月は小さく溜息を吐いた。
 政府刀が政府からどのような命令を受けているかは明かされない。当然のことだ。政府が監視したいと思っているなら、当然監視するための刀を配属するだろう。だが、それが則宗とは限らないし、他の政府刀も命令を受けているとは限らない。
 ただ、このことが本丸内の不信に繋がらなければ良い、と願うばかりだ。

 とは言え教育番長に会う口実が二つあることに感謝して、三日月は一文字の棟に向かった。
「あー、みかちじゃーん。こっち来るなんて珍し。」
「所用が出来てな。教育番長はいるか?」
 姫鶴はぷぷっと吹き出した。
「意外なんだけどー。そーゆーの無いと会いに来れない感じ?」
「あっはっは。そうだな。だが、恥ずかしいから気付かない振りをしてくれると助かるな。」
 たいして恥ずかしがる風もなく、そう言う。
 姫鶴は内心「食えないヤツ」と思いつつ、のほほんと告げる。
「御前、今出てるんだー。」
「どこに行ったか分かるか?」
「んー、今面倒みてる子たちの手合わせ見に行ってる筈。でも、もう終わってるかもよ?」
 そうか、と踵を返しそうなのを見て呼び止めた。
「お茶出してあげっから、ここで待ってれば?逃げられずに済むっしょ?」
「ふむ。別に逃げられているわけではない、と思いたいが、まあそう言うならお言葉に甘えようか。」
 姫鶴としては、何か聞き出せないかという思惑もある。則宗がこのところ三条に行っていないのを知っているからだ。率直に聞いて答えてくれる相手なら楽だが、三日月相手ではそうはいかないだろうと感じていた。



 則宗が一通りの用事を終え戻ってみると、そこに三日月がいた。予想外のことに唖然として居間に入ったところで立ち尽くしてしまった。
「な…何か…用かい?」
 なんとか言葉を出すと、三日月は言伝があると言う。
「まずは主からの呼び出しを伝えるべきかな。何やら相談したいことがあるらしい。急ぎではないが来てくれと。」
「そ、そうか。ならあとで行ってくる。で、他は?」
「今剣が、演練に連れて行ってくれ、と。」
 それには、則宗はキョトンとして返答に困った。
 三日月は手に持った湯飲みを傾けて茶をすすり、ゆっくりした動作でそれを座卓に置いて立ち上がる。
「教育番長どのに伝えておいてくれ、と言われてな。確かに伝えたぞ?」
「みかち行くの?ゆっくりしてけばいでしょ?」
 姫鶴の言葉に、今度は「遠慮しておこう」と返す。
「俺がいると居心地が悪そうだからな。」
「そんなことは…」と則宗は言ったが、上手く言葉が続かなかった。
 三日月は則宗の横をすり抜けながら、そっと黄色い髪を一房すくい上げる。そして、その毛先に唇で触れてすぐに離れていった。
 依然立ち尽くす則宗に、姫鶴が「いーの?」と声を掛けたが、片手を開いて見せただけで何も言わず自室に入っていった。
 姫鶴は溜息を吐いてふすまを眺める。三日月と何かあったのか気になりはするものの、あまり踏み込んでも嫌がるだろう。一文字だからというわけではない、と言い訳をするように思いながら、しかし考えあぐねて宙を見上げた。
 しばらくすると、則宗は着替えて出てきた。
「あれ?着替えたんだ?」
「ああ、内番服は楽でいいが、主のところに行くにはちょっとな。」
 内番服で行ったこともあるじゃんとは突っ込まず見送る。
「そか。いてら。」
 着物の襟元や裾を気にしつつ、則宗は出かけて行った。その様子を見て、姫鶴は微かに笑う。
「なーんだ。そゆこと。」
 先程の様子は服装のせいか、と納得した。


「ごめんね、明日でも良かったんだけどさ。」
 いつになく悪戯っぽく笑う主。
「なんか、三日月が言伝欲しそうだったから。」
 やはりそういうことか、と則宗は息を吐く。
「いんや、例の件だろう?なら早い方がありがたい。」
「んー、でも私、審神者友達少ないからね、問題の起こった本丸を知ってる人ってのもいなくて、噂でしかない話だけだよ?」
「いいさ、政府とは別ルートで出回っている話ってのも貴重だ。」
「聞いた話、私にとっては都市伝説レベルだから、眉唾なんだよねー。」
 そう前置きをしてから、少し声を潜めて主は話し出した。

 友達が少ないと言っていた割に、主が集めてきた話は数があった。が、前置きの通り、真実味のない話ばかりだ。
「みんな、こういう怪談好きだからね。きっと背ひれ尾ひれもついてるだろうし。」
「ふむ。いや、参考になった。手間を取らせて悪かったな。」
「いいよ。私も楽しかったから。」



 食堂で三日月を見つけると、則宗はすぐ側まで歩み寄った。
「さっきはすまなかったな。追い立てるようなことをしてしまった。」
 三日月はいつもの笑みを向ける。
「いや、こちらこそ突然押しかけて悪かった。…最近忙しいようだが、大丈夫か?」
 肩をすぼめて則宗は笑った。
「なに、どうということはない。実を言えば半分は趣味のようなものだ。心配には及ばないさ。」
 そうか、という三日月の返事で会話が終わってしまい、少し気まずい空気が漂う。
 すぐ後ろに座っている肥前が、口をもごもごさせながら振り返った。
「なあ、一文字の。昨日俺んとこ来てたのも、趣味の一環ってやつ?」
「ん?ああ、そうだ。邪魔して悪かったな。」
「いや?先生も興味持っちまってよ、アンタとは別で何か調べ始めちまったんだが…あれ、放っといて大丈夫か?」
 則宗は苦笑した。
「…問題は無いと思うが…あの御仁も突拍子もないことを始めそうだからなぁ…」
「刃体実験だけは俺が阻止するから、安心しろ。それ以外のことに関しては止める自信がねえ。」
「政府に表立って調査を始めそうなら知らせてくれ。」
「んー、わかった。ところでよ。」
「ん?なんだ?」
 トーンが変わったことに気がついて、軽く首をかしげる。
「あんたら恋仲なんだろ?なんでさっきから余所余所しいんだ?…あ、人前だからか…わりぃ…」
 肥前は聞いておいて、自分で納得して謝って向こうを向いてしまった。
 突然、恋仲と言われたことに恥ずかしさと驚きでジンワリと汗を掻きながら、その肥前の様子に可笑しさが込み上げてしまい、則宗は吹き出した。
「ふ…はっはっは。そうだ、三日月、アンタにも話があるんだ。明日は邪魔をする。」
「あいわかった。待っているぞ。」
 肥前のおかげで思いがけず空気が砕け、則宗はホッとして空いている席に向かう。
 その後ろから三日月が「菊」と声を掛けた。
「ん?」
「その着物も良いな。似合っているぞ?」
 則宗はニカッと笑って応じた。
「そうだろ?」



 次の日、自分のやるべきことを済ませて則宗は三条に足を向けた。
 もう通り馴れた廊下を抜け、中庭が見えるとそこには短刀たちがいつものように集まって楽しそうに遊んでいる。今日は天気も良くて風も気持ちいい。いつもは急いで曲がっていくその角で、則宗は足を止めてしばし眺めた。
「ふむ。淀みは無い。…取り越し苦労というやつだな。」
 この本丸は心地良い、と改めて思う。
 あの他本丸の一文字則宗が言った、政府が三日月宗近を警戒しているという話は、聞かないでもない。しかし、現状密命は下りておらず、内容も定かでない。それがこの本丸にも当てはまることなのか、懸念はあるのか。この数日、則宗はそれを調べていた。
「結論から言えば、アレはここには関係の無い話、だ。」
 三日月に会ってすぐ、則宗はそう言った。詳しく語らなくても相手には伝わっただろうと反応を見て判断した。
 そしてニカッと悪戯っぽく笑う。
「今のところは、という注意付きだがな。」
 縁側から脚を投げ出したまま、後ろにゴロンと寝転んだ。グッと伸びをする。
「久々にあれやこれや動き回って疲れた。しばらくはのんびりしたいものだ。」
 三日月は息を吐いて笑んだ。
「そんなことを調べていたのか。」
 則宗はガバッと起き上がって、間近に顔を寄せる。
「そんなこと、じゃあない。どこかの本丸の三日月宗近のように突然消えられても困るんだ。」
 その顔は真剣なものだった。しかし、三日月は笑って返す。
「はっはっは。信用が無いなぁ。」
「アンタはつかみ所が無いからな。」
「なら、つかまえておけば良い。こんなに近くにいるのだ。」
 三日月は、そう言って腕を広げて見せた。
 さあ、と首をかしげる。
 一瞬の躊躇いのあと、則宗は抱きついた。
「世話が焼ける。」
「俺は世話されるのが好きだからな。」
 広げていた三日月の腕はそっと則宗を包み込んだ。




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