弊本丸の日常

就任一周年



「就任一周年、おめでとうございます!」
 全振り一斉の祝いの言葉で、宴は始まった。
 お祝いの料理が運び込まれ、大広間には楽しげな音や声が満ちている。
「さて、早速行こうか。まずは初期刀だろ?」
 鶴丸が号令を掛けると蜂須賀がすっくと立ち上がる。
「この一年の、主との思い出、蜂須賀、行きます。」
 いつもとは違うテンションで、蜂須賀が喋り出した。
 グッと拳に力を入れている。
「俺は!最初の頃!主に!」
 そこで間を開けて、力強く拳をあげる。
「ゴールドセイントと呼ばれていた!!!」
 最初期の刀たちの間でドッと笑いが起こる。
「そうそう、呼ばれてたよね!」
「僕もこっそり蜂須賀さんの名前聞かれたことあります。」
「一応覚えようという気概はあったよな。」
 短刀たちが口々に言った。
 主は申し訳なさそうに蜂須賀に向かって手を合わせている。
「ご、ごめん、ごめん」
 蜂須賀は「いえ、ご心配なく。」と主に返してから続ける。
「名前を覚えて貰うまで約一ヶ月。ゴールドセイントに始まり、金ピカの人、えーっと蜂の人、虎徹の…人、などの変遷を経て、やっとまともに名前を覚えて貰ったと思ったのに!そこからまた虎徹繋がりで訳が分からなくなったらしく、最終的に、半年ほど…掛かったような気がする!主!俺の名は!?」
「は、蜂須賀虎徹!」
「はい、ありがとうございます。」
 また笑いが起こって、浦島がそうそう、と思い出して言った。
「俺の名前、最初ちゃんと覚えてくれたのに、途中から『虎徹の…えっと…鏑木?』とか言い出して、誰ってなったよね。」
「ごめんて。」
 長曽祢も笑って付け加える。
「一時期、三人とも鏑木虎徹って呼ばれたよな。誰だか知らんが。」
「キャラの名前で…」
 主が三人に謝り倒していると、同田貫が立ち上がった。
「名前ネタなら俺もあるぜ。」
 パチパチと拍手が起こる。
「俺は全く名前を覚えて貰えなくて、会う度に名を聞かれ、酷いときには一日に数回。ちゃんと毎回答えているのに全く呼んで貰えなかったんだが、半月ほどだったか、急に『たぬきさん』って呼ばれるようになった。あー、一応覚えようとしてくれたんだな、まあたぬきならあだ名にもなってるしいいか、と思っていたら、その一週間後?顔を合わせたときに『ど』って言ったんだよ。これはもしかして、名前をちゃんと覚えてくれたのか?って思ったんだが…」
 同田貫は息を吐いて溜めた。
「主は、俺の顔を見て、『泥…たぬき?』…俺は思わず、『惜しい!』って返しちまった。だが、違う!泥だらけの狸じゃ刀振れねーだろ!主!俺の名前!覚えたか!?」
「ど、同田貫さん!」
「続きは?」
「同田貫…あれ?続きあったっけ?」
「ある!」
「えっと…同田貫…まさ…まさくに…とか?」
「とかは要らねえ。正解だ。」
 やったーと主が両手を挙げると、同田貫は呆れたように息を吐く。
「俺も約一年、ここに居るんだけどな。まあ、こんなもんだ、最近来た奴らで名前覚えて貰えないやつは、気にすんな。一年かかるから。」
「そういや俺らも名前、確認されたよな。」
 そういったのは和泉守だ。それに大和守が相槌を打った。
「そうそう、僕らの部屋に来る度に指さし確認してたもんね。『こっちが和泉で、こっちが大和』」
 言って、指を指して見せる。
「俺も最初覚えて貰えなかったけど」
と加州が手を挙げた。
「ある日、主にカシューナッツが入ったチョコ貰ったんだよね。『加州にはカシューね』とか言って。それ以来間違えられてない。多分、俺の顔見るたんびにカシューナッツ思い浮かべてるんだろうなって。」
「そうなの?」と大和守が主の方を向くと、一斉に皆が見る。
「…当たらずとも遠からず…ってか、当たってます…」
 また笑いが起こって、口々に「俺は?」「僕は?」と名を覚えて貰っているか確認し始める。
「僕たちは名前を取り違えて覚えられてしまいましたね。」
 平野はそう言って、前田と頷き合っている。
「十中八九、逆で呼ばれましたね。」
「もう大丈夫!…多分。」
 若干自信なさげに主は言った。
「名前ネタはこのくらいか? じゃあ、他の思い出、誰行く?」
「では、俺の話をして良いか?」
 言って三日月は、パサッと扇子を広げた。

「俺がここに来てすぐに、鍛えるのに丁度良い出陣先が開かれてな、連日そこに出陣していたのだが、その頃、主はよくこう言っていた。『これで充分に強くなれるはず。それに旅に必要なものも手に入るから、一番に修行に行ってもらう』と。」
 就任して一ヶ月ほどだったか。修行に出す条件をクリア出来たばかりで、まだ誰も修行に手を挙げていなかった。
 そして、程なくして旅道具などが手に入った。
「俺はずっと近侍についていたから、まず解任して貰わなくてはならなかったのだが、その辺りを主がよくわかってなくてな、内番に付いたりあれやこれやと雑事に追われている間に浦島に先を越されてしまった。」
 あはは、と浦島が笑った。
「あとから聞いて驚いちゃったんだよね。俺、意思表示しといた方が良いかなって思って、修行行きたい!って言いに行ったら、すぐにお許し出たからさ、喜び勇んで行っちゃった。だから俺が修行一番乗りだったんだけど、…ゴメンね」
 片手を顔の前に立てて悪戯っぽく謝る。
「いや、良い良い。主は複数の刀を同時に旅に出せると思っていたのだったな?それで、浦島が修行に出たあとで、近侍からはずされ、内番も免除、隊からも抜けたのだが、…そのまま浦島が帰ってくるまで俺は暇をしていた。突然何も出来なくなった隠居のジジイになってしまってなぁ。日がな一日、茶を飲んでボーッとしていたあの虚無感は少々応えた…いや、今となっては良い思い出だ。」
「アンタのことだから、暇になって大喜びだったのかと思ったが、そうでもないのか。」
「数日前まで連日出陣していたのが、急に隠居になったのだ。仕方なかろう?」
 主は三日月にも手を合わせてゴメンと謝った。
 三日月は笑って首を横に振る。
「いや、贅沢な話だというのは分かっている。寵愛を受けている自覚もあるしな。軽装も一番に貰ったのだから、感謝しているぞ?」

 その後、主との思い出をあれこれと話す中、主の困った習性として「真剣必殺を見たがる」「その為に怪我を治してくれない」「怪我をするとつつきに来る」などが話に上がった。
「いや、見たいじゃん!真剣必殺!」
「でも、あれ結構恥ずかしいよな。服破れてるし。」
「そうそう。ビリビリなのが格好悪いから俺は脱ぎ捨てちゃうけど、そうなると上半身裸だし。」
「怪我をさせるために単騎でとんでもないところに放り込まれたり…」
「それ、計算違いだよね、多分。能力に見合ってないところに行かされたときの絶望感…」
「しかも刀装付けてくれてないし…」
「いや、ごめん!でも!見たいの!真剣必殺!」
「主が見てると思うと緊張して余計に出来ないっていうのもあるよね。」
「わかる!俺もそうだった!」
 やいのやいのと盛り上がり、皆で夜遅くまで騒いでいた。

 次の日、異去で事件が勃発することを知らぬまま。




fin.
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