みかのり短編

手合わせ



 座して向かい合い、姿勢を正す。傍らには木刀。静寂の中、二人はお辞儀をした。
 まだ誰も道場に出てこない時間に、則宗と三日月は簡易な袴姿で手合わせにやってきた。役付の二人は内番としての手合わせに出る機会が減ってしまった。それで、たまにはやるかという話になった。
「よろしく頼む。」
「ああ、そちらもな。」
 立ち上がって構えると、まず三日月が「いざ」という声と共に距離を詰める。
 カンッと軽く音を立て、則宗が相手の木刀を外に流すと、その太刀筋は弧を描いた。即座に身を翻して描かれる弧の軌道上でその勢いを殺すべく、受け止める。
 二人の衣や髪が舞い踊っているかのように、動きに合わせて揺れた。
 気持ちよく響く木刀の打ち合う音の間あいだに二人の足音が混じる。一方はすり足、もう一方は軽やかなステップ。
 しばらく打ち合ってから、則宗は一旦引き、威嚇するように切っ先を向けた。
「手加減してくれているのか?」
 対して三日月は下段の構えになり、視線をそらせた。
「加減してくれ、と言われたからなあ。」
 則宗はパチクリと瞬きをしてから、少し腕を下げた。
 以前打ち合ったときにそんなことを言ってしまったのだろうか、と思い出そうとするが、記憶にない。
「いつの話だ?」
「ん?そうだな…」
 三日月は構えを解いて、片手で指折り数える。そしてニッコリ笑った。
「三日前だ。」
「は?」
 最近手合わせをした覚えがない。そもそも、最近やってないからやろうという話の流れだった筈だ。
 と、言い返そうとしたところで思い出した。夜の話だ。
 則宗はカッと頬を染めて、睨み付ける。
「真剣に打ち合っているときに何を!」
「どうした?菊。」
「真面目にやれ!手加減などいらん!」
「そうか、要らぬか。覚えておこう。」
 ハッとして慌てる。
「いや、ちょっと待て!今のは手合わせの話で!」
 そう言ったとき、三日月は既に間合いを詰めていた。
 すんでの所で相手の攻撃を止める。
「菊、気が逸れているぞ?」
 そう言って則宗を押し飛ばした。
 則宗は盛大に転んで怒る。
「アンタのせいだろうが!!」
「真剣に打ち合っているときに、気もそぞろでは勝てるものも勝てまい。」
「この…こンのクソジジイ!」
 いきり立って、渾身の力で打ちに出る。それを軽く受け流されて、則宗は歯噛みした。
「勝ってやるからな!」



 いつになく真剣に打ち合っている二人を見て、手合わせに出てきた面々が珍しげに見物し始める。
 三日月は本気を出しているのかと思えば、則宗が優勢に転じる度さらに上を行く攻撃を繰り出し、際限が無かった。
 そして則宗の足がもつれて倒れ込んだところで、木刀を向けて勝負の終わりを告げる。
「くっ…」
「降参は言わぬのか?」
「ま…参りました。」
「手加減が欲しいか?」
 皆がいる手前、言い淀むわけには行かない。
「要らんと言った筈だ!」
「うむ。よく言った。」
 そう言って笑って最初の位置に座る。
「ほれ、礼を。」
 疲れた身体を持ち上げ、則宗も移動して姿勢を正した。
 互いに礼をする。
「ありがとうございました。」
「ああ、良い手合わせだった。」
 周りからパチパチと拍手が起こり、「凄かった」「面白かった」と感想の声が掛かる。
「皆も励めよ?」
 そう言い置いて、二人は道場を後にした。



 三日月が機嫌良く笑っているのを見て、則宗は嫌な予感を覚える。
「…三日月、言っておくが、さっきのは…」
「菊の覚悟を聞かせて貰ったからな、記憶に刻んでおこう。」
「だだだだから!あれは手合わせの話で!」
「ああ。だから、次の『手合わせ』を楽しみにしておくぞ?」
 そう言って、三日月は則宗の手に自分の手を絡めた。夜、寝床で時折重なる手が絡まるのと同じ風に。




fin.
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