刀剣乱舞
ホワイトデーはキスの香り
「よ、集まってるな?」
広間に集合している刀剣たちに声を掛けたのは鶴丸だ。何を隠そう、全員に招集を掛けたのは彼である。
何なんだ、早く用件を言え、と口々に言う皆を制するように両手で「まあまあ」と宥めるようなジェスチャーをする。
「早朝に集まってもらったのは他でもない。今日は何の日か知ってるな? そう、ホワイトデーだ。」
この本丸では、バレンタインデーとホワイトデーはプチお祭りイベントになっている。
「主から貰ったチョコのお返し、みんな準備してるよな?してるよな?」
あちこちに指を指して、そこここで頷く様子を確認する鶴丸。
「よし、と言うわけで、今年のホワイトデーはミッション型イベントを開催するぜ!」
どういうわけだよ、というツッコミには無視を決め込む。
「ミッションは簡単!各自準備したプレゼントを主に渡し…」と、ここで垂れ幕をバサッと広げた。
「且つ、主にキスをすること!」
垂れ幕には、『本日のミッション 主へのキス』と大きく書かれている。
驚きの声が上がるのを聞いて、鶴丸はニコニコと満足げだ。
「唇でもおでこでもほっぺでもオーケーだ!主の身体にちゃんと、主に分かるようにだぞ?期限は日没まで!やらなかった奴は今日の晩飯抜きだからきっちりやれよ?」
そんなことは出来ない、と恐縮しきりの者もいるが、中には「問題は、いかにスマートにやるかだ。シチュエーションを構築しなくては」と当たり前のように作戦を考え始めている者もいる。
そんな中、極の不動行光が立ち上がった。
「…俺が…一番乗りだ!」
叫んだと同時にバッと飛び出していった。
「お?いいねえ。やる気充分だ。よし、鶴さんも行動開始しますかね。じゃあみんな、頑張って楽しませてくれよ?」
そう言い置いて、鶴丸は不動を追いかけた。
「主!」
少し息を乱しながら不動は主の側に駆け寄った。主は丁度部屋から出てきたところだった。
「不動、おはよう。」
「あ、ごめん、朝早くから。」
「ちゃんと起きてきたから大丈夫だよ。何か用事だった?」
「あ、あの、これ。」
持ってきたプレゼントを差し出して「それから、…あの…」と俯き加減で微かに頬を染めた。
「ありがとう、ホワイトデーだよね?」
「う、うん。それで、あの、ちょっと、…耳貸して欲しいんだけど…。」
「え?何?」
主はキョトンとしながら、何か内緒話があるのだと思って不動に耳を近づけた。
それに合わせて『こっち向いて』と不動は囁く。
「え?」
反射的に不動の方に顔を向ける主。そこを狙って、チュッと唇を付けた。
「ご、ごめん!ミッションだから!」
びっくりして固まっている主を残し、不動は一目散に走り去った。
「やーるねぇ。でも、これで主が警戒し始めて不意打ちは効かなくなったかな?」
走って行く不動の背中を振り返り、「おうおう、元気なこって」と笑ったのは薬研だ。
「ほら、お前ら、作戦立てたんだろ。邪魔が入らないうちに行ってきたらどうだ?」
小さい短刀に対しては警戒心が薄いだろうと話し合った粟田口の兄弟たちは、短刀全員で一気に押しかける事になっていた。
「よし、行くぞ…って薬研兄ちゃんは一緒に行かないのか?」
「俺がいたらちょっと警戒されるだろ。俺は一人で何とかするさ。ほら、行ってこい。」
促されて弟たちは頷き合った。
「あるじさま…」
もじもじと五虎退が主を呼び止める。
五虎退を先頭に、粟田口の短刀たちは笑顔で挨拶をした。
なぜ五虎退が先頭なのかと言えば、主が五虎退にめっぽう甘いからだ。
「おはよう、みんな。」
それぞれ手に何かを持っているのを見て、不動と同じ目的だと察し、若干の警戒心を見せる主。
「あの、僕たち、ホワイトデーのプレゼントを持ってきました。」
「バレンタインのチョコありがと、主さん。」
「お返しだ。みんな一生懸命考えたから、受け取ってくれよな。」
「主君の好みに合えば良いのですが。」
「いつもありがとな、主。」
一言ずつ言葉を掛けて、プレゼントを差し出す。
主は落とさないように着物の袖で受け取って、ありがとう、と笑った。
「あの、あるじさま、それでお願いがあるんですけど…」
来た、と彼女は身構える。
「な…なあに?五虎退。」
「ほっぺたにキスさせてください。」
「え、あ…あー、そうなのね?」
ストレートにお願いされたのが逆に意外で拍子抜けな様子だ。
「ちゃんとお願いできて偉い。…じゃあ、特別ね。」
そう言ってしゃがみ込んだ。頬に限定したのも良かったかもしれない。
途端、周りの短刀たち全員が次々に頬にキスをしていく。
えへへ、と照れるような、悪戯心が混じったような笑顔を見せて、五虎退もそれに続いた。
全員が済ませたかと思えば、ひとり、もじもじとしている者が居る。
「主、今だけでいいから、人妻って設定にしてほしいなって…」
そう言った包丁に主は苦笑いを向けた。
「設定ね、うん、分かった。今は人妻ってことにしよう。」
「やったー!じゃあ、唇にキスしていい!?」
慌てて主が身を引く。
「なんでそうなるの!?人妻はキスしないと思う!」
「でも俺は人妻の主にキスしたいぞ。人妻はロマンなんだぞ。」
「人妻におかしなロマン求めないで!」
「…だって、人妻がいいんだもーん…主、人妻でしょ?」
「わかったから、ほっぺにして。」
「…ぶー…わかった…」
少々不服そうに、包丁は主の右側から近付いて顔に手を添えた。そして、そっと唇を寄せて、頬に付く寸前でじぶんの顔を傾けて素早く唇にキスをする。
「!!…包丁くん!!」
主が叱るように名前を呼んだときには、もう脱兎のごとく逃げ出していた。
「ずるいぞ!」
「僕も唇がよかったのに~」
ドタドタと全員が駆けていく。
もう!と怒りながら、主はプレゼントを抱えて踵を返した。
「弟たちが悪かったな、大将。」
「あ、薬研。」
「大荷物だな。」
主の手元を見て薬研がそう言うと、彼女は「部屋に置きに行こうと思って」と答えた。
「ひとつ増やしていいか?」
言ってプレゼントを見せる。
「乗せてくれる?」
「ああ、ほらよ。」
軽くポンっと置くと不安定さが増し、彼女は手元に気を取られてしまう。
その隙を突いて薬研は彼女の顎に手を添えて、チュッと唇にキスをした。
「!!薬研~!」
顔を赤くして怒る主に、薬研は笑い声を返す。
「悪いな、大将。ミッションなんでね。」
「ほっぺでもいいんでしょ!?」
「そこは、俺の好みってやつ。」
ウインクと共に投げキッスを飛ばして薬研は立ち去った。
その日、主は本丸内の行く先々でプレゼントを渡され、キス攻撃を受けた。
最初は怒っていたが、昼を過ぎた頃には「ミッションなら仕方ないか」という諦めの境地に至る。
「主どの。」
槍や薙刀の面々がそれぞれに視線をあさっての方向に向けながら近付いてきた。
大柄な男たちに取り囲まれて、若干の威圧感に主は戸惑いながら笑顔を見せる。
「受け取ってくれるか?」
真っ先にプレゼントを差し出したのは岩融だった。
「ありがと。」
「で、申し訳ないな、これも贈り物だ。」
言って主の頭に手を乗せて、髪の毛に触れるか触れないかの位置に唇を寄せるとチュッと音を立てた。
頭の上からキスが降ってきたことにちょっとした驚きを覚え、主はキョトンとする。
「あ、ありがとう…」
予想外に礼を言われて、岩融は照れて笑った。
「あっはっは。主はやっぱり小さいな。」
頭を掻きつつ去って行く。
続いて他の面々も、位置は違えど同じように頭にキスをしてミッションを達成していた。
「ああ、ちょうどいいところに。」
大般若が主を見つけて歩み寄った。
「これから渡しに行こうと思っていたところだ。」
手に持ったプレゼントを自分の顔の近くに掲げて見せる。
「さ、受け取ってくれるね?」
「ありがと…」
歯切れの悪い返事に、大般若はフフッと笑った。
「緊張して…いや、警戒しているかな?無理もない。」
困った企画だという流れだと思い、主は苦笑を向けた。
「鶴丸ったら困った人だよね。」
「ははは。そうだね。でも、俺は感謝しているけれどね。」
え、と主が戸惑っている隙に、すぐ側の壁に彼女を追い詰める。
「さ、観念しておくれ。」
「ちょ…」
うむを言わせず動きを封じると、ゆっくりねっとりキスをした。
「…も…もう…」
吐息混じりに不服を口にする主の様子に、大般若は満足げに笑う。
主はそっと厨を覗いた。喉が渇いて飲み物を調達しに来たのだが、当然誰かいるだろうと思っての行動だ。
やはりそこには燭台切がいた。
「おや?主、おやつを探しに来たのかな?」
「いや、飲み物…」
「そう。じゃ、お茶でも淹れようか…日本茶じゃなくて紅茶とか珈琲とかがいいかい?」
「じゃあ…紅茶にしようかな。」
燭台切は手際よく紅茶を準備し、近くで座って待つ主に「どうぞ」と差し出した。
「丁度良かった。洋菓子を用意してたんだ。これ、食べてくれる?」
彼はそう言って一口大の(にしては少し大きい)シュークリームをつまんで見せる。
「ホワイトデーのプレゼントだよ。あーんして?」
「え…っと…」
「ほら、あーん。」
プレゼントと言われてしまえば受け取らないわけにいかない。主は言われるまま口を開けた。
「はい、どうぞ。」
「あ…あいあと…」
もごもごしながらお礼を言うと、口の端からクリームがはみ出してしまった。
「あっ!」
慌てて指で拭おうとする主だったが、即座に燭台切がその手を止める。
「ダメダメ。手が汚れてしまうよ。僕が取ってあげようね。」
両手首を片手でホールド、もう一方の手で顎を押さえた。
「!?」
ペロッとはみ出したクリームを舐める。ついでに唇にキス。
そして耳元で囁いた。
「美味しいかい?」
一気に熱が上がったような感覚に、彼女は返事が出来ないでいる。
「僕が作ったんだけどな。美味しくなかった?」
拘束を解いていつもの笑顔で言う燭台切を恨めしそうに睨んで主は返した。
「…お…おいしかったです…シュークリームが」
「そう、それはよかった。」
「…こ…この長船め…」
ふふふ、と燭台切は笑う。
「長船を罵り言葉として言われたのは初めてだよ。」
主がそそくさと厨をあとにして部屋への廊下を歩いていると、前から歌仙がやってきた。
「主、こっちにいたのかい。」
「ちょっと喉が渇いたから、紅茶をね。」
手に持ったカップを見せる。
「さ、僕からのホワイトデーのプレゼント、受け取ってくれるかい?」
差し出されたのは可愛い花と、一枚のいろ紙だ。
「かわいい。」
「歌をしたためたからね。あとで読んでおくれ。」
「ありがとう。」
受け取るために差し出された手を、歌仙は何故か下ろさせる。
そして歌が書かれたいろ紙にそっと唇を付け、花と一緒に彼女の着物の胸元に差し入れた。
「これが僕のやり方だ。いいかな?」
主はぱちくりと瞬きをして、一瞬間を開けてから気付く。今のがキスだという話だ。
「あ、ありがとう!」
「主、ちょっといいか?」
主が縁側を行くのを見つけ、大倶利伽羅は庭から声を掛けた。
「すまん、準備をしてなくてな。…こんなもので悪いが…」
今摘んできた花を二三種類小さくまとめたものを見せた。
「ううん、嬉しいよ。」
「…髪に挿していいか?」
「じゃあ、お願い。」
縁側に膝を付いた主の髪にそっと花を挿す。
「その…ついでだ。」
そう言って、額にそっと唇を付けた。
気まずそうにあらぬ方向を向いて、大倶利伽羅はいいわけを口にする。
「こんな馬鹿騒ぎに付き合う義理はないんだが…夕飯抜かれるのはイヤだからな。」
フフッと主が笑った。
「お互い苦労するね。」
「まったくだ。」
「あーるじっ!」
そう声を掛けながら主の後ろから抱きついたのは姫鶴だ。
「わ、びっくりした…」
「ふふっ。これ、プレゼント。チョコだよ。」
抱きついたまま、彼女の顔の前にチョコの包みを差し出した。
「チョコのお返しにチョコってどうかなって思ったけどー、でも主チョコ好きだしぃ?おいしい方がいいよねって思ってぇ。」
「うん、嬉しいよ。…ところで…離れてくれる?」
「あ、ひどーい。…まあ仕方ないか。」
諦めたように言って、身体を離しつつ、首筋にキスをする。
「ひゃあ!?」
ビクンとして飛び退いた主の様子を見て、姫鶴は笑った。
「あはは、いい声聞けちゃった。首筋弱いんだ?」
もう!と怒ってから主は、当然でしょ、と付け足す。
「誰だって弱いよ!…多分…知らないけど。」
「そう?そーかなぁ?…じゃあ、ちょっと試してみてよ。」
「え?」
「ほら、ここ。」
姫鶴は自分の首筋を出して見せ、主に背を向けて屈んだ。
「早く。寒いじゃん。」
「え~?…う、うん。じゃあ…」
思わぬ展開に尻込みしながら、主は姫鶴の首筋に唇を付けた。
「お。」
ぴくっと身を引くように震わせ、声を出してしまったことに少々気恥ずかしさを覚えて姫鶴は咳払いをした。
「コホン。…結構…来るね。」
「でしょ!?」
「うん。でもお返しのキス貰えたからラッキー。」
「は!?いや!今のは!」
「ねー、聞いて~。主にキス貰っちった~」
「いや、ちょっと待って!姫鶴!」
嬉しそうに走り出した姫鶴を主が追いかける。
すぐそばの部屋に姫鶴が入っていき、主もそこに足を踏み入れると、一文字の刀剣たちがいた。
「主にお返しのキス貰ったんだ~いいっしょ~」
「ち、違うってば!流れで!流れだから!」
二人の様子を見て、山鳥毛が苦笑する。
「主を困らせてはいけないぞ?」
姫鶴に苦言を呈してから、「それにしても丁度良い。」と側に置いてあった包みを手に取る。
「小鳥、これを。」
山鳥毛は主の前にまわると、跪いた。
「お手を、いいかな?」
プレゼントの包みを受け取った主の、片方の手を取る。
「敬意を込めて。」
そう言ってその手の甲に口づけた。
「やるな、山鳥毛。」
「さすがだにゃ…」
「さすがです。お頭。」
「さあて!審査の時間だ。審査員は、この俺、鶴さんと、主!はい拍手~!」
引っ張り出された主は嫌そうな顔で鶴丸の横に座っていた。
「審査って何よ…どう審査しろって?」
「ほら、そこにメダルがあるだろ?部門ごとに主が選んだ一人に授与するのさ。」
見れば折り紙で作ったメダルが何個か並んでいる。
「言っておくが、この審査にプレゼントの中身は関係ない!純粋に!キスに対しての審査だ。…が、その前に審議しなくてはならないことがある。歌仙兼定!前へ。」
はあ?とあからさまに顔を顰めて、歌仙が立ち上がった。
「何だと言うんだい。」
「今日のミッションは、主にキスをすること、だったよな?だがしかし!お前はミッションをこなしたと言えるのか!さあ、審議だ。皆これを見てくれ。」
鶴丸が壁に付いている大画面を指さした。
『歌をしたためたからね。あとで読んでおくれ。』
見れば画面には歌仙がプレゼントを渡している光景が。
「ちょっと!鶴丸!隠し撮りしてたの!?」
主が驚いて声を上げると、鶴丸はシーっと指を立てた。
画面の中で歌仙がいろ紙にキスをして胸元に入れ、主自身にはキスをせず立ち去ったところまでが流された。
歌仙はムッとして反論する。
「これがどうかしたかい?僕は僕なりのキスを主に贈った。主もそれを良しとした。何の問題も無いと思うが?」
「俺は、主の身体にキスをするように言ったはずだろ?」
はあ、と歌仙は呆れたような息を吐いた。
「雅じゃないね。いいかい。僕は主の胸元に、僕の気を移したいろ紙を入れたんだよ。胸元にキスをしたも同然じゃないか。こんなこと、言葉で説明するのも興ざめだけれど、雅を分からないキミには、説明するしかないからね。それに、主は僕のやり方を理解して受け入れてくれた。それが全てだろう。」
鶴丸はポンと手を打った。
「なるほどー!そういうことだったかー!」
若干のわざとらしさを感じるその返答で、この審議は歌仙を吊し上げるのが目的ではないことがわかる。要は、全てのやり取りが録画されている、と皆が知ればいいのだ。
案の定、広間はざわざわしている。それにも鶴丸は気を良くしてにっこりと主に問いかける。
「主。歌仙はミッションクリアでオーケーかい?」
「う、うん。…てか、鶴丸…まさか今日ずっと撮影してた?」
「当然だろ?審査に公平性を持たせるために、みんなで鑑賞しないと。」
事もなげにそう答えると、鶴丸はメダルを手に取った。
「どれから行こうか、主。うーん、…よし!『印象深かったで賞』から行くか。」
頭を抱えながら、主はさっさと済ませてしまうために言われるがまま各部門のノミネートを選んでいく。
「まずは、『印象深かったで賞』部門のノミネート三人、岩融!蜻蛉切!歌仙兼定!」
三人のキスシーンが流され、鶴丸が主にコメントを求めた。
「ずばり、選考理由は?」
「えーっと、岩融は単純にびっくりしたのと、何か…いいね。脳天へのキス。で、蜻蛉切は…距離見誤ったみたいで勢いよくぶつかってきたから面白かった。歌仙はおしゃれで、…あれ意外とエロいよ?」
主は若干やけくそになっている。
蜻蛉切が小さく「すみません、主」と恐縮した。「いや、痛くなかったし、大丈夫」と笑って返す主。
「さあ、『印象深かったで賞』の勝者は!?」
主はうーんと唸って考えると、頷いた。
「歌仙!」
パチパチと拍手が起こり、歌仙が前に出て主は彼の首にメダルを掛ける。
「えーっとさっきも言ったけどおしゃれで…私に触れずにあのエロさを醸し出したのはすごい。」
「さあ!次々行くぜ!『それ卑怯だろ』部門!」
審査は意外に盛り上がり、主もヤケになりながらも楽しめたようだった。
fin.
「よ、集まってるな?」
広間に集合している刀剣たちに声を掛けたのは鶴丸だ。何を隠そう、全員に招集を掛けたのは彼である。
何なんだ、早く用件を言え、と口々に言う皆を制するように両手で「まあまあ」と宥めるようなジェスチャーをする。
「早朝に集まってもらったのは他でもない。今日は何の日か知ってるな? そう、ホワイトデーだ。」
この本丸では、バレンタインデーとホワイトデーはプチお祭りイベントになっている。
「主から貰ったチョコのお返し、みんな準備してるよな?してるよな?」
あちこちに指を指して、そこここで頷く様子を確認する鶴丸。
「よし、と言うわけで、今年のホワイトデーはミッション型イベントを開催するぜ!」
どういうわけだよ、というツッコミには無視を決め込む。
「ミッションは簡単!各自準備したプレゼントを主に渡し…」と、ここで垂れ幕をバサッと広げた。
「且つ、主にキスをすること!」
垂れ幕には、『本日のミッション 主へのキス』と大きく書かれている。
驚きの声が上がるのを聞いて、鶴丸はニコニコと満足げだ。
「唇でもおでこでもほっぺでもオーケーだ!主の身体にちゃんと、主に分かるようにだぞ?期限は日没まで!やらなかった奴は今日の晩飯抜きだからきっちりやれよ?」
そんなことは出来ない、と恐縮しきりの者もいるが、中には「問題は、いかにスマートにやるかだ。シチュエーションを構築しなくては」と当たり前のように作戦を考え始めている者もいる。
そんな中、極の不動行光が立ち上がった。
「…俺が…一番乗りだ!」
叫んだと同時にバッと飛び出していった。
「お?いいねえ。やる気充分だ。よし、鶴さんも行動開始しますかね。じゃあみんな、頑張って楽しませてくれよ?」
そう言い置いて、鶴丸は不動を追いかけた。
「主!」
少し息を乱しながら不動は主の側に駆け寄った。主は丁度部屋から出てきたところだった。
「不動、おはよう。」
「あ、ごめん、朝早くから。」
「ちゃんと起きてきたから大丈夫だよ。何か用事だった?」
「あ、あの、これ。」
持ってきたプレゼントを差し出して「それから、…あの…」と俯き加減で微かに頬を染めた。
「ありがとう、ホワイトデーだよね?」
「う、うん。それで、あの、ちょっと、…耳貸して欲しいんだけど…。」
「え?何?」
主はキョトンとしながら、何か内緒話があるのだと思って不動に耳を近づけた。
それに合わせて『こっち向いて』と不動は囁く。
「え?」
反射的に不動の方に顔を向ける主。そこを狙って、チュッと唇を付けた。
「ご、ごめん!ミッションだから!」
びっくりして固まっている主を残し、不動は一目散に走り去った。
「やーるねぇ。でも、これで主が警戒し始めて不意打ちは効かなくなったかな?」
走って行く不動の背中を振り返り、「おうおう、元気なこって」と笑ったのは薬研だ。
「ほら、お前ら、作戦立てたんだろ。邪魔が入らないうちに行ってきたらどうだ?」
小さい短刀に対しては警戒心が薄いだろうと話し合った粟田口の兄弟たちは、短刀全員で一気に押しかける事になっていた。
「よし、行くぞ…って薬研兄ちゃんは一緒に行かないのか?」
「俺がいたらちょっと警戒されるだろ。俺は一人で何とかするさ。ほら、行ってこい。」
促されて弟たちは頷き合った。
「あるじさま…」
もじもじと五虎退が主を呼び止める。
五虎退を先頭に、粟田口の短刀たちは笑顔で挨拶をした。
なぜ五虎退が先頭なのかと言えば、主が五虎退にめっぽう甘いからだ。
「おはよう、みんな。」
それぞれ手に何かを持っているのを見て、不動と同じ目的だと察し、若干の警戒心を見せる主。
「あの、僕たち、ホワイトデーのプレゼントを持ってきました。」
「バレンタインのチョコありがと、主さん。」
「お返しだ。みんな一生懸命考えたから、受け取ってくれよな。」
「主君の好みに合えば良いのですが。」
「いつもありがとな、主。」
一言ずつ言葉を掛けて、プレゼントを差し出す。
主は落とさないように着物の袖で受け取って、ありがとう、と笑った。
「あの、あるじさま、それでお願いがあるんですけど…」
来た、と彼女は身構える。
「な…なあに?五虎退。」
「ほっぺたにキスさせてください。」
「え、あ…あー、そうなのね?」
ストレートにお願いされたのが逆に意外で拍子抜けな様子だ。
「ちゃんとお願いできて偉い。…じゃあ、特別ね。」
そう言ってしゃがみ込んだ。頬に限定したのも良かったかもしれない。
途端、周りの短刀たち全員が次々に頬にキスをしていく。
えへへ、と照れるような、悪戯心が混じったような笑顔を見せて、五虎退もそれに続いた。
全員が済ませたかと思えば、ひとり、もじもじとしている者が居る。
「主、今だけでいいから、人妻って設定にしてほしいなって…」
そう言った包丁に主は苦笑いを向けた。
「設定ね、うん、分かった。今は人妻ってことにしよう。」
「やったー!じゃあ、唇にキスしていい!?」
慌てて主が身を引く。
「なんでそうなるの!?人妻はキスしないと思う!」
「でも俺は人妻の主にキスしたいぞ。人妻はロマンなんだぞ。」
「人妻におかしなロマン求めないで!」
「…だって、人妻がいいんだもーん…主、人妻でしょ?」
「わかったから、ほっぺにして。」
「…ぶー…わかった…」
少々不服そうに、包丁は主の右側から近付いて顔に手を添えた。そして、そっと唇を寄せて、頬に付く寸前でじぶんの顔を傾けて素早く唇にキスをする。
「!!…包丁くん!!」
主が叱るように名前を呼んだときには、もう脱兎のごとく逃げ出していた。
「ずるいぞ!」
「僕も唇がよかったのに~」
ドタドタと全員が駆けていく。
もう!と怒りながら、主はプレゼントを抱えて踵を返した。
「弟たちが悪かったな、大将。」
「あ、薬研。」
「大荷物だな。」
主の手元を見て薬研がそう言うと、彼女は「部屋に置きに行こうと思って」と答えた。
「ひとつ増やしていいか?」
言ってプレゼントを見せる。
「乗せてくれる?」
「ああ、ほらよ。」
軽くポンっと置くと不安定さが増し、彼女は手元に気を取られてしまう。
その隙を突いて薬研は彼女の顎に手を添えて、チュッと唇にキスをした。
「!!薬研~!」
顔を赤くして怒る主に、薬研は笑い声を返す。
「悪いな、大将。ミッションなんでね。」
「ほっぺでもいいんでしょ!?」
「そこは、俺の好みってやつ。」
ウインクと共に投げキッスを飛ばして薬研は立ち去った。
その日、主は本丸内の行く先々でプレゼントを渡され、キス攻撃を受けた。
最初は怒っていたが、昼を過ぎた頃には「ミッションなら仕方ないか」という諦めの境地に至る。
「主どの。」
槍や薙刀の面々がそれぞれに視線をあさっての方向に向けながら近付いてきた。
大柄な男たちに取り囲まれて、若干の威圧感に主は戸惑いながら笑顔を見せる。
「受け取ってくれるか?」
真っ先にプレゼントを差し出したのは岩融だった。
「ありがと。」
「で、申し訳ないな、これも贈り物だ。」
言って主の頭に手を乗せて、髪の毛に触れるか触れないかの位置に唇を寄せるとチュッと音を立てた。
頭の上からキスが降ってきたことにちょっとした驚きを覚え、主はキョトンとする。
「あ、ありがとう…」
予想外に礼を言われて、岩融は照れて笑った。
「あっはっは。主はやっぱり小さいな。」
頭を掻きつつ去って行く。
続いて他の面々も、位置は違えど同じように頭にキスをしてミッションを達成していた。
「ああ、ちょうどいいところに。」
大般若が主を見つけて歩み寄った。
「これから渡しに行こうと思っていたところだ。」
手に持ったプレゼントを自分の顔の近くに掲げて見せる。
「さ、受け取ってくれるね?」
「ありがと…」
歯切れの悪い返事に、大般若はフフッと笑った。
「緊張して…いや、警戒しているかな?無理もない。」
困った企画だという流れだと思い、主は苦笑を向けた。
「鶴丸ったら困った人だよね。」
「ははは。そうだね。でも、俺は感謝しているけれどね。」
え、と主が戸惑っている隙に、すぐ側の壁に彼女を追い詰める。
「さ、観念しておくれ。」
「ちょ…」
うむを言わせず動きを封じると、ゆっくりねっとりキスをした。
「…も…もう…」
吐息混じりに不服を口にする主の様子に、大般若は満足げに笑う。
主はそっと厨を覗いた。喉が渇いて飲み物を調達しに来たのだが、当然誰かいるだろうと思っての行動だ。
やはりそこには燭台切がいた。
「おや?主、おやつを探しに来たのかな?」
「いや、飲み物…」
「そう。じゃ、お茶でも淹れようか…日本茶じゃなくて紅茶とか珈琲とかがいいかい?」
「じゃあ…紅茶にしようかな。」
燭台切は手際よく紅茶を準備し、近くで座って待つ主に「どうぞ」と差し出した。
「丁度良かった。洋菓子を用意してたんだ。これ、食べてくれる?」
彼はそう言って一口大の(にしては少し大きい)シュークリームをつまんで見せる。
「ホワイトデーのプレゼントだよ。あーんして?」
「え…っと…」
「ほら、あーん。」
プレゼントと言われてしまえば受け取らないわけにいかない。主は言われるまま口を開けた。
「はい、どうぞ。」
「あ…あいあと…」
もごもごしながらお礼を言うと、口の端からクリームがはみ出してしまった。
「あっ!」
慌てて指で拭おうとする主だったが、即座に燭台切がその手を止める。
「ダメダメ。手が汚れてしまうよ。僕が取ってあげようね。」
両手首を片手でホールド、もう一方の手で顎を押さえた。
「!?」
ペロッとはみ出したクリームを舐める。ついでに唇にキス。
そして耳元で囁いた。
「美味しいかい?」
一気に熱が上がったような感覚に、彼女は返事が出来ないでいる。
「僕が作ったんだけどな。美味しくなかった?」
拘束を解いていつもの笑顔で言う燭台切を恨めしそうに睨んで主は返した。
「…お…おいしかったです…シュークリームが」
「そう、それはよかった。」
「…こ…この長船め…」
ふふふ、と燭台切は笑う。
「長船を罵り言葉として言われたのは初めてだよ。」
主がそそくさと厨をあとにして部屋への廊下を歩いていると、前から歌仙がやってきた。
「主、こっちにいたのかい。」
「ちょっと喉が渇いたから、紅茶をね。」
手に持ったカップを見せる。
「さ、僕からのホワイトデーのプレゼント、受け取ってくれるかい?」
差し出されたのは可愛い花と、一枚のいろ紙だ。
「かわいい。」
「歌をしたためたからね。あとで読んでおくれ。」
「ありがとう。」
受け取るために差し出された手を、歌仙は何故か下ろさせる。
そして歌が書かれたいろ紙にそっと唇を付け、花と一緒に彼女の着物の胸元に差し入れた。
「これが僕のやり方だ。いいかな?」
主はぱちくりと瞬きをして、一瞬間を開けてから気付く。今のがキスだという話だ。
「あ、ありがとう!」
「主、ちょっといいか?」
主が縁側を行くのを見つけ、大倶利伽羅は庭から声を掛けた。
「すまん、準備をしてなくてな。…こんなもので悪いが…」
今摘んできた花を二三種類小さくまとめたものを見せた。
「ううん、嬉しいよ。」
「…髪に挿していいか?」
「じゃあ、お願い。」
縁側に膝を付いた主の髪にそっと花を挿す。
「その…ついでだ。」
そう言って、額にそっと唇を付けた。
気まずそうにあらぬ方向を向いて、大倶利伽羅はいいわけを口にする。
「こんな馬鹿騒ぎに付き合う義理はないんだが…夕飯抜かれるのはイヤだからな。」
フフッと主が笑った。
「お互い苦労するね。」
「まったくだ。」
「あーるじっ!」
そう声を掛けながら主の後ろから抱きついたのは姫鶴だ。
「わ、びっくりした…」
「ふふっ。これ、プレゼント。チョコだよ。」
抱きついたまま、彼女の顔の前にチョコの包みを差し出した。
「チョコのお返しにチョコってどうかなって思ったけどー、でも主チョコ好きだしぃ?おいしい方がいいよねって思ってぇ。」
「うん、嬉しいよ。…ところで…離れてくれる?」
「あ、ひどーい。…まあ仕方ないか。」
諦めたように言って、身体を離しつつ、首筋にキスをする。
「ひゃあ!?」
ビクンとして飛び退いた主の様子を見て、姫鶴は笑った。
「あはは、いい声聞けちゃった。首筋弱いんだ?」
もう!と怒ってから主は、当然でしょ、と付け足す。
「誰だって弱いよ!…多分…知らないけど。」
「そう?そーかなぁ?…じゃあ、ちょっと試してみてよ。」
「え?」
「ほら、ここ。」
姫鶴は自分の首筋を出して見せ、主に背を向けて屈んだ。
「早く。寒いじゃん。」
「え~?…う、うん。じゃあ…」
思わぬ展開に尻込みしながら、主は姫鶴の首筋に唇を付けた。
「お。」
ぴくっと身を引くように震わせ、声を出してしまったことに少々気恥ずかしさを覚えて姫鶴は咳払いをした。
「コホン。…結構…来るね。」
「でしょ!?」
「うん。でもお返しのキス貰えたからラッキー。」
「は!?いや!今のは!」
「ねー、聞いて~。主にキス貰っちった~」
「いや、ちょっと待って!姫鶴!」
嬉しそうに走り出した姫鶴を主が追いかける。
すぐそばの部屋に姫鶴が入っていき、主もそこに足を踏み入れると、一文字の刀剣たちがいた。
「主にお返しのキス貰ったんだ~いいっしょ~」
「ち、違うってば!流れで!流れだから!」
二人の様子を見て、山鳥毛が苦笑する。
「主を困らせてはいけないぞ?」
姫鶴に苦言を呈してから、「それにしても丁度良い。」と側に置いてあった包みを手に取る。
「小鳥、これを。」
山鳥毛は主の前にまわると、跪いた。
「お手を、いいかな?」
プレゼントの包みを受け取った主の、片方の手を取る。
「敬意を込めて。」
そう言ってその手の甲に口づけた。
「やるな、山鳥毛。」
「さすがだにゃ…」
「さすがです。お頭。」
「さあて!審査の時間だ。審査員は、この俺、鶴さんと、主!はい拍手~!」
引っ張り出された主は嫌そうな顔で鶴丸の横に座っていた。
「審査って何よ…どう審査しろって?」
「ほら、そこにメダルがあるだろ?部門ごとに主が選んだ一人に授与するのさ。」
見れば折り紙で作ったメダルが何個か並んでいる。
「言っておくが、この審査にプレゼントの中身は関係ない!純粋に!キスに対しての審査だ。…が、その前に審議しなくてはならないことがある。歌仙兼定!前へ。」
はあ?とあからさまに顔を顰めて、歌仙が立ち上がった。
「何だと言うんだい。」
「今日のミッションは、主にキスをすること、だったよな?だがしかし!お前はミッションをこなしたと言えるのか!さあ、審議だ。皆これを見てくれ。」
鶴丸が壁に付いている大画面を指さした。
『歌をしたためたからね。あとで読んでおくれ。』
見れば画面には歌仙がプレゼントを渡している光景が。
「ちょっと!鶴丸!隠し撮りしてたの!?」
主が驚いて声を上げると、鶴丸はシーっと指を立てた。
画面の中で歌仙がいろ紙にキスをして胸元に入れ、主自身にはキスをせず立ち去ったところまでが流された。
歌仙はムッとして反論する。
「これがどうかしたかい?僕は僕なりのキスを主に贈った。主もそれを良しとした。何の問題も無いと思うが?」
「俺は、主の身体にキスをするように言ったはずだろ?」
はあ、と歌仙は呆れたような息を吐いた。
「雅じゃないね。いいかい。僕は主の胸元に、僕の気を移したいろ紙を入れたんだよ。胸元にキスをしたも同然じゃないか。こんなこと、言葉で説明するのも興ざめだけれど、雅を分からないキミには、説明するしかないからね。それに、主は僕のやり方を理解して受け入れてくれた。それが全てだろう。」
鶴丸はポンと手を打った。
「なるほどー!そういうことだったかー!」
若干のわざとらしさを感じるその返答で、この審議は歌仙を吊し上げるのが目的ではないことがわかる。要は、全てのやり取りが録画されている、と皆が知ればいいのだ。
案の定、広間はざわざわしている。それにも鶴丸は気を良くしてにっこりと主に問いかける。
「主。歌仙はミッションクリアでオーケーかい?」
「う、うん。…てか、鶴丸…まさか今日ずっと撮影してた?」
「当然だろ?審査に公平性を持たせるために、みんなで鑑賞しないと。」
事もなげにそう答えると、鶴丸はメダルを手に取った。
「どれから行こうか、主。うーん、…よし!『印象深かったで賞』から行くか。」
頭を抱えながら、主はさっさと済ませてしまうために言われるがまま各部門のノミネートを選んでいく。
「まずは、『印象深かったで賞』部門のノミネート三人、岩融!蜻蛉切!歌仙兼定!」
三人のキスシーンが流され、鶴丸が主にコメントを求めた。
「ずばり、選考理由は?」
「えーっと、岩融は単純にびっくりしたのと、何か…いいね。脳天へのキス。で、蜻蛉切は…距離見誤ったみたいで勢いよくぶつかってきたから面白かった。歌仙はおしゃれで、…あれ意外とエロいよ?」
主は若干やけくそになっている。
蜻蛉切が小さく「すみません、主」と恐縮した。「いや、痛くなかったし、大丈夫」と笑って返す主。
「さあ、『印象深かったで賞』の勝者は!?」
主はうーんと唸って考えると、頷いた。
「歌仙!」
パチパチと拍手が起こり、歌仙が前に出て主は彼の首にメダルを掛ける。
「えーっとさっきも言ったけどおしゃれで…私に触れずにあのエロさを醸し出したのはすごい。」
「さあ!次々行くぜ!『それ卑怯だろ』部門!」
審査は意外に盛り上がり、主もヤケになりながらも楽しめたようだった。
fin.
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