みかのり短編

カササギ



 ある日の朝、則宗は三日月の寝床で疲れ果てていた。
 一晩中責め立てられたのだから、当然である。
「…愛されるのは…嬉しいが、…限度というものがだな…」
 嫌なわけではないが、こんなことが続いては身が持たないと苦言を口にする。
 すると三日月は笑った。
「そうか、嬉しいか。それは良かった。」
「ちゃんと聞け!」
「聞いているぞ?」
「だから、身が持たんと言っているんだ。今日は予定がないからいいものの…」
「予定がないなら、一日、ここで寝ていて良いぞ?」
 徹底的に都合の悪いことは聞かない様子だ。
「だから、…もう!取り敢えず寝る!」
 ふてくされて布団を被ると、三日月はそこに潜り込んで寄り添った。
「ああ、ゆっくりしていけ。何なら帰らなくても良いぞ。」
 愛おしそうに前髪を指でそっと除け、額に唇を当てる。
「…そういうわけにも…いかんだろう…」
 則宗は心地よさの中、静かに眠りに落ちていった。



 三日月は朝餉の時間の早い内に起き出し、厨で二人分の朝食を盆にのせて貰った。
「じゃあ、食事を済ませたらちゃんと持ってきてね。乾かないうちに水につけたいから。」
「あいわかった。手間を取らせてすまぬな。」
 則宗は三日月の気配が消えたせいか、目を覚ましていた。
 朝食を運んできたのだとわかって礼を言うものの、食べるために起き上がるのも怠い。則宗がそれを言うと、三日月は食べさせてやると言い始め、あれやこれやと世話を焼きたがった。
「いや、ちゃんと起き上がるから!」
「二人きりなのだから、恥ずかしがる必要はないだろう。」
「そういう問題じゃなくてだな。」
「無理をさせたのは俺の方だ。今日ぐらい甘えて良いぞ?」
 一応責任は感じているらしい。
「子供のように世話を焼かれるのは嫌だ。だいたい、なんでアンタはそんなに動けるんだ。」
「俺まで寝ていたら飯も食えんだろう?」
「いや、そうだが、そうじゃなくて…」
 三日月はフフッと口元を隠して笑った。
「教えて欲しいか?」
 悪戯な笑みを見せ、耳元に口を近づける。
「          」
 ごく小さな声で告げられたのは、昨晩の則宗がいかに淫らだったか、というような話。
 ボッと顔が火を噴いたように熱くなり、則宗は折角起き上がったのにまた布団に突っ伏して顔を隠した。
「そういうことを言うな!」
「おぬしが聞いたから答えたまで。」
「そういう答えが欲しかったわけじゃない!」
 則宗の訴えに、三日月はうーんと考える素振りを見せる。
「そうは言っても、菊が今動けなくなっているのは、それが原因だとしか。」
「うるさい!」
 三日月はまた嬉しそうに笑って、耳元に囁いた。
「俺は嬉しかったぞ?何度も何度も求められて。」
「~~~~~嘘を吐くな!」
「はて?おかしいな。俺の勘違いか。」
 とぼけた返しでその話を終わらせると、三日月は改めて朝食に誘った。



「では、俺は近侍の仕事があるから出るが、寝ていて構わないからな。」
「ああ。あと少し寝ればまともに動けるようになるだろうさ。それまでは寝ておく。」
 則宗の返事を聞いて、三日月は開き掛けていたふすまを閉めて間近に戻ってくる。
「ん?」
「菊。動けるようになったら出て行くつもりか?」
「…まあ、帰らないと皆が心配するだろうからな。」
 一文字は結束が固い分、距離が近い。丸一日帰らなかったら探しに出てもおかしくない。今はここに居るのが分かっているだろうから探すことはなくても、帰りが遅いことを心配しているかも知れない。
 布団の中から三日月を見上げていると、彼は膝を付いて則宗の髪を指ですいた。
「俺が戻るまで、ここにいてくれ。」
 いつもと違い寂しげな表情を見せる三日月。
 則宗は内心ドキリとした。
「え…あ、ああ、そうしようか。」
「では、行ってくる。おやすみ、菊。」
「ああ、おやすみ。」
 静かに出て行く三日月の足音が遠ざかっていくのを聞きながら目を瞑ると、程なくして則宗は寝息を立てていた。



 その日は何故か近侍としての仕事が多く、三日月はあちこち回らなくてはならなかった。いくつかは暇そうな者に仕事を振ったが、そんなことばかりはしていられない。
 それに加えて、呼び止められること数回、皆何かしら困りごとを抱えた状態だった為、その対応に追われる。
 そうこうしている間に昼餉の時間になりそうだった。
 そんな折、姫鶴と南泉が三日月の部屋を訪れていた。
「御前~、いる~?」
 無遠慮に姫鶴がふすまを開けた。
「御前、寝てるのか?にゃ?」
「帰るよー。」
「ん?…なんだ、お前さんたち…」
 若干寝ぼけ気味にそう答えてから、ここが三日月の部屋であることを思い出す。
 ハッとして、急に身体を起こすと、あちこちに痛みが走った。
「いっっってててて!」
「ほら、無理しないー。」
「御前、どうしたんだ?にゃ。」
 姫鶴は側に寄って背中を支えたが、南泉は要領を得ない風に首をかしげている。
「お前さんたち、どうした?」
 則宗がそう聞くと、姫鶴は溜息を吐いた。
「どうしたも何も。御前が帰ってこないからー、お頭はそわそわするし、日光は殴り込みかけそうな顔してるし、仕方ないからお迎え引き受けたってワケ。もう帰らないと、一悶着起きるよ?」
「そ、そんなにか…。まだ丸一日経ってないだろうに。」
「そーゆー奴らじゃん、ウチって。」
 納得して布団から出て服を着替える。
「御前、身体どうかしたのか?さっき痛がってた、にゃ?」
 南泉の疑問にも、姫鶴は溜息を吐く。
「お前、そーゆーのは詮索しちゃダメでしょーが…」
「え?だって、にゃ、怪我でもしてるのかと思って…にゃ?」
「怪我じゃないから心配要らんぞ、南泉。」
 心配要らないと言われて安心しかけて、だったら何故痛がったのかが気になって考え込む。
「…まさか、三日月に酷いことされた?にゃ?」
 山鳥毛の心配する様も、日光の顔も、そう考えれば納得がいく。ふつふつと怒りが湧きかけたところで姫鶴に頭を叩かれた。
「馬鹿にゃんこ。お泊まりしたんだから察しなよ。」
「にゃ?」
 何も分からないと言う表情を見て、姫鶴が珍しく愕然とした顔を見せた。
「…お前…まさか、知らないの?」
「にゃ?」
「質問、御前と三日月の関係は?」
 何故そんなことを急に聞かれたのか分からないまま、南泉はボソッと答える。
「…恋仲…だよにゃ?」
「恋仲の二人が一夜を共にしたら、何するか知ってる?」
「…?一緒に寝る?にゃ?」
 そこで則宗が慌てて口を挟んだ。
「姫鶴!そんなことはいいから、着替えたぞ、行けるぞ。」
 そう言ってしまってから、三日月の言葉を思い出した。
『俺が戻るまでここにいてくれ』
 あ、と声を出して、困った風を見せる。
「姫鶴、…言伝ことづてを頼むだけではダメか?」
「お頭に?」
 コクンと頷くのを見て、渋い顔をする。
「さっき言ったけどー、ワリと、ガチで、殺気立ってっからー。このまま帰ることをお勧めしたいってかー、連れて帰らないとこっちだって何言われるかー。」
「そ、そうか…」
 しばらく考えて、手紙を書くことを思いついた。
「ちょっと、書き置きを残すから待ってくれ。」
「んー、じゃあ、早くしてねー。」
 何を書こうか考えていると、頭に浮かぶのは言い訳めいた文面ばかり。そんな書き置きでは悲しませてしまうのではないかと思った。あの寂しげな顔に、そんな手紙を残してはいけない。
 しばらく熟考して、したためる。

 かささぎの 帰る道連れに菊一輪 次の夜露を想い振り向く

「御前、えっちぃー。」
 後ろから姫鶴が覗いてそう言った。
「み!見るな!」
「何がだにゃ?」
 南泉も覗き込んで、しかし、意味が分からず眉間にしわを寄せる。
 姫鶴が仕方ないなとざっくりと教える。
「迎えが来たから帰るけど、次の逢瀬を楽しみにしてるよってイミ。」
 ふーん?と聞いてから、南泉は首をかしげた。
「で?何がえっちだにゃ?」
「それ、御前の前で説明しろって?」
 則宗は慌てて立ち上がった。
「ほら、行くぞ!」
 二人を部屋から出して、棚を振り返る。
 髪飾りがそこにあった。それを手に取って、手紙の上に置く。目印になるし、以前のこともあるから、意味を汲んでくれるだろう。
 勝手に帰ってしまうことを心の中で謝って、部屋を後にした。





 昼餉の時間はとうに過ぎた頃、やっと三日月は手が空いて部屋に向かった。
 もしまだ則宗がいるとしたら、お腹をすかせているだろう。自分で厨まで行っただろうか、それとも呆れて帰ってしまったのではないか。そんなことを考えながら部屋に入ると、もうそこに人の気配はなかった。
「つれないヤツだ…」
 布団は軽く整えられて、側に則宗が着ていた寝間着が畳んであった。
 整えていけるくらいには回復したということだなと一応納得をする。
 がっかりしながら座卓の側によると、そこに髪飾りと手紙を見つけた。
 目を通して、フフッと笑う。

 明日とせずに次と書いたのは、明日の意味を取り違えられると困るからだろう。率直なようでそれなりに練ってある。自分は帰りたくないけど連れ去られてしまいますよ、としたのも気遣いからだろうと思うと、怒るに怒れない。そもそも、あの約束も三日月からの強引なものだ。守る必要もない。そんな約束を破ることに罪悪感を持ってくれたのだ。もう、この手紙のひと文字ひと文字が愛おしく感じる。

「そうか、愛、か。」

 自分の中でしっくりこなかった『愛』という言葉がひとかけら腑に落ちた気がした。筆を執って返事を書く。毎日顔を合わせるのだから、手紙にする必要は無いのかもしれないが、文字にしないと伝えないままになるだろう。

 静寂に残る菊の いと惜しく 影を探して 言の葉に出会う




fin.
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