みかのり短編

朝露



「御前、どこ行くんだ、にゃー?」
 いそいそと部屋を出て行こうとしたところで南泉に声を掛けられ、則宗は足を止めた。
「ん?散歩さ。ちょいと出てくる。」
「ふーん…。ごゆっくり~にゃ。」
 南泉が特に気に掛けず送り出したことに内心ホッとして歩き出す。
 別に人に言えないことをするわけではないが、出来れば邪魔されたくはない。ここのところ時折ひとりである場所に向かう。最近はソレが楽しみになっているのだ。
 ふふっと笑い、ひとり呟いた。
「お強請りもしてみるもんだな。存外あっさり…」
 そこまで口に出すと、歩調を緩めた。
「…とは言え…今日まで、か。」



 普段は通らない廊下を抜け、中庭で遊ぶ短刀たちの声を聞きながら角を曲がると三条の面々の区画に差し掛かる。あまり関わりの無い相手に出くわすのは避けたくて、気配を気にしながら進む。あの元気な短刀と薙刀などは突然走り出てきてもおかしくはない。静かに、でも急ぎ足で、通り抜けた先に目的の部屋がある。
「邪魔するぞ。」
 そう声を掛けて開いている障子から顔を覗かせると、そこには三日月が座っている。
「ああ、待っていたぞ?菊よ。」
 部屋に入ると則宗はすぐに障子を閉めた。毎度のことだ。
 三日月は閉まったのを確認すると、棚からソレを出す。
「最後の二つになってしまったなぁ。」
「名残惜しい。が、早速いただいていいかい?」
「ああ、勿論だとも。」
 二人の前にあるのは、三日月が主から貰ったういろう。味の違う小さいものが七個入っていた。味の違いを楽しむためにそれを分け合う寸法だ。今日で三回目。先日は二個食べたところで三日月が箱をしまおうとしたのだが、則宗が物欲しげに眺め、もう一つ食べたいとねだったため三個目を食べてしまった。だから残りが二個になっている。
「こっちは桜、それは…」
「ゆずだ。さ、半分ずつ。」



「ねえ、ジジイ見なかった?」
 加州がキョロキョロ辺りを見回しながら大和守にそう尋ねる。
「則宗さん?見てないけど、どうしたの?」
「…なーんか最近こそこそしてんだよね。気になってさ。さっきも…」
 どこに行くのかと問えば言葉を濁し、煙に巻いてさっさと行ってしまった。加州は手伝いの最中だったため、追いかけられなかったのだ。
「それは…気になるね。」
 二人で会う人会う人に聞いてまわると、秋田が姿を見かけたという。
「そこの縁側を、向こうの方に歩いて行きましたよ?」
「…向こうって…」
「…三条?」
 三条に何の用だろう?と首をひねって、二人はすぐに思いついた。
「あ、番長の話?」
「三日月さんのとこに行ったのかな?」
「でも番長の話なら、こそこそする必要ないよね。」
「何か隠してるってことだよね。」
 よし、と頷き合って三日月の部屋に向かう。
「確かめよう。」



 三日月がういろうを切ろうとしたところで、則宗はピクンと顔を上げて制した。
「ちょっと待ってくれ。…誰か来る。…坊主たちだ。」
「加州たち?…ああ、そのようだな。」
 微かに聞こえる話し声と足音で、三日月も確認する。
「何を暢気に。早く隠れよう!」
「なにも隠れることは…」
 お茶の入った湯飲みとういろうを乗せた盆を三日月に持たせ、その背中を押す。
「最後の二つだぞ?ほらほら、早く!」
「わかったわかった。」
 ふすまの向こうの寝室の押し入れに隙間を見つけて潜り込んだ。



「三日月、居る?ちょっといい?」
 障子の外から声を掛けても返事がない。
「三日月さーん。いない?開けますよー。」
 そう言って大和守が障子を開ける。
「いないね。」
「おーい、いないのー?」
 ふすまを開けてみてもそこも無人だった。
「…なーんだ、ここじゃないのか。」
「じゃあ、どこ行っちゃったんだろうね。則宗さん。」
 そう言って出て行く二人の物音に聞き耳を立て、三日月はもう大丈夫だろうと後から入った則宗に出るように促す。が、則宗はジッと三日月を見ていた。
「…どうした?」
「いんや?こうして間近で見るとやはり美しいなと思ってね。」
 言いながら這い出る。
 三日月もその後ろに続き、笑った。
「あっはっは。おぬしも人のことは言えまい。その睫毛なぞ、泣き濡れているようにも見えて中々に艶っぽいぞ?」
「天下五剣のお眼鏡に適ったなら光栄の至りだ。」
 笑い合ってふすまを開けると、そこに加州たちが座っていた。
「な!なんで居るんだ!」
「確かに出て行ったと思ったんだが…」
 加州はプイッと横を向き、大和守はにっこり笑って人差し指を立てた。
「障子を開けて、外に出て閉めると同時に反対側を開けたんだよ。」
 見れば反対側は半分開いたままだ。
「気配を殺してて正解だったね。」
「で?何隠してたわけ?」
 二人はパッと立ち上がると、三日月の後ろに回り込んだ。
「何でもないぞ?」
 言って三日月はお盆を高く上げる。
「いや!それ、明らかに怪しいから!見せてよ!」
「おいしいものなんでしょ!隠したくなるくらい!」
 二人に両袖を引っ張られ、三日月は観念してお盆を下げた。
「余分は無いんだ。帰った帰った。」
 横から則宗が追い払おうとしたが、二人はぷーっと膨れて見せた。
「これまでも食べてたんでしょ?ちょっとくらい分けてくれてもいいじゃん。」
「ずるいなー、みんなに内緒でおいしいもの食べて。言いふらしちゃおうかなー。」
「何を言う。ずるいことなどあるもんか。これは、三日月が主から賜ったものだ。どうしようと三日月の勝手だろうが。」
「そのわりにはこそこそしてたよね。罪悪感あったよね。」
「みんなには言えないことだったんだよね。言いふらされたら困るよね。」
 悪戯な笑みを浮かべる加州と、ニコッと一見あどけない笑顔をみせる大和守。
 則宗は眉間にしわを寄せて、そのしわを押さえるように拳を当てた。
 ふん、と小さく息を吐いて、三日月は苦笑を向ける。
「まあ、仕方ないではないか。皆で分けよう。…少々小さくなってしまうがな。」
 わーいと大和守が万歳をして、加州と二人、そそくさと座卓の前に陣取る。
「で、ソレ何?色が綺麗だし、羊羹とは何か違う感じだし。」
「ういろうだ。さくらとゆず。」
「ういろう!?そんな色のもあるんだ!」
「言っておくが、味は知らんぞ?俺たちも初めて食べるのだからな。」
 三日月の言に一瞬止まってから、大和守がまたニコッと笑った。
「ふーん、他の味はおいしかった?」
 言外に「他の種類は堪能したんだよね?」と釘を刺している。
「存外うかつだな、お前さん。」
「これは参った。」



 一口二口で食べ終わってしまい少しばかり物足りない気はするが、おいしい菓子を食べることが出来て加州も大和守もほっこり嬉しそうに余韻を楽しんでいた。
「いいなー、三日月。主にチョー愛されてるじゃん。俺たちなんか顕現のときも握手してもらってないのに。」
「そうそう、この前の教育番会議?のあと二人で話してたんだけど、僕たちの頃って顕現したときの主との握手ってなかったんだよね。三日月さんから始まったんじゃないかな?」
「そうなのか?」
「そうだよ。最初の頃は人数少なかったから、何をやるのも主と一緒でさ、鍛刀もみんなで出迎えるからまずちびっ子たちに囲まれるんだよな。」
「ワラワラ寄ってきて『ようこそ!』『はじめまして!』って。まあ、アレも嬉しかったけどね。」
 内番にしても料理にしても、まず主がやって見せて教えていた頃だ。だからどこに行くにも主と一緒だった。
 流石に鍛刀部屋に入りきらない人数になる頃には、全員がついていくことはなくなっていたが、それでも数人は常に一緒にいた。
「三日月さんは政府からのお札で来たでしょ。主、すごく楽しみにしてたんだよね。」
 条件を達成したご褒美に、必ず狙った刀が顕現するお札を貰うことが出来た。貰う前に主は皆に三日月で良いだろうかと相談して回り、皆がいいと言っているのにまだ「ホントにこんなに簡単に貰っちゃっていいのかな」などとひとしきり悩んでから受け取りに行った。
 だから鍛刀の出迎えのときも、皆遠慮して後ろで見守っていたのだ。
『ようこそ、本丸へ!』
 頬を紅潮させた主が、顕現後の挨拶も終わらぬうちに駆け寄ってきて手を取ったのを三日月は思い出した。
「なんだ、元凶はアンタだったか。」
 頬杖をついて、則宗が呆れた風な声を出す。
「元凶とは人聞きの悪い。」
「間違っちゃいないだろう?それで主の握手が常態化したのだからな。」
 大和守がアハハと笑い、加州は少し拗ねたような顔をした。
「まあ、握手云々はいいんだけど、とにかく三日月は特別なんだよ、最初から。俺ももっと愛されたい…」
 困ったような顔で笑って、三日月は返す。
「寵愛を受けるのは光栄なことだと思っているが、主は皆のことも充分に愛しているぞ?毎日本丸中を駆け回っているではないか。」
「わかってるよーだ。」
 刃員が百に達したこの頃は流石に一日で全員のところに回るのは難しくなっているが、それでもなるべく全員に声を掛けようと主はあちこちに顔を出している。朝礼以外で主の顔を見ずに二日と過ごすのは難しいぐらいだ。
「清光は結構愛されてる方だと思うけどなー。可愛い可愛いって言ってもらってるじゃん。僕なんて『今日も元気そうだね』で終わりだよ?」
「でも足りないんだよー!」
 頬杖をついたまま、則宗は溜息を吐いて独り言のように言った。
「僕たち愛されたい刀は、いくら愛を貰っても満足できないんだろうな。強欲なのさ。」
 遠くを見るような則宗の目を、三日月は意外そうに眺めていた。




 また美味しいものが手に入ったら一緒に茶を飲もう、という口約束で、短期間のお茶会はお開きになった。
 少し残念な気がするのは、ういろうがなくなってしまったからかはたまた…。
 そんな淋しさを持て余していたある日、則宗に主からの呼び出しがあった。
「教育番長ご苦労様。で、ちょっと頼みたいことがあるんだけど。」
 聞けば鍛錬が滞っている面々を、なるべく満遍なく鍛えたいと言う。その為にこぼれ落ちる者が出ないようなやり方を考えてくれないか、ということだった。
 表にして順番に部隊に組み込む、というのが一番簡単だろう。しかし刀種や性格による相性、そして本刃のやる気も加味したいらしい。
「まあ、少し考えてみるさ。時間は掛かるかもしれんが、待ってくれるかい?」
「ありがとう!勿論待つよ!…そうだ!貰い物で悪いんだけど、これ、食べて?」
 そう言って主が差し出したのは小さなケーキの箱だった。
「苺のケーキ好き?」
「あ、ああ、そうだな。好きだが…主もケーキは好きだったろう?」
「いいの。これ今日たまたま貰ったんだけど、私、苺のケーキはいまいち心躍らないんだよね。」
「そうなのか?…じゃあ、ありがたくいただこう。」



 則宗はその足で、いつも三日月がお茶を飲んでいる縁側に向かった。
 主からの話を相談する、というのは口実にして、折角美味しいものが手に入ったのだから口約束を果たしに行こう、と思ってのことだ。
 行ってみると三日月は一人でお茶を飲んでいた。
 少し離れたところから声を掛け、手にあるケーキの箱を見せてみる。
「どうだい?」
「お?旨いものが手に入ったのだな。付き合おう。」
 三日月は立ち上がって自室へと誘った。
 部屋に入って箱を開けてみると、苺のケーキがひとつだけ入っている。
「フォークが必要だな。飲み物を取りに行くついでに持ってこよう。三日月、珈琲と紅茶、どちらがいい?それとも緑茶にしておくかい?」
 則宗は当たり前のようにそう言って立ち上がった。率先して雑用を引き受けるのは、ウキウキしているからかもしれない。
「おぬしと同じで良いぞ。菊。」
「んー、今日は珈琲の気分だ。」
「ああ、任せたぞ?」
 戻ってくると、則宗は「しまった」と呟いた。
「…包丁を借りてくるべきだったな。失念していた。」
 三日月は「良い良い」と笑う。
「少々行儀は悪いが、二人でつつこうではないか。」
「そうかい?じゃあ、早速。」
 そう言って座卓の角を二人で挟むように座る。
 上に乗った丸々一個の苺を見て則宗はまた困った風に言った。
「…苺が半分にできないな。」
「何、これは菊が貰ったのだ。おぬしが食べれば良い。」
「そうは言っても、ういろうはきっちり半分に分けて貰ったからなあ…そうだ。」
 苺を指でつまんで、三日月の顔の前に差し出す。
「半分かじってくれ。」
 目をパチクリさせて、三日月は笑みをこぼした。
「この向きでは一番甘い部分を俺が食べてしまうぞ?」
「かまわん。ほら、早く。」
 そうか?と少し戸惑いながら、口を開けた。
 片側の髪の毛を手で避けながら苺にかぶりつき、滴りそうな雫をチュッと吸い取る三日月の様子は、妙に妖艶に見える。
 自分から提案した事だが、その情景にドギマギとしてしまい、則宗はふいっと目を逸らした。
「これで半分くらいだろう?」
「そうだな。」
 何でもない風を装って、残りの半分を自分の口に放り込む。そして、つまんだときに手に付いたクリームを舐め取った。目を逸らしていたせいで、その時の三日月の視線には気付かなかった。
「よし、ケーキはここで半分だ。いいか?」
「ああ。」
 一応の陣地を決めて、その両端から食べ始める。
 先程の胸の高鳴りを誤魔化すために、うまいな、と口に出したが、どうにも味がしなかった。
 小さくなったケーキは不安定で、フォークでつつくにも難しくなっていく。
「あ…」
 無理に切り取ろうとしたせいでケーキは倒れてしまい、同時に指にクリームが付いてしまった。
「ははは、すまん。」
 笑って謝って、ケーキはそのままにしてクリームが付いた指を口に近づけると、その手首を三日月に捕まえられてしまった。
「え…」
「そのくりーむは、こちらの陣地のものだったぞ?」
 言って三日月はその手を引き寄せて、クリームが付いている薬指と小指をパクリと口に入れた。
 丁寧に舐め取りながら、向けてよこした視線はこの上なく美しく、息を吐くのも忘れるほど。
「菊が律儀に半分に分けたがっていたからな。」
 そう言って三日月は笑うと、倒れたケーキをまた少し切り分けて口に入れた。
 則宗は揶揄われたような気がして、「今のはこっちの陣地だ。」と言いがかりを付ける。そして、三日月の口の端に残ったクリームを舐め取った。
 次の瞬間、プイッと顔を背けて離れようとしたところで三日月の腕が則宗の背中に回される。そしてそっと唇が合わさった。
 一瞬のことで、すぐに背中は解放された。
 何が起こったかまだ理解しないまま、則宗は相手を見つめた。
 三日月が言う。
「すまぬ。…つい、な。」
「いや…僕も、つい、だ。」
 その後は心ここにあらずで、何を喋ったのか、どう部屋を出たのかも覚えていなかった。



 一文字の部屋で則宗は、はあーっと深い溜息を吐き座卓に突っ伏す。
「…いや、あれは僕のせいじゃないぞ?あっちが先に…」
 ブツブツと独り言を言っていると、丁度入ってきた姫鶴が「どったの?」と聞いてきた。
「ん?あー…なあ、ちょっと聞いていいか?」
 則宗は頬杖をついて、少し不機嫌な顔を見せた。
 姫鶴は正面に腰掛ける。
「何?なんでもって訳にはいかないけど。」
「菓子を食べてるときに、クリームが手に付いたらどうする?」
「は?…まあ、舐めるかな?行儀は悪いけど。」
 行儀の悪さを指摘されたら嫌だなと思い、事前に付け加えておく。
「もし、だ。その…一緒に食べてるヤツが、舐めてきたらどう思う?」
「え?相手の手を?舐めるの?自分のじゃなく?」
 則宗がコクンと頷く。
「えっろ。」
「だよな!?」
 やっぱり向こうが悪い、と納得していると、姫鶴が顔を顰めた。
「誰、そいつ。御前をコケにするなら一文字としては黙ってらんないんですけど?」
 余計な騒動が始まってしまいそうな流れに、ハタと気付いて則宗は笑った。
「うはは。どうした。らしくない発言だな。お前さん、一文字で括られるのを嫌がっているじゃないか。」
「一文字を背負うのはヤだけど、御前が大事なのはみんなと一緒ってコト。」
「そいつはありがたいが、心配するな。仕返しはきっちりしておいたから。」
「そなの?」
「ああ。だから、気にしないでくれ。」
 うーん、と考えて、姫鶴は言った。
「ちなみに聞いときたいんだけどー、どんな仕返ししたの?」
 うっと言葉に詰まる。舐め返したとはとても答えられない。
「いやなに、…一口多く食ってやった。」
 パチクリと姫鶴は瞬きをした。それが仕返しになるかどうかというのも気になるが、それより…。
 一口多く、ということは、ひとつの皿から、それも手でひとつずつ摘まむようなものではなく、スプーンか何かで掬って食べるようなものを誰かと分け合って食べた、ということではないのか。クリームというからには洋菓子。思い浮かぶのはケーキ。それを、誰と?
「…それで仕返ししゅーりょー?」
「ん?あ…ああ。…うはは、手ぬるいか。」
 また姫鶴は少し考えて、「そか」と言った。
「御前、そんなにヤじゃなかったんだ?」
「え?」
「まあ、そもそも嫌いなヤツと一緒にお菓子なんか食べないか。ちなみに誰かは教えてくんない?」
 則宗はまた言葉に詰まり、辛うじて「秘密だ。」と返した。



「三日月さん、何か良いことあったの?」
 大和守に尋ねられ、三日月は首をかしげた。
「ん?どうしてだ?」
「なんだか嬉しそうに見えたんだけど。気のせい?」
 はぐらかそうか少し迷ってから、答える。
「ふふっ、バレてしまったか。」
「あー!また何か美味しいもの食べたんでしょ!なになに?」
「秘密だ。」
 笑顔のまま顔を背けて見せた。
「ずるいー!ヒント教えて!」
 大和守は食い下がって『美味しいもの』の正体を突き止めようとしている。
 三日月は楽しげにのらりくらり返すが、しばらくして、観念したようにこう言った。
「仕方が無いなぁ。黄色くて、ふわふわで、ツヤツヤだったぞ?」
「黄色くて、ふわふわで、ツヤツヤ…和菓子?洋菓子?」
「洋菓子だな。」
「よし、清光と一緒に探し出しちゃうからね。」
 そう言って大和守は走って行った。



 則宗はしばらくの間、三日月に会いに行く口実がなく、心にモヤモヤを抱えながら過ごしていた。
「御前~、これ、あげる。」
 姫鶴がポンッと手の上に乗せてきたものを見ると、それはケーキ生地にクリームが挟まったお菓子だ。
「美味しーよ?内緒で食べてね。」
 言い回しに含みが見られるが、意味が分からない。
「…まあ、いただこう。」
 去り際に、姫鶴は振り向いてまた言った。
「内緒で、食べて、いーからね。」
 本当に意味がわからない。ひとつ思い当たることと言えば、先日話したアレだが、だからと言ってこれはどういうことだろう。
 姫鶴が何を考えているのか見当が付かないまま、折角手に入った菓子をそのまま自分で食べてしまうのも勿体ない気がして、則宗は三条に足を向けた。



「にゃーんこ。」
「にゃ!?」
「にゃじゃないでしょ。ほら、訓練訓練。御前が出かけるよ。」
「え!?マジでやんの!?にゃ?」
 姫鶴に追い立てられ、南泉は慌てて則宗を追った。
『絶対に御前に気付かれてはいけない』ため、あまり距離を詰められない。
 ちなみにこれは、「偵察能力を上げる訓練」だと姫鶴からは言われている。
 何度か見つかりそうになり、これ以上は無理かと思っているところに、後ろから声を掛けられた。
「南泉じゃん。何やってんの?」
 そこに居たのは不動だった。しー!と口の前に人差し指を立てて、しゃがませる。
「今、偵察訓練中だにゃ。」
「御前さんを追っかけてんの?手伝ってやろうか?」
「え!?それは…いいのかにゃ…」
「一人じゃこれ以上は無理っぽいだろ?俺短刀だし、上手く教えられると思うけど。」
 訓練だからこそ、上達しなくては意味が無い。なら教えてくれる人に手伝って貰うのもアリではないか。そう考えて、協力して貰うことにした。



「ふむ…視線を感じなくなったな…誰だったんだ?」
 こちらを窺う気配がフッと無くなった。急に無くなったのが逆に怖くもあるが、別に見られて困ることはない。ただ三日月に会いに行くだけだ。そして、菓子を食べるだけ。そう自分に言い聞かせるように頭の中で繰り返す。
 この時間、目的の相手はどこにいるだろう。近侍の仕事で忙しいかもしれないが、それでも毎日縁側でのんびりする時間は取っているらしいから、また縁側にいるかもしれない。
 そう考えて縁側を歩いて行くと、彼はいた。しかし、側では鶯丸と前田も共に茶を飲んでいる。
 気後れしながら、でも同じ本丸の仲間だ。声を掛けてその輪の中に入るのはおかしなことではない。持ってきた菓子は袖の中に隠し、則宗は三人に声を掛けた。
「やあ、楽しそうだな。仲間に入れてくれないか?」
「おや、一文字則宗じゃないか。珍しいね。ここでゆっくりしていくかい?」
 鶯丸が振り向いてそう言った。
 続いて三日月が「ここに座ると良い。」と自分の隣を指し示した。
「今日は緑が綺麗でな、皆で眺めていたところだ。」
「雨上がりはいいね。キラキラして、実に茶が旨い。」
 前田は立ち上がると、「お茶を入れ直してきますね。」と言って盆を持って行った。
 則宗は座ってはみたものの、あの時の三日月の「つい」の意味を考え始めてしまい、会話には「そうか」とか「そうだな」とか返すばかりだ。
 しばらくすると、話題が続かず、しんとしてしまった。
「…すまない、邪魔をしてしまったようだ。」
 そう言って立ち上がろうとすると、三日月が手を捕まえて止めた。
「何を謝ることがある。静かに緑を眺めるのも、また良いぞ?」
 その様子を見て、鶯丸は「なるほど」と思う。
「退散するのは俺の方、かな。」
 そう言って鶯丸は立ち上がった。
「何、実は大包平に言わなくちゃいけないことがあるんだが、どう伝えるか悩んでいたんだ。それを今思いついた。善は急げと言うだろう?行くことにするよ。じゃあ。」
 ひらひらと手を振って行ってしまった。
 つかみ所の無い鶯丸をどう見ていいのかまだ分からない則宗は、彼の言葉の虚実も判断が付かない。
「…今のは…」
 ふふっと三日月は笑う。
「あれは勘が良い奴だからな、気を遣ってくれたのだろう。」
 何に勘を働かせ、どう気を遣ったのかが気になるが、聞くに聞けない。
 そこに前田が戻ってきた。
 三日月が立ち上がる。
「すまぬ。鶯丸が何やら用事を思い出したようでな、お開きだ。」
「そうでしたか。」
「そのお茶を貰っても良いか?」
「はい、どうぞ。」
 前田から盆を受け取ると、三日月は則宗を促した。
「菊よ、まだ時間はあるのだろう?寄っていかぬか。」
「あ…ああ、ではお言葉に甘えて。」



「南泉、これ以上は近づけない。相手は三日月だぜ?」
「でもにゃー、少しくらい何を話してるのか、とか情報を持ち帰らねーと姫鶴の兄貴が…にゃ」
 偵察任務の内容として、則宗が誰と会い、どんな会話をしたかを探るように言われている。
 不動は「俺たちの身体がもう少し小さければなぁ…」と思案する。
 身体が小さく、身軽な短刀なら屋根裏や床下に潜り込むことも出来る。それでも三日月相手に気付かれずにいるのは難しいと不動は思っているのだが。
「そうだなぁ、もう少しだけ近付いてみるか。御前さんに気付かれなければ良いわけだから、三日月はなんとか味方に付けることにして。」
「そんなこと出来るのか?にゃ」
「もしダメだったら、俺が捕まるからその間に逃げてくれ。」
「う…なんか申し訳ない、にゃ…」
「訓練してたって言えば許してくれるって。」



 三日月の部屋でお茶を出されてそれに口を付けると、則宗は少し落ち着いた。
 他愛ない話で場を繋いでいるとき、三日月がふと障子の方に目をやった。
「…誰か…いるようだ…」
「そうかい?」
「少し待っていてくれ。」
 縁側に出て、茂みに目をやる。
「誰ぞ、いるのか?」
 威嚇をするように覇気をまとい、そう声を掛けると茂みから「にゃお」と声がした。
 次いでもう一回鳴き声が聞こえる。
「ふむ、わかった。」
「どうかしたかい?」
 うしろから則宗が出てきて声を掛ける。
 三日月は笑って言った。
「なに、野良猫を追いかけて、短刀たちが遊んでいるようだ。気にすることはない。」
「今の声は短刀ってことかい?」
「そう、秋田あたりだろう。よく猫と遊んでいる。邪魔をするような野暮はやめておこう。」
 本当は不動だと気付いたが、敵意はないと判断して適当な説明をする。
「そうか、ウチの子猫でも居るのかと思ったが。」
 そんなことを言いながら、二人は部屋に戻った。
 茂みの中では南泉が冷や汗を掻いていた。



 それから二三他愛ない話をしたあと、少し間が開くと、三日月は言った。
「先程はすまなかったな、菊。俺が話を振れば良かったのだが、何せ…柄にもなく緊張していたようでなぁ。」
 鶯丸とのことだ。
「緊張?…アンタがか?」
「そう。自分でも珍しいと思うぞ?」
「…緊張しているようには見えなかったがな。」
 三日月は「あっはっは」と笑い、扇子で口元を隠して流し目を向けた。
「その睫毛を見ているとな、ドキドキと胸が高鳴ってしまう。」
 驚きで目を丸くして、則宗は視線を外した。
「またそんなことを。こんなとうの立った男を揶揄って楽しいかい?」
「揶揄ってなぞおらぬ。菊よ、おぬしは美しい。その柔らかそうな髪は菊を思わせ、濡れた睫毛は朝露のよう。朝露を浴びた菊一輪、見とれてもおかしくはないというもの。」
 カッと頬が染まるのが自分でわかった。顔を隠してしまいたくて扇子に手をやるが、相手を真似ているようで使う気になれない。
「口説いているのかい?酔狂だな。」
「そうだな、酔っているのかもしれん。菊の残した甘い味に。」
 その『菊』は花の方の抑揚の付け方だったが、愛称を呼ばれたように感じて胸を締め付ける。
「おぬしは、もう忘れたのか?『つい』の先、あの甘い味を。」
 三日月は膝でにじり寄った。そして耳打ちする。
「次は夜露に濡れた姿を見たいものだ。」



「帰ったにゃー」
「どーだった?」
 南泉を待ち受けていた姫鶴は、疲れて寝転がった相手に圧を掛ける。
 南泉は慌てて起き上がって、居住まいを直した。
「う、うす、にゃ。」
「で?」
「ちゃんと突き止めてきた、にゃ。相手は三日月宗近、話の内容…は、聞こえなかったにゃ…」
「三日月かあ…意外。へー?」
「あの…この訓練、いつまで続けるんだ?にゃ」
「もーいーよ。終わり。」
 知りたいことを知れた姫鶴は、もう興味を無くしたようだ。
「へ?終わり?にゃ?」
「何?まだやりたかった?」
 南泉はブンブンと首を横に振った。やったーと寝転んでから、ひとつ思い出して再び起き上がる。
「不動の話だと…」
「は?不動?…手伝って貰ったんだ?」
 しまった、と口を押さえるがあとの祭りだ。
 また圧をかけられ、口を割った。
「話の内容は分からなかったけど、耳打ちしたようだって言ってたにゃ。俺には分かんなかったけど。にゃ」
「指舐めの次は耳打ちか…あのジーサン、意外とアレだな。」
「な、何の話だ?にゃ?」
 南泉の質問には答えずに、姫鶴は何やら考えながら行ってしまった。



「ねー、近侍さん?ちょーっと話があんだけど。」
 後ろから掛けられた声に三日月が振り向くと、そこには姫鶴がいた。
「姫鶴一文字か。どうした?」
「顔貸しな。」
 姫鶴はクイッと顎で行き先を示した。
 ひとけの無い、使われていない部屋に入り、三日月を奥に促すと自分は入り口に背を向けて立つ。
「随分と大仰なやり方だな。何か気に障ることでもあったか?」
「んー、これからあるかもしんないってとこかな。一応、釘、刺しときたいんだよねー。」
「はて、話が見えぬが。」
 余裕な態度を見せる三日月に内心苛つきながら、姫鶴は一度目を伏せてからギロっと睨み付ける。
「最近、ウチの御前にちょっかい出してるそーじゃん?」
「ちょっかいとな。」
 三日月が怯まないのを見て、姫鶴は考えを巡らす。これは悪意がないからか、悪意を悪意と思っていないからか、既に手の内だから悪びれる必要も無いということか。
「御前をコケにしたら、例えアンタでも許さないって言ってんの。」
 三日月はニコリと笑顔を向けた。
「まさか。菊は大事な茶飲み友達だ。コケになどしようものか。」
「ふーん?」
 どう切り返そうか迷う。知り得た情報をそのまま知ってるぞと言うべきか、それとも。
「ただの茶飲み友達に、夜のお誘い掛けるんだ?さすが平安刀。」
 耳打ちの内容は知らないが、アタリを付けて鎌を掛ける。
 それには一瞬ピクリと頬を引きつらせたように見えた。
「はっはっは。何を知っているのかは知らぬが、あまり他者の関係に踏み入らぬことだ。俺の心の内を知っているわけでもあるまい?」
 それを聞いて、あれ?と思う。姫鶴の目からストンと覇気が抜け、パチクリと瞬きをした。
「ふーん?…なんだ。そか。…まあ、割とホンキなら文句は無いんだけど。」
 急に態度を変えた姫鶴に、三日月も警戒心を解いて首をかしげる。
「…文句はないのか?」
「ホンキならねー」
 グッと伸びをして、姫鶴は背中を向けた。
「心配しすぎだったかなー」
 部屋を出て行こうとして、ハタと振り返る。
「あ、でも、御前泣かせたら全力で潰しに掛かるから。一文字一家総出で。」
「心得ておこう。」
「それから、今のところウチの面倒くさい連中には内緒にしてあげる。感謝してねー。」
「ああ、ありがたいぞ?」



 数日後の夕餉時、則宗はいつもと同じように、一文字の面々と共に食堂に向かった。いつもと同じ席に着こうとしたところで、すぐそこに三日月がいることに気付く。彼はもう食べ終わるところだった。
「やあ、三日月。今日の晩飯は旨かったかい?」
 声を掛けたのは、今なら普通に話せると思ったからだ。皆の前ではしゃんとしていられるし、三日月も妙な含みのある言葉は掛けないだろう。
「ああ、菊か。旨かったぞ?つい、食べ過ぎてしまった。」
 最後の一口を咀嚼し、飲み込むとお茶をすすった。
「そうか。今日は月夜だから月見酒でもと思ったが、満腹じゃそういうわけにもいかなそうだな。」
 席に着いたばかりの姫鶴が、ぶふっと吹き出した。
「…ここで誘うんだ?御前…」
「姫鶴の兄貴、どうしたんだにゃ?」
「ちょっちね。」
 そっかーと姫鶴は予想外の展開に驚きながらお茶を飲む。飲みの誘いぐらい普通だが、二人の今の関係からいくと直、夜の誘いになるのではないか。そして、誘ったのが三日月ではなく則宗の方からというのも驚きの原因だ。
「なに、少しくらいなら付き合うぞ?飲むか?」
 三日月の返事に則宗はニカッといつもの笑い方で返す。
「いいかい?じゃあ楽しみにしておこう。」
 そこに次郎太刀が割り込んできた。
「なになに?月見酒だって?いいねえ!よし、今夜は飲むぞみんな!月見だ月見だ!」
 日本号も乗ってくる。
「いいねえ!月見酒たぁ、風流じゃねーか。俺も付き合うぜ。」
 やんややんやと騒ぎ立て、いつの間にか宴会規模の話になってしまった。
「よし、準備が出来たヤツから展望の間に集合だ!いいね!?言い出しっぺもちゃんと来なよ!?」
 唖然としている間に則宗も三日月も参加させられることになっていて、断る隙も無い。
 次郎太刀と日本号が数人を巻き込んで連れて行くのを見送ってから、三日月は笑った。
「あっはっは。大騒ぎになってしまったな。どうする?菊。」
「まあ、ちょっとだけ付き合うか。仕方ない。」
 また予想外の展開に、姫鶴が吹き出していた。



 宴会は徐々にばらけていき、一刻ほどでいくつかのグループに分かれてそれぞれ好きな場所に陣取った。
 次郎太刀の強引な誘いから抜け出して、三日月と則宗は静かな場所に避難していた。
「月の見える場所が空いていて良かった。」
「あやつらは月なんかどうでもいいみたいだからな。」
 そう言って笑ってまた酒を酌み交わす。
「ちーっす。お邪魔しちゃおっかなー」
「姫鶴、失礼な態度はいただけないぞ?」
 姫鶴が軽い感じで声を掛けると、それを山鳥毛がたしなめた。
 見れば日光と南泉も後ろについて来ている。
「なんだ、お前さんたちも来たのか。」
「菊が誘ったのではないのか?」
 山鳥毛が「お邪魔して申し訳ない。」と三日月に軽く会釈をしてから言った。
「折角の機会だから参加しておこうという話になったのでね。他の刀たちの人となりも知っておきたいと常々思っていたこともあって。」
「じゃあ、全員のところを回るつもりかい?ご苦労さん。」
「いえ、組織を見守るのが一文字の役目。当然のことです。」
 則宗の労いに目を伏せて応じる山鳥毛の横で、姫鶴がつまらなそうに言った。
「もー抜けていー?ここで飲んでくから。」
「またそんな我が儘を。長居してはお二人の邪魔になるだろう?」
「いーじゃん、三日月とはこの前マブダチになったから。でしょ?みかち~」
 突然のマブダチ宣言に三日月は笑って答える。
「ああ、そうだな。まぶだち、だ。」
 それには則宗だけでなく、皆が目を丸くした。
「いったいいつの間に。」
「先日、声を掛けられてな、少し話したのだ。有意義な時間だったな、姫鶴よ。」
「ねー。」
 三日月は側にあったおちょこを姫鶴に渡し、酒を注ぐ。そして視線をあげて一番離れた位置に居る相手に声を掛けた。
「ときに南泉。」
 いきなりの指名にビクンと身を震わせる南泉。
「ひゃい!?」
「不動とは仲良くやっているか?」
「ええええ?なんで、にゃ?」
「この前、一緒に猫を追いかけていたではないか。」
 偵察訓練のことだとわかって、南泉は返事をしようにも言葉が出ない。
「にゃ…にゃんのことだか…。」
「ははは、猫だけに、か?」
「やっぱみかち侮れないね。」
 クイッと酒をあおった姫鶴がそう言うと、三日月は笑う。
「やはり、おぬしもアレに噛んでおったか。」
「悪いようにはしなかったでしょー?」
「ああ、そうだな。まぶだちだものな。」
 そこまで静観していた日光が、聞こえてきた言葉のあれこれをつなぎ合わせて、眉間にしわを寄せる。
「姫、それにどら猫、まさかお二人に迷惑を掛けるようなことを…」
「掛けてない!にゃ!だよにゃ!姫鶴の兄貴!にゃ!」
 はっはっは、とまた三日月が笑い声を立てる。
「迷惑などしていないぞ?なあ、菊よ。」
「…僕には話が見えないんだが、…何かあったのか?」
 三日月は扇子を出すと口元を隠して則宗に顔を寄せ、小声で、あの日あそこに南泉がいたことを告げた。
 途端、則宗の顔が赤く染まってゲホゲホとむせる。
 山鳥毛が驚いて則宗の傍に寄って背中をさすり、三日月に鋭い視線を向けた。
「三日月殿、事情は分からないが、御前を揶揄うのはやめていただこう。」
「これは困った。揶揄ったわけではないのだが、そうだな、気を付けよう。」
 ケホケホとまだ咳をしながら、則宗は肩に当てられた山鳥毛の手をポンと叩く。
「大丈夫だ…思わぬことを聞いたのでな、慌てて飲み込んでしまっただけだ。」
「本当に大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。」
 最後にもう一度咳払いをして、則宗は表情を戻した。
「さてと」と言って三日月が立ち上がる。
「おぬしたちは皆のところを回るのだろう?俺たちは部屋でゆっくりと飲むことにしようか、菊。」
 片手で盆を持って、もう一方の手を則宗に差し出す。
「そうだな。」
「ではな」と二人連れ立って去って行くのを見送って、姫鶴が「いーの?」と問う。
「堂々と攫われちゃったけど…まあ、御前がいーならいっか。」
「酔いが回っても三日月殿が何とかしてくれるだろう。」
 しばらくは黙っていると約束した手前、二人の仲については言及できず、姫鶴は目を瞑ることにした。



「どうする?」
「どうって、何がだい?」
 三日月の質問の意味が分からず聞き返すと、三日月は今酒を注いだばかりのお猪口を座卓に置いて、則宗の手からもそれを奪って隣に並べた。
「このまま酒を飲み続けるか、夜露に濡れるか。どちらが良い?」
 その夜露は勿論外に行くという意味ではない。あの耳打ちの言葉だ。
「…いや、その…ちょっと、…待ってくれ。」
「おぬしの好きにして良いぞ?もう帰りたいなら、気が変わったと言ってくれれば納得しよう。」
 覚悟はしてきたつもりだったが、いざ持ちかけられるとなんと返していいか分からなかった。身を預けてしまうには自尊心が邪魔をし、立ち去るには恋慕が邪魔をする。
 自分が女のようにしなって身体を預ける様は違うと感じる。それはどこか嘘を吐いているような気持ち悪さだ。
 考えあぐねて、則宗はお猪口に手を伸ばした。
 酒を選ぶのかと少々残念に思いながら三日月も手に取ると、則宗はクイッと一気に流し込んだ。
「…放っておいたら勿体ないだろう?」
「ふふ。そうだな。」
 真似をして三日月も飲み干す。
「今のは色よい返事と受け取るが、良いか?」
「ふん、好きにしろ。」



 いつしか二人が共にいるのが当たり前になってきた頃、大和守が掃除をしながらあちこち回っていると、三日月の声が聞こえた。
「甘いな、とても。」
 縁側で何かまた美味しいものを食べているのかもと思い、そっと覗いた大和守は、目にしたものに驚いて慌てて隠れる。

 キ…キスしてたー!?

 声を出しそうになって自分の口を両手で覆う。足を忍ばせて急いでそこを離れた。
「清光~!!」
「向こうの掃除、もう終わったの?安定。」
「それどころじゃないの!あのお菓子の正体!わかった!」
「え!?なになに!?どんなお菓子?」
「落ち着いて、驚かないでよ。」
「いや、たかがお菓子だろ?お前が落ち着けよ。」
 加州は呆れてそう言った。
「う、うん、そだね。落ち着く…。」
「…マジでなんなの。そんな驚くお菓子ってある?」
 大和守は呼吸を整えて、そっと言った。
「則宗さん。」
「ん?あの人も一緒に食べてたの?で、お菓子は?」
「だから!則宗さんなんだって!黄色くてふわふわで、ツヤツヤ!」
 意味が分からず、大和守の言ったことを反芻する。
「黄色くて、ふわふわで…」
「だから!それ則宗さんの髪の毛の話で!ツヤツヤは肌か爪か知らないけど!」
「でも、洋菓子の話じゃなかったの?」
「和菓子か洋菓子かって聞いたら、洋菓子って答えたの!ほら、あの人どっちかというと洋菓子っぽいじゃん!」
 納得できそうでいまいち納得できない。
「…でも美味しかったって言ったんだろ?」
「今!甘いって…えっと、ちょっと待ってね。落ち着く。」
 すーはーとゆっくり息をして、大和守は胸に手を当てて、また何か言おうとして言い淀む。
「もう!掃除終わらせたいんだけど!?」
「待って!言うから!」
 そう言うと今度は両手で顔を覆った。
「…キス…してた…。で、甘いって言ってた。」
「は!?」
「だから!」
「わ、わかったわかった。してたんだな?…了解…」
 沈黙が流れる。
「…マジかー…」
「…びっくりだよね…」
 よく二人で居るのは見かけていたが、仲がいいコンビだなとしか思っていなかった。恐らく本丸内の殆どの刀がそう思っていたはずだ。
 その後、菓子探しをしていたときに協力を仰いだ相手に事の真相を伝えたため、瞬く間に噂が広がった。




fin.
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