弊本丸の日常

番長制

 ある日、夕餉前に召集が掛けられた。
 いつも朝礼をする大広間。集まってくる面々は緊急事態でないことにまず安堵し、次いで困惑が広がる。
「突然ごめんね~?」
 皆の困惑をよそに、主は軽い口調で入ってきた。
 その様子を見て、ざわついていた広間は朝礼の時のように落ち着く。
「実は、さっき政府からこんなものが届きました。」
 主がそう言って掲げて見せたのは、内番表と同じような、いくつかの項目とそれぞれに札が掛けられるものだった。
「…番長?」
「そう。まあ、お仕事を取りまとめる役職を決めようって話なんだけど。特に強制はされてないんだけど、折角だから使おうと思って。」
 主は皆に見えるように取り敢えずそれを鴨居に引っかけて、内番に使う札を持ってこさせた。
「総務はね、もう決めてあるの。初期刀の蜂須賀。よろしくね。」
 言って蜂須賀の札を総務番長のところに掛ける。
「はい、お任せを。」
 蜂須賀は軽く頭を下げ、満足そうに笑んだ。
「で、厨番長はね、燭台切。いい?」
 呼ばれた燭台切は意外そうな顔を向ける。
「え?…構わないけど…僕かい?」
 そう返してチラッと歌仙を気に掛けた。歌仙は特に表情を変えてはいないが、思うところがあるのではないか。
 それに気付いてか、主は付け加える。
「歌仙はね、役を付けないで自由にしてもらった方が良いと思って。ほら、慣れない人が料理の手伝いするときなんかは教えてあげなくちゃいけない訳だし。」
 勿論これまでもそういう機会はあり、その時々で得意な者が初心者に教えるのが常だ。しかし、役がついてしまうとそういった仕事の多くを番長が担うことになるだろう、と予想してのことだった。
「そういうことなら、僕が引き受けるよ。任せておいて。」
「お願いね。」
 そこから主は腕組みをして、表を眺めて唸る。
「どうしようかなー。うーん…清掃番長は長谷部。」
「はい。」
「掃除は衛生管理の基本だから、しっかりよろしくね。」
「はい、お任せください。」
 長谷部はいつものように、主に向けて頭を下げた。
「えーっと…蔵番長は五虎退。」
「え!?は、はい!」
 モジモジとする五虎退に、主は笑いかける。
「おもに蔵の中身の把握と、使いやすいように位置の入れ替え。どこに何があるかよく知ってる人集めて、明示とか付ける作業もみんなでね。最初は大変かもしれないけど、一度整理しちゃえばあとの管理は楽だと思うから。」
「はい!頑張ります!」


 主はまた少し考えて、うーんと唸る。
「勘定番長に明石。」
 突然名前を挙げられ、だらけていた身体をピンと伸ばす明石。
「じ…自分ですかぁ?…そらまたどうして…」
「キミが適任だと思ったからだよ。頼むね。」
「いやいや、こんなやる気無いヤツに役付けたりしたら、えらいことなりません?」
 自分で自分のことをやる気無いヤツと評してそんなことを言う。
「ならへんならへん。頑張ってみて。」
「いやいやいや…」
 なんとか役から逃れようと明石が逃げ口上を口に出そうとしたとき、「主さん!」と浦島が声を上げた。
「内番の札を掛けちゃったら、内番のとき困るんじゃない?」
 主はニコッと笑って返事をする。
「番長は内番免除にするから大丈夫だよ。」
「あ、そうなの?…なーんだ、じゃあ蜂須賀兄ちゃんと一緒に内番できないのか~」
 少々がっかりしている浦島を蜂須賀が宥めているのを尻目に、主が明石に向き直ると、明石はグッと握りこぶしを見せた。
「主はん、勘定番長、引き受けさせてもらいましょ。どんと任せといてください。要は采配せえ言うんですやろ?早速、手伝いを集めてきますわ。」
「そうそう、明石分かってるじゃん。頼もしい!よろしくね!」
 明石は内番をしなくていいとわかった途端、乗り気になってメンバー集めに繰り出した。
 真っ先に博多に声を掛け、さらに良さそうな刃員を探しに行く。
 それを見送って、主はコソッと博多を呼び寄せた。
「博多くん、頼みがあるんだけど。」
 キョトンとした顔を返しながらも「なんなりと」と引き受ける。
「明石の補佐に付いて、時々発破掛けてほしいの。やりすぎはダメだから、ちょっとさじ加減難しいけど。で、もし仕事丸投げしてくるようだったら全力でツッコミ入れて。」
「はあ…分かりました。」
「あと、キミが出来るからってなんでも引き受けちゃダメだよ?そこはグッと堪えて。キミの手腕は分かってるけど、あくまでも補佐の立ち位置を崩さないように。」
 役を貰えなかったことを残念に思っていた博多だったが、どうやら自分の能力を分かってくれた上での采配だと気付き、満面の笑みを浮かべる。
「任しときんしゃい!」
「頼むよ!影の番長!」
 主が親指を立てて見せると、博多もそれに倣った。


「あとは、教育番長…そうだなぁ…じゃあ、菊!」
 そう呼んで、一文字則宗の札を掛ける。
 菊と呼ばれた則宗は意外そうな表情で立ち上がると、主の側に歩み寄った。
「僕かい?僕はどちらかというと新参の筈なんだがなぁ。」
「ウチはまだ初期刀顕現から一年経ってないから、誤差だよ。ってことで、よろしく。」
「あっはっは。誤差か。…とは言え、教育となると…」
 少しばかり渋ってみせる則宗に、主は「じゃあ…」と提案する。
「三日月を補佐につけるから。三日月、よろしく。」
 すぐ側に控えていた三日月は瞬きと共に頷いた。
「あいわかった。」
 そのやり取りにも則宗は少々戸惑い、笑ってみせる。
「近侍殿のお手を煩わせるのは、ちと心苦しいなぁ。」
 三日月も笑顔を返す。
「いや、今は近侍を外れておる。気にすることはないぞ?」
 この本丸では新しく顕現した刀をまず近侍に据え、散歩などで主との親睦を図るようにしている。このところ数振りが立て続けに顕現したため、今、三日月は近侍補佐の立場だ。
「ああ、今は実休が近侍だったな。…ふむ。まあ元より主の采配にケチを付ける気ではなかったからな。よろしく頼む、三日月殿。」
「そのような堅苦しい呼び方でなく、気安く呼んでくれて構わんぞ?菊よ。」
 三日月に主と同じ呼び方をされ、一瞬目を丸くしたのち、則宗は声を立てて笑った。
「わっはっは。では、三日月、よろしく頼む。」
「ああ、よろしくな。」




 次の日、三日月が則宗を探して一文字のところに行くと、そこに彼はいなかった。聞けば加州たちの部屋に行っているという。そういえば彼は加州にちょっかいを出しては煩がられる、といった遊び(?)をよくしている。今日も遊んでいるのだろうかと訪ねてみた。
「邪魔をするぞ? こちらに菊は…ああ、いたか。少し良いか?」
「ああ、かまわんさ。坊主たちも同じ穴の狢だ。ここで会議と行こうじゃないか。」
 部屋では加州と大和守が則宗と机を囲んで何やら話していた風だった。
「狢って…。俺たち悪事を企んでるわけじゃないでしょー。」
「それに、僕たちまだ引き受けるって言ってないんだけど。」
 恐らく教育番長として、二人に協力を頼んでいたのだろう。
 座るように促され、三日月は腰を下ろしながら尋ねた。
「もしや、新刃教育を二人に頼んだのか?」
「ご明察。坊主たちなら人当たりがいいし、気が利く。加えてどちらも既に修行を終えた身だ。適任だろう?」
「うむ、良いと思うぞ。加州、大和守、俺からも頼む。引き受けてはくれまいか。」
 柔らかい笑みを浮かべながら、三日月が小さく首をかしげる。
 二人は顔を見合わせてから、「まあ良いんだけど。」と加州が言い、「断る気はなかったからね。」と大和守が付け加えた。
「お?僕のときと随分対応が違うじゃないか。」
「アンタは胡散臭くて即答しにくいんだよ。」
「わっはっは。随分だなぁ。」
 だいたい、と加州は言う。
「修行終えたのは俺たちだけじゃ無いし、アンタだって充分な強さだろ。修行行きたいって言えば?」
 それには含みのある笑みを返し、則宗は目を伏せた。
「残念ながら、僕や長義のような政府由来の刀は修行の許可が出ていない。」
「許可?政府の?」
 加州と大和守は揃ってそう聞いた。
「そう。恐らく初の姿のデータを取りきっていないのだろう。つまり、僕たちは未だ観察対象だということさ。」
 うわ、と大和守が顔を顰めた。
「そーゆー話聞くと、政府を信じられなくなるなー。」
「あっはっは。僕の知る限りでは、政府が悪巧みをしている風はないぞ?ただまあ…」
「ただ?」
「いつの時代も、研究を極める者たちというのはタガが外れがちではあるな。」
 加州と大和守はまた声を揃えて「あー」と何やら思い当たったような声を出す。
「…南海先生、外れがちだよね。」
「時々刃体実験やりたそうにしてるよね。思い留まってるみたいだけど。」
「そのタガは外さないでほしい…。」
 則宗は二人の会話にひとしきり笑ったあと、ところで、と三日月に話を振った。
「あやつ…実休光忠はどうだ?」
 三日月は「はて」と返した。
「どう、とは?」
「面白い話はないのかってことさ。先日は祢々切丸がやらかしたそうじゃないか。」
 ああ、と思い出して三日月は苦笑する。
 祢々切丸も顕現したばかりの刀だ。そして、その日のうちに近侍に据えられ、主と散歩をしているときのことだった。
 彼は遠くに花を見つけると、それを主に報告し、見に行こうと誘ったのだ。

『八里先に綺麗な花が咲いている。走って見に行くか。』
 散歩に出る前に、切り花をもらった主が嬉しそうにしていたのを思い出した彼は、花を見せれば喜ぶと思ったらしい。
 主はというと、一里がどの程度の距離かを思い出せず、曖昧に『そうだねえ』と言って考えていた。
 しかしそれを了承の返事だと受け取った彼は、主の手を引いて走り出してしまった。
 そんなに速く走れないと言う主を、肩に座らせるように担ぎ上げ、どんどんスピードを上げる祢々切丸。
 主は「待って待って」と制止の意味で声を掛けるが、彼は「ご心配なく」と言うばかりで止まらない。怖がった主はたまたま近くを通りかかった平野に助けを求めた。
 そして知らせを聞いた三日月が馬で後を追ったという顛末だ。

「あれに悪意は全く無かったのだが、主が怖がっていたことを理解できなかったらしくてな、説明に時間が掛かった。」
 探すまでもなく、ほど近いところに主はいた。そしてその前には祢々切丸が跪いていた。主が命令口調で止まるように言うと、彼はすぐに足を止めたのだった。
 穏やかな主が珍しくくどくどと怒っているのを見て、余程怖かったのだろうと推し量れた。
 聞いて則宗は笑う。
「で、実休のやつはどうだ?」
 もう一度聞かれ、三日月は苦虫を噛みつぶしたような顔をした。一拍間を置き答える。
「…匂いを嗅いだ。」
 聞いていた三人はキョトンとし、則宗が「匂い?」と聞き返す。
「握手をしたときに主が『良い香りがする』と言ったのだが…」

 主は実休の香水か何かだと思ってそう言ったが、実休の方は思い当たらず、それは主の香りではないか、と返した。
 そして身を寄せて主の首筋辺りの匂いを嗅ぎ、「ほら、甘い」と付け加えた。

「うっはっは。それはまた色男っぷりが映えるな。」
「笑い事ではない。」
「で?あんたは切っ先を突きつけたのか?」
 則宗の質問に、一層不愉快そうな顔を見せる三日月は、ただ首を横に振った。
「なんだ、僕には抜き身を見せたくせに。」
 それを聞いて「はあ!?」と声を上げたのは加州だ。
「アンタ何したんだよ!」
 その様子にまた則宗は笑う。
「言っておくが、僕は主の無防備な様子に苦言を呈しただけだ。他の者のやらかしと同列に見てくれるなよ?」
 三日月が眉を顰めた。
「苦言を伝えるにもやり方というものがあろう。おぬしのはやり過ぎだ。」
「だが、実際実害が出てるじゃないか。やはり顔を合わせた直後に握手はどうかと思うぞ?」
「だからジジイ何したんだって聞いてんの!場合によっちゃ俺も許さないからね!」
 いきり立つ加州を宥めながら、大和守も「僕も興味あるなー」と返答を促した。
 ふふんと笑って、則宗は答える。
「握手のついでにハグをしたまでだ。どうということはないだろう?」
 ハグと表現すれば大したことはないが、その時の様子は少し違っていた。握手の手を強く引き、相手を拘束する勢いで抱き寄せた。三日月としては看過できない状況だったのだ。
「いやあ、あの時の三日月はおっかなかったなあ。うはは」
 呆れたような溜息を吐き、三日月は取り繕う。
「まあ、主の警戒心がなさ過ぎるのは問題ではあるな。」
 三日月が話を流したことで、加州も一応落ち着いて「うーん」と考えた。
「やっぱさ、近侍に据える前に最低限の新刃教育はしておくべきだよね。」
 過去には、主の胸元に付いた傷を舐めようとした者もいた。小さな傷は舐めれば治る、と聞いたのを鵜呑みにしたことが原因だ。怪我をさせてしまったという焦りと、早く治してあげたいという善意からの行動だった。
 則宗がポンと手を打つ。
「坊主たちが主に提案すればいいんじゃないか?新刃教育はお前たちの役目だろう。」
「いやいや、アンタが長なんだから、アンタが言うべきでしょ。」
 即座に加州がツッコミを入れた。
「てか、これって教育番会議で決まったって言っちゃえば良いんじゃない?」
と大和守。
「そっか。実際そうなんだし。」
「と、いうわけで、新刃教育についてはこれでお開きだね。じゃあ、おじいちゃんたち、主に言っといてね。」
 そう言って二人を追い立てる。
「おいおい、追い出す気か?」
「他にも決めることはあるのではないか?」
 背中を押されながら反論するが、加州も大和守も「はいはい」と取り合わない。
「俺たちこれから用事があるから。また細かいことは後日ね。」
「新刃教育には協力するけど、他は他を当たってね。よろしく。」
 廊下まで押し出されてしまった三日月と則宗は、後ろで閉められた障子に目をやってからチラッと見合って二人して立ち尽くす。
「さて、どうしたものか。」
「そうさなぁ…」
 しばし考えてから、三日月が「茶でも飲むか」と言うと、則宗は「いいな」と返す。
「茶菓子はあるのかい?」
「実は主から特別に賜ったういろうが。」
 歩き出しながら、そう言って三日月は唇の前に人差し指を立てた。
「そいつはありがたい。ご相伴にあずかろう。」



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