すばらしきこのせかい
(ヨシュネク)
雛祭り
「待ったかい?ネク君。」
呼び出された場所に時間通りに行ってみれば、10分も待たされた。
そして最初の言葉があれである。
ネクはムッとして答えた。
「ああ。たっぷり10分間。」
ヨシュアはふふふ、と笑って自分の前髪を指に絡めた。
「相変わらず細かいね。」
別に細かくもなければ、前からそんな風でもない筈だ。
そう言い返そうかと思ったがやめておいた。
ふう、と溜め息をついて訊ねる。
「で?何の用だ?」
「友達に会うのに理由がいるのかい?」
またネクはムッとする。
電話では、用があるから出て来い、と言っていたのだ。
そんな様子も気にせず、ヨシュアは踵を返した。
「さあ、行こうか。」
「…お、おい…。」
ネクが立ちつくしていると、彼は数歩歩いてから「来ないの?」というような顔で振り向き、何も言わずにまた歩き出す。
小さく舌打ちして、ネクは後に続いた。
マンションの一室に着くと、そこには料理が用意してあった。
「…?…おい、ヨシュア…?」
「ん?あれ?」
ネクの戸惑う顔に今気付いたかのように、ヨシュアは首を傾げた。
「ネク君、今日が何の日だか知らないのかい?」
「…いや、雛祭りだろ?それは知ってるけど…。」
「なら良かった。じゃあ、始めようよ。」
座って、と指された場所に腰かける。
小さなテーブルは昔よくドラマで使われたようなちゃぶ台をそのままコンパクトサイズにしたようなものだった。
ヨシュアは真向かいより少し近い場所に腰を下ろした。
いつもと同じ笑みを向けるヨシュアに、ネクは訝しげだ。
「どうかしたのかい?ネク君。」
「…用ってこれのことだったのか?」
「そうだね。今日は雛祭りだから君を呼んだ。そう言う解釈で問題ないと思うよ?」
だったらシキ達も呼べばいいじゃないか、女の子が主役の行事なんだから。
そう思いはしたものの、わざわざ言ってどうなるというわけではないだろう。
ネク自身、じゃあみんなを呼ぼう、なんて行動派な性格ではないし、ヨシュアもそんなに積極的に人に連絡を取るタイプではない。
第一、用意された料理はどう見ても二人分なのだ。
ヨシュアはまた、ふふっと笑った。
「どうして自分だけ呼ばれたのか、とか思ってる?」
「ん?…まあ、うん。」
「理由はいずれ分かるよ。それより、ネク君?」
いつもの涼しい目で覗き込まれ、ネクはふいっと視線を合わせた。
「何か足りないと思わないかい?」
「?」
何か、と言われ、ネクは周りを見回した。
これと言ってなくて困るものはないが、あえて言うならあれだろう。
「…雛飾り…か?」
「そう。流石ネク君。…というわけで、これ、着てくれるかい?」
差し出された物を見て唖然とした。
「!?な、なんでだよ!!」
「足りないものを補充するためだよ。着てくれないと困るな。」
それは女物の服だった。
「ちょっと待て。別に雛飾りがなくても問題ないだろ?」
「大ありだよ。折角雛祭りに託けてネク君を呼び出したんだから、雛祭りらしくしなくっちゃ。」
ヨシュアの言葉にまた引っ掛かり、ネクは語調を強くした。
「お前っ、今、『かこつけて』って言っただろ!」
「え?ああ、言ったね。」
「つまり、本来の目的はそれじゃなかったってことだよな!?」
「…それは…。」
ヨシュアは一旦言い淀んでから、ニコッと笑った。
「そう言えなくもない、というところかな。…どうでもいいじゃない。細かいな、ネク君。細かい事は気にしないで、これ着てくれないかな。」
「だから何でこんな物を…。」
「だから雛飾りの代わりだよ?」
「いやだ!」
「何言ってるのさ。あのゲームの時はとんでもない着合わせ方してたくせに。アレに比べれば、ちゃんとしたファッションなんだから問題ないでしょ?」
確かにあの時はあり得ない服装をした気がする…。
「あれは防御力やら何やらを上げる為に仕方なく…。大体、あの時は他の人間に見えなかったから出来たんだ。」
「今ここには僕と君だけじゃない。あの時となんら変わらない。シキちゃんたちがいない分、まだいいとも言えるんじゃない?」
「…そ、それはそうだけど…。」
「君に似合いそうな服をわざわざ選んで用意したんだよ? 勿体無いじゃない。」
「大体それ、洋服だろ!? 雛人形は着物なんだから、代わりになんか…。」
「あれ? ネク君、自分で着物着れるの?」
いきなりヨシュアが素朴な疑問を投げかけた事に一瞬戸惑って、ネクは素直に返事をした。
「…いや、着れないけど…旅館の浴衣ぐらいなら…。」
「でしょ? はい。」
ポン、と服を渡される。
「は?」
「着物を着るのは無理だろうけど、これなら着れるよね?」
「だから嫌だって…。」
「ホントは和服のところを百歩譲って洋服にしてあげたんだよ?僕の配慮を無下にするのかい? 折角用意した料理もダメになっちゃうじゃない。早くして欲しいな。君が着替え終わるまで食べずに待ってるから、急いでね。」
有無を言わせず隣の部屋に押し出された。
手渡された服を眺め、ネクは考え込んでしまった。
用があるからと呼び出され、用がなくちゃ呼んじゃいけないのかと連れて来られ、雛祭りのパーティーらしきものを始めて、その雛祭りの為に女物の洋服を着ろと言われた。
なんだよ。
あいつ、前から分かりにくい奴だったけど、ますます分からない。
どうするべきか考えていたらドアの向こうからヨシュアが呼びかけてきた。
「ネ~クくん。まだかなぁ。…お腹空いたな~。早く食べないと、美味しくなくなっちゃうな~。捨てちゃうのは勿体無いし、何より環境によくないよね。ごみ問題が叫ばれている昨今、食べられる筈のものを食べずに捨てるっていうのはどうかと思うんだよね。やっぱり日本人としてそういう事を真面目に考えるべきだよ。君もそう思わないかい?」
「食べる!料理はちゃんと食べるから捨てなくていいだろ!?」
「君がそれを着て出てきてくれないと捨てることになるよ?」
「これ着なくても食えるだろ!?」
「…コンポーザーとしての命令。それを着ないと食べさせない。」
「お前!なんて横暴なんだよっ!」
「何と言われても構わないよ。君がそれを着てくれるならね。」
埒が明かない。
がっくりと項垂れ、ネクはもう一度服を見た。
「…今だけだぞ。」
「なに?」
「今だけ、ここでだけ、一回だけだ。」
諦めてそういうと、ヨシュアの舌打ちが聞こえた。
「!?今舌打ちしたろ!」
「嫌だなァ、ネク君。勘ぐりすぎ♪」
女物の洋服に着替え、部屋を出るとヨシュアはニコニコと席を指した。
「さ、始めようか。」
「………納得がいかない。」
「そんなに似合ってるのに納得がいかないなんて。贅沢だね、ネク君って。」
「…もういい…。」
溜め息をついて横を向く。
その顔の前にちらしずしが差し出された。
「さ、食べようか。」
憮然としてそれを受け取り、食べ始める。
化粧を要求されなくて良かった。とか思いつつ。
半分くらい食べた所でヨシュアが言った。
「ねえ、ネク君。雛飾りって何を模倣したものか知ってる?」
また得意のうんちくか、と軽く眉上げ、ネクは答えた。
「結婚式だろ?それくらい知ってるよ。」
「そう、それは良かった。」
何が良かったんだ?と食べている手を止めてヨシュアを見る。
すると。
「ネク君はお雛様役だよね。女の子の服着てるんだもの。とすれば僕はお内裏様って事になるね。」
「…その為に俺にこれ着せたんだろ…。」
「それが分かってるのなら話が早いな。お雛様とお内裏様がいて、料理がある。…つまり、これは結婚の宴だよね?」
「!?」
ニッと笑うヨシュア。
じりじりと体を寄せる。
ネクは軽く青ざめて身を引いた。
「君が洋装なんだから、やっぱり披露宴も洋風にしないとね。…だから…。」
「だ…から?」
「誓いのキスをしようか、ネク君。」
fin.
雛祭り
「待ったかい?ネク君。」
呼び出された場所に時間通りに行ってみれば、10分も待たされた。
そして最初の言葉があれである。
ネクはムッとして答えた。
「ああ。たっぷり10分間。」
ヨシュアはふふふ、と笑って自分の前髪を指に絡めた。
「相変わらず細かいね。」
別に細かくもなければ、前からそんな風でもない筈だ。
そう言い返そうかと思ったがやめておいた。
ふう、と溜め息をついて訊ねる。
「で?何の用だ?」
「友達に会うのに理由がいるのかい?」
またネクはムッとする。
電話では、用があるから出て来い、と言っていたのだ。
そんな様子も気にせず、ヨシュアは踵を返した。
「さあ、行こうか。」
「…お、おい…。」
ネクが立ちつくしていると、彼は数歩歩いてから「来ないの?」というような顔で振り向き、何も言わずにまた歩き出す。
小さく舌打ちして、ネクは後に続いた。
マンションの一室に着くと、そこには料理が用意してあった。
「…?…おい、ヨシュア…?」
「ん?あれ?」
ネクの戸惑う顔に今気付いたかのように、ヨシュアは首を傾げた。
「ネク君、今日が何の日だか知らないのかい?」
「…いや、雛祭りだろ?それは知ってるけど…。」
「なら良かった。じゃあ、始めようよ。」
座って、と指された場所に腰かける。
小さなテーブルは昔よくドラマで使われたようなちゃぶ台をそのままコンパクトサイズにしたようなものだった。
ヨシュアは真向かいより少し近い場所に腰を下ろした。
いつもと同じ笑みを向けるヨシュアに、ネクは訝しげだ。
「どうかしたのかい?ネク君。」
「…用ってこれのことだったのか?」
「そうだね。今日は雛祭りだから君を呼んだ。そう言う解釈で問題ないと思うよ?」
だったらシキ達も呼べばいいじゃないか、女の子が主役の行事なんだから。
そう思いはしたものの、わざわざ言ってどうなるというわけではないだろう。
ネク自身、じゃあみんなを呼ぼう、なんて行動派な性格ではないし、ヨシュアもそんなに積極的に人に連絡を取るタイプではない。
第一、用意された料理はどう見ても二人分なのだ。
ヨシュアはまた、ふふっと笑った。
「どうして自分だけ呼ばれたのか、とか思ってる?」
「ん?…まあ、うん。」
「理由はいずれ分かるよ。それより、ネク君?」
いつもの涼しい目で覗き込まれ、ネクはふいっと視線を合わせた。
「何か足りないと思わないかい?」
「?」
何か、と言われ、ネクは周りを見回した。
これと言ってなくて困るものはないが、あえて言うならあれだろう。
「…雛飾り…か?」
「そう。流石ネク君。…というわけで、これ、着てくれるかい?」
差し出された物を見て唖然とした。
「!?な、なんでだよ!!」
「足りないものを補充するためだよ。着てくれないと困るな。」
それは女物の服だった。
「ちょっと待て。別に雛飾りがなくても問題ないだろ?」
「大ありだよ。折角雛祭りに託けてネク君を呼び出したんだから、雛祭りらしくしなくっちゃ。」
ヨシュアの言葉にまた引っ掛かり、ネクは語調を強くした。
「お前っ、今、『かこつけて』って言っただろ!」
「え?ああ、言ったね。」
「つまり、本来の目的はそれじゃなかったってことだよな!?」
「…それは…。」
ヨシュアは一旦言い淀んでから、ニコッと笑った。
「そう言えなくもない、というところかな。…どうでもいいじゃない。細かいな、ネク君。細かい事は気にしないで、これ着てくれないかな。」
「だから何でこんな物を…。」
「だから雛飾りの代わりだよ?」
「いやだ!」
「何言ってるのさ。あのゲームの時はとんでもない着合わせ方してたくせに。アレに比べれば、ちゃんとしたファッションなんだから問題ないでしょ?」
確かにあの時はあり得ない服装をした気がする…。
「あれは防御力やら何やらを上げる為に仕方なく…。大体、あの時は他の人間に見えなかったから出来たんだ。」
「今ここには僕と君だけじゃない。あの時となんら変わらない。シキちゃんたちがいない分、まだいいとも言えるんじゃない?」
「…そ、それはそうだけど…。」
「君に似合いそうな服をわざわざ選んで用意したんだよ? 勿体無いじゃない。」
「大体それ、洋服だろ!? 雛人形は着物なんだから、代わりになんか…。」
「あれ? ネク君、自分で着物着れるの?」
いきなりヨシュアが素朴な疑問を投げかけた事に一瞬戸惑って、ネクは素直に返事をした。
「…いや、着れないけど…旅館の浴衣ぐらいなら…。」
「でしょ? はい。」
ポン、と服を渡される。
「は?」
「着物を着るのは無理だろうけど、これなら着れるよね?」
「だから嫌だって…。」
「ホントは和服のところを百歩譲って洋服にしてあげたんだよ?僕の配慮を無下にするのかい? 折角用意した料理もダメになっちゃうじゃない。早くして欲しいな。君が着替え終わるまで食べずに待ってるから、急いでね。」
有無を言わせず隣の部屋に押し出された。
手渡された服を眺め、ネクは考え込んでしまった。
用があるからと呼び出され、用がなくちゃ呼んじゃいけないのかと連れて来られ、雛祭りのパーティーらしきものを始めて、その雛祭りの為に女物の洋服を着ろと言われた。
なんだよ。
あいつ、前から分かりにくい奴だったけど、ますます分からない。
どうするべきか考えていたらドアの向こうからヨシュアが呼びかけてきた。
「ネ~クくん。まだかなぁ。…お腹空いたな~。早く食べないと、美味しくなくなっちゃうな~。捨てちゃうのは勿体無いし、何より環境によくないよね。ごみ問題が叫ばれている昨今、食べられる筈のものを食べずに捨てるっていうのはどうかと思うんだよね。やっぱり日本人としてそういう事を真面目に考えるべきだよ。君もそう思わないかい?」
「食べる!料理はちゃんと食べるから捨てなくていいだろ!?」
「君がそれを着て出てきてくれないと捨てることになるよ?」
「これ着なくても食えるだろ!?」
「…コンポーザーとしての命令。それを着ないと食べさせない。」
「お前!なんて横暴なんだよっ!」
「何と言われても構わないよ。君がそれを着てくれるならね。」
埒が明かない。
がっくりと項垂れ、ネクはもう一度服を見た。
「…今だけだぞ。」
「なに?」
「今だけ、ここでだけ、一回だけだ。」
諦めてそういうと、ヨシュアの舌打ちが聞こえた。
「!?今舌打ちしたろ!」
「嫌だなァ、ネク君。勘ぐりすぎ♪」
女物の洋服に着替え、部屋を出るとヨシュアはニコニコと席を指した。
「さ、始めようか。」
「………納得がいかない。」
「そんなに似合ってるのに納得がいかないなんて。贅沢だね、ネク君って。」
「…もういい…。」
溜め息をついて横を向く。
その顔の前にちらしずしが差し出された。
「さ、食べようか。」
憮然としてそれを受け取り、食べ始める。
化粧を要求されなくて良かった。とか思いつつ。
半分くらい食べた所でヨシュアが言った。
「ねえ、ネク君。雛飾りって何を模倣したものか知ってる?」
また得意のうんちくか、と軽く眉上げ、ネクは答えた。
「結婚式だろ?それくらい知ってるよ。」
「そう、それは良かった。」
何が良かったんだ?と食べている手を止めてヨシュアを見る。
すると。
「ネク君はお雛様役だよね。女の子の服着てるんだもの。とすれば僕はお内裏様って事になるね。」
「…その為に俺にこれ着せたんだろ…。」
「それが分かってるのなら話が早いな。お雛様とお内裏様がいて、料理がある。…つまり、これは結婚の宴だよね?」
「!?」
ニッと笑うヨシュア。
じりじりと体を寄せる。
ネクは軽く青ざめて身を引いた。
「君が洋装なんだから、やっぱり披露宴も洋風にしないとね。…だから…。」
「だ…から?」
「誓いのキスをしようか、ネク君。」
fin.
