月光石

シグ





 月光石を持つ国の西隣にあるセイラン。
 そこに住む人々は魔法が使えなかった。
 魔法を使う他の国の軍隊に対抗するため、その国では特殊な武器が開発されていた。
 それは使う者の魔力を吸い上げて発射する銃、魔弾銃である。
 魔法は使えないまでも微力ながら魔力はある。
 それを吸い上げるものだ。
 魔力を弾丸にする為、弾を充填する手間はない。
 しかし使う者の魔力の大きさによって限界が違い、自分の限界を知らない未熟者だと敵陣の真ん中で弾が尽きてしまうという事態にもなりかねない。
 戦士になるにはそれなりの訓練と経験が必要だった。


 シグはいくつもの戦いをくぐり抜けてきた戦士だ。
 片目を失ってはいるが、そんなハンディなどものともしない。
 他の者よりも魔力もあるらしく、魔弾銃の威力も使用可能回数も右に並ぶものが居ないほどである。
「もう尽きたのか!?退け!」
「す、すみません!」
 年若い戦士が戦っているシグを残して下がった。
 チッと舌打ちをして身を屈める。
「状況は!」
 後方に居る仲間に声を掛けると、芳しくない返事が返ってきた。
「第5小隊の居る地区が圧され気味です。応援を求めています。」
 もう一度舌打ちをする。
 ちらっと敵に目をやると、向こうもかなりのダメージのようだ。
 攻撃が不規則になっている。
 ここは守りを固めるだけで良さそうだ。
 そう判断して、シグは身を隠すようにしながら後方に下がった。
「向こうは一般人も普通に魔法を使いますからね。住人の抵抗もあるようです。」
「まあ、そうだろうな。」
 セイランの人間にとって魔法を使う人間は恐怖の対象だ。
 敵地に攻め入る時は大抵、殲滅命令が出る。
 捕虜にしたところでこちらが対抗できないような強い魔法で暴動を起こされてはひとたまりもないからだ。
 逃げかえるように退いてきた第5小隊を遠くから視認すると、それを追う敵に目を向けた。
 好都合に隊列をなしている。
 シグはニッと笑って坂を駆け降りた。
 瓦礫に身を隠しながら、銃に唇を当てる。
「ちょっと疲れるが…頼むぜ、相棒。」
 そう呟いて、一番近くの敵の戦士を狙った。
 気を集中させて引き金を引く、と同時にふいっと銃を揺らす。
 放たれた魔弾は炎を帯び、敵の隊列を襲った。
 まっすぐに飛んで行った炎は最初の人間に当たるだけでなく、シグが操る方向に進路を変え、渦を巻くようにして隊列を包み込んでいった。

 シグの応援で態勢を立て直したセイランは、難なくその街を占拠した。
 街と言ってももう瓦礫と死体ばかりだ。
 隣国とはこんな戦争を繰り返していた。
 攻め入られては攻め返し、その度に一般人は犠牲になっていく。
 互いに国土の保持を理由にしているが、本当に必要な争いなのかは疑問だ。
 魔法を持たないセイランとしては、攻め入られ、魔法を使う人間が蔓延るようになれば自分達は奴隷にまで落とされる危険性もある。
 国を守るためなのだと戦士達は納得していた。

 シグが瓦礫の中を歩いていると、その中に白い物を見つけた。
 近づいてみるとそれは少女だった。
 ぼろぼろに崩れた建物の瓦礫のほんの少しの隙間に、その少女はしゃがみ込んで顔を伏せていた。
「おい…生きているのか。」
 腰にある銃に手を当てつつ声を掛けた。
 まだ幼児だが魔法を放つかもしれない。
 警戒しながらまた一歩近付くと、少女は顔を上げた。
「…うん。」
「…こりゃあ驚きだな。お前、強運の持ち主だ。」
 見たところかすり傷ばかりで大きな怪我はなさそうだ。
 周りには瓦礫につぶされた死体も多いというのに、まるで少女を避けたかのようにそこだけがぽっかりと空いていた。
 銃に当てた手をどうするか考えあぐね、トントン、と人差し指で銃を叩いた。
 相棒にお伺いを立てているのだ。
 どうする?と。
 物言わぬ銃が答えるわけはない。
 当然ここは殺すべきだろうな。
 そうは思うが珍しく仏心が出たらしい。
 シグは銃に添えていた手を離し、少女に向けて差し出した。
「その強運、俺が貰い受けてやる。」










 少女は名をアンジュといった。
 歳は5歳。
 ふわふわとした金髪とクリッとした青い目を持っている。
 天使(アンジュ)という名が納得できるほどの愛らしさだ。
 加えてアンジュは賢かった。
 当初シグはあれこれと世話を焼いたが、すぐにそれは必要なくなった。
 簡単に食べ物を準備しておけば留守番もさせられる。
 教えればきちんと皿洗いもやった。
 厳つい顔で、しかも右目に大きな傷のあるシグを最初は怖がる風を見せていたアンジュだったが、危害を加えられないことを理解すると笑顔を見せる様にもなった。
 シグにしてみれば、自分を敵だと理解しているのだろうかと少々複雑な気分だ。



 日が落ちて暗くなると、アンジュは蝋燭を準備した。
 フッと息を吹きかける。
 すると小さな火が蝋燭の先に灯った。
 シグはハッとした。
 アンジュが魔法を使うのを見たのは初めてだった。
「…お前…火を出せるのか…。」
「?どうして?」
 アンジュは何を訊かれたのか理解できない様子でそう返す。
「…今のは魔法だろう?」
「魔法なの?」
「ここの人間はそんな風に火を点けられない。」
「シグはマッチを擦るよね。」
 無邪気にそう言うアンジュに、シグは顔を顰めて見せた。
「魔法は使うな。」
「…わたし、マッチ擦れないの…。」
「練習しろ。」
「怖い。あんな短い棒じゃ手が燃えちゃう。」
「なら火を使うな。絶対に人前で火を点けるな。」
 アンジュは首を傾げた。
「ちゃんとお水も用意してるよ?ママがね、危ないからお水を持って来てから点けなさいって。」
 そういう問題ではない。
 魔法が使えるという事が問題なのだ。
 どう教えようかと思案しながら彼女の足元を見れば、そこには水が入ったバケツがある。
 彼女の母親は賢明だ。
 よく躾けてある。
「魔法で水は出せないのか?」
 ふと気になって聞いてみた。
「魔法で出すってどういうの?」
 逆に聞かれてシグは返答に困った。
 アンジュにしてみれば火をつけるのだって普通の事なのだ。
 ここの人間がマッチで火を点けるのと同じように、フッと息を吹きかけて火を点ける。
 なら、水を出すのもそういう感覚だろう。
「入れ物に入れて持ってくるんじゃなく、火を出すみたいに、パッと…。」
「これ?」
 アンジュは手を差し出した。
 指先から渦を巻いたような水柱が立った。
「おう、それだ。…それで消せばいいんじゃないのか?」
「失敗して周りに火がついちゃったときは慌てて出せないかもしれないから、ちゃんとバケツに用意しなさいって。」
「ママが言ったのか?」
 こくりと頷いた。
 やはり賢明だ。
 きちんとした母親だったのだろうと想像がつく。
 しかし、やはりここでは魔法は禁止しておいた方が安全だろう。
「いいママだな。でも、ここでは魔法はダメだ。特に人前では。火も水も雷も風も、ここの人間が出せないものは、全部出しちゃダメだ。いいな?」
「風もダメなの?」
「ダメだ。」
 なぜか愕然としたような表情でアンジュは固まった。
 風は何か重要な魔法なのだろうか。
 俯いてしまった彼女の顔を、訝しげに覗き込む。
 すると。
「…頑張る…けど…難しいの…。」
「何が?」
「ふーってしないと、苦しいの。」
 そう言って彼女は両手で自分の口を塞いだ。
 何を言っているのか理解するのに数秒。
 あははは、とシグは声を出して笑った。
「アンジュ、それは魔法じゃないからしていい。息は風じゃない。ここの人間だって息はしてるぞ。」
 パッとアンジュに笑顔が戻った。
「ホント!?良かった。」




「明日はお仕事行くの?シグ。」
「ん?あぁ、そうだな。」
「戦争するの?」
「…まあな。」
 あまり子供に聞かせる話でもないが、嘘をついて誤魔化す理由もない。
 それでも何処となく気まずい。
 シグは簡単に返事をすると口を噤んで遠征の準備をした。
 そんな雰囲気を察したのか、アンジュはそれ以上話しかけなかった。
 シグの後ろ姿をしばし眺め、部屋から出て行った。

 シグはふうっと息を吐いた。
 拾って来たのは情によるものじゃない。
 あの子の強運にあやかろうと思っただけの事だ。
 それなのにアンジュは屈託ない笑顔を向けて来る。
 あまり大事にするつもりはないのだが…。

 しばらく経ってもアンジュが戻って来ないのを、もうベッドに入ったのだろうと思っていると、ドアが開いた。
 見るとアンジュがにこっと笑顔を向けている。
「…どうかしたか?」
「あのね、お守り作ったの。」
 ててて、と走り寄って机にある銃を手に取った。
「おい…。」
「これがシグを守ってくれるんでしょ?だから、ちゃんと守ってくれるように、お守り付けておくね。」
 そう言ってアンジュは持ってきたものを銃に付けている。
 まったく邪魔なものをと思いながら眺めていると、そのお守りと似た物がアンジュの手首に巻かれていた。
「…それも作ったのか?」
 指を差して訊ねると、アンジュは首を横に振った。
「これはママが作ってくれたの。はずしちゃダメだって言ってた。」
 そう言えば拾って来た時から付けていたような気もする。
 へーぇ?とシグは大して興味無さ気に返した。
「…お前…分かってんのか?」
 俺が、お前の家族を殺した敵の戦士だってことを。
「なあに?」
「いや?」
 わざわざ教えることもないか。
 せっかく懐いているのだから。




 ヒューっとシグは小さく口笛を鳴らす。
「嘘みたいだねぇ。こりゃお守りの威力か?」
 アンジュが付けたお守りは外すつもりでいたのだが、まあそれも強運を自分に引き寄せるまじないみたいなもんか、とそのままにしていた。
 その効力なんてものを本気で信じていたわけではない。
 しかし、その日シグが放った魔弾の威力は以前とはケタ違いのものだった。
 しかもシグ自身は魔力を吸い上げられたことによる疲労をほとんど感じていない。
「ありがたい。」
 隊は難なく勝利を収めた。









3


 もともと魔弾銃の使い手として一目を置かれていたシグだったが、その魔弾がさらに強力なものになった事で最強の戦士として名を馳せた。
 軍の中では英雄として特別待遇を受けた。
 それもこれもアンジュを拾ってからだ。
 やはりあの子は強運の持ち主、幸運を運ぶ者だ。
 そう信じて疑わなかった。

「シグ!お帰りなさい!」
「ああ、いい子で待ってたか?」
「うん!」
 満面の笑みで答えるアンジュにシグも自然と笑みを浮かべる。
 機嫌よくアンジュの頭をくしゃくしゃと撫でた。
 撫でながら、この子は本当に天使の様だと思う。
 魔法を使う人種など厄介なだけで自分たちに害を及ぼす存在でしかないと思っていたが、この子は聞きわけがいい。
 きちんと育てれば魔法で人を傷つけようなどとは考えないだろう。
 この子がこの国で生きていくために、いろいろと整えなくてはならないことがある。
 そういうことも考えておかなくては、とシグは考え始めていた。

「おかしなものだ…。」
 アンジュを寝かしつけるとひとり呟いた。
 家族を持たない自分が、こんな子供を拾って、更にはこの先ずっと育てることを考えている。
 そんなお人好しだったっけか?
 もちろん傍に置いているのは自分に益があるからだと思ってはいるが。
 そのうち殺すことになるのではないかと思ったこともあったというのに、今ではそんな事は考えるだけでも恐ろしい。
 この子がずっとそばで微笑んでいる事を自分が望んでいるのだと、実感していた。




「今度は少し長くなる。一人じゃ困ることもあるだろうから隣の家に色々と頼んでおいたからな。」
「お隣?」
「ああ、時々顔を合わせるだろう?気のいい人だ。」
「お話ししたことある。この前おばちゃんがお菓子くれたよ。」
 嬉しそうにそう言ったのを見てホッとした。
 自分が周りの人間とあまり関わらないようにしてきたから、この子もうまく人と関われないのではないかと心配していたのだ。
 くれぐれも魔法は使うなよ、と注意してシグは出掛けた。





 強力な魔法を放つ一群が、拠点となる砦に迫っていた。
 そこを落とされる訳にはいかない。
 シグは周りの期待を一身に背負い、隊の先頭に立った。
「援護は頼むぜ?」
 振り返ってニッと笑って見せる。
 英雄のその表情に、皆、勇気づけられた。


 遠征に出て三日目、互いに一歩も譲らない攻防を続ける中、シグが放った魔弾が今までにない威力を見せた。
 敵の魔法に引けを取らない。
 しかもこちらは呪文を唱える手間など要らないのだ。
 尽きることのないシグの魔弾銃は、徐々に強敵を後退させた。




 敵を一定のラインまで後退させるとひと段落を付け、シグには休暇が与えられた。
 魔力が尽きることがなくても、肉体的な疲労はたまる。
 万全の態勢で戦うためには当然の判断だ。

 家に帰るとアンジュがいなかった。
「…?隣か?」
 もう夕方だというのに隣に厄介になっているという事は、かなり打ち解けているのかもしれない。
 それはそれで喜ばしい事だ。
 アンジュの未来を思って柔らかく笑む。
 それでもあまり迷惑を掛けては嫌がられてしまうかも知れないと、シグは迎えに行った。
 迎えに来た旨を伝えると、隣の夫人は安堵の表情を浮かべた。
「申し訳ない。迷惑を掛けているようだ。」
「いえ、そうじゃないんです。とにかく入ってください。」
 そう言われて案内されたのは寝室だった。
 アンジュはそこに寝かされていた。
「数日前急に倒れたんですよ。医者に見せたんですけど原因も分からなくて…。食欲も少し落ちているみたいです。」
 何の前触れもなく突然倒れたのだという。
 熱は微熱だが体にあまり力が入らないらしく、ずっと横になっているそうだ。
「…ともかくご迷惑をおかけした。連れて帰ります。」
「いえ、傍に居ることぐらいしか出来なくて…すみません。」
「いや、傍についてやってくれてありがとうございます。アンジュも心強かったはずだ。」
 互いに何度もお辞儀をしあい、シグは寝ているアンジュを抱きかかえて家に戻った。

 ベッドに寝かせると、アンジュが目を開いた。
「あ…シグ…お帰りなさい。」
「ああ、ただいま。…いい子にしてたか?」
「ううん…ごめんなさい。おばちゃんちに迷惑かけちゃったの。」
「それはいい。倒れたんじゃ仕方ない。大変だったな。」
 そっと頭を撫でた。
 白い肌が一層白く見える。
 医者にも分からない病気だなんて、一体どういうことなのだろう。
 体のつくりが違うとでも言うのだろうか。
「痛い所はないか?どこかが熱いとか、…前にこんな風になった事は?」
 アンジュは首を横に振った。
 そうか、とシグは暫し考え、また思いついて訊いた。
「お前、しばらく魔法を使っていないな?…使っていないと調子よくないってことあるのか?」
「そんなことないと思う…聞いたことないよ?」
 そうか、とまたシグは短い返事を返した。

 取り敢えずは寝かせておくほかないと判断して、おやすみのキスをして部屋を出た。
 数日はここに居られる予定だ。
 その間はついていてやろう。
 溜め息をひとつ吐いた。







 ドッと何かの音がした。
 声のようにも思う。
 シグは飛び起きて魔弾銃を手に取った。
 ワーっと大勢の声がする。
 悲鳴と雄叫びの様な声が入り交じっていた。
 パタパタと足音が聞こえ、ドアが開いた。
「…シグ…。」
 アンジュだ。
 彼女は怯えた風に身を強張らせていた。
「動けるのか?」
「うん…大丈夫。…シグ…あれ…何?」
 外の声は徐々に大きくなっていた。
「…敵…だな。行ってくる。」
 不安げな顔を向けるアンジュをなだめ、シグは外に出た。

 ここは少し街から外れた場所だ。
 声は街の中心に向かっていた。
 つまり、国の中心に。
 昨日まで遠征に言っていた場所からは少し遠い。
 この敵は別働隊だろう。
「すきを突かれたか…。」
 今街に居る戦士は遠征から帰ったばかりだ。
 常駐の衛兵たちはまだ戦い慣れていない。
 そこを狙っていたのだろう。
 それにしても街のすぐ傍に潜んでいた敵に気付かないとは。
 舌打ちをしつつ、敵の後ろに回り込んだ。

 非魔法族だからってなめんなよ!
 でかいのを一発かましてやる!

 いつものように銃に軽くキスをして気合いを入れた。
 固まっている一団をめがけ、放つ。
「なっ!?」
 またケタ違いの大きさの炎が出た。
 シグが自分で驚いてしまうほどだ。
「…ざまあみろ…。」
 強気の言葉を出すが、何か引っかかる。
 続けて二度三度放った攻撃も、魔法族が慄く大きさだった。

 ドクドクと心臓が打つ。
 何だ…。
 何が気にかかっている…。

 走りながら敵を狙う。
 緊張と焦燥と疲労が入り交じって思考がまとまらない。
 ただ、おかしい、とそれだけが頭の中を駆け巡った。

 崩れた建物の陰で一旦足を止め、息を整える。
 息を…。
 疲れているな。
 そう感じた。
 しかしそれは肉体的な疲労だ。
 以前あった筈の魔力を吸い上げられたことによる疲労は、このところ全く無かった。
 その証拠に、シグの銃の魔弾は尽きることを知らない。

 ハッとした。

 違う。
 疲労がないから魔弾が尽きないんじゃない。
 吸い上げられていないのだ。
(そうだ、俺の魔力がそんなに強いわけがない。)
 なら、あの凄まじいまでの威力は何処から来ているのか。
 ふと目に付いたのは、アンジュが作ったお守り。

『数日前急に倒れたんですよ。医者に見せたんですけど原因も分からなくて。』

 数日前、大きな炎を放たなかったか。
 もしや…。
 この銃が吸い上げているのは…。

 くわっと鬼の形相になる。
 まるで仇でも見る様にそのお守りを睨み、引きちぎった。

 彼女はまるで息をするみたいに魔法を使う。
 少し考えれば気付くはずだった。
 魔法族の訓練を積んだ戦士でさえ、呪文を唱えなければ魔法を放てない。
 呪文なしで魔法を使う人間は、アンジュ以外に見たことが無かった。
 彼女は魔法族の中でも強い魔力を持つ家系なのではないのか。

 母親の想いの詰まったお守りが母親の魔力でアンジュを守ったのだとしたら、アンジュの想いが詰まったお守りは、アンジュの魔力でシグを守るだろう。

 アンジュの魔力が全て、魔弾銃に流れ込んでいたとしたら…。
 あの威力も頷ける。

 シグはもう一度手の中の銃に目をやった。
「このポンコツ銃!ちゃんと俺の魔力を吸い上げろ!!」
 目を瞑り、集中する。
 バシュッと敵めがけて放った魔弾は、依然威力が大きかった。
「なんでだよっ!もうお守りはないってぇのに!」
 これを使えば、アンジュに負担が行く。
 疲労、どころではない。
 魔力を使ったために倒れたのなら、医者に分かった筈だ。
 それに魔弾も尽きるだろう。
 あれは、命を削っているように見える。
(もう…使えない…。)
 下手をすれば、アンジュは死んでしまう。

 呆然自失のシグの前に、味方の戦士が転がるように駆けてきた。
「何をしている!!早く敵を倒せ!!もうお前以外、街を守れるものはいない!!」
 無理だ、と唇を動かした。
 声を出すことすらできなかった。
「早く!!英雄だろう!?その尽きぬ魔力で敵を倒せ!!」
 違う、これは俺の力じゃない。
 肩を掴まれ、押し出される。
「片目だ!奴を倒せ!!」
 敵の声に自我を呼び戻された。
(やられてたまるか!)

 アンジュの所に行かなければ。
 きっとまた倒れて動けない筈だ。

 シグにはもう魔弾銃は使えなかった。
 しかしそれを捨てることもできなかった。
 もしかしたら、他の者が使ってもアンジュの魔力を吸い上げるかも知れない。
 敵の攻撃を避けつつ、銃を腰に仕舞った。
 代わりに、念のために携帯している短剣を手に取る。
「…畜生…。魔弾銃の使い手になんかなるんじゃなかったな。…剣士になりゃあよかった…。」
 言っても仕様のない事を呟いた。







 息を切らし、それでもやっとのことで家にたどり着いた。
 仲間の怒声も罵声も無視して、シグは断固として魔弾銃を使わなかった。

 裏切り者!!国を捨てるのか!!

 次々と仲間がやられていく。
 それを助けたいと思わないわけではない。
 それでも、使えなかった。
 こめかみから血が滴る。
 そんな事は気にも留めず、家に駆け込んだ。
「アンジュ!!」
 思ったとおり、彼女は倒れていた。
 連れて帰った時よりも、更に弱っているように見える。
「…シ…グ…?」
「しっかりしろ!」
 言いつつ抱き上げた。
 そして簡単な荷物を引っ掴み、家を出た。

 外で隣人と鉢合わせをする。
「戦況はどうなんですの!?」
 震える夫人の声に、シグは気まずそうに目を逸らした。
「…もう、落ちるでしょう。…あなた方も逃げた方がいい。」
「そんな!!」
 そうこう言ううちに火の手が近付いてくる。
「街は壊滅的だ。早く逃げろ。」
 そう言い残し、シグは走り出した。
 何処へ逃げれば安全なのか、皆目分からないまま…。



 片目だ!
 片目が居たぞ!!

 あいつだ!!
 あれが魔弾銃を使いこなす奴だ!!

 敵に姿を見られる度、追われ、囲まれ、それを短剣だけでぎりぎり切り抜けていた。
 体中に傷がついていく。
 その腕の中で、アンジュはまだ青白い顔をしていた。
「シグ…?なんで…銃を…使わないの?」
「…撃てない…。ハハ…情けないな、もう俺の魔力は尽きたらしい。」
 森に出た。
 木陰で一度、アンジュを立たせてみる。
「歩けるか?」
「…うん、大丈夫だよ。…シグは…傷がいっぱいだね…。お守り…効かなかったのかなぁ…。ごめんね?うまく作れなくて…。」
「効いたさ。でも、落としちまってな。」
 そう言って銃を出して見せた。
 そして、それをアンジュの腹に押し付ける。
「いいか?よく聞け。」
「なあに?」
「お前は、これを持って逃げろ。もし、敵に見つかったら、自分は魔法族だと言え。俺達に捕まって、無理やり連れて来られたって言うんだ。いいな?」
 アンジュは無言で首を横に振った。
「そうすれば助かるんだ。お前はいい子だろ?ちゃんと言う事を聞け。」
「…やだ…シグと一緒がいい。」
「ダメだ。俺はあいつらから目の仇にされてるからな。」
「やだ!」
「我が儘を言うんじゃない!!」
 シグは思わず怒鳴っていた。
 ビクッとアンジュの体が強張った。
「いいか、よく聞け。その銃は、絶対に使っちゃダメだ。それはお前の魔力を吸い取る。また歩けなくなるからな?だから誰にも渡すな。不用意に捨てるのもダメだ。信用できる奴に頼んで、壊してもらえ。自分でやってもいい。とにかくバラバラにするんだ。いいな?」
 言って彼女の背中を押す。
「行け!早く!!」
 泣きそうな顔をしながら、アンジュは歩き出した。
 何度も振り返り、よろけながら離れて行く。
 しっかりと魔弾銃を抱えて。

 その姿をしばし眺めてから、シグは立ち上がった。
 少し離れた所に敵の声が聞こえる。
 この距離なら、引きつけられる。
 アンジュが行ったのとは逆の方向に走り出す。
 ガサガサと派手に音を立てた。

 居たぞ!!
 アイツを殺せ!!

「ヤダねぇ…。敵にまで面がわれてるとは。」
 魔法を放とうと呪文を唱える敵に駆け寄り、切りつける。
 数人を殺したところで囲まれてしまった。
 残念だったな、と敵の声。
 もう、その状況を切り抜けるだけの体力は残っていない。
「銃を使う魔力はないようだ。」
 正面の敵がそう言った。
 剣が振り上げられる。
 その動きをただ見ていた。

 もういいか…
 俺の人生も、そう悪いもんじゃなかったよな…。

 剣が迫る、その時、急に取り囲んでいた敵を火が包み込んだ。
「うわあ!!!」
 転げ回る敵の中央でシグは呆然とした。
「…なん…だ?」
 そう呟いて視線を森に移すと、目に映ったのはアンジュの姿だった。
 引き金に指を掛けたまま、ばたりと倒れた。
「アンジュ!!」
 駆け寄るシグにアンジュは笑みを見せる。
「…シグ…大丈夫?」
「ばかやろう!!使うなと言っただろう!!」
「…シグと…一緒に…。」
 居たいの、と唇を動かしたあと、彼女の目は閉じられた。



 シグはアンジュの体を抱きかかえ、ゆっくりと森の奥に向かった。
 森を抜けよう。
 戦争のないところへ行こう。
 あの月の光石の国へ。
 数年前に光石が起こした奇跡以来、どの国もそこに攻め入ろうとはしなくなった。
 その国を攻めた軍隊は、一瞬にして消え去ったのだという。
 そうだ、そここそがこの子に相応しい。
 奇跡と呼べるほどの魔力を持つ子供なのだから。



 アンジュはもう息絶えていた。
 それを分かっていながら、シグは彼女を連れていく。
 森の中のモンスターは容赦なく襲いかかってきた。
 それを、今度こそ自分の魔力を使った魔弾で仕留める。
 魔弾は信じられないほど威力が小さかった。
 前の自分はこんな弾しか撃てなかっただろうか。
 乾いた笑いしか湧いて来なかった。
 この程度の魔力しかない自分が、アンジュの力を自分の力だと思い込んで過信した。
 なんて愚かなのだろう。
 なんて滑稽なのだろう。

 もう国の事も頭にはない。
 ただ、光石を目指すだけ。

 戦闘でついた傷だけでなく、モンスターの襲撃による怪我も酷くなっていく。
 それでもアンジュの体だけは必死で守った。
 ここで離してしまったら、その体はモンスターに喰い荒されるだろう。
 そんな事は出来ない。
 何としてでも、あの街に入らなくては。

 途中の街にも立ち寄らず丸二日歩き続け、やっとその街の門が見えた。
「アンジュ…着いたぞ。平安の地だ。」
 堀を渡る橋に足を踏み入れると、門番が槍を構えた。
「何処の者だ!止まれ!!」
 武器を手にした血まみれの男をすんなりと街に入れる訳にはいかない。
 門番が呼んだ衛兵が駆け付けた。
「止まれ!!こちらの指示に従え!!」
 武器を離せと要求されるとほぼ同時に、シグは魔弾銃を地面に置いた。
 そして、しっかりと抱いているアンジュを差し出す。
「頼む…この子を、街に入れてやってくれ…。」
 その必死さに一人の衛兵が手を差し伸べ、少女を受け取った。
 その瞬間に、彼女がもう生きてはいないのだと気付く。
「おい、…この子はもう…。」
 死んでいるぞという声を聞く前に、シグは意識を失っていた。










 目を覚ますと、そこは柔らかいベッドの上だった。
 木の窓が開けられていて、さわやかな風が入ってくる。
 シグはそっと上体を起こした。
「…つ~…。」
 痛みに顔を歪めると、すぐ傍で小さく笑い声がする。
 見れば青年が緩んだ口元をこぶしで隠していた。
「あまり動かない方がいい。背中の傷が深いからな。」
 まだ少年の香りが残る声色で、青年が言った。
「…ここは?」
 シグが訊ねると、青年は窓の外を指差した。
 小高い丘には崩れた城があり、その最上階にそれがあった。
 月の光石。
 この街に入れたのか。
 それにしても。
「…俺は捕えられてなくていいのか?」
 確か衛兵に囲まれたような気がする。
 肩を竦めて笑って見せると、青年も笑みを返した。
「俺が見はりだ。これでも戦士でね。」
 人の良さそうな美丈夫な風貌は、戦う男には見えなかった。
 それでも本人の言を証明するように、腰には大きな剣が下げられていた。
 そうか、と返してから、アンジュのことを思い出した。
 遺体をぞんざいに扱われていないだろうか。
「あの子は…。」
 いきなりよそ者が運び込んだ死体を気味悪がらないわけがない。
 そう思って聞き淀むと、青年も口を濁らせた。
「彼女は…もう、亡くなっていたそうだ。残念だが…。」
 受け取った衛兵は、シグが少女を助けたくて連れて来たのだと勘違いをしたらしい。
 だからこの青年もそう言う風に聞いているのだろう。
「…それは…知っている…。」
 青年は、え?という顔を向けた。
「…じゃあ、どうして…。」
「この街で葬ってやりたかったんだ。」
 それはどうして、とは青年は聞かなかった。
「ここでは火葬をするのが習わしだ。いいか?」
「ああ、構わない。…まだ会えるか?」
「今、葬儀の準備をしている。立てるなら連れて行くが…?」
 見知らぬ少女の為に、葬儀をしてくれるという。
 笑みを浮かべるシグの眼尻に、涙が滲んだ。
「大切な娘さんなんだな…いや、大切なのは普通か。失礼。」
 そう言って青年が差し出した手に掴まって、シグは立ち上がった。
 娘ではないと言おうかと思ったが、そんな事を言えばじゃあ何でそこまでして連れて来たのかとまた彼らの中に理解し難い謎が出来てしまうだろう。
 娘だという事にしておこう。
 シグは否定する代わりに、青年に訊ねた。
「あんた、名前は?」
 シグの体を半ば担ぐようにしながら、青年は間近で視線を向けた。
「ダグラス。」






fin.
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