霧の向こう

小休止3

1.フェリエとエディン
「大丈夫か?」
 フェリエに薬を差し出しながら、エディンは心配そうに顔を覗き込んだ。
 キャムから聞いてはいたが、フェリエの弱り様は想像以上だった。肌からは完全に血の気が引き、もしピクリとも動かなかったら死んでいると思ってしまっただろう。薬を渡す時に少しふれた指は氷のように冷たかった。
 エディンの言葉に頷いてゆっくりと薬を飲む彼女の表情は、少々笑みが出るもののまだ弱弱しい。
 薬はこの教会の僧侶であるサウリが用意してくれたものだ。前日のあの親子のところでもらったものと同じものである。
「毛布をお持ちしました。どうです?お加減は。」
 毛布を抱えて戻ってきたサウリが声をかけると、フェリエはカップから口を離した。
「はい、お薬のおかげで持ち直しました。ありがとうございます、サウリ律師。」
 律師とは僧侶の階級を表す呼び名だ。彼は前任の守りが死亡したのをきっかけに修行僧から正式な僧侶に格上げされ、後任として任命されたらしい。
「それはよかった。さあ、毛布を。…完全に回復するまで、ごゆっくりなさってください。私は先ほどの親子を見送ってまいります。」
 では、と彼は出ていった。
「成功してよかったな。」
 閉まるドアに目をやりながら、エディンはそう言った。
 今日の子供は風の精霊が守護についていた。同じ風の精霊を持つ父親の力を借りての封印解除だったのだが、馴染みのあるサウリではなく見知らぬ旅人のやることが信用できなかったようで、始めるまでまず時間がかかった。たまたま前日の母親がフェリエの訪問を知って体の具合を心配してやってきたことで、話に加わってもらい、父親を説得することができたのだが…。
「はい。本当に。」
 これで少しは教会の近辺で噂が広がり、フェリエの行為を歓迎してくれるようになるだろう。
「どうだ?」
「体ですか?随分中から温まってきました。」
 そう答えたが、肌の色はまだ戻っていない。
 エディンはしばし考えてぼそりと言った。
「俺が…温めてやろうか?」
「え…?」
 エディンはカップを持つフェリエの手を包むように自分の手を添える。
「ほら、まだ全然冷たいじゃないか。」
 自然と顔の距離が近くなり、フェリエの心臓はどきりと高鳴った。
「あ…あの…。」
「毛布だけじゃ温まらないだろ?俺が温めてやるよ。」
「あ…あの…その……お気持ちは…嬉しいのですが…。」
「どうしたんだ?…あ。」
 何かに気づいたようにエディンは周りを見回す。
「…ここじゃ…駄目かなぁ。」
「そうです、駄目です。すぐにサウリ律師も戻ってらっしゃると思いますし…。」
「怒られるかな。」
「…そう、ですね。私は、修行中の身ですし、男の方とは…あまり…。」
 フェリエがもごもごと口ごもるのを不思議そうに見やって、エディンが笑う。
「ん?周りのものに火が移るのを心配してるんじゃないのか?」
「え?」
「だから、ここで火を使うと危ないかなって。」
「え…は、はいっ!そうですね、危ないと思います!」
 カアッとフェリエの顔が赤くなる。てっきり抱きしめて温めるということだと思っていたのだ。
「ちょっと顔色戻ってきたな。やっと薬が効いてきたのか?」
「はい、体温も上がってきたと思います!」
 誤魔化すように笑顔を作って返した返事は、羞恥を忘れようと無意識にはきはきとしたものになっていた。
 エディンはそれを元気が戻ってきたのだと思って、ホッとして笑った。



2.マルタの成長
 エディンとキャムがギルドの仕事を終えて宿に向かっていると、ちょうどカードとフェリエも帰ってきたところだった。
「フェリエ、お疲れ。大丈夫か?」
「お疲れ様。」
 声をかけられてフェリエは柔らかく笑む。
「はい、だいぶ慣れてきました。」
「今日は倒れなかったよ。顔色は悪くなったけど。」
 カードも微笑んでそう報告した。
「そっか、良かった。」
 エディンとキャムもホッとして笑顔を見せ、今日会ったことを話し出す。二人が競うように話すのが面白くて、フェリエはウフフと声を立てて笑った。
「あら、マルタさんですわ。ほら。」
 フェリエの示した場所に視線をやると、マルタは出店の前で何やら考えている風だ。
「マールター!何やってんの?」
 キャムが走り寄って訊ねたが、マルタは「別に」と答えただけだ。
「あ、美味しそう!」
 マルタが立っていた場所は、甘そうな焼き菓子の店の前だった。キャムが店に並ぶお菓子を見てはしゃぐ。
「ねー、フェリエ、食べない?」
「そうですね。疲れた時は甘いものがいいって言いますし。」
「エディンとカードは?」
 二人は首を横に振った。二人の目にはそのお菓子は甘すぎるように見えた。
「マルタは?」
 キャムが最後にそう聞くと、マルタはうーん、と考える風だ。
「ね、一緒に食べようよ。甘いもの好きだったよね?」
「んー、キャムがそう言うなら、食べようかな。」
「オッケー。おばさん、そのお菓子、三つちょうだい!」
 はいよ、と優しげなお店のおばさんの声が返り、すぐに一つ差し出された。
 それを真っ先にマルタが取る。
 その機敏な動きに少々あっけにとられたものの、特に気に留めず、続いて差し出されたものをキャムは受け取ってフェリエに渡し、最後に自分が受け取るとお金を台の上に置いた。
「後でお返ししますね。」
 フェリエがそう言って、キャムが「うん。」と返事をすると、お菓子にかぶりついていたマルタが口を開いた。
「今のはキャムが誘ったんだから、キャムの奢りだよね?」
「え?」
「誘った人が金を払うのは常識なんでしょ?」
 またキャムは「え?」と返して笑顔のまま固まった。
「ありがとね、キャム。ごちそう様~。」
 マルタはそう言うと、足取り軽やかに宿に走っていく。
 皆呆然としてその姿を見送った。
「…ザイール…だな。」
「うん、だね。」
「…あのオッサン…。」






 数日が経ったある日、マルタが今日は一緒にギルドに行きたい、と言い出した。
「ザイールは何か用事があるんだってさ。」
「そうか、じゃあ、3人でやるのに丁度いいの探さなくちゃな。」
 エディンは快諾し、カードとともに三人でギルドに向かう。
「ところでさ、…。」
 道中、マルタが遠慮がちに喋りだした。
「ん?なんだ?」
「あたしもまだまだ未熟だから、あんま役に立たないと思うんだよね。」
「そんなの気にすることないよ。報酬は公平に分ければいいさ。」
「うん、ありがと。でさ、報酬はいいけど、モンスターのことなんだけどね。自分で倒したモンスターから取れるものは貰っていいかな。他のはいらないからさ。」
「え?ああ、いいけど…取れたものも分配してもいいんだぞ?」
「ううん、いいんだ。自分が狩れないモンスターのものまでもらうのはやっぱり分不相応ってやつでしょ?」
「気にしなくっていいのに。」
「いいのいいの。」
 マルタは慌てたように両手を胸の前で振った。
 ちょっと前まで少々わがままだと思っていたのに随分殊勝なことを言うようになったな、とエディンとカードは顔を見合わせる。それでもいい傾向なのだと思って、二人は笑みを浮かべた。





「やったー!!」
 マルタはモンスターを一匹片づけると、跳ね上がって喜んだ。
 他のものは皆エディンとカードでやっつけてしまったから、マルタの取り分はそのモンスター一匹となる。
「このモンスター、あたしのね。」
 ニコッと笑ったその顔が、子供のようにかわいらしくて微笑ましい。まるでおつかいを頼まれて、それをやり遂げた幼児のようだ。
 エディンとカードがモンスターの腹を裂いて宝石を取り出している間、マルタは自分が倒したモンスターを解体していた。二人が数匹の腹から宝石を取り出し終わっても、マルタはまだ何やらやっている。
 カードがのぞきに行って言葉を失った。
「ん?どうしたの?」
 モンスターは細かく解体され、売れるものと売れないものをしっかり分けてあり、売れないものは内臓だけではないかと思われるありさまだ。まるでプロの解体屋である。
「マルタ…キミ………すごいな…。」
「え?そう?だって、勿体ないじゃん。この肝臓、薬になるんだってさ。ザイールが言ってた。」
 事前に準備していた袋に丁寧に分けて入れ、最後に手を洗って、マルタは荷物を持ち上げた。
「そっちは終わり?」
「ああ、…エディン、終わったか?」
「ああ、ほら、宝石いっぱいあったぞ。」
 そう言って採れた宝石を見せると、マルタが目を輝かせる。
「ああ!!いいなーそれ、綺麗だな~。」
「え?どれが?」
「その白いの!こっちにはこの赤いのしか入ってなかったんだ~。」
「それも綺麗じゃないか。」
「断然その白い奴のほうが綺麗だよ。いいな~……ねー、エディン、この赤いのと、それ、交換してくれない?」
 女の子は綺麗なものに目がないものだからな、とエディンは快諾する。
「ああ、いいよ。はい。」
「ありがとー!!はい、赤いのあげる。」
 その様子を少し離れて見ていたカードは、明後日の方向を見て苦笑した。


 宿の部屋に帰ってから、カードはため息交じりに「良かったのか?」とエディンに聞いた。
「何が?」
「宝石だよ。あれ、一番値が張るやつだぞ?まあ、仲間なんだし、いいとは思うけど。彼女、相当な目利きだぞ。解体もプロ並みだったし、よくもまあ…。」
 あそこまで育てたもんだ、とカードは続けた。
「え?だって、綺麗なものがほしかったんじゃないのか?たまたま高かっただけで。」
「絶対売るつもりだよ、あれは。」
 エディンはあんぐりと口を開けて止まった。
 ややあって、恨めし気に唸る。
「…あのオッサン…、余計なことまで教えやがって!」
「いや、目利きは必要なもんだけどな。問題は、あの利己主義だな。」
 ザイールからかなりの影響を受けてしまっているマルタを、今後どう扱っていくか。二人は頭の痛い問題を抱えてしまった。





3.占い
 その日は女性陣だけで街の西エリアに繰り出していた。
 土産物屋が並ぶ通りの角に、三角屋根のテントがある。その前で、ふとキャムが足を止めた。
「どうかされましたか?」
 フェリエとマルタが足を止めて振り返ると、キャムはテントの前の看板に見入っている。
 マルタが近づいて覗き込むと、そこには『占い』と書かれていた。その下には客を呼ぶための誘い文句が並んでいる。
「キャム、占い好きなんだ?」
「え?…好きってわけじゃ…。ちょっと、興味があるっていうか…。」
 特に占いに凝っているとか見かけたらやらなきゃ気が済まないとかいうわけではなく、看板の文句の片思いや恋愛の文字が目についてしまったのだ。
 恋心を自覚してから久しいが、想い人である当のエディンは全く気付いていない様子だ。自分はまだ子供だから仕方ないのかなと軽く諦めの境地に足を突っ込んでいる。でもやっぱり大人になっても彼の隣にいたいと思うのは自然なことだろう。
「100ルーベか…昨日頑張ったし、たまには遊びに使ってもいいよね。ちょっと…視てもらおうかな。」
 真剣に占いをしてもらうわけではなく遊びだという風に、キャムはあらぬ方向を見て言い訳をすると、二人に「ちょっと待っててね。」と言い置いて、テントの中に入って行った。
 それを見送ってから、フェリエが看板の前に立ってそれをじっくり黙読し始めた。
「フェリエも視てもらうの?」
「いえ、あ…いえ、その…どうしようかと…。私も前から興味はあったんです。未来を予見するなんて、どんな魔法を使うのだろうと思いまして…一度見てみたいなと。」
「ふーん?…未来かぁ…。」
 マルタも少し興味が湧いて財布の中身を確認する。昨日もしっかり稼いできたから懐は温かい。特に何かのためにお金を貯めるわけではなし、自分が楽しむためのお金だ。マルタは財布と看板を見比べた。
「あたしもやってみようかな…。占いなんてやったことないもん。」




「その…す…好きな人がいるんだけど…。」
 真っ赤になって、キャムは口ごもった。
 こんな話を人にするのは初めてだ。しかも、相手は今さっき出会ったばかりの人物。言葉をどう続けていいものか分からず、つい尻すぼみになってしまう。
「その方とうまくいくかどうか、占いましょうか?」
 占い師の女性は、幻想的な空間に似合う中間色のヴェールを被っていた。その隙間から優しげな笑顔をキャムに向ける。
「は、はい。お願いします。」
「では、目を瞑ってその男性のことを思い描いてください。」
 占い師が大きな水晶に手をかざしたのを見てから、キャムは目を瞑った。
 エディンのことを考えていると、占い師は訊ねた。
「その男性は、少し子供っぽいところがあるでしょう?」
 確かにそうだと思って、「はい。」と返事をする。
「でもとても頼りになる。」
 それも当っている、と頷く。
「彼はあなたのことを大事に思っています。でも、二人の間には大きな壁があって、相思相愛になるにはとても時間がかかります。壁を乗り越えるには、あなたが大人にならなくてはいけません。」
 それを聞いて、キャムはがっくりと肩を落として瞼を上げた。
「…やっぱり…私が子供だから、ダメなんですね…。」
 すると占い師は優しく笑って首を横に振った。
「年齢のことではありません。その方には子供っぽいところがあると言いましたでしょう?」
「はい…。」
「男性は頼られるのを喜びますが、彼の子供っぽさは、頼られることを面倒に思えてしまう場合があるのです。ですから、あなたは精神的に自立して、彼を頼りすぎないようにすることが大事なのです。」
「自立…。」
「はい。それが、大人になるということです。」
「私が自立して、大人になれば恋人になれるの?」
「はい、占いにはそう出ています。」
 占い師の安心させるような笑顔は、キャムを信じさせるのに充分だった。
「頑張ります!」





「何を占いましょうか。」
 占い師の問いに、フェリエは困って視線を下げた。
「その…いくつか占いについて質問させていただきたいのですが…。駄目でしょうか?」
 恐らく普通の客はこんなことを言い出さないだろうと思いながら、おずおずと尋ねる。
「構いませんよ。お答えできることはお答えします。」
 少しも迷惑そうな色を見せず、占い師はニコッと笑った。フェリエもパッと明るい顔を見せる。
「では、まず、占いというのはどういう魔法で行うのですか?」
「占いは魔法ではありません。」
「魔法ではない?…では、精霊に助力を求めるということはないのですか?」
「はい。」
「では、どのような力で占うのですか?」
 うーん、と占い師は小さく声を漏らし、軽く握った右手を唇に当てて熟考している。
「水晶の力…でしょうか…。」
「水晶自体に力があるのですか?」
「さあ…それは私にも…。これは同じく占い師だった母から譲り受けたものなので、水晶から力を借りていると私が感じている、ということです。本当のところは分かりません。」
「水晶を使うことによって何かが見えるのですか?」
「…そうですね、はっきりと姿かたちや言葉が見えるわけではありませんが…例えば…。」
 そう言って彼女は二つのコインを出した。
「お客様とほかの誰かの相性を占った場合、私にはこの方の姿かたちは見えません。」
 コインの片方をお客、もう片方をその誰かに見立てている。
「でも、この二人の間にある関係性や好意、悪意などが、何となく伝わってくるのです。」
 彼女の細い指がコインの間を行き来して、彼女が見えているものを指さしているのだと判る。
 なるほど、とフェリエは感心したように溜め息を吐いた。
「未来の予見はどのように見えるのですか?高位の僧侶は未来予見をすることもありますが、それは漠然としたものだと言います。良い方向に行くか、悪い方向に行くか、と。占いで本当に未来が見えるのですか?」
 また彼女は熟考する風を見せる。
「未来が見える、と言っては嘘になるかもしれません。」
「未来が見えているわけではないのですか?」
「そうですね、何と言いますか…。可能性、でしょうか。」
 コインの数を増やして、指をさした。
「あなたの未来にはたくさんの可能性があります。先ほど、あなたは修行中の身だとおっしゃっていましたね?あなたの数年後を占って、僧侶になったあなたが見えたとします。」
 コインの一つをフェリエの前に滑らせて持っていく。
 はい、とフェリエは頷いた。
「ですが、あなたがその占いを聞いて、自分は僧侶になれるのだと高を括って修行をおろそかにしたとします。修行をせずに僧侶になれることはありますか?」
「いいえ。それは絶対にありません。」
「ですよね?そうしたら、この未来は消えて、別の未来があなたの前に来るでしょう?」
 先ほどのコインは彼女の手の中に握られ、別のコインが差し出される。
 彼女は手を開いてコインを見せた。
「私はこの未来を占いで出しました。でも、本当の未来はこちらだった。これは未来を見たことにはなりません。私が見るのは可能性です。過去のあなた、現在のあなた、その行動と意志を感じ取って、未来の可能性を見るのです。」
「結果を言い当てるわけではないのですね?」
「はい。…よろしいでしょうか?」
「勉強になりました。」
「では、何を占いましょう?」
「え…?でも、私の疑問に答えていただきましたし…。」
 時間を取らせてしまったし自分の聞きたいことは聞けたのだからお金を払って帰ろうと思っていたフェリエは、戸惑ってしまう。
「お客様、私は占い師です。私はまだ自分の仕事をしていません。」
「あ……、す、すみません。」
 反って失礼なことをしてしまうところだったとフェリエは恐縮して頭を下げた。
「いいえ、お気になさらず。何でも占いますよ?」
 そう言われて困ってしまった。先ほどの話からすると僧侶になれるかどうかを占ってもらっても意味がない気がするし、修行中の身では恋愛などに感けている場合ではない。
「気になる男性はいらっしゃらないのですか?」
「いえ…その…修行中ですから…。」
「では、結婚運はどうでしょう。修行が明ければ、真剣なお付き合いをするのは構わないのでしょう?」
「はい、そうですね。…じゃあ、それでお願いします。」
 では、と占い師は水晶に手をかざした。




「うーんとね…、お金持ちになれるかどうか。」
「はい、では視てみますね。」
 マルタの占いを始めると、すぐに彼女は感嘆の声を上げた。
「あなたは素晴らしい金運の持ち主です!!」
「ホント!?」
「はい。チャンスはいずれやってくるでしょう。…ただし…。」
 トーンが下がったことにマルタは真剣な顔を向けて聞き返す。
「ただし?」
「一度足を踏み外すと転落は早いようです。くれぐれも道に外れた行為に走らぬよう、お気を付けください。」
「…道…って…?悪いことしちゃダメってこと?」
「はい。人を騙したり、人のものを盗ったりすれば、あなたの金運はどんどん下がります。」
 ハッとして、視線を落としてもじもじと指先を弄るマルタ。
「…あの…前にやった悪いことは?…ダメ?…お金持ちになれない?」
「過去に犯した過ち、ですか。償おうという気持ちがあれば大丈夫ですよ。これから、道を踏み外さないように気を付ければよいのです。」
「ホント…?」
「はい。」
 占い師の優しい笑顔に安心して、マルタは立ち上がった。
「ありがと。」


「繁盛したねぇ。」
「最初の三人のおかげかな。テントの前で待ってくれて、いいサクラになったわ。」
 一日の仕事を終えた占い師は、ヴェールを外してそう返した。
「占いなんて、嘘っぱちなのにね。」
「あら、失礼ね。確かに特別な力なんてないけど、あたしはそれなりに親身になって相談に乗ってるし、結構的確な答えを返してると自負してるわ?」
「そうだね。悪いことは言ってないもんね。」
「嘘もついてないし。」


 宿にて
「キャム、洗濯か?手伝うよ。」
 エディンがそう言ってキャムが抱えている衣類を受け取ろうとすると、キャムは慌ててその手を避けた。
「い、いいの!エディンは気にしないで。私、自分で全部できるから!」
 そそくさと離れていく幼馴染みを、エディンはきょとんとして見送る。いつもなら嬉しそうに手渡すのに、いったいどうしたのだろう、と首を傾げた。
 その後、エディンが何かを手伝おうとする度に断って逃げるように去っていくキャム。数日でエディンが落ち込んでしまった。
「…俺、キャムに嫌われることしたかな…。」




9/22ページ
スキ