霧の向こう

5.隠された力

アイリスとヴァズ

 もう何回目だろうか。討伐隊とうわべだけの名を付け、前途ある若者を送りだすのは。
 数回の調査で100人以上の兵士を失い、山から下りてくる竜族を押し留めることしかできない国軍は、もう無意味に数を減らすわけにはいかない。
 北の山に生息する竜族の長は身の丈30mもあるという。その巣穴に到達することもままならず、取り巻きの小さなドラゴンにいいように弄ばれていては討伐など出来ようもない。ふもとの街はその脅威に怯える日々を送っている。
 大臣が持ってきた知らせは、名ばかりの討伐隊のうちの一つが山に入り、消息不明になったというものだ。恐らくその者たちは竜族に殺されたのだろう。
 これでしばらくは竜族が大人しくなる。
 何故だか竜族は、人間を殺すと少しの間、山から下りてくる気配がない。人間の方から山に入っていかない限り、その間危険はないと言っていい。しかし、それはほんの束の間の事だ。次に活動し始めるまでに、竜族を押し留める者を送りこまねばならない。
 言うなれば、生贄のようなものだ。
 国中から腕の立つ者を探し出し、力があると認められた者は、城の深部で訓練を重ねる本物の討伐隊に組み込まれる。最終的にはその討伐隊が竜族と戦いに出向くことになってはいるのだが、彼らは万が一にも負けるわけにはいかない。故に充分と思われる強さを身につけるまで、討伐に向かわせられないのだ。
 そして、その時間稼ぎに使われたのが、これまでに出発した、何組もの討伐隊だ。
 今、目的地までの道中には三つの討伐隊がいる筈である。彼らが逃げ出していなければ。
 討伐に向かう者たちの家族には、多額の前金が支払われる。そして討伐をやり遂げれば、更にその倍の成功報酬が支払われる約束だ。
 勿論、討伐の成功は期待されていない。時間稼ぎの捨て駒でしかない。多額の前金は、騙して生贄にしてしまうことに良心の呵責を感じている女王の、せめてもの償いである。
 また今、女王はその決断を迫られてしまった。



「陛下!何故あの者を…。あの青年は充分な力を持っております!」
 女王が会議室に向かうその後ろから呼びとめたのは、先程エディンの腕を試したヴァズである。
「わかっておる。しかし、駒が足りぬのでな。」
 アイリスは背筋を伸ばしたまま、凛とした姿で振り返った。その声に迷いはない。
 女王の権威に負けたように視線を落とすヴァズだったが、それでも口ごもることはなかった。
「あれは鍛えれば立派に任務をこなすようになります。我が隊にも人員を追加せねば、いつまでたっても真の討伐は行えますまい。」
 ふんと息を吐いてアイリスは答える。
「確かに、ハンディ付きとはいえ、あれだけ短時間でお前に膝を付かせたのはあの者が初めてだな。」
 エディンには知らせていなかった事だが、ヴァズは行動を制限する縛り魔法をかけた状態で闘っていた。そうしなければ、挑戦者はあっさりと負けて終わることになり、力量を推し量りにくい。
 だが、とアイリスは言った。
「あれをお前の隊に加えたとして、もう持ち駒が無い状態で、あれが成長するまで待つ余裕はない。すぐに討伐に向かわせねばならなくなる。それでは本末転倒ではないか。」
「それは…。」
「なら、時間稼ぎにお前の母親でも生贄に差し出そうか?」
 ヴァズはクッと言葉に詰まった。
 冷たい頬笑みを向ける目の前の女王が、それを本気で言っているのではないと分かっている。分かっているからこそ、何も言えなくなる。
 幾度となく生贄とも言える討伐隊を送る決断をしてきたこの女性が、本来は心優しい人物であるとヴァズは知っていた。
「…何故…あの少女まで討伐隊に加える必要があるのです。みすみす殺してしまう必要が、何処にあるのですか。」
「それは…賭けだ。」
「賭け?」
「あの連携技の威力を見たであろう?お前たちにはない、強い力だ。あれは…もしかしたら使えるかもしれぬ。あの二人なら…生きて戻れるやもしれぬ。」
 ならば尚更真の討伐隊に、と言いたいが、それは堂々巡りになるだけだろう。手駒が足りないのも事実だ。そして、表立って生贄を差し出すわけにいかないのも理解している。
「しかし…私は…苦しいのです。陛下がそのご決断をされる度…。」
「残念だったな。冷血な女王で。」
 そう言い捨てて背中を向けたアイリスに、ヴァズは心の中で「違う。」と呟いた。



 苦しいのは、女王だ。
 真に苦しんでいるのは、アイリスの筈なのだ。
 表には出さぬその心情を察してしまうから、ヴァズも苦しいのだ。


 アイリスはヴァズが出自の所為で貴族たちから蔑まれることに心痛め、その母にまで温情を掛けていたことがあった。
 ヴァズは先王の弟が端女に産ませた子だ。先王もその弟も既にこの世を去ったため、どういう経緯でヴァズを召し抱えたのかは分からないが、彼が城に来た直後から遠慮のない侮蔑が彼に向けられていた。
 先王の任命である以上、アイリスは簡単にヴァズに与えられた任を解くわけにはいかない。せめてもの救いになればと、その母を傍に置くことを許し、城に呼び寄せたのである。
 しかしそれは、親子を苦しめる結果になってしまった。
 以前は召使として城に仕えていたヴァズの母親だが、立場が変わって下仕えをするわけにもいかず、かといって貴族や官僚たちの中に入れるわけでもない。一応名目上の役目は与えられていたが、女王の温情という意味合いが強かったため、実質の仕事がないまま城に居続けることになっていた。
 かつての仕事仲間からは妬まれ、貴族たちからは汚いものを見るように見下され、彼女は一年も経たぬうちに心を病んでしまった。
 任を解いたアイリスは、彼女が城を去る時に周りに知れぬように見送りに出て、彼女の手を取り何度も何度も「申し訳ない事をした」と泣いて謝っていた。



 哀れみは判断を間違わせる。
 それが、女王が学んだことだった。
 哀れみを持った時こそ、心を閉ざさねばならない。正しい選択をするために。
 竜族の問題が上がってきてすぐ、アイリスは討伐隊の立ち上げを提案し、その隊長にヴァズの名を出した。
 議会は満場一致でその案を通した。
 ヴァズの隊長就任を拍手で賛成した面々を見て、アイリスは内心で罵っていた。
 これまで、どんな任務でも、ヴァズの名が出ると彼らは渋い顔をして、「下賤の者に名誉ある役を与えるのは間違いだ」と口々に反対意見を述べ、すんなりと決まったことがない。
 なのに今回はあっさりとしたものだった。
 つまり、死んでこいと言っているのである。
 その仕打ちに対抗したわけではないが、アイリスはヴァズの隊を鍛え上げるためには時間が必要だとして偽の討伐隊を定期的に送り出すことにした。ヴァズに対する哀れみではない。討伐は何としてでもやり遂げなくてはならないからだ。力の無いまま討伐に向かい、全滅してしまっては次の手が無くなる。
 しかし、貴族院や重鎮たちからは、事あるごとにヴァズの隊を出すよう催促をされる。
 エディンの試験の時に官が持ってきた知らせも、女王に早くその決断をしろと迫るためのものだ。
 誤魔化しが効くのも今回までだ、とアイリスは気を引き締める。
「ヴァズ、あの者たちを助けたければ、早々に連携技を編み出し、力を付け、あの者たちが山に入る前に駆けつける事だ。」
 次はどうあっても真の討伐隊に出てもらわねばならない。
 その命令を下す覚悟を、女王はしっかりと自分の胸に刻み込んだ。





残された者

 後ろから声を掛けられ、カードは足を止めた。
「おめでとう。討伐の命を受けたんだってな。」
 そう言って握手の為に手を差し出したレクレスの視線が少々痛くて、カードは握手に応じながらも照れたように視線を逸らす。
「…ありがとう。…でも、意外だったな、絶対お前が選ばれると思ったのに。」
 討伐隊結成の為の人材集めは、国軍の中でも行われていた。
 レクレスも共に試験を受けたライバルだ。
「だよな。」
 そう言ってレクレスは笑って見せた。
 試験を受けたメンバーの中で彼は一番強かった筈だ。仲間内でも受かるのはレクレスだと囁かれていた。
「…多分…俺の家の事が関係してるんだと思う。…すまないと思っている。」
 バルドゥール家が力を付けたがっているのは周知の事実だ。カードに手柄を立てさせたいという家の主張が通ったのだろうと容易く想像できる。
 するとレクレスはパシンとカードの背中を叩いた。
「馬鹿言ってんじゃねーよ!んな贔屓に負けてたまるかってんだ。俺が選ばれなかったのは、俺に足りない物があったからだ。きっとお前にはそれがある。…それが家だなんて言うなよ。俺に対する侮辱だ。」
 ハッとしてカードは俯いた。
 出自を理由に差別する気はない。そんなことは気にせずに友人としてやってきたつもりだ。それでも彼が庶民の出であることで出世が難しい立場にあるのは事実。それに引き換え自分はいつでも貴族の手札が使える。スタート地点は同じようでも、約束された未来が雲泥の差だと、そう理解していた。
「…すまない…。」
「謝るなよ。気にすんな。お前は女王からの名誉ある任務を貴族の卑怯なやり口で手に入れたって言うのか?」
 任務を横取りしたような罪悪感で気が引けていたカードだが、卑怯なやり口と聞いて引っかかる。
「そんなつもりはない!」
「だろ?なら胸を張って行けよ。俺はまた精進するさ。」
 コツンともう一度、レクレスはカードの体を叩いた。
 それに応えてカードが拳を作って胸の前に構え、レクレスの腕にコツンと当てる。兵士同士の挨拶のようなものだ。
「ありがとう。自信を持って行ってくるよ。」




 カードと別れたレクレスは、ヴァズの所に向かった。なんでも新しい任を言い渡されるとかで、呼び出されているのだ。
 コンコンとノックをするとすぐに返事が返った。
「入れ。」
「失礼します。」
 お辞儀をして所属と名前を言うと、心得ているというようにヴァズは頷いた。
「辞令が出ている。ついてこい。」
 一瞬、聞き間違えたかと戸惑ってしまう。
 普通、辞令が出た時はその場で新しい部署を教えられ、命令書を手渡されて終わりだ。あとは自分でその部署に向かうだけである。
 しかしヴァズがドアを出て行く様子を見れば、ついていく以外の選択肢はない。レクレスは黙って従った。

 暫く行くと、城勤めの彼ですら知らない場所に出た。ヴァズの歩みはまだ止まらず、途中いくつもの扉の前を通ったが全て素通りである。
「あの…どこに向かうのですか?」
「…あの扉の向こうで説明する。」
 そう言ってヴァズが示したのは、暗い廊下の奥、その存在さえ気付かれないような扉だった。

 キィっと重そうな音を立てて扉は開いた。
「入れ。」
 促されるまま中に入ると、ヴァズは背後を気にしてチラリと見やってから自分も入った。
 そこには地下に続く階段があった。
 所々にある明り取りから射す光でその奥が深い事を知る。
「歩きながら話そう。」
 先を急ぐようにヴァズは階段を下りていく。
「私物は持ってきたな?」
「はい。これで全部です。」
「これよりお前は国軍正規討伐隊の一員となる。」
「え…?」
 討伐隊、というのはあのドラゴンを倒す目的に組まれる隊の名前だ。それはカードが任命された筈である。
「正規、という意味が分かるか。」
 言われて愕然とし、レクレスは足を止めた。
「…つまり…今日出発する討伐隊は『正規』ではない、と…?」
「その通りだ。行くぞ。」
 止まってしまった彼の足を進めるため、ヴァズは顎で先を示した。



 道中、正規討伐隊とこれまでの討伐隊の話を聞かされる。
 それは耳を疑う内容だった。
「それでは…生贄ではありませんか!」
「…そうだ。」
「そんな馬鹿な!!カードは…アイツは貴族ですよ!?それを生贄になんて貴族院が許すわけがありません!!」
「貴族院も知らぬ話だ。知っているのは女王と議会の重鎮共のみ。だから向こうでは話せなかった。」
 そんな馬鹿な、とまたレクレスは呟く。
 胸を張って行けと送り出した友人が、実は生贄にされるなんて。
 再び足を止めた。
 そして踵を返す。
 今ならまだ間に合うかもしれない。引き止められるかもしれない。
「待て。戻ることは許さん。」
「しかし!」
 反論を向けようとヴァズを振り返ると、彼は剣を構えていた。
「試験の時と違い、ハンディはない。この俺を振り切って逃げられると思うな。」
 威圧感に足が竦む。
「お前にここから出る自由はない。他の隊員も然り、だ。皆、幽閉に応じ訓練に励んでいる。例外は認めん。」

 もう一年以上幽閉されている者もいるという。
「…暗闇では心身を病むでしょうに…。」
「その心配はいらん。この奥から海岸近くに出る道がある。都合良く絶壁で囲まれた場所でな、誰も近付かん。そこが主な訓練場だ。」
 吉報もある、とヴァズが笑んだ。
 この状況で吉報と呼べるものの予想が付かず、レクレスは無表情で視線を向ける。
「連携技の情報を得た。…と言っても、あの二人の説明は抽象的すぎてすぐには編み出せそうにないがな。」
 連携技を使って見せた二人は「なんとなく」だの「気付いたらやっていた」だのとふざけた説明をしたらしい。
 それでも使う瞬間の感じだとか息の合わせ方だとかをしつこく尋ねて、やっと連携技の一角を掴めそうになっているところである。
「女王のご命令、というか、ご配慮だ。一刻も早く連携技を体得し、今日出発した者たちが山に入る前に駆けつけろ。そうすれば彼らを助けることが出来る。」
 カードたちは修行しながらの旅だという。隊は準備が整えば一直線に北の山に向かうことが出来るのだから、充分追いつけるだろう。
「修行に励むことが、彼らを助ける唯一の方法だと…?」
「その通りだ。肝に銘じておけ。同胞よ。」
 差し出された手は握手の形をとっている。
 レクレスは表情を引き締め、その手を強く握った。
「了解しました。隊長殿。」





広がる動揺

 キャムの両親が畑に出なくなってから一週間が過ぎようとしていた。
 作物はもう実っており、収穫を待つだけだ。それをエディンの父親であるロブが悲しげに眺め、メインで作っているベリーを一房もいだ。
 キャムの家の玄関をコンコンと叩く。
 顔を出したのは父親のジェドだ。不機嫌な顔で、ロブを睨みつける。
「何か用か。」
「これ…もういい時期かと…。明日にでも収穫しないか?俺んとこはもう終わったから、手伝うよ。」
 ジェドは差し出されたベリーをひったくるように受け取った。
「人の畑を勝手に触るな!」
 バタンと扉が閉まる。
 ロブは深い溜め息をついて自分の家に向かった。


 キャムの代わりに、多額の前金と女王からの手紙が届いた。
 討伐隊に入ることは命令だった。断る自由など無かった。エディンからの手紙にも、家族もろとも処罰されると聞いて仕方なく引き受けたと書いてあった。
 それはジェドも理解はしている。しかし、納得は出来なかった。
 自然と彼の恨みはエディンとその親に向かってしまう。少し前まで家族のような付き合いをしていた二組の家族が、今は仇のようになってしまった。



 酒場に入ってきた買付けの商人が、バーテンの前まで来るとぼやいた。
「ジェドんとこのベリーを買いに来たんだが、一体どうしちまったんだ?あのままじゃ畑に生ったまま腐っちまうぞ。」
 そう言ってコインを一つ出し、酒を注文する。
 ジェドの家も訪ねてみたが、何を言っても生返事ばかりで話にならなかったという。
 困ったな、とこぼす商人に、バーテンが言いにくそうに口を開いた。
「…あそこの娘さんがなぁ…。」
 討伐隊に入れられたことを説明すると、商人が唸った。
「そいつは…可哀想になぁ………。」
 近くで飲んでいた男が頷く。
「でもなあ、アイツは心配し過ぎなんだって。エディンだって、ホントに危険な場所にキャムを連れてこうなんて思わないさ。」
「その、エディンってのも討伐隊に?」
「ああ、でもエディンは強いからな、心配ないさ。」
 商人は暫し俯いて黙った。何かを話すかどうか吟味しているようだった。
「…どうしたね?」
「…そのエディンってのも…可哀想になぁ…。」
「だから、そいつは強いから…」
「強くたって同じだよ。…前金は貰ってるんだろう?」
「ああ、凄い額だったらしい。エディンは凄いよ。キャムもそのおこぼれを貰ったと思えば…。」
「その金はその子たちの命の値段だよ。」
 商人の言っていることが分からず、男もバーテンもキョトンとして黙った。
「最近聞いた噂だが、討伐隊ってのは、実は生贄だって話だ。…女王はハナっからドラゴン討伐なんて出来ると思ってないのさ。今まで何回も討伐隊を出してるが、ただの一人も生きて帰ってきちゃいない。ドラゴンは人間を食べると大人しくなる。街に被害が出ないように、定期的に人を送り込んでるのさ。」
 商人はグラスの酒を飲み干し、じゃあ、と軽く手を挙げて出口に足を向ける。
「今年は…諦めるか…。ジェドんとこのベリーはいい酒になるんだがなぁ…。」
 二人は呆然と見送るしか出来なかった。



 噂はあっという間に村中に広がった。
 キャムの両親がそれを知るのにも時間はかからなかった。
「お前のとこの息子の所為で…!!」
 ロブの家を訪れたジェドは、顔を合わすなり殴りかかった。一発では気が済まず、倒れたロブに馬乗りになってまだ殴ろうとする。
 エディンが生贄にされると聞いて沈んでいたロブは無気力に、それでも自分の中の怒りをジェドに向ける。
「…うちの息子だって…エディンだって同じだ!!女王に騙されて討伐に向かったんだ!!アイツも…アイツも…死ぬんだ…。」
 クッと嗚咽を堪え、仰向けに倒れたまま顔を覆った。
「知るか!!うちの子は返すって約束だっただろうが!!」
「お前…お前んとこだけが苦しい思いをしてるって思うな!!」
「約束を破ったのはお前の息子だ!!」
 また一発、ジェドの拳がロブの頬に傷を作る。
「やめて!!やめてよ!!エディンもキャムも…騙されたのよ!!」
 ロブの妻、エレーヌがわっと泣き出し、家の外に駆けだした。玄関のすぐ外にいたジェドの妻であるミネットが弱々しい足取りでそれを追う。
 エディンのお気に入りの丘の上まで来ると、エレーヌはしゃがみ込んだ。狭い村だから、声をあげて泣くことのは躊躇われ、嗚咽をこらえる。
「…主人が…ごめんなさいね…。」
 ミネットが隣にかがんでそう言った。
 ハッとしてエレーヌは顔を上げた。
 ぶんぶんと首を横に振る。
「こっちこそ…ごめんなさい…キャムを巻き込んでしまって…。」
 ミネットも首を横に振る。
「主人も分かってるの…エディンの所為なんかじゃないって…。でも、やり場がないのよ。」
「ええ。」
 ふたりで暫くそこに座って景色を眺めた。この前までエディンとキャムはしょっちゅうここに来ていた筈である。退屈そうにしていたエディンに城への呼び出しが来た時、エレーヌは内心嬉しかった。息子がここでの生活に不満を持っていたことを知っていたから。諸々の問題はあったが、それが解決すればエディンの思うようにさせてやりたいと思っていたのだ。
「…あんなお金…人を馬鹿にして…。」
 呟いたのはミネットだ。
「例え国からの謝礼だとしても、あんなお金要らないわ。うちの子は…品物じゃないもの。」
「ええ…。エディンだって、お金で売ってやる気なんてないわよ…。」
 日が沈み、あたりが薄暗くなった頃、ミネットが立ち上がった。
「お城に行きましょう。あのお金を突き返して、私たちの子供を返してくれって言いましょうよ。…いいえ、私一人でも、行ってくるわ。処罰されたって構わない。私に出来ることなんて…それくらいだもの…。」
 驚きの表情で見上げ、エレーヌも立ち上がる。
「行くわ。私も、息子を取り返すわ。」


 家に帰って旅の支度をしているエレーヌを見て、ロブは慌てた。自分たち夫が打ちひしがれて何もせずにいるうちに、妻たちは子供を守るために発つことを決めたという。
「ごめんなさい。私が処罰されたら、あなたは知らぬ存ぜぬを通して。私が勝手に出て行ったのだということにしておいて。」
「何を馬鹿なことを!!」
「あなたまで処罰されたら困るもの。だから…。」
「俺も行くに決まってるだろう!?」
 すまない、とロブは謝った。悲しむばかりで子供を助けようということを考えもしなかった。自分は父親失格だ、と。
「あなた…。」
「一緒に女王に直訴しよう。人数が多い方が、心強いだろう?」
「ええ。エディンとキャムを連れ帰るまで、この村には帰る気はないわよ?」
「ああ、何度でも直訴してやる。」


 次の朝、ロブとジェドは気まずそうに握手の為に手を差し出した。言葉は交わさなかったが、想いは同じだと分かっている。
 四人は決意の一歩を踏み出した。




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