霧の向こう
小休止2
1.マルタ
マルタは背中に弓を携えていた。
そのことに小さな驚きはあったものの、皆「へえ?弓を使えるのか。」と思っただけで、特に何も言わなかった。
「あ、モンスターいたよ?」
木立の中に小さなモンスターを見つけて、キャムがエディンに声を掛ける。
「あれ一匹か?…まあ、何かいいもの持ってるかも知れないし、やっとくか。」
そうだな、とカードも賛成したが、小さいモンスター一匹となると、なんとなく譲り合いになってしまう。
顔を見合わせて誰が行くのか様子を窺う。
もちろんザイールはそんな小物には興味がない。エディンもカードも自分が出るまでもないなと足を踏み出さない。キャムは誰も行かないなら行こうかと思ってはいるが、皆がどう考えているか分からないからまだ出ようとしない。フェリエはヒーラーが主な役目だから、自分が出るのはおかしいだろうと思っている。
自然と視線がマルタに集まった。
「え?アタシ?」
「ああ、どうぞ?」
「…え、そんないきなりは無理だよ。」
「アレ小さいし、その弓矢で一発じゃないのか?」
「弓?…当たるかなあ。」
その言葉に全員が嫌な予感を持つ。
マルタは弓を左手に持って、矢を一本取り出した。その動きはたどたどしく、とても使い慣れているとは思えない。
「えーと。」
弦を矢の羽にあてがったのはいいが、自分の体の前で横を向けた状態で引っ張り始める。
つるっと指から弦が外れた。
「おわっ!?」
弾かれた矢がザイールに向けて飛んだ。
「あ、ごめん、おじさん。」
ててて、と駆けていき、ザイールの足元に落ちた矢を拾う。
拾ってすぐまた弦にあてがおうとしたところで、マルタの頭にザイールのゲンコツが落ちた。
「いったあい!」
「てめえ!!弓使ったことねーのかよ!!」
「あるわけないでしょ!?」
「じゃあなんで持ってんだよ!!」
「アタシだって武器欲しかったんだもん!!だから、貰ったお金で買ってきたの!」
あちゃーとエディンとカードが頭を抱えた。
考えてみれば、武器を使い慣れていてモンスターを倒せるなら、泥棒なんてやらなくても生きていける筈なのだ。
これは一から教えなくてはいけないのか。これまでにない問題が発生してしまった。
「なあ、カード。お前、弓は?」
「いや、見よう見まね程度だな。お前もダメか?」
「うん、小さい頃に触ったことはあるけど。」
教えようにも、自分が使えないものを教えられるわけがない。
「マルタ、…剣じゃダメなのか?」
「…折角これ買ってきたんだから、これがいい。」
「でも、俺たちじゃロクに教えられないぞ?」
はあ、と盛大な溜め息を吐いて、ザイールが唸った。
「しゃーねーな…。教えてやる。」
「アンタ使えるのか!?」
「まあな、得意分野ではねーけどな。」
さすが年の功だな、とカードが感心すると、最年長の男は顔を顰めて見せた。
「おら、まず左腕!狙う対象に向けて伸ばせ!」
まだモンスター相手に矢を射る段階ではない。仕方なく一行は開けた場所で休憩することにして、マルタは急遽そこで特訓を受けることになった。
あまり練習ばかりに時間を掛けてはいられないからか、それとも面倒なだけか、ザイールの教え方は少々雑で乱暴だ。
「当たらねーなら自分で体の向きでも腕の角度でも変えていけ!」
「矢は重さで落ちてくっつってんだろ!そんな腕下げて飛ぶわけねーだろうが!」
怒声ばかりが聞こえてきて、フェリエは落ち着いて休憩をしていられなかった。
「だ…大丈夫でしょうか…。」
「あはは、大丈夫そうだぞ?」
少し様子を見に行ったカードが苦笑しながら戻ってきた。
「あの子、あのザイールに負けてないから。」
皆が休憩している場所には聞こえてこないが、マルタはザイールの怒鳴り声に何だかんだと言いかえしているらしい。
「すぐに闘えるようになるさ。」
ザイールの怒声が止み、しばらくすると二人は戻ってきた。
苦りきった顔のザイールは、何やらぶつぶつと小言を言いながらマルタの頭をげんこつで小突いている。マルタの方は小突かれる度に蹴りを繰り出していた。
「…なんか、意外にいいコンビ?」
「…ですわね。」
キョトンとした顔でキャムとフェリエがそう言った。
「実戦行くぞ。」
ザイールは休憩中の面々を顎で呼び、道に戻ろうとする。と、マルタがぷーっと怒った顔をした。
「あたし休憩してない!!」
「俺もしてねえだろうが。」
「おじさんは横で怒ってただけじゃん!あたしずっと練習してたんだよ!?」
「忘れねえうちにやらねえと、上手くならねーだろうが!文句言うんじゃねえ!!」
またゲンコツと蹴りの応酬が始まって、そのまま二人は先を歩いていく。
皆、肩を竦めたり苦笑したりしながら、その後に続いた。
「どう?」
マルタは得意げに笑って見せた。
若いからカンがいいのか、ザイールの教え方が良かったのか。威力はまだまだな感じはあるが、命中率は初心者にしてはなかなかのものだ。
「小さいのは任せといてよ!」
偉そうに胸を張って笑うマルタの足元に、植物系のモンスターが飛び出て来た。
「きゃー!!」
「おら、任せたぞ。」
ザイールがさっさと先に進もうとすると、マルタは追いすがる。
「待って!待ってってばオジサン!!こんな近くの奴撃つ方法ならってない!!」
「任せろっつったのお前だぞ。」
「うわ~ん!纏わりついてきたよォ~助けて!!」
「頭使え。」
小さなモンスターの攻撃は大した威力はなく、当たった部分が少ししびれるくらいだ。それを分かっているからザイールは相手をする気がない。
わーきゃーわめきながら、マルタは纏わりつくモンスターに蹴りを喰らわしている。
「マルタ。ボールだと思って遠くに蹴飛ばせよ。」
笑ってエディンがそう言うと、ハタと止まったマルタは一瞬の後思いっきりそれを蹴った。
ポーンとモンスターは茂みの奥に飛んで行った。
ハアハアと息をしてザイールに詰め寄る。
「助けてくれたっていいだろ!?」
ザイールは一瞥して歩いていく。その後ろでマルタはぷーっと膨れている。
先が思いやられるというのが他のメンバーの正直な感想だろう。
しかしそれも旅の楽しいハプニングのうちだ。
2. ifストーリー
もしグライダーで他のペアがはぐれたら1
キャムとマルタ
マルタとキャムが飛んでいると、急に突風が吹いた。
「うわっ!!」
「やあああっ!!」
煽られて傾きそうなグライダーをなんとか操作して体勢を立て直した。
しかし、マルタが小高い山の方に向かって行く。
「マ…マルタ!!どこ行っちゃうのよ~!!」
「やーん!戻らないよ~!!」
慌ててキャムが追いかける。
「落ち着いて!そのまま行くと木にぶつかっちゃうから!もうちょっと右手に力入れて!!」
キャムの声で落ち着きを取り戻したマルタがグライダーの方向を調整したものの、航路には戻れそうにない。仕方なくキャムは着地できそうな場所を探した。
「…ごめんね…。はぐれちゃったね…。」
「仕方無いよ。あんな突風吹いたんだもん。」
目的地までそう遠くない筈だから二人で歩いていこう、とキャムが明るく言う。
うん、と笑って返事をしたマルタだが、気分は沈んでいた。
途中で出会うモンスターの殆どをキャムが退治する。マルタはまだ戦闘に慣れていないから、とキャムが気を使っての事だ。
マルタは黙ってキャムの後を歩いた。
つまらなそうに木の枝を折る。
前を歩く少女はまだ10歳だと聞いた。自分はもう17にもなるのに、こんな小さな子に守ってもらっている。突風さえ吹かなければ、グライダーを上手く操って目的地に下りられた筈だ。それならこんな世話になる必要もなかったのに。
はあ、と吐いた溜め息が届いてしまったらしく、キャムが振り向いた。
「疲れちゃった?マルタ。休憩しようか。」
「え…あ、うん、そうだね、ちょっと。」
近くにあった岩に腰かけ、それぞれがお茶とお菓子を出して荷物を足元に置いた。
その時。
大きな羽音が聞こえたと思った次の瞬間、目の前を黒い影が通り過ぎた。
ハッとしてその姿を目で追えば、それは鳥系のモンスターだ。
「びっくりした…。」
あまりのことに手の中の物を取り落としそうになり、慌てて視線を落とすと足元にあった筈の荷物が消えていた。
二人で顔を見合わせる。
「アイツだ!!」
キャムが立ち上がってさっきのモンスターを指さした。
「追いかけなきゃ!!」
空を自由に飛び回る泥棒を追いかけて、二人はあちこち走りまわる羽目になってしまった。
何度かキャムの雷技を喰らわせたのだが荷物を落とさせるまでには至らず、おまけに相手は警戒して高いところから下りて来なくなっていた。
「あんなとこまで技が届かないよ~…。どうしよう…。」
キャムが困っているのを見て、マルタは弓矢を構えてみるが当てる自信がない。
「届くかなあ…。」
それに届いたとしても、あのモンスターをし止める威力は見込めない。
暫く二人で空を眺めるにとどまる。
あ、とキャムが明るい顔を向けた。
「ね、合わせ技、やってみようよ。」
「え?エディンとキャムみたいなの?…無理だよ。どうやるのか分かんない。」
「やれるかどうか分かんないけどさ、私の雷をマルタの矢に乗せて飛ばすの。飛んでった先で雷を爆裂させれば当たるんじゃないかな?」
「…やれるかな…?」
「試し試し!どうせこのままじゃやっつけられないんだもん。ダメもとでやってみよ!」
うん、と頷いてマルタは弓を構えた。
命中しないにしても近くまでは飛ばせる筈だ。
「じゃあ、合図するまで放さないでね。」
キャムが矢の切っ先に雷を集中させる。マルタはギリギリと弦を引いた。
「いいよ!撃って!」
マルタの指先が弦をはじき、矢はあっという間に飛んで行った。
モンスターは高い場所に居れば安全だと思っているようで悠々と飛んでいる。
そこに矢が接近したと同時に、空に雷鳴がとどろいた。
「きゃっ!!」
「ひゃっ!!」
まるで本物の雷を呼んだかのようだった。はっきりと見てとれる稲妻の光がモンスターを撃った。
モンスターは一直線に地面に落ちて行く。
「やった!当たった!!」
「すごいじゃん!キャムって雷神様みたい!」
「あんなの初めてだよ!マルタの矢のおかげだよきっと!」
「うっそぉ~!」
二人はきゃーきゃーと騒ぎながら、倒れたモンスターの傍に落ちているであろう荷物を回収すべく駆けだした。
キャムに引っ張られるようにはしゃぐマルタ。力はまだまだ及ばないけれど、それでも手助けは出来るのだと嬉しい気持ちでいっぱいだった。
もしグライダーで他のペアがはぐれたら2
エディンとカード
飛び上がってはみたものの、やはりエディンの操縦は心許なかった。
「エディン!左を引け!右手に力が入りすぎだって!緩めろ!」
「え!?どっちが!?何が!?」
カードの声は聞こえている筈だが、焦って言葉を理解できていない。
「左を引くんだよ!!」
「こうか?…わわわわああああああ!!」
「うわっ馬鹿…。」
どうやら右を引いてしまったらしい。
「落ちるぞ!緩めろ!!」
急降下していくエディンをカードが慌てて追う。
声を掛けても態勢は直りそうにない。エディンの体が強張っているのが見て取れた。
「ヤバイな…。」
カードは内心血の気が引く思いで追いかける。幸いエディンが向かって行く先は比較的やわらかそうな草原だ。考えている暇はない。安全に着地させなくてはと咄嗟に風を起こした。
「ブラスト!!」
最近フェリエに教わったばかりの風の呪文だ。
風はうまく狙った場所に巻き起こり、エディンが激突するのを防いだ。
風のクッションでエディンの体が持ち上がってゆっくりと着地する。カードは安堵の溜め息を吐き、自分もほど近くに着地した。
「あははは、わりいわりい。」
「……お前な…。まあ、仕方ないか。練習でもロクに成功しなかったからな。」
「みんな何処行ったのかな~?」
「いやいや、俺達がどっか来ちまったんだし…。」
エディンが誤魔化すように笑いながら地図を出すと、カードが横から指を指した。
「こっちからこう来たから、多分この変だな。」
「ん~…じゃあ、あの山がこれ…か。」
見回して方向を確認する。目指す方向には特に障害物はなさそうだ。うん、と二人で頷いて歩きだした。
遠くに人影が見える。恐らく仲間だろうと予想を付け、何事もなく到着できたと安心したところで周りに気配を感じた。
「足音?」
「…羽音も聞こえる…。」
「囲まれたな。」
「…ったく…手助けは望めそうにないか。」
仲間の姿が見えたと言ってもあちらからはまだ気付かない距離だ。危機を把握できるわけがない。
現れたモンスターは小柄な物が20匹ほど。
「やれないわけじゃない。」
「ああ、行くか。」
武器を出し構えると先手必勝、エディンが自分たちを囲むように火を出した。
「おいおい…。」
「焼いちゃえば早いだろ。」
「このままじゃ俺達蒸し焼きだぞ?」
「あ………。あはは…。」
頬をポリポリと掻くエディンに呆れ顔を向け、カードが槍をブンと振った。
「俺の背中に隠れていてくれ。」
「おう。」
エディンが背中合わせに立つと、カードがさらに槍を振り回す。ハッ!という気合と共に風が巻き起こった。
「ハアっ!!」
さらに気合を込めて風を強めると炎は走るように外に向かって行く。囲んでいたモンスターを次々と巻き込んだ。
「よし!行ける!」
弱ったモンスターは二人の攻撃にあっさりと倒れた。
よ、と軽く手を挙げて仲間に近づいていくと、まずキャムが「もうっ!心配したんだから!」と膨れて見せた。
「わりぃわりぃ。」
元気そうな様子にフェリエがホッと胸をなでおろす。
ギルド目当てのザイールとマルタは待たされたことが気に食わないらしい。マルタはつまらなそうにしているだけだが、ザイールは遠慮なく嫌味を言ってきた。
「悪かったって言ってんだろ、オッサン。」
「餓鬼は謝り方も知らねえようだな。」
エディンがムッとして言い返せばザイールはギロリと睨みを効かせる。
同行するのは街までの約束だ。街が近いのが救いだなとカードは苦笑した。
1.マルタ
マルタは背中に弓を携えていた。
そのことに小さな驚きはあったものの、皆「へえ?弓を使えるのか。」と思っただけで、特に何も言わなかった。
「あ、モンスターいたよ?」
木立の中に小さなモンスターを見つけて、キャムがエディンに声を掛ける。
「あれ一匹か?…まあ、何かいいもの持ってるかも知れないし、やっとくか。」
そうだな、とカードも賛成したが、小さいモンスター一匹となると、なんとなく譲り合いになってしまう。
顔を見合わせて誰が行くのか様子を窺う。
もちろんザイールはそんな小物には興味がない。エディンもカードも自分が出るまでもないなと足を踏み出さない。キャムは誰も行かないなら行こうかと思ってはいるが、皆がどう考えているか分からないからまだ出ようとしない。フェリエはヒーラーが主な役目だから、自分が出るのはおかしいだろうと思っている。
自然と視線がマルタに集まった。
「え?アタシ?」
「ああ、どうぞ?」
「…え、そんないきなりは無理だよ。」
「アレ小さいし、その弓矢で一発じゃないのか?」
「弓?…当たるかなあ。」
その言葉に全員が嫌な予感を持つ。
マルタは弓を左手に持って、矢を一本取り出した。その動きはたどたどしく、とても使い慣れているとは思えない。
「えーと。」
弦を矢の羽にあてがったのはいいが、自分の体の前で横を向けた状態で引っ張り始める。
つるっと指から弦が外れた。
「おわっ!?」
弾かれた矢がザイールに向けて飛んだ。
「あ、ごめん、おじさん。」
ててて、と駆けていき、ザイールの足元に落ちた矢を拾う。
拾ってすぐまた弦にあてがおうとしたところで、マルタの頭にザイールのゲンコツが落ちた。
「いったあい!」
「てめえ!!弓使ったことねーのかよ!!」
「あるわけないでしょ!?」
「じゃあなんで持ってんだよ!!」
「アタシだって武器欲しかったんだもん!!だから、貰ったお金で買ってきたの!」
あちゃーとエディンとカードが頭を抱えた。
考えてみれば、武器を使い慣れていてモンスターを倒せるなら、泥棒なんてやらなくても生きていける筈なのだ。
これは一から教えなくてはいけないのか。これまでにない問題が発生してしまった。
「なあ、カード。お前、弓は?」
「いや、見よう見まね程度だな。お前もダメか?」
「うん、小さい頃に触ったことはあるけど。」
教えようにも、自分が使えないものを教えられるわけがない。
「マルタ、…剣じゃダメなのか?」
「…折角これ買ってきたんだから、これがいい。」
「でも、俺たちじゃロクに教えられないぞ?」
はあ、と盛大な溜め息を吐いて、ザイールが唸った。
「しゃーねーな…。教えてやる。」
「アンタ使えるのか!?」
「まあな、得意分野ではねーけどな。」
さすが年の功だな、とカードが感心すると、最年長の男は顔を顰めて見せた。
「おら、まず左腕!狙う対象に向けて伸ばせ!」
まだモンスター相手に矢を射る段階ではない。仕方なく一行は開けた場所で休憩することにして、マルタは急遽そこで特訓を受けることになった。
あまり練習ばかりに時間を掛けてはいられないからか、それとも面倒なだけか、ザイールの教え方は少々雑で乱暴だ。
「当たらねーなら自分で体の向きでも腕の角度でも変えていけ!」
「矢は重さで落ちてくっつってんだろ!そんな腕下げて飛ぶわけねーだろうが!」
怒声ばかりが聞こえてきて、フェリエは落ち着いて休憩をしていられなかった。
「だ…大丈夫でしょうか…。」
「あはは、大丈夫そうだぞ?」
少し様子を見に行ったカードが苦笑しながら戻ってきた。
「あの子、あのザイールに負けてないから。」
皆が休憩している場所には聞こえてこないが、マルタはザイールの怒鳴り声に何だかんだと言いかえしているらしい。
「すぐに闘えるようになるさ。」
ザイールの怒声が止み、しばらくすると二人は戻ってきた。
苦りきった顔のザイールは、何やらぶつぶつと小言を言いながらマルタの頭をげんこつで小突いている。マルタの方は小突かれる度に蹴りを繰り出していた。
「…なんか、意外にいいコンビ?」
「…ですわね。」
キョトンとした顔でキャムとフェリエがそう言った。
「実戦行くぞ。」
ザイールは休憩中の面々を顎で呼び、道に戻ろうとする。と、マルタがぷーっと怒った顔をした。
「あたし休憩してない!!」
「俺もしてねえだろうが。」
「おじさんは横で怒ってただけじゃん!あたしずっと練習してたんだよ!?」
「忘れねえうちにやらねえと、上手くならねーだろうが!文句言うんじゃねえ!!」
またゲンコツと蹴りの応酬が始まって、そのまま二人は先を歩いていく。
皆、肩を竦めたり苦笑したりしながら、その後に続いた。
「どう?」
マルタは得意げに笑って見せた。
若いからカンがいいのか、ザイールの教え方が良かったのか。威力はまだまだな感じはあるが、命中率は初心者にしてはなかなかのものだ。
「小さいのは任せといてよ!」
偉そうに胸を張って笑うマルタの足元に、植物系のモンスターが飛び出て来た。
「きゃー!!」
「おら、任せたぞ。」
ザイールがさっさと先に進もうとすると、マルタは追いすがる。
「待って!待ってってばオジサン!!こんな近くの奴撃つ方法ならってない!!」
「任せろっつったのお前だぞ。」
「うわ~ん!纏わりついてきたよォ~助けて!!」
「頭使え。」
小さなモンスターの攻撃は大した威力はなく、当たった部分が少ししびれるくらいだ。それを分かっているからザイールは相手をする気がない。
わーきゃーわめきながら、マルタは纏わりつくモンスターに蹴りを喰らわしている。
「マルタ。ボールだと思って遠くに蹴飛ばせよ。」
笑ってエディンがそう言うと、ハタと止まったマルタは一瞬の後思いっきりそれを蹴った。
ポーンとモンスターは茂みの奥に飛んで行った。
ハアハアと息をしてザイールに詰め寄る。
「助けてくれたっていいだろ!?」
ザイールは一瞥して歩いていく。その後ろでマルタはぷーっと膨れている。
先が思いやられるというのが他のメンバーの正直な感想だろう。
しかしそれも旅の楽しいハプニングのうちだ。
2. ifストーリー
もしグライダーで他のペアがはぐれたら1
キャムとマルタ
マルタとキャムが飛んでいると、急に突風が吹いた。
「うわっ!!」
「やあああっ!!」
煽られて傾きそうなグライダーをなんとか操作して体勢を立て直した。
しかし、マルタが小高い山の方に向かって行く。
「マ…マルタ!!どこ行っちゃうのよ~!!」
「やーん!戻らないよ~!!」
慌ててキャムが追いかける。
「落ち着いて!そのまま行くと木にぶつかっちゃうから!もうちょっと右手に力入れて!!」
キャムの声で落ち着きを取り戻したマルタがグライダーの方向を調整したものの、航路には戻れそうにない。仕方なくキャムは着地できそうな場所を探した。
「…ごめんね…。はぐれちゃったね…。」
「仕方無いよ。あんな突風吹いたんだもん。」
目的地までそう遠くない筈だから二人で歩いていこう、とキャムが明るく言う。
うん、と笑って返事をしたマルタだが、気分は沈んでいた。
途中で出会うモンスターの殆どをキャムが退治する。マルタはまだ戦闘に慣れていないから、とキャムが気を使っての事だ。
マルタは黙ってキャムの後を歩いた。
つまらなそうに木の枝を折る。
前を歩く少女はまだ10歳だと聞いた。自分はもう17にもなるのに、こんな小さな子に守ってもらっている。突風さえ吹かなければ、グライダーを上手く操って目的地に下りられた筈だ。それならこんな世話になる必要もなかったのに。
はあ、と吐いた溜め息が届いてしまったらしく、キャムが振り向いた。
「疲れちゃった?マルタ。休憩しようか。」
「え…あ、うん、そうだね、ちょっと。」
近くにあった岩に腰かけ、それぞれがお茶とお菓子を出して荷物を足元に置いた。
その時。
大きな羽音が聞こえたと思った次の瞬間、目の前を黒い影が通り過ぎた。
ハッとしてその姿を目で追えば、それは鳥系のモンスターだ。
「びっくりした…。」
あまりのことに手の中の物を取り落としそうになり、慌てて視線を落とすと足元にあった筈の荷物が消えていた。
二人で顔を見合わせる。
「アイツだ!!」
キャムが立ち上がってさっきのモンスターを指さした。
「追いかけなきゃ!!」
空を自由に飛び回る泥棒を追いかけて、二人はあちこち走りまわる羽目になってしまった。
何度かキャムの雷技を喰らわせたのだが荷物を落とさせるまでには至らず、おまけに相手は警戒して高いところから下りて来なくなっていた。
「あんなとこまで技が届かないよ~…。どうしよう…。」
キャムが困っているのを見て、マルタは弓矢を構えてみるが当てる自信がない。
「届くかなあ…。」
それに届いたとしても、あのモンスターをし止める威力は見込めない。
暫く二人で空を眺めるにとどまる。
あ、とキャムが明るい顔を向けた。
「ね、合わせ技、やってみようよ。」
「え?エディンとキャムみたいなの?…無理だよ。どうやるのか分かんない。」
「やれるかどうか分かんないけどさ、私の雷をマルタの矢に乗せて飛ばすの。飛んでった先で雷を爆裂させれば当たるんじゃないかな?」
「…やれるかな…?」
「試し試し!どうせこのままじゃやっつけられないんだもん。ダメもとでやってみよ!」
うん、と頷いてマルタは弓を構えた。
命中しないにしても近くまでは飛ばせる筈だ。
「じゃあ、合図するまで放さないでね。」
キャムが矢の切っ先に雷を集中させる。マルタはギリギリと弦を引いた。
「いいよ!撃って!」
マルタの指先が弦をはじき、矢はあっという間に飛んで行った。
モンスターは高い場所に居れば安全だと思っているようで悠々と飛んでいる。
そこに矢が接近したと同時に、空に雷鳴がとどろいた。
「きゃっ!!」
「ひゃっ!!」
まるで本物の雷を呼んだかのようだった。はっきりと見てとれる稲妻の光がモンスターを撃った。
モンスターは一直線に地面に落ちて行く。
「やった!当たった!!」
「すごいじゃん!キャムって雷神様みたい!」
「あんなの初めてだよ!マルタの矢のおかげだよきっと!」
「うっそぉ~!」
二人はきゃーきゃーと騒ぎながら、倒れたモンスターの傍に落ちているであろう荷物を回収すべく駆けだした。
キャムに引っ張られるようにはしゃぐマルタ。力はまだまだ及ばないけれど、それでも手助けは出来るのだと嬉しい気持ちでいっぱいだった。
もしグライダーで他のペアがはぐれたら2
エディンとカード
飛び上がってはみたものの、やはりエディンの操縦は心許なかった。
「エディン!左を引け!右手に力が入りすぎだって!緩めろ!」
「え!?どっちが!?何が!?」
カードの声は聞こえている筈だが、焦って言葉を理解できていない。
「左を引くんだよ!!」
「こうか?…わわわわああああああ!!」
「うわっ馬鹿…。」
どうやら右を引いてしまったらしい。
「落ちるぞ!緩めろ!!」
急降下していくエディンをカードが慌てて追う。
声を掛けても態勢は直りそうにない。エディンの体が強張っているのが見て取れた。
「ヤバイな…。」
カードは内心血の気が引く思いで追いかける。幸いエディンが向かって行く先は比較的やわらかそうな草原だ。考えている暇はない。安全に着地させなくてはと咄嗟に風を起こした。
「ブラスト!!」
最近フェリエに教わったばかりの風の呪文だ。
風はうまく狙った場所に巻き起こり、エディンが激突するのを防いだ。
風のクッションでエディンの体が持ち上がってゆっくりと着地する。カードは安堵の溜め息を吐き、自分もほど近くに着地した。
「あははは、わりいわりい。」
「……お前な…。まあ、仕方ないか。練習でもロクに成功しなかったからな。」
「みんな何処行ったのかな~?」
「いやいや、俺達がどっか来ちまったんだし…。」
エディンが誤魔化すように笑いながら地図を出すと、カードが横から指を指した。
「こっちからこう来たから、多分この変だな。」
「ん~…じゃあ、あの山がこれ…か。」
見回して方向を確認する。目指す方向には特に障害物はなさそうだ。うん、と二人で頷いて歩きだした。
遠くに人影が見える。恐らく仲間だろうと予想を付け、何事もなく到着できたと安心したところで周りに気配を感じた。
「足音?」
「…羽音も聞こえる…。」
「囲まれたな。」
「…ったく…手助けは望めそうにないか。」
仲間の姿が見えたと言ってもあちらからはまだ気付かない距離だ。危機を把握できるわけがない。
現れたモンスターは小柄な物が20匹ほど。
「やれないわけじゃない。」
「ああ、行くか。」
武器を出し構えると先手必勝、エディンが自分たちを囲むように火を出した。
「おいおい…。」
「焼いちゃえば早いだろ。」
「このままじゃ俺達蒸し焼きだぞ?」
「あ………。あはは…。」
頬をポリポリと掻くエディンに呆れ顔を向け、カードが槍をブンと振った。
「俺の背中に隠れていてくれ。」
「おう。」
エディンが背中合わせに立つと、カードがさらに槍を振り回す。ハッ!という気合と共に風が巻き起こった。
「ハアっ!!」
さらに気合を込めて風を強めると炎は走るように外に向かって行く。囲んでいたモンスターを次々と巻き込んだ。
「よし!行ける!」
弱ったモンスターは二人の攻撃にあっさりと倒れた。
よ、と軽く手を挙げて仲間に近づいていくと、まずキャムが「もうっ!心配したんだから!」と膨れて見せた。
「わりぃわりぃ。」
元気そうな様子にフェリエがホッと胸をなでおろす。
ギルド目当てのザイールとマルタは待たされたことが気に食わないらしい。マルタはつまらなそうにしているだけだが、ザイールは遠慮なく嫌味を言ってきた。
「悪かったって言ってんだろ、オッサン。」
「餓鬼は謝り方も知らねえようだな。」
エディンがムッとして言い返せばザイールはギロリと睨みを効かせる。
同行するのは街までの約束だ。街が近いのが救いだなとカードは苦笑した。