開拓史

9新天地


 新天地で暮らす、というのは思いのほか厄介だった。
 大気の成分、気温、気候、あらゆるものが母星に似通っている。ゆえにそこでの生活も問題なく始められる筈だと思っていたが、そんな単純なものでもない。

 ドタドタと船内に駆け込んで、メリサ以外の全員が血相を変えていた。
「だから!まだ駄目だって言っただろう!?みんな出て!ここは隔離するから!」
 セイゴの怒声で、エダたち六人は言葉数少なくその場を離れる。全員が宇宙服を身に付けた状態だ。
 部屋を出るところで、エダは深刻そうな表情で振り向いた。
「セイゴ、頼む。」
「ああ、メリサへの処罰、考えといて。」
「…わかった。」
 メリサは宇宙服を脱ぐように言われ、おとなしくそれに従う。セイゴは宇宙服を着たまま、医療器具の準備をする。
「あー、もう。アイ、血液採取。一週間、隔離して様子を見る。」
 あの、とメリサが申し訳なさそうに声を出した。
「ごめんね?」
「謝るくらいなら、勝手な行動は慎んでよ。」
「はーい…。」
「慎む気無いね?」
「慎みます。一応。」
「一か月に延長。」
「え、隔離?そんな必要ないでしょ?」
「処罰も入ってる。」
「あー…。」
 だってさ、とメリサは不服そうに言う。
「いずれは宇宙服を脱いで見ないことにはどうしようもないんだし、私が実験台になってもいいかなって。」

 大気の成分が同じと言えど、その中にどんな病原菌が含まれているかはわからない。まずそれを採取して、人間の体に影響がないか確かめ、問題があるならワクチンを作って備えなければならない。
 調査の結果、命にかかわるような病原菌はいないだろうとセイゴは言った。
「多分、人間の免疫機能で対処できる。でも、最初は熱を出したり、いろんな症状が出るはずだ。対策を考えるから、もうしばらく船外活動は宇宙服着用で。」
 そう言われていた矢先、メリサは船外でバイザーを上げるという行為に出た。

「命にかかわることはないんでしょ?大丈夫だよ。」
「しっかり空気吸い込んでくれたからね。君の体から抗体取り出してワクチン作るから。」

 命にかかわるような病原菌はいないだろう。
 そう言ったのは確かにセイゴだ。しかし、採取しきれていない可能性だってある。そして、命にかかわらないからと無暗に菌を体内に取り込み、その都度発熱などの異常が現れていては今後の活動にかかわる。全員が寝込むことだってあり得るのだから。

 翌日、メリサは案の定、熱を出した。
「処分のことは取り敢えず置いておくとして、異常が無くなってから一週間はここで過ごしてもらうからね。」
「はーい…」と力なく返事をしてから軽く咳き込む。
「ほら、病気なんて軽くてもツラいもんなんだから、甘く見た報いだよ。」
 もう一度小さく返事をして、メリサは目を瞑った。


「どう?彼女。」
 モコは容態を気にしてそう訊いた。
「充分反省してると思うよ。」
 セイゴのその返事にプッと噴き出す。
「体のことだよ。キミは時々冷たいね。」
「これでも怒ってるんだ。そうは見えないかもしれないけど。」
「でも、これで僕たちは安全に抗体を手に入れられる。違う?」
 セイゴはムッとして見せた。
「だから腹が立ってるんだ。」
 恐らくメリサはそれを見越していたのだろう。彼女も浅くではあるが医学を勉強してきた身だ。セイゴが禁止していた理由を理解できない筈がない。その上であの行動に出た。
「自己犠牲を美化するつもりはないから。きっちり処分下せってエダに言っといて。」
「了解。…キミが過去一怒ってるって付け加えとくよ。」
「ああ、効果があるなら好きにしてくれ。」


 ワクチンが完成し、全員が安全に空気を吸い込めるようになって、最初の仕事は人間が住める空間の確保だった。
 野生動物が入れないように囲いを作り、危険を排除する。
 その段階で、安全なはずの柵の内側で怪我人が出た。
「木が動いたんだ!尖った枝で攻撃してきた!」
「まさか。突風が吹いて枝が揺さぶられたんじゃないのか?」
 船内にいたセイゴは怪我をしたスーザンと傍で見ていたモコの話を聞いてあきれたように返した。
「あの木はずっとあそこに立ってたじゃないか。普通の木にしか見えなかったけど。」
「根も出てきたんだ。ホントに生きてるみたいに…って、生きてるのは生きてるか…えっと…」
「私も信じられないけど、急に表面が柔らかくなってうねうねって動いたのよ。多分私が傷つけたからだわ。」
 モコよりも落ち着いた口調でスーザンがそう言う。
「採取しようとしたのかい?」
「そう。だからちょっと傷つけたの。そしたら、その途端。びっくりしちゃって動けなかったわ。」
「反射かなあ…。ここの植物は動物的な特性も持ち合わせているのかもしれない。」
 そもそも動物と植物に明確な線引きは出来てないんだ、とセイゴは話しながら怪我の処置をする。
「地球にはそんなの居なかっただろ?」
 モコの疑問に微生物の例を出してセイゴは答えた。
「それは微生物だからじゃないの?大きな木は動いたりしないじゃないか。」
「うん、だから僕は信じられないって。自分の目で見ないことにはね。」
 そんなことを言っているところに、何やら騒がしい音が聞こえてきた。
 何が起こっているのかとドアを開けると「早く入れ!そんなもん手から離せ!!」とすごい剣幕の声がする。
「…エダの声じゃない?」
「何があったんだ。」
 ハッチの駆動音が聞こえ、外の音が聞こえなくなった。
 その直後に、どしん、と何やらぶつかるような音。
 ニックとルトゥェラが駆けてくる。
「大変だ!木のお化けがこの船に突進してきてる!」
「木?…木を背負った大型動物じゃなくて?」
「木だよ!どこからどう見ても!」
 アイに頼んで外の様子を映し出してもらうと、信じられないものが目に入った。
 3メートル程の高さの木が、まるで意思を持っているかのように何度もこの船にぶつかってきている。その場で揺れているわけではなく、きちんと数メートル下がっては突進する、というのを繰り返す。根をうねうねと動かして、足のように使っているのだ。
「何だあれ…。」
「だから、木のお化けだって。」
「生物学的な返事が訊きたいんだよ、僕は。」
 ニックの適当な返事に冷たくセイゴが返す。
「知るわけないでしょ?あんな植物、地球にいなかったじゃない。」
 ルトゥェラが肩をすくめた。
「キミの領分だろ。早急に調べて。」
「アンタね、簡単に言わないでよ。採取しようとしてスーが怪我したのよ?」
「あれが犯人か…。」
「どう?自分の目で見て信じられた?」
 モコが画面を指さすと、セイゴは唸る。
「僕たち、既成概念を取り除くべきかもしれないね。」
「未知の世界の分からなさを、理解してなかったって気はするな。」
「人が安全に住めるようにするって、難しすぎない?」

 一事が万事、そんな風だ。
 皆、未知に怯えながら、それでも世界のほんの一部から解析を進めていく。
 そして、徐々に、本当に少しずつ、解き明かしていくのだった。



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