開拓史

7転機


「奪ったって?…言ったのか?メリサが。」
 喧嘩の話を聞いてエダがいつになく動揺を見せた。
「そうよ。ルティに奪われたって。掴みかかって押し倒して、殴らなかったのはあの子が喧嘩慣れしてないからでしょうね。」
 スーザンは一連の流れを話して小さく溜め息を吐く。若干の罪悪感は、前にエダとメリサについての自分の見解をルトゥェラに話してしまったことによるものだ。少々読み違えていたことに気が付いたのは、最近になってからだった。
「慣れどころか、口喧嘩もしたことないはずだ。」
「でしょうね。あの子、穏やかで真面目で…規則を守る人形みたいだったものね。」
 エダが不機嫌な顔をスーザンに向けた。
 それに臆することなく、スーザンは続ける。
「あら、気分を害したかしら。あなたには関係ないんじゃないの?もう恋人じゃないんだし。あなたが決めたことでしょう?」
 プイっと顔をそむけたエダを冷めた目で見る。
「人形みたいだったけど、人形じゃなかった。おどおどして、いつも何かに怯えてた。何にだと思う?」
「うるさい。分かってるよ。俺だろ。俺が…。」
 はあ、とスーザンは相手に聞こえるように溜め息を吐いた。
「あなたもなのね。…私もそうだったけど。」
「あ?」
「あの子のこと、解ってないって話。」
 スーザンはくるっと背中を向け、その場から立ち去るべく歩き出す。
「じゃあね。あなたはあなたの好きにしなさい。あなたの意見を持ち、あなたの気持ちに従って。あなた、メリサにいつもそう言ってたでしょ。自分もそうしなさいよ。」
「俺はいつも俺の意思で動いてる。」
 スーザンの背中にエダがそう返すと、彼女は足を止めた。
「あら、そう? あなたはルティが好きで付き合ってたのね。メリサには好意を持てなかった。そう言うことになるけど?」
 言葉に詰まり、エダはこぶしを握って俯くしかなかった。



 メリサは慎ましく日常を過ごす。己の醜さを取り去るにはそうすることが最善だと判断していた。
 自分の口から人を呪う言葉が出るなど、想像もしなかった。結果として口に出さずに済んだのだが、それでも頭の中にははっきりとその言葉が浮かんでいた。
『死んじゃえ』
 ルトゥェラが死ねばいいなんて思ったことはなかった筈だ、と彼女は自分の頭の中を探る。
「嫌いって…言っちゃった…。」
 仲良くやれていたのは上辺だけのことだったろうか。そんな筈はない。一緒にお茶をして、お喋りを楽しんで、笑っていた。あれは心からのものだった。
 考える時間はいくらでもある。思考はとどまらず、メリサは起きている間中、自分に向き合っていた。



「前にさ、俺が離縁決めてその後わりとすぐお前ら別れただろ? あん頃にメリサと話したことあるんだよ。」
 機械の点検作業をしながら、ニックがエダにそう話を切り出した。
 へー、と興味なさげな返事を返すエダの態度が気に食わず、ニックは視線を逸らして口角を上げた。
「お互いフリーだから付き合ってみるかってさ。」
 途端睨むような目を向けるエダ。
 面白そうに笑ってニックは「心配すんなよ」と言う。
「軽い冗談だ。メリサも笑ってた。そん時に言ってたんだけど、彼女、いろんな奴から嫌われてたらしいじゃん?」
「は?」
 どすの利いた声で相槌をうつエダにニックは「怒るなって」と掌を見せるしぐさをした。
「彼女が言ってたんだって。自分では気づかないうちに人に嫌われてるって。殆ど関わったことのない他のクラスの奴にも嫌われてたってさ。…どういうことかわかるか?」
 エダは思い当たらないらしく、深く考えに入って眉間にしわを寄せた。
「わかんないのかよ。じゃあヒント。彼女はこうも言ってた。自分が嫌われている所為でエダが喧嘩をする羽目になったってさ。」
 ハッとして、それは違う、とエダは慌てて言った。
「分かってるよ。俺は聞いててすぐわかった。でも俺は彼女の勘違いを正してやる義理はないからさ、なんにも言ってないぜ? お前が言ってやれよ、エダ。」
 少し言葉に詰まりながら、小声で返す。
「何度も言った。お前の所為じゃないって。」
「そうじゃないだろ。もっと彼女が分かりやすい言い方に変えろよ。」
 何故はっきり言ってやらないか、ニックは分かっていた。エダの性格ならそうなるだろう、と。
 嫌われていたのはメリサではない。エダだ。そして喧嘩の相手は彼の弱点を知っていた。メリサを貶せば暴力的になるということが知れ渡っていたのだろう。暴力を振るわせれば、更生施設送りに出来る。エダを嫌っている連中が、メリサに悪口を言っていたのだ。
 メリサに分かりやすく話すということはつまり、エダが彼女に心酔していると告白することになる。それが出来ないから、ただ「お前の所為ではない」と繰り返した、ということだ。
「それとも、俺が言ってやろうか? エダはメリサにベタ惚れだって。」
 黙れ、とエダが小さく吐き捨てた。



「大気の成分がもう分かっているの?」
 謹慎が解けると、メリサとルトゥェラはすぐに和解をして平穏が戻った。
 新しい観測結果を得られたというスーザンの話を聞いて、メリサは興味津々で尋ねる。
「ほぼ確実よ。地球でも観測結果から憶測は出来ていたけど、さらに精度は増したと言えるわ。」
 生き物はいるのかな、どんなのがいるかな、食べられる植物はあるかな、などなど。
「メリサって意外と好奇心旺盛よね。」
 そう言ってスーザンは手に入っている情報と、それによる推測を語って聞かせた。
「空気がおいしいといいなぁ。」
「好奇心旺盛に加えて、暢気だわ。」
 暢気なのは最初からだったじゃない、と横で頬杖をついていたルトゥェラが言い、近くで勉強中のニーナも同意する。
「ときどき暢気な発言あったよね。根拠のない『大丈夫』みたいな。」
「そ…そうかな。」
「まあ、エダのいないところではって感じだったけど。」
 ルトゥェラは眠そうな顔でそう呟いてから、ハッとして口を隠した。
「ごめん…。」
 あら、いいじゃない、とスーザン。
「タブーにしちゃったら話しづらくてしかたないわ。メリサも気にしないわよね?」
「うん、大丈夫。気にしないで、ルティ。」
「そう?…ならちょっと…。」
 少し考えて何か言いたげな風を見せるルトゥェラを、他の三人は不思議そうに眺める。彼女は何でもはっきりという性格で、遠慮がないというのが大体の見解だ。そんな風に言い淀むのは珍しかった。
「何?エダのこと?いいよ。」
 久々にその名を口に出したということに気付き、メリサは自嘲を浮かべた。
「う…うん。これ、もう言っちゃった方がいいと思うから…言うわよ。」
 緊張を見せるルトゥェラに、うん、とメリサも少々緊張しながら返事をする。
「私、別にエダのことが好きになって付き合ったわけじゃないのよ。あ、怒らないでね。取り敢えず最後まで聞いて。」
 一呼吸おいてメリサの様子を確認し、また話し出す。
「エダがね、メリサのこと自由にしてやりたいって言ってたの。…えーっと意味解る?」
「私を?自由に?」
「ほら、あなた彼といると萎縮して自分の意見を言わないどころか、行動も制限されてるみたいになってたじゃない。エダはそれを気に病んでたの。だから、私と付き合うことにしたら自然に離れられるんじゃないのかって提案したのよ。」
 メリサは微かに驚きを見せ、視線を泳がせる。
「私、そんな風に見えてた?」
「そうとしか見えなかったわよ。」
 間髪入れずにスーザンが答えた。
「これは私のミス。あなたはエダを怖がってるんだと思って、それをルティに言ったわ。メリサは規則を守る子だから、規則に縛られてエダのパートナーをやってるだけだって。」
 ルトゥェラは頷いた。
「だから私は、メリサ、あなたを助けようと思って…って、ごめん、恩着せがましいけど、私が付き合うことであなたは悩まずに彼から離れられるんじゃないかって、そう思ったのよ。…ごめん、完全に間違いだったけど。」
 あの時『別れて正解』と言ったのも、そう言った方がメリサも気が楽なのではないかと思ったからだった。
 しばらく俯いて、ぼそりとメリサは言った。
「エダは…怖くないよ。優しいし。」
「じゃあ何を怖がってたのよ。」
「エダに嫌われること。」と言ったのはスーザンだ。
「でしょ?」
 念押しのように尋ねられ、多分、と曖昧に答えるメリサ。

 彼に問われても、自分の意見がどこにあるのか分からなかった。いつも先回りして彼の気に入る答えを探していたような気がする。どうしてそんな風になってしまったんだろう。

「昔何かあったの?…トラウマになるようなこととか。」
 ニーナが勉強の手を止めてそう言った。
「…どうかな…。とにかく、彼に離縁されないいい子にならなくちゃって思ってた気がする。」
「小さいころに喧嘩とかした?」
「そんな覚えないけど…。」
 そう答えてから、ふとエダの不機嫌な顔が脳裏に浮かんでハッとした。
「何かあった?」
 様子を見てスーザンが覗き込む。
「機嫌、悪かった。エダ、なんだか怒ってて…。初めて会った日だ…」

 パートナーが決まって顔合わせをしたとき、親たちは話に花が咲き、二人を子供部屋に促して「遊んでおいで」と言った。エダはテレビゲームにメリサを誘い、彼女はそれを断っておもちゃ箱から興味のあるものを引っ張り出して遊びだした。人の家のおもちゃ箱には目新しいものがたくさんあり、目を引くものばかりだった。

「気が付いたらエダは一人でテレビゲームをやってて、…で、なんだか機嫌が悪かったの…。話しかけてもプイってしてて…。」
 ルトゥェラは顔を顰めた。
「まさかそれが原因って言わないわよね?」
「いや、でも、他に思い当たらなくて…。私の所為だって思ったし、パートナーとは仲良くしないといけないって言われてたから。」
「つまり、そこでも規則を重んじたわけね。」
「そんな小さい時から?」
「性格でしょ?…メリサの性格の一番強固なところじゃない。規則を守ることこそ至上。」
「でも好奇心旺盛で暢気。」
「暢気だからこそ規則の中で安穏としてられたし、自分の好奇心もほどほどにコントロールしてたってことじゃない?」
 自分の性格の話で盛り上がってしまった三人にメリサは苦笑いを向ける。
「分からないけど、規則は守っていた方が安心って感覚かな。」
「ちょっとわかるかも、それ。」
 ニーナが同意して、まあねー、とルトゥェラが間延びした相槌を打った。
「そんなことはまあいいんだけど、メリサ。」
 また真摯な表情でルトゥェラは言う。
「より、戻しなさいよ。好きなんでしょ?」
 言葉に詰まってメリサは手元に視線を落とした。
「…でも…エダがどう思ってるか…。」
「馬鹿ね、アンタに気を使って別れたのよ。アンタが好きだって言えばそれで解決じゃない。」
「…す…好きって…言うの?」
「自分の意見を、自分の意思を持って発言しなさい。」
 横からスーザンが口を挟むと、メリサは慌てて返した。
「そ…それとこれとは、は…話が違う…っていうか…その…。」
 例えばと言ってスーザンは、かの星の観測結果を指す。
「あなた、ここに着いたら何がしたい?」
 突然振られた別の話題に、戸惑いながら「えっと…。」と答えを探す。
「走り回りたい。」
 ぷっと誰からともなく噴き出した。
「もう、暢気ね。」
「ほんと。」
 だって、と不服そうにメリサは口を尖らせる。それをまたスーザンが笑った。
「そういうどうでもいい話を、エダとしてないでしょ。これから、出来るようになるんじゃないの? 何がしたい?って問い詰められるんじゃなく、普通の会話で、言いたいことを言えるように。」
 間をおいて、ぼそりとメリサは呟く。
「なれるかな…。」
「なりたいでしょ?」




 数日後、メリサが休憩時間にレストルームを訪れると、そこにはエダが一人で座っていた。教科書を読んでいるようだった。
 気後れしながらも足を踏み入れて声を掛ける。
「みんなは?」
 ぴく、と彼の指先が止まり、視線がメリサに向かう。
「さあ?今日はバラバラだな。」
 彼女がどこに座ろうか迷っていると、彼は「座らないのか?」と目線で近くの椅子を示した。
「そだね。…二人っきりって久しぶりだね。」
 言いながら腰かける。ああ、と彼は短い返事をした。
 メリサは先日のルトゥェラたちとの会話を思い出し、しかしそれを口に出すのには勇気がなくて話題を探す。
「あ…のさ…。」
 一方エダも、ニックに言われたことを思い出しはしたものの、話し出す気になれずにいた。
「ん?」
「この前、…ニーナに小さい時のこと聞かれて、色々考えてたら、初めて会ったときのこと思い出したんだ。エダの家だったよね、あそこ。」
 一呼吸おいてから「そうだな」と返事が返る。
「…懐かしいな。…あの時、私、エダのこと怒らせちゃったよね。今更だけどごめんね。」
 誤魔化すように笑いながら、「ホント今更だよね。何言ってんだろ…」とぼそぼそと口ごもってしまう。
 彼はその様子は特に気に留めず、訝し気に眉をひそめた。
「…そんなことあったか?」
「あったよ。ほら、…」
 事の顛末を話して聞かせると、思い出したようでパッと顔を上げた。
「違う!」
 急な強い語調に驚いてメリサは無言で見返した。
「アレは…その…怒ってたんじゃない。…ったく…なんでそんな勘違いばっかなんだよ…。」
「勘違い?…ばっかって…?」
「あ、いや、その…とにかく、お前に怒ってたわけじゃないからな。」
「…違うの?」
「あれは、…その、…笑うなよ?…いや、笑ってもいいが、アイツらに話すなよ?」
 そう前置きをしてから、彼は話し出した。
「あのゲーム、得意だったんだよ。だから、自慢しようと思って…高得点取って見せようと躍起になってたんだけどよ…。何回やってもうまくいかなくて、…で、まあ、…不機嫌に…。」
 メリサはキョトンとして数秒固まった。
「てっきり私が断ったからだと思って…」
「…悪かったよ…。まさかそんなとこで…」
 そう言ったところでエダも数秒、表情が止まる。
「まさかとは思うが…それが原因なのか?」
 気まずくて視線を逸らすメリサ。
「そう…かも…?」
 軽い頭痛を感じて彼は額を押さえた。
「悪かった。…全面的に俺が悪かった。そんなことで怖がられてたのか、俺は。」
 メリサは慌てて否定する。
「え!いや、私も、勝手に思い込んでたんだから、エダだけが悪いわけじゃないよ!それに、怖がってないから!ホントに!」
 怖がってないと聞いてホッとしつつも、それは気を使って言っているのだろうかと彼は彼女の様子を窺った。
 メリサは見られていることに気付かないまま、頬をポリポリと掻いて微妙な笑みを浮かべている。
「でも、私、他にもそんな勘違いしてたんだね?どんなこと?」
 気まずさからか、視線は明後日の方向を向いたままだ。
 聞かれてエダも視線を逸らす。
「あ…いや、その話は今度…。言っときたいことも…あって…。あー、悪い、もう時間だ。」
 そう言って彼は立ち上がった。




 レストルームを出て数歩歩いたところで、エダは後悔に襲われていた。
「馬鹿だろ俺…せっかくのチャンスが…。」
 まだ時間はあった。話の流れに乗れば、あのことも軽く話せたはずだ。
『アイツらは俺を更生施設送りにするために、お前の悪口を言ったんだ。嫌われてたのは俺だ』
 勘違いについてはそれだけで済む話だ。
 次のカリキュラムを受けるために移動しながら、どんよりとした気分を持て余してあれこれ考える。
(でも、話さなきゃならないのは勘違いのことじゃない。それをついでにしなかったのは良かったのかもしれないな)
 とはいえ、本題をメリサに伝えるとなると途方に暮れる。何をどう言えばいいのか、見当もつかなかった。




 エダは人目を気にしてブリッジに向かった。アイに話があるからだ。
 人目を憚るなら、自室でアイを呼び出すのが一番良いのは分かっているのだが、今はまだ昼間の時間帯で部屋に戻るのは逆に不自然な印象を与えるだろう。
「アイ、ちょっと、いいか?」
「どうかしましたか?こんなところに所用が?」
 いや、場所はどうでもいいんだ、と言って彼はくるっと周りを見回した。
「これ、録音される…よな?」
「はい。ご存知の通り、ここに限らず部屋での会話も記録に残りますよ。削除する場合は正当な理由が必要です。」
 少し考えてから、削除は必要ない、と伝える。
「他言無用ってやつで頼みたいんだが…。」
「もちろん、プライバシーは守られます。他者の人権を侵さない限り、ですが。」
「ああ。…で、話…というか…相談…なんだが…。」
 歯切れの悪さに彼らしくない印象を受け、アイはいつになく身構えた。
 様々なデータを準備し、心理学的な見地から彼の言葉を予測する。
 相槌の打ち方、言葉選び、息遣いの入れ方。アイの中でたくさんの情報が錯綜した。
「…その…これは、…知識として知っておいた方がいいと思うんだが…。」
「何を、でしょう。」
「婚約制度が破棄されただろ。…その…自由恋愛という形式において、…パートナーになるというのは、どういう…あ、いや、もとい。」
 質問の仕方が定まっていないと、時折アイは質問の意図を読み違える。それを気にして言いなおした。
「自由恋愛という形式において、パートナーを得るに至る手順というのはあるのか?」
「決まった手順があるわけではないようです。ですが、方法として好まれるものとそうでないものというのはあるようですね。古いデータなので、現在の皆さんに当てはまるかどうかはわかりませんが。」
 例えば、といくつかの物語を挙げ、出会いや告白、返事といった手順を説明する。
 元来、フィクション作品に興味のないエダは、そういうものをしっかり鑑賞したことがなかった。加えて政府の方針で、自由恋愛が含まれる作品は数が極端に少ない。古典作品はいろいろと残されているが、それはかなりコアな古典ファンでないかぎり触れる機会のないものだ。
 ルトゥェラとの付き合いは合理的なもので、相手からの提案に乗っただけだ。それが正式な付き合いになるとは思っていなかった。ニーナの件は、正直どんなことが起こったのか、エダには想像がつかなかった。
「パートナーを得たいのですか?」
 アイの問いに、咄嗟に「いや、別に」と答えて口ごもる。
「人間には身体的結婚適齢期というのがあります。精神的には年齢は問題になりませんが、やはり出産を念頭に置くならあまりのんびりしていられないでしょう。自由恋愛はかなりの時間を要します。パートナーを得る努力はしておいて損はないと思われます。」
「お…おう…。」
「質問は以上ですか?」
 話を切り上げられそうになってエダは慌てる。
「あ、いや、その、聞きたいのは、…その…」
「私はあなたの質問を理解できていませんでしたか?」
「いや、さっきのは、合ってる。それとは別で…」
「エダ、申し訳ありませんが、もう少し分かりやすく言ってください。」
 口ごもってしまうのは、何をどう聞いたらいいのか彼自身困っているからだ。
「メリサだ。」
「今の文脈でそれはどういう意味ですか?」
 えっと、つまり、とエダは自分の頭の中を整理する。
「つまり…俺はメリサともう一度パートナーになりたい。それを、どうすればいいのかわからないから相談に来た。」
「パートナーになりましょうと提案するのはどうですか?」
 あっさり返されたアイの言葉に、違う、と返す。
「違う、とは?」
「それは、形式的な契約のようなものだ。そうじゃなくて、つまり、…ほら、さっきの、手順みたいなものだ。」
「お二人はもう出会っていますから、告白ですね。」
「その、方法。それは、普通、…どうやればいいんだ?」
 アイはコンピュータにあるデータをざっとなぞった。
「データに残っているのは物語の中のものばかりです。婚約制度がない時代の、実際の告白の方法は私にもわかりません。」
「好まれるものとそうでないものって、さっき言っただろ?」
「告白シーンの評価によるものです。」
「その辺を詳しく教えてくれ。」
「分かりました。」




 あとで話がある、とエダに言われ、おそらくこの前の話だろうと予想してメリサは「レストルームで待ってるね。」と返した。急いでいたために、エダの微妙な表情には気づかなかった。自分の一日の予定をすべて終え、レストルームに行くとまだ誰も戻っていなかった。
 飲み物を準備して適当な席に腰かけ、エダを待つ。
「言わないと、ずっとこのままかなぁ。」
 自分がどうしたいか。例えば、あの星に着いたら、走り回りたい。例えば、開拓が問題なく進んだら、そこで生活をして、一緒に時を過ごしたい。
 自分の望みは見えてきた。もう、萎縮する必要もない。あとは、言うだけだ。
「メリサ。」
 エダの声に反応して、ドアの方を振り返ると、彼は一歩入ったところで佇んでいた。
「エダ。話ってこの前のあれ?勘違いの…。」
「いや、それもあるが、別件だ。」
 そう言って、しかし近付いてこない彼の様子を不思議に思って眺めた。
 見ると不自然に片手を背中の後ろに隠している。
「何か持ってるの?」
「え、…あ、ちょっと、黙ってくれないか。」
 ごめん、と呟いて、訝し気な目を向けると、エダはコホンと咳払いをした。
 そしてゆっくりと歩み寄って、メリサのすぐそばまで来ると片膝を付いた。
 メリサは意味が分からず何か問い掛けようとして、黙ってほしいと言われたことを思い出す。
 そこに差し出されたのは小さな花束だった。
「メリサ、もし許してくれるなら、お前に誓いたい。この先ずっと俺はお前と人生を歩む。お前を守り、支え、未来永劫隣に居る。どうか、この、気持ちを、受け取ってほしい。」
 受け取ってほしいという言葉に、単純に反応して花を受け取るために両手をそっと出した。
「…ずっと…?」
「ずっとだ。」
 花束と一緒にエダの手を包み込んで、暫し見つめる。
「何やってんの、アンタたち。」
 急にかけられた声に二人はビクッと体を震わせた。エダは振り返りながら慌てて立ち上がり、花束をメリサに押し付けて手を離した。
 声を掛けたのはルトゥェラだった。
 ぷっと噴き出す。
「もしかして、私、邪魔しちゃった?」
 どうしたの?とその後ろからニーナが覗き込み、すぐにスーザンもやってきた。
「ね、聞いて。今面白いもの見ちゃった。」
「うるせー!黙れ!」
 顔を真っ赤にしてエダがルトゥェラに怒る。そのやり取りで大方の予想が付いたらしく、スーザンが呆れたように言う。
「ルティ、そういうのは見逃してあげなさいよ。はい、エダも怒らない。謹慎処分受けるわよ。」
 他のメンバーもすぐにやってきて、何があったとかなかったとか、ワイワイと騒がしくなってしまった。
「で、メリサ、ちゃんと言ったの?」
「…まだ。これから。」
「じゃあ、もう部屋まで送らせちゃえ。」
 ニーナとスーザンがそれぞれメリサとエダの背中を押し、部屋から追い出す。
「ごゆっくり~」
 うしろでドアが閉まり、メリサとエダは顔を見合わせて、少し恥ずかしそうに笑う。
「返事、急がなくてもいいぞ。」
「うん、じゃあ、部屋に着くまでにセリフ考える。」
「いや、明日でもいいって話で。」
「だって、決まってるもん。」
 それに、と言ってメリサは歩き出し、振り返った。
「あんな演劇みたいな素敵な告白されたら、それなりのセリフで返さないと!」
 演劇みたいと言われて、またエダの顔が赤くなる。そういえば彼女は物語が大好きだったと思いだして、告白の仕方を演劇から学んだのは間違いだったか、と少々後悔をしていた。
 片手で顔を隠すようにしながら、ぼそっと返す。
「…忘れてくれ。」


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