開拓史

2出航

 その日、その部屋に連れてこられたのはエダとメリサだけではなかった。その全員が彼らと同年代で、同じような主張をして逃げ出そうと暴れたあとだった。皆同じように、自分の置かれた状況に打ちひしがれていた。
 ドアが開くその度、中にいる全員に銃口が向けられる。静かに涙を流すメリサをかばうようにエダは肩を抱いていた。
 人数が8人になったところで、外にいる兵士の声がスピーカーから聞こえてきた。
「お前たちには選択肢が与えられている。考える時間は10分。船に乗るか乗らないか、ここで決めろ。」
 乗らなくてもいいのか、と安堵の息が漏れる。しかし次の言葉を聞いてまた皆の表情が固まった。
「10分後、船のドアが閉まり、この部屋には毒ガスが注入される。ここに残った者は病死ということで処理する。」

「エダ…どうしよう…。」
「そんなん決まってるだろ。乗るぞ。生きてりゃ何とか出来るかもしれない。死んだら終わりだ。」
 メリサが頷くのと同時に、傍にいた長身の男が同意した。
「だよな。なんもしてないのに、なんで死ななきゃいけないんだよ。」
「帰ってこれると思う?ニック。」
「わかんねーよ。でも、死んだら帰れないじゃん。乗ろう、ニーナ。」
 寄り添うように立つニーナという少女は、愛らしい瞳でニックを見上げ頷いた。
 エダに続いて他のメンバーも船に乗り込む。しかし、一人の女が涙にくれて床にへたり込んでいた。
「ねえ、乗らないの?あなた。」
 キリッとして背筋の伸びた女性が、振り返って声を掛けると、残された一人が泣きじゃくった。
「乗ってどうするのよ!!行き先には凶悪犯ばかりなのよ!?何されるか分かったもんじゃないじゃない!!生きてたって意味ないわ!?私のパートナーは私のこと捨てたのよ!?」
 全員が同じ理由でここに送られたのだろう、とそれぞれが理解した。メリサも、エダが離縁申請の書類を渡されたことを思い出して、その段階で彼女のパートナーが見切りをつけたのだろうと想像していた。きっと心細いに違いないと。
「エダ…。」
 何とかしてあげてと言うつもりではなかったが、メリサが名を呼ぶより先にエダは泣きじゃくる女の方に近付いていき、腕を掴んだ。
「死んだってしょうがないだろうが!!立て!!」
「嫌よ!!私はここで死ぬの!!選択肢でしょ!?私の好きにさせてよ!!」
 乗れ、乗らない、の攻防を繰り返すうちに時間が迫っていた。
「エダ!急いで。もう時間が…。」
「私のことなんて放っておいてよ!!死にたいの!!あなたには関係ないでしょう!?」
 パシン、とエダが彼女の頬を叩いた。そして羽交い絞めにするように抱える。
「乗るんだよ!!俺たち全員で考えりゃ何とかなるかもしれないだろうが!!」
「やめて!!嫌よ!!私は死ぬの!!」
 引きずるエダの力に抵抗しようと足を踏ん張る。
「やばい、あと10秒。」
「早く!!」
 ニックと他に男二人がエダに駆け寄った。残った女たちで入口のハッチを押え、男たちは蹴られそうになりながら女の体を抱えて宇宙船に乗り込んだ。



 船内にアナウンスが流れる。
「座席について、シートベルトを付けてください。」
「はやく、座ろう。」
 思い思いの場所に座り、ベルトを付けた。
「モコ、私、彼女の隣に座るわ。」
 先程の利発そうな女性がそう言って、死にたいと泣き続ける彼女の隣に座る。
「あなた、名前は?…ほら、タオルあるから、涙拭いて。宇宙空間に行くのよ?皆に迷惑だから。」
 しゃくりあげながらタオルを受け取る彼女は、容姿から見ると気の強そうな風に見えた。
「わ、たし…、ルトゥェラ…テレウス。」
「よろしく、ルトゥ。私はスーザンよ。スーザン・カーター。」
 よろしく、と小さく返してルトゥェラはタオルで顔を覆う。大丈夫よ、とスーザンが彼女の腿に手を置いた。
「あなたもカプセルでの脳波がどうのってここに連れられてきたんでしょう?みんな同じよ。なんとか、帰る方法を考えましょう?ね?そうよね、皆さん。」
 やはり全員が同じなのだと顔を見合わせて頷き合う。
「取り敢えず、もうすぐ出航らしいよ。宇宙に出るまでは他の場所に入れなくなってるらしいから、おとなしくしとこうよ。」
 一番後ろの席に座った彼も、パートナーはいないようだ。今のうちに自己紹介をしよう、と彼は言い、名を名乗った。
「僕はセイゴ・ナカニシ。15歳。さっきの話の通り、疑似人生体験カプセルでの脳波に問題があるって言われて退学処分を受けた。反乱分子の要素があるとかってさ。」
 セイゴは座席から通路側に少し身を乗り出して皆に顔を見せた。育ちの良い、お坊ちゃんタイプである。
「じゃあ、俺いい?俺はニック、ニック・ワイルダー。今年で14。俺も同じ理由だった。あ、それから隣が俺のパートナーの…。」
「ニーナ・アスレイです。今年で13歳です。えっと、私はニックとの離縁を断ったら、一緒に行けって言われて…来ました。」
 長身のニックとは対照的に、ニーナは一般的に言って年齢のわりに背が低い。立っていても座っていても、常にニックを見上げるために上向き加減だ。ちなみに二人とも整った容姿をしている。
 じゃあ、俺、と言ったのはエダ。
「エダ・コンダート、今年中に15になる。俺も離縁申請を拒否したクチだ。納得いかなくて、二人で逃げ出そうとしたけど無理だった。んで、こっちが脳波云々言われた本人。」
「メリサ・アイムです。15歳。同じ境遇の人がいてくれてちょっとホッとしてます。よろしく、お願いします。」
 絶望に打ちひしがれていたはずが、いつの間にかメリサは立ち直っていた。本人の言の通り、ホッとしているのだろう。
 メリサの自己紹介が終わると、スーザンがルトゥェラを促した。
「ルトゥェラ・テレウス。14歳。…さっきは…ごめんなさい。でも…今でも、開拓地なんて行きたくないわ…。到着するまでに帰る方法が見つからなかったら、…死ぬつもりよ。」
 だって、と自分がパートナーに捨てられたことを恨めしそうに語った。
「だって、彼、私のこと大好きだって言ったのよ!?他のパートナーなんて考えられないって…なのに、こんなことになった途端、君との縁を切っておかないと不名誉だから、とか言って…酷いわ!!」
 よしよし、とまた泣き出した彼女の背中を撫でて、スーザンが自己紹介をする。
「スーザン・カーター、この前16歳になったところ。私が最年長かしら。私は脳波で撥ねられた方。私のパートナーはそっちのモコよ。」
 しっかりしている所為で、実年齢より少し大人に見えるようだ。
「僕はモコです。モコ・ヤムラ。まだ13だけど、もうすぐ14になるよ。スーと離れるつもりはなかったから、ここにいる。宜しく。」
 彼は肌の色が濃く、他のメンバーとは人種の系統が違うように見えた。
「自己紹介は終わったな。…じゃあ、今度のテストの話でもするか?」
「何の為によ。」
 エダの冗談をピシッとスーザンが切り捨てた。


 出航時のGはさほど感じられなかった。高出力で上がっていくロケットとは違い、徐々にスピードを上げていくその宇宙船は、訓練なしで乗れるものだ。宇宙に出る技術は確立されているのだとエダは感心した風に語った。
「エダはそういうこと詳しいんだな。」
 もしかしたら彼が航路の変更を難なくこなしてくれるかもしれないという期待を込めて、ニックがそう言った。言われたエダは少々バツが悪そうに頭を掻く。
「…いや、好きな分野なのは違いないが、興味のあることだけ覚えてる程度だ。」
 そう返したところで船内にアナウンスが流れた。
「航行時の注意事項など、これからあなた方が守らなくてはならない決まりをお話しします。ブリッジに移動してください。」
 自動制御の船のブリッジに入るように指示されたことを驚きつつ、全員が席を立つ。
「俺たち、囚人なわけだろ?ブリッジに呼ばれるってどういうことだ?」
「さあ…。」
 行ってみると、そこは映画でも見たことのあるような空間だった。コンピュータの操作パネルがいくつもあり、それぞれに固定の椅子が付いている。これを操作すれば地球に帰ることもできるかもしれない。
 そんな思いに駆られてか、スーザンが一番近くの椅子に向かって一歩踏み出した。
「動いてはいけません。今から重要な禁止事項をお伝えします。あなた方の命にかかわることです。」
 少し考えて、彼女は他のメンバーの立ち位置まで下がる。
「どうぞ、おとなしくしてるから、話を続けて。」
「ご協力感謝します。ではまず、もっとも厳守すべきルール。それは、航路の変更を行ってはいけない、というものです。」
 コンピュータへのアクセスは他の部屋からもできるようになっているが、航路に関する部分にはもちろん鍵がかかっている。そのセキュリティーを破って、アクセスを試みたり、実際に入り込んだり、プログラムを書き換えようとすると、行為の内容に応じてペナルティが科されると言う。しかも、書き換えの実行が出来てしまった場合、船は緊急措置として、全ての機能を停止するらしい。
「全ての機能って…酸素供給とかも?」
「はい、その通りです。その後のアクセスは不可能ですので、復旧の可能性もありません。」
「…了解。」
「次に、動力室及び船外での活動について。」
 それも航路を変更させないためのルールだった。推進装置の向きを物理的に変える、ワープ装置や座標レーダーの破壊、その他にも、15、6の少年たちでは思いつかない方法まで事細かに禁止されていた。
「この船にはあらゆる場所に監視カメラが設置されています。動きだけでなく、体温、呼吸、心拍の監視もしていますので、こちらの判断で自室待機などの命令を下すことがあります。その場合は、きちんと従ってください。」
「アンタが捕まえに来るわけじゃねーんだろ?従わなかったらどうするんだ?」
「状況に応じた対応を取らせていただきます。」
「例えば?」
「設置された銃での麻酔弾や銃弾の発射、区画を閉鎖して空気を抜くなど。場合によっては船全体でそれを行います。」
 ちょっと待ってよ!とルトゥェラが声を上げた。
「誰か一人が従わないせいで、他の人も殺されちゃうこともあるの!?」
「警告を出し、それに従えば安全な区画に誘導します。」
 安堵なのか諦めなのか、数人が深く息を吐く。これが凶悪犯を運ぶ船だということを思い知らされる。従わないなら殺していい、ということなのだろう。
 そのほかにも、特定の場所での長時間の会話や共有スペースの独占、立てこもり行為も禁止されている。生活面では入浴の時間なども決められていた。
「お風呂が30分なんて信じられない!!それ越したらペナルティなの!?私、湯船に浸かってゆっくりしないと体の調子が良くないのよね!!」
「3か月間、あなた方の行動に問題がなければ、ルールは変更可能です。皆さんで話し合って、決めたルールを私に提示してください。」
 ルトゥェラとホログラムとのやり取りに、エダがにやりと笑って茶々を入れた。
「死にたいって騒いでたわりに、生きる気満々じゃねーか。」
「な…何よ!嫌なものは嫌なのよ!悪い!?」
「いや?大いに結構。生きて帰ってやろうぜ。」
「…わ…分かってるわよ。」
 本当に死にたいわけではないのは、本人を含め皆が分かっていることだ。



 8人はそれぞれ、唸ったり溜め息を吐いたり、それでも了解の返事をホロに返す。ルールを破って命を落とすなんてつまらないことになるのは願い下げだ。全員がそう思っていた。
 ルールの話が粗方終わったところで、セイゴが手を上げる。
「それで、行き先はどっちなんですか?」
 皆の顔が曇った。帰るつもりでいたから、行き先については意識の外に追いやっていたが、帰れない場合のことも考えておかなくてはならない。
 どっち、とは灼熱の星フレアか極寒の星コフィンか、と言う意味だ。凶悪犯の送り先として、開拓可能な場所だと半ば無理やりな理論で決められた流刑の地がその二つだった。どちらも人間が住むには適さない。船が行ったきり帰らない仕様なのはそのせいでもある。この船を住処にする以外、方法がないのだ。
「前、ニュースでフレアの開拓団は全滅したってやってた気がする…。」
「あー…そうだっけ。」
「じゃあ、コフィン?」
「あっちは鉱物資源が豊富だって話だからな。」
 では、とホロが前方の画面に座標を映し出した。
「行き先は183番目の星雲の東方に位置する恒星、プランタンの第5惑星です。星の名前はまだ付けられていません。到着は5年後と予定されています。」
 一同、顔を見合わせた。
「新しい星?…あー、今まで何人が行ってる?」
「開拓団が送られるのはこれが初めてです。」
「環境は?」
「動物はいるの?」
「知的生命体は?」
 一度に質問しないでください、と前置きをして、ホロが説明を始める。
 最近発見された星で、観測の結果、地球と環境が酷似していると思われること。生命体の存在を示唆する観測結果があること。知的生命体については不明だが、今のところそれを示す証拠は出ていないこと。
「これからあなた方には、カリキュラムが組まれます。それに沿って知識と技術を身に付けて、プランタン第5惑星を開拓することがあなた方に課せられた任務です。」
 一瞬の間を置いて、エダが「任務?」と呟いた。
「役じゃなくて、任務なのか?」
「はい。任務です。」

 最初にホロが出てきたときと同じ、ポン、という音が聞こえた。
「メッセージの開示が可能になりました。メッセージが1件、入っています。」
 重要、と区別されたそのメッセージを見るようにとホロが言い、若干の強制を感じて皆画面に見入る。もともと学校で反抗しないように訓練されている彼らは、基本的には従順だ。
 ポン、と言う音はお知らせ機能らしく、何かある度に鳴る仕組みらしい。またひとつ音が鳴って、メッセージが流れた。
「もう、落ち着いただろうか。突然のことで、さぞ驚いたと思う。」
 そう言ったのは、画面の中の男だった。30前後に見えるその男性は、研究者風の身なりをしていた。名はティアゴ・ニールセンという。
「理不尽な扱いに憤慨しているだろうが、どうか聴いてほしい。君たちの力が必要なんだ。」
 犯罪者として彼らを船に乗せたのは、この男らしい。脳波に問題があったというのも嘘で、そんなことをしたのは政府の目を掻い潜るためなのだと言った。
「我々の研究では、地球はあと10年で人が住める環境ではなくなる。地殻や核に異変が起きているんだ。しかし、政府は…いや、政府が信頼している学者が、我々の研究を一笑に付した。政府は、私の見解は悪戯に世間を恐怖に陥れるだけだと言って表に出すことも禁じた。でも、信じてくれ。10年後、人類は宇宙に避難するしかなくなる。そうなってから、逃げる場所を探していたのでは間に合わない。だから私はこの計画を実行したんだ。」
 どうか、頼む、とティアゴは頭を下げた。
「君たちの力で、人類の新天地を作ってくれ。」
 皆、驚くばかりで他の感情は湧いてこなかった。
 それから、とメッセージは続く。
「こちらで手を回して、新しいAIを入れてある。今相手をしているのは君たちの為に準備したAIだよ。規則も若干ゆるくしておいた。でも、どうしても変えられない部分が多くてね。かなり不便な思いをさせているだろう。不都合が生じたら彼女に相談してくれ。君たちのサポートをするよう、プログラムしてある。くれぐれも、命にかかわるペナルティだけは受けないように気を付けてくれ。」
 健闘を祈る、と締めくくられ、映像は途切れた。



 それぞれに合わせたカリキュラムを提示され、生活の時間表も合わせて見せられてから、居住区へと移動した。
「…じゃあ、さ、帰ったら逆に危ないってこと?」
 10年後、地球規模の災害が起こる。それが信じられる話なのか。判断材料は何もない。
「でも…、良かったね。」
 今まで黙って聞いていたメリサが、笑顔でルトゥェラの方を向いた。
「何がよ。」
 訝し気に返したルトゥェラに、メリサは言う。
「私たちが最初ってことは、その星に凶悪犯はいないってことでしょ?一つ心配が減ったね。」
「…まあ、ね。でも、無理やり開拓団にされたのは変わりないじゃない。私達まだそんな知識無いのよ?」
「着くまでに勉強しろってことでしょう?なんか、一応素質を見て選んだって言ってたし。大丈夫だよ、きっと。」
「…あなた…暢気ね。」
「…ごめん。…でも、私は帰るより、行ってみたいかな。」
 出発前に泣きぬれていたことなどすっかり忘れて、メリサは希望の瞳で宙を見上げる。と、そこにエダの手が降ってきた。ポンポンと頭を叩く。
「俺はこいつに賛成。あんな話聞いたら帰る気削がれたわ。地球より目的地の方が安全な気がする。」
「そりゃそうだけどさ、あの話がホントだったら、だろ?」
 ニックが苦りきった顔をしてそう言った。
「嘘吐く理由ってあるかしら…。」
 スーザンの呟きに、モコがうーんと唸る。
「僕たちを行く気にさせるため、とか。」
「じゃあ、そもそも、僕たちが選ばれて乗せられたのって、脳波の所為だったのか、開拓させるためなのか、どっちだと思う?」
 セイゴの問いに、全員が考え込んだ。
「ホントに脳波がどうこうって話だったら、普通、病院とか更生施設送りでしょ?びっくりしたもん、囚人服見た時。」
「そうね、確かに。凶悪犯として扱ったこと自体、不自然だもの。あの人の話、信じてもいいんじゃないかしら。」
「そう?もし、私たちの脳波に今までなかった扱い難い結果が出たとしたら、異端者として放り出そうって思うかもよ?」
「でも、だったらあんな話して行く気にさせる必要なんかないだろ。有無を言わさず放り出せばいいだけだ。」
 うーん、とまた唸る。
 多数決を取ろう、という話になった。
「帰りたい人。」
 スーザンがそう言って全員の顔を見回す。
「あら、一人もいないの?ルトゥは?」
「…やっぱり行き先の方が安全な気がするわ。」
「なんだ、決まりだね。」
 じゃあ、ペナルティ食らわないうちに部屋に戻ろう、とセイゴが言い、それぞれが分かれていく。
 ニックはニーナの頭を撫でて「大丈夫か?」と気遣っていた。
「大丈夫。ニックが行くなら私も行く。」




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