霧の向こう

3.街から街へ


 ルーシャンの街はそう遠くない。エディン達一行は城下町で準備を整え、次の朝早くに出発した。
 村の方とは違い、道も整備されていて綺麗だった。それでもところどころ敷石が歪んでいたり煤けていたりするのは、モンスターとの戦闘の痕だ。道の脇にある森や野原に目をやると、簡単にモンスターを見つけることが出来る。
 修行も兼ねての旅だということもあり、エディン達は闘いやすい場所を選んで狩りをしながら進んだ。
 また一匹モンスターを倒しエディンが道に戻ろうとすると、カードは呼びとめた。
「ちょっと待ってくれ。コイツはいい物を持ってるんだ。」
 そう言って倒したばかりのモンスターの腹を裂く。
「うわ…。」
 普段あまり目にすることのない内臓を見てしまい、キャムがゲンナリした声を漏らした。
 エディンは興味津々で、カードの横にしゃがみ込む。
「何があるんだ?」
「ほら、胃の中に宝石溜めこんでるんだよ。売れば金になる。」
「ホントだ。なんだってコイツはそんなもん飲み込んじまうんだろ…?」
「食べた物を消化するためらしい。宝石を好んで飲むのか胃の中で宝石が作られるのかは知らないが。」
 カードは石を草の上に転がして靴で踏みつけている。「沢でもあれば洗えるんだが…。」と苦笑しながら辺りを見回すものの、近くに水が流れている様子はない。腰のポーチから麻布を引っ張り出すと、それで手を拭ってから宝石を包み込んだ。
 遠巻きに見ていたフェリエが何かに気付いて近寄ってくる。
「…もしかして、この爪や牙も買い取ってもらえるのでしょうか?」
「ああ。でも、専用の道具がないと解体は難しい。…キャムの手裏剣ならなんとかなるかな…?」
 え~?と少し腰が引けながらも、キャムも近付いた。お金になったり何かの材料として使えたりするのなら取っておいた方がいいか、と単刃の手裏剣を出してエディンに差し出す。
 受け取ったエディンは暫し爪を眺めてからその脇に刃を入れた。
 何度か切り込みを入れると爪は簡単に取れたが、牙の方はうまくいかなかった。
「素人じゃこんなもんだ。専門の狩人は死骸が残らないぐらいに解体して持ってくって話だが。」
 笑ってそう言うカードにエディンは肩を竦めて応じた。
「まあ、取れるもんだけ取ればいいさ。そう時間もかけていられないし。」
「だね。」


 足元がまっさらな石畳に変わったことに気付いて、キャムが嬉しそうに声を上げた。
「もうすぐ!?」
「はい、そのようですね。」
 答えたフェリエも嬉しそうに見える。
 もう日は傾いて、空が夕焼けに染まっていた。
 道に沿って曲がると、木立で見えなかった街の門が目の前に現れた。




 ルーシャンは城下町ほどの賑わいはないが、活気のある町だった。
 大通りでは露店が立ち並び、そこここから声が掛かる。エディンは道具屋を見つけて立ち止ると、道中で手に入れた物を出して見せた。道具屋の方は慣れたもので、何も言わなくても買い取りの金額を計算して提示してくれる。承諾の返事を出すと、すぐにお金に換えてくれた。
「癒しの薬草、買い足しとこうか…。」
 呟くように言うエディンに、道具屋が小瓶を見せた。
「薬草より、こちらの方が効果がありますよ?お手軽ですし。」
「うわあ、キレイ!」
 見せられた小瓶にキャムがいち早く飛びついた。
「これ、飲めばいいの?」
「はい、味もいいですし、すぐに元気が出ますよ?」
 物欲しげに上目づかいを向けてくるキャムを笑顔で見やりながら、エディンは買うことに決めた。

「城下町でも売ってたろ?」
 店を離れてからカードがそう言って苦笑を向ける。
 そういえば、とエディンが視線を上げて記憶をたどる。確かに小瓶を見たような気がするが、村では薬草しか使ったことがなかったから回復アイテムだと気付かなかった。城で貰ったのも見たことのないものばかりだったが、それはもっと高級な魔法系のアイテムで、かざして呪文を唱えるだけで使えるという代物だ。全く形の違うものだった。
「街にはこんなものがあるんだな~。」
「装備品も見ていってはどうでしょう。宝石のおかげで懐は暖かいですし。」
「きっとカッコイイのがあるよ!」
 武具屋の看板を見つけて、キャムが走り出す。
「カッコイイだけじゃダメなんだぞ?」
 はしゃぐキャムの気持ちは分かる。何もかも初めてづくしの旅だ。エディンも同じぐらいの気分の高揚はあるけれど、キャムのはしゃぎように完全に置いてけぼりになっていた。カードと顔を見合わせて笑うばかりだ。
 買い物をするうちにすっかり暗くなってしまった。
 その日は疲れて、皆ぐっすりと眠った。


 次の日、遅い朝食をとって外に出たときに、開かれた門の中央を泣きながらとぼとぼと入ってくる子供を目にした。
「あら、どうしたのでしょう、あの子。」
「ホントだ。泣いてるよ?」
 キャムはエディンに助けを求めるような目を向ける。
「うん、声を掛けてみるよ。」
 エディンは子供の傍に走り寄った。

 子供はまだ5歳ぐらいの女の子だった。着ている服は所々破けて、あまり清潔そうではない。貧しい家の子供なのだろうという予想が付く。
 聞けば飼っているリスを鳥型のモンスターに攫われたという。木の実を食べさせるために丘の上に行っていたらしい。
 エディン達は表情を曇らせて顔を見合わせた。モンスターに攫われたとなると、もう助け出すのは難しい。
 泣き続ける少女に、お母さんの所に行こう、と促したが首を振る。
「…いない…。」
 いない、というのがどういう意味なのか、エディンは瞬時に分からなかった。
 次の言葉を出せずにいると、後ろを通りかかった街の大人が、侮蔑を含んだ声で言った。
「浮浪児に情けを掛けると痛い目を見るぞ。人の金をくすねることしか考えてねえんだから。」
 その言葉で彼女が身寄りのない子供なのだと分かったが、エディンはそんな事を言う大人が信じられなかった。
 去っていくその男の背中を睨むエディンの横で、フェリエが怒りを口に出す。
「なんて人かしら!あんなことを言うなんて!」
「そうだよね!信じられない!」
 キャムも憤懣やるかたないと言った面持ちだ。「まあ、いろんな奴がいるさ。」と怒りを鎮めようとしてカードが言ったことは逆効果で、彼はキャムとフェリエに怒られる羽目になってしまった。
「いや、俺だって腹は立つ。腹は立つが、まあ、落ち着けって。」
 詰め寄られたカードが二人を宥めているのを余所に、エディンは俯いて考えに入っていた。
 そして、少女に向けて言う。
「…お兄ちゃんが、君のリスを助けてやるよ。」
 無理なことだと思いながらも、そう言わずにいられなかった。
「ホント!?」
「ああ、ホントだ。モンスターはどっちに飛んでった?」
「丘から見える川の方に大きな木があるの。そっちの方。」
「よし、分かった。」
 そう言って走りだそうとしたエディンの肩を、誰かが掴んだ。
 振り向けば、見知らぬ男だ。
「ちょっと待ちな、ニイちゃん。お前、勝算なしだろ。」
 その男の風貌は細身で長身、いかつい顔が威圧感を醸し出している。歳は40前後と言ったところか。
「なんだよアンタ。」
 エディンは訝しげにその男を見遣った。
 男はエディンを無視して少女の前にしゃがみ込む。
「よう、餓鬼。俺なら、確実に助けて来てやるぜ。ただし、金と引き替えだ。」
「アンタ何言ってんだよ!」
 身寄りのない子供にお金が払えるわけがない。
「こんな素人のニイちゃんじゃ死体を持って帰るのが関の山だな。」
 文句を言いたいが、エディン自身、助け出すことは難しいと思っているから何も言えない。
 その様子を見たからか、少女はポケットから刺繍の入った財布を出した。
「…これしかないの。」
 男は差し出された財布の中身を見てから財布自体をじっと見て、言った。
「財布ごとよこせ。」
「…うん。」
 一瞬の躊躇を見せたものの、少女は頷いた。何を差し出してでもリスを助けたいのだろう。
 男は機敏に立ち上がり、走り出した。
「引き受けた!」
 慌ててエディンも走りだす。
「カード!来てくれ!」
 急なことに戸惑いながらもカードは後を追った。
 キャムとフェリエはポカンとそれを見送った。





「オッサン!俺達がリスを助け出したら、その財布はあの子に返せよ!!」
 走りながら怒鳴るように言う。
「やれるもんならやってみな。」
「っ!…馬鹿にしやがって!」
 少女が言っていた大きな木の近くを、そのモンスターは飛んでいた。
 足で何かを掴んでいるのが見える。
 てっきり巣があるのだと思っていたが、ここには無いらしい。
「…もう死んでるんじゃないか?」
 エディンがモンスターを見上げたその近くで、男は口角を上げて笑う。
「アイツの習性から言って、死体をいつまでも抱えてる筈がない。生きてるな。」
「なんだってうろうろと飛び回ってんだ?」
「天敵を警戒してのことだ。巣の場所を突き止められたくないのさ。隠れろ。余計なことすんなよ。」
 ムッとしてエディンはカードに合図した。
「先にやっつけるぞ。」
「ああ!」
 攻撃が届く場所まで走ろうとするそのすぐ前に剣圧が飛んできた。
「余計なことすんなって言ってんだろうが。」
「邪魔すんなよ!逃げられるだろ!?」
 文句を言うエディンを馬鹿にするように、ケッと喉を鳴らして男は吐き捨てるように言った。
「攻撃したら巣に帰らなくなっちまうだろうが。そうなったらアイツは体力温存のためにアレを喰っちまう。今喰ってねえのは、巣にいる雛に与えるからだ。モンスターの習性も知らねえ素人が手を出すんじゃねえ。」
 男は切っ先をエディンの顔に突きつけると、踵を返してモンスターを追った。
 鳥型のモンスターは大きく旋回して程近い小さな岩山のふもとに下りて行った。
 男は見当をつけてその岩山を上り始める。
「あったあった。」
 難なく巣穴を見つけることが出来た。
 巣穴のわきの大岩の陰に隠れ、標的を待つ。すぐにそれは現れた。



 男は親鳥と共に雛も倒し、無事にリスを救出した。
 怯えて縮こまってはいるが、大きなけがはなさそうだ。
 ふと当たりを見ると、巣穴の中には結構な数の石が転がっている。その多くは価値のある宝石だった。
 ヒューっと口笛を吹く。
「こりゃあツイてるぜ。」
 今回の仕事は割に合わなかったが、これなら元が取れる。
 少女の財布には一番小さなコインが一つしか入っていなかった。そしてその財布自体も少々の値は付きそうだが、この仕事に見合った額にはならない。
 それでもわざわざ奪うように引き受けたのは、あの若者の言動に苛ついたからだ。
 出来もしないことを言って一時的にあの子供を喜ばせて何になるというのか。
 プロとしてモンスター退治を請け負っている自分がこんな仕事の受け方をしてしまったことを多少後悔していたところだったが、この宝石が報酬だと思えば貰いすぎなぐらいだ。
 男は余さず宝石を拾って巣穴を出た。



 街に戻ると、男はリスと共に財布を少女に返した。
「それはお前の物だ。」
 少女はハテナを浮かべて何かがぎっしり詰まった財布を開けた。中には宝石。
「そのリスの頬袋に入ってたぞ。賢いな、お前のリスは。モンスターの巣穴で見つけたらしい。」
「いいの?」
「飼い主はお前だろう?なら、そいつが持ってたモンはお前のモンだ。仕事の報酬にこれを貰った。いいか?」
 そう言って小さめの宝石を一つ、自分のポーチから出して見せる。実のところ、少女の財布に入っている宝石の倍の数は懐に入れている。本来モンスターを倒して手に入る物は、倒した本人が手に入れることが出来るのだから当然だろう。
「うん、ありがとう、おじちゃん。」
 少女は満面の笑みを男に向けた。
 男はそれがくすぐったく、「おじちゃんじゃねえ。ザイールだ。」とわざと不機嫌に返し、軽く手を振って立ち去った。


 エディンは何も出来なかったことに歯噛みして、何とか財布を返させようとすぐ傍に控えていたが、それは要らぬことだった。
 結果的には少女はリスが手元に戻って、これから生活していけるだけのお金を手に入れたのだから大団円と言えなくもない。でも納得がいかなかった。
 あの男は少女の弱みに付け込んで財布を奪ったのだ。それは間違いない。少女の境遇を想えば、報酬なしで引き受けてやるべきではないのか。
「この財布、お母さんのなんだ。」
 少女は嬉しそうに手の中の財布を眺めた。
 母親の形見を差し出す決心までさせたあの男のやり方が、エディンは許せなかった。




 ルーシャンを後にして、森の中を歩いている途中、エディンは後ろの気配に気付いて振り返った。そしてとてつもなく嫌な顔をする。
「どうかされましたか?」
 フェリエがそう聞きながら自分も振り向くと、答えを聞かなくても理解した。
 彼らの後方10mぐらいの所を、あのザイールという男が付いてきているのだ。
「ヤな奴に会っちゃったね。」
 エディンに同じく、ザイールに対して良くない印象を持っているキャムは遠慮なくそう言った。声を顰めてはいないから聞こえているかもしれない。
 エディンから、ザイールについて思うところをあれこれ聞かされていたカードは苦笑いでフェリエを見た。

 カードだってエディンの気持ちが分からないではない。
 しかし、あの少女に渡した宝石が本当にリスの頬袋に入っていたのか、ということがカードは引っかかっていた。あれはザイールの言い訳ではないだろうか。見たところ、彼の性格上すんなりと善行をするタイプではなさそうだ。本当は宝石はザイールの物だった。それを全てあの少女に渡したのだとすると、彼の印象はまったく違ってくる。
 それを口に出さなかったのは、エディンの憤慨ぶりが凄まじかったからだ。そんな時には何を言っても逆効果だろう。
 そして、その事はエディンに言う代わりにフェリエに漏らしていた。エディンの怒りを鎮めることが出来ずにただ聞いていたカードは、別の意味でモヤモヤを抱えて、フェリエと顔を合わせた時に思わず言ってしまったのだ。
 フェリエは思慮深い。カードの意見を聞いてもどちらにも傾くことはないようだった。ただ、「行きずりの方の性格までは推し量れませんわ。もう関わることもありませんでしょうし、忘れましょう?」と穏やかに言った。

「周りを気にすることはありません。私たちは私たちの旅をすればよいのです。」
 フェリエは毅然とそう言うと、モンスターを見つけて皆を促した。
 修行も兼ねた旅路は、ゆっくりとしたものだ。こちらがモンスターに気を取られている間に、後ろを歩いているザイールは通り過ぎていくだろう。
 気にするほどのことではありません、とまたフェリエは諭すように言った。
 ところが。

 何故かザイールはエディン達との距離を詰めようとしない。追い越す気がまるでないようだ。
「なんだよアイツ。」
 道を逸れてモンスターを倒して、また道に戻ったところでしっかりと目があった。
 エディンは堪え切れずにザイールに歩み寄った。
「おい、オッサン!なんで俺達について来んだよ!」
 怒りにまかせて勢いよく言うと、ザイールはとぼけた返事を返す。
「お前らが俺の前を歩いてるだけじゃねーか。」
「はあ!?アンタ明らかに俺達のスピードに合わせてんじゃねーか!!」
 エディンの言葉に、ザイールはニヤァと歯を剥いた。
「お前らの後ろを歩くと、モンスターに出くわさなくて楽なんだよな。」
 エディンの顔がカッと怒りに染まる。ザイールに背中を向けると仲間たちに声を掛けた。
「休憩だ!休憩!」
 道の脇の原っぱに、エディンは寝転がった。
「オッサンは俺達のツレじゃないんだから、さっさと行けよ。」
 あー疲れた、と腕を枕にして目を閉じている。
 キャムはそれに倣って横に寝ころび、カードとフェリエは少々気まずそうにザイールに向けて会釈をしてから近くに腰かけた。
 数秒それを眺めてザイールは歩き出した。
「若いくせに体力がねー奴だな。」
 ボソッと呟くように出された捨てゼリフに、エディンはまたカチンときて上体を起こした。
 きりきりと奥歯を噛みしめる。
「おい、みんな、行くぞ。」
 休憩と言ったばかりなのにそう言って立ち上がったエディンが先程の捨てゼリフを気にしてそうしたのかと思い、フェリエは「いいじゃないですか。」と声を掛けたが効果なしだ。
 まるで尾行をするようにザイールを付けていくエディンが何をしたいのか分からない。
 キャムが困惑気味に訊ねた。
「ねー、エディン?…何してるの?」
「交代だよ。アイツ、俺達の後ろを歩けば体力もアイテムも使わなくて済むからずっと後ろにいたんだろ?だから、今度はあのオッサンに闘ってもらうってわけ。」
 なるほどー、とキャムは感心しているが、フェリエはこめかみを押さえて俯いた。
「それでは修行にならないと思うのですが…。」

 形勢逆転を謀ったエディンだったが、思惑通りにはいかなかった。
 ザイールは煙草を吸いながら悠々と歩いて行く。随分歩いたのにモンスターに一度も出会わない。おかしいと思っていたら、どうやら彼の吸っている煙草にモンスター除けの効果があるようだ。
 そのまま分岐点で行き先が別れるまで、ザイールが煙草を切らすことはなかった。




 また新しい町に着いた。
 ルーシャンを出てから、二つの街を抜けてきている。
 エディンは正義感が強い所為で新たな街に着く度に何かしらの事件に関わってしまい、それが片付くまでは旅が中断されてしまう。しかしそれは彼らの力を付ける役にも立っていた。
 このラサでは何が起こるか。それは仲間たちにとってワクワクの種だということを、エディンはまだ知らない。



 ラサで最初に耳にした噂は、森にいるモンスターの討伐の話だった。
 賞金首のそのモンスターを倒しに行った剣士が怪我をして帰ってきたと言う。
 プロでも倒せないほどの強いモンスターが出たのか、はたまた自分のレベルをわきまえない新参者だったのか、少々気になる。
 好奇心も手伝って、エディンは剣士に会いに行こうと提案した。
「どんなモンスターなのか聞いて、俺達で倒せそうなら引き受けないか?旅の資金も必要だしさ。」
 怪我をした剣士を笑いに行くような行為に思えて、カードとフェリエは困惑気味だ。
「…その方、今はあまり人に会いたくないかもしれませんよ?」
 フェリエにそう言われると、エディンも少し気になったのか腕を組んで考えに入った。
「どうするの?エディン。」
 キャムが首を傾げて覗きこむ。
 エディンはうーんと唸ってから、ポンと手を打った。
「フェリエが怪我を治してあげればいいじゃないか。そうすれば話もしやすいだろ?」
 彼女の魔法なら多少の怪我は難なく治るだろう。
 フェリエも目を伏せて暫し考えてから、頷いた。
「分かりました。怪我人を放ってはおけませんね。」





「では、治癒の魔法を掛けますから、力を抜いて楽にしてくださいね。」
 ベッドの横に跪き、フェリエは手をかざした。
 少し離れたところでエディンとキャム、そしてカードが見守る。
「…で?おっさん、モンスターに勝てなかったわけだ。」
 そういう言い方をするなよ、とカードがエディンをたしなめた。
 ベッドの男はむすっとして視線をよこすだけだ。

 部屋が険悪な空気になってしまったのには訳がある。その剣士が、あのザイールだったからだ。
 リスの飼い主のあの少女の一件は、エディンがザイールを侮蔑するに充分な事件だった。

「プロだとかなんとか、偉そうなこと言ってた割には大したことないんだな。仕事でそんな怪我負うなんてさ。」
「だからっ、お前そういうこと言うのやめろって。」
 カードの制止も空しく、エディンの態度は改まりそうにない。
 ザイールはチッと舌打ちをした。
 前回、エディンのことを素人だと馬鹿にした手前、失敗を知られてしまったのは屈辱だろう。
 罰が悪そうにボソッと言葉を出した。
「…予想外のことが起こったんだよ。」
 言っておいて自分で言い訳がましく思えてしまったようで、ぷいっと窓に視線を移す。
 エディンも言い訳に聞こえて、ふふんと得意げに笑って見せた。
「聞かせてもらおうか、どう予想外だったのかをさ。」


 ザイールが請け負った仕事は、大型の植物系モンスターの討伐だった。
 そういう仕事に慣れている彼には別段難しいことではない。ひとりで倒せる筈の相手だった。
 ところが、そのモンスターと対峙してすぐに別の賞金首モンスターが現れたのだ。
 一体ならともかく、二体を相手にするには分が悪すぎた。
 武器もアイテムも、請け負った方のモンスターに合わせたものしか準備していなかった。
 それで敢え無く手負いとなって逃げ帰ってきたのだ。


「…確かに…プロとしては不手際だったかもしれん。事前に他の賞金首の情報を頭に入れておくべきだった。」
 出没位置が近いことを知っていれば、それに合わせた準備をして行っただろう。
 治療を終えたザイールは服装を整えて立ち上がった。
「そこで相談だが…。」
 大型モンスター二体となると無理だと討伐を諦めたところだったエディン達は、相談と言われて眉を顰めた。
 相談される間柄でもない。相談される内容の想像もつかない。
 するとザイールは神妙な顔で頭を下げた。
「手を貸してほしい。」
 思いも寄らぬ申し出に、一同言葉を失う。
 大体、この男が頭を下げるなんて誰にも予想できないことだ。
 返事をせずにいると、彼は悔しげに続けた。
「一度引き受けた仕事だ。このまま引き下がるわけにはいかん。それに、あの場所は隣町への主要路だ。放っておくわけにもいかんだろう。だが、今この町にはアイツらに対抗できる戦士がいない。…頼めるのはお前たちだけだ。頼む。手を貸してくれ。」
 ザイールはもう一度頭を下げた。
 戸惑いを隠せない様子で、エディンは皆と顔を見合わせて頭を掻く。
 もともと気のいい青年だ。蟠りさえなければ一も二もなく引き受けるだろう。
 しかし、頼んできたのがこの男となるとそうもいかない。
「…一晩…考えてもいいか?」
 それが精一杯の譲歩の返事だった。



 どうする?と宿屋に着くとエディンは皆に聞いた。
 聞いておいて、真っ先に言いたいことを言う。
「…俺は…あんま気が進まない。他の奴ならともかく、アイツと組むなんて…。仲間ってのは信頼で成り立つもんだろ?」
 エディンが彼を信頼できないことは頷けた。その原因であの一件が、彼の中でまだ消化できていないからだ。
 カードは困ったような笑顔を向けた。
「…お前が思ってるほど、アイツ、悪い奴じゃないと思うぞ?」
 その言に、エディンは信じられないと言った風な顔をする。
「確かにあの子が自分で渡したけど、その日食べるものだってなさそうだったじゃないか。そんな子供に報酬を要求するなんていい大人のすることじゃないだろ!?」
 エディンは憤懣やるかたないという様子だ。
 でも、とカードは落ち着いた声で返す。
「財布は返したろ?見つけた宝石をいっぱい詰めて。」
「あれはあの子のものだってアイツも言ってたじゃないか!」

 宣言通り、ザイールはリスを助け出して帰ってきた。
 そして財布を少女に返してこう言った。
「お前のペットは賢いな。モンスターの巣穴で見つけた宝石を頬袋に詰めてたぞ?これはお前のものだ。」

 困ったな、という風にカードは溜め息を吐いた。
「…お前、…あれ、本当にホントだと思うか?」
「え?」
「あのリスがそんな芸当をするようにしつけられていたとは思えないな。あの宝石は、多分ザイールが自分で見つけたんだ。巣穴か、モンスターの腹の中か。それをあの子のものだって全部あげたんだ。悪い奴なわけないだろう?」
 ウソだろ?とエディンは呟いて他の仲間に視線をやる。
 すると二人とも納得したように頷いていた。
「そうか、なるほどね。」
「可能性はあると思いますわ。」
 妹分のキャムと、頼りになるフェリエにそう言われてしまうと、途端に自分の言ったことが偏見の塊だったような気がしてくる。
「…そ…そう…なのかな…。」
 でもさ、とエディンは言った。
「もし、宝石がなかったらどうなんだ?アイツ、財布返したと思うか?」
 それにはカードも眉を顰める。
「…うーん…それは、分からないが…財布ごと要求したのは何か考えがあってのことだったんじゃないかって、俺は思ってる。」
「何かって?」
「…それは俺にも解らないんだが…、例えば、あの子を根本的に救ってやる方法を考えてた、とか。俺達よりずっと人生経験豊富なんだ。俺達の想像のつかないことを…。」
 それを聞いて、キャムがおずおずと手を挙げた。
「あの…カード?…それは…無い気がするな。あのおじさん、悪い奴じゃないかもしれないけど、そこまでいい人には見えないよ。」
 もっともだ、とエディンは大きく頷いて同意を示す。
「でも…。」
 いい人ではないにしても、とフェリエが口を開いた。
「あの方、おっしゃっていましたでしょう?モンスターが出たのは主要路だから放っておけないと。確かに、放っておけない事態だと思いますわ。」
 うーん、と一同唸る。
「ここは、旅人の安全のために、手を貸さないか?」
 カードの提案に、エディンはかなり悩んでから了承の返事を返した。






「というわけで、アンタの申し出を受けることにした。」
「そいつはありがたい。前金は俺が貰うが、本報酬を頭数で分けるってのでどうだ。」
 もともとザイールが請け負う仕事だったのだから、前金は彼の取り分で文句はない。
「OK。それでいい。」
 よろしく、とエディンは握手の為に手を差し出した。
 ザイールは少々面食らったような顔をしてから、パシッとその手を掴む。
「ああ、よろしく。言っとくが、お前らの腕では格上の相手になるからな。そのつもりで準備してくれよ?」
 あくまで自分の腕を卑下する気はないらしい。釘を刺すのを忘れないのもプロたる所以だろうか。
 作り笑いを向けていたエディンは、そのままの表情で奥歯をキリッと鳴らした。


 モンスターの出没場所の近くまで行くと、ザイールは小高い丘に登った。
「あそこにひとつだけ色の濃い木があるだろ?アレがモンスターだ。その手前が開けてるのがありがたい。複数で闘うにゃ丁度良さそうだ。」
「もう一体は?」
「アイツに攻撃を仕掛けりゃ出てくるさ。どうやら共生関係らしいからな。」
 行くか?とエディンが問うと、その前に、とザイールがフェリエの方に振り返った。
「ネェちゃんはここに結界張って待機だ。」
 え?と皆一様に驚く。
「それでは回復役がいませんわ?」
「アイテムは充分持ってんだろ?なら問題ねえ。ネェちゃんは万が一撤退しなきゃならん時の為に体力温存だ。いいな?」
 戦闘が長引いて疲弊した時は全員を回復させて逃げる。
 そう説明を受けて、フェリエは神妙に頷いた。
「行くぞ。」
 剣に手を掛けて踵を返したザイールをフェリエは呼び止める。
「待ってください。祈りを。」
 そう言って、精霊の加護と戦神の助力を求める祈りを全員に纏わせた。



 ザイールが言ったとおり、植物系のモンスターに攻撃を仕掛けて間もなく、もう一体の賞金首が現れた。
「お前ら二人でそっちを足止めだ!」
 エディンとカードは頷きあってそのモンスターに対峙する。
 大型の二本足の獣系モンスターは、全身毛皮に覆われていた。爪が鋭く腕が太い。かなり腕力がありそうだ。
 それでもうまくかわして少しずつでも攻撃を当てていけば勝てなくはないだろう。
 ザッと靴を鳴らして、二人は同時に駆け出した。
「おい、餓鬼。こっちを速攻片付けるぞ!」
 餓鬼と呼ばれたキャムはムッとする。
「了解!餓鬼じゃないけどねっ!!」

 開始数分、ザイールが植物系モンスターにまた一撃をくらわして地面に足を着いた時、そのすぐ横にカードが倒れ込んだ。
 ハッとして振り返ると、少しも弱っていない獣系モンスターが迫っていた。
「足止めしろっつっただろうが!!」
「だってコイツ…!」
 エディンが攻撃をしかけながら愚痴を言う。
「全然効かねぇんだって!」
 振るった剣はカチンと音を立てて跳ね返るばかりだ。
「なんだそのナマクラは!!」
 ザイールがそう返したが、エディンの剣が特別悪いわけではない。
 それなりの強度だし、きちんと手入れもしてある。普段から戦闘に困ることは無かった。
 ザイールは身を翻して獣に剣圧をぶつけた。
 それは微かに毛皮に傷をつけるだけだった。
「毛皮が固ぇのか…。」
 カードの槍も殆ど効きそうにない。
「急所を狙え!!」
「ンなこと言ったって…。」
 どこも毛皮で覆われていて、急所と呼べる場所など限られている。
 敵の攻撃を避けながら、その急所を狙うのは至難の技だった。
 樹木の相手をしながら二人の動きに目をやって、ザイールはチッと舌打ちをした。
「お前らはコイツを倒せ!ソイツは俺が引き受ける!!」
 指示を受けてエディンとカードは獣から離れた。
「っ…頼んだ!」
「おうよ!」
 威勢のいい返事は快諾ではなく、分かり切ったことを言うなという苦言だ。
(コイツは一人でやった方がやりやすそうだ。)
 意味のない攻撃を繰り返す中で立ち回るのは骨が折れる。
 作戦が不味かったかとザイールは歯噛みした。



 格上だと言われた通り、植物系のモンスターもエディン達にとっては手を焼く相手だった。
 三人で掛かっているのに殆ど怯むことがない。息を吐く間もなく、攻撃を繰り返さなくてはならなかった。
 そんな中でキャムが疲れを見せた。その隙を、モンスターは見逃してくれなかった。
「きゃああ!!」
 悲鳴を上げてキャムが飛ばされた。駆け寄りたいが、そんな暇はない。
 焦るエディンにカードが声を掛ける。
「エディン!炎を出せ!!キャムとアイツを隔てるんだ!!」
 エディンはこのところ、炎の技が増えて来ている。それが使えると踏んだカードは、威力を増すために自分の得意とする風を使った。槍に力を込めて、エディンの炎技に合わせて放つ。
 それは思った以上の効果を上げた。
 隔てるにとどまったエディンの炎をカードの風が煽り、モンスターを取り囲んだ。
「行けるぞ!!」
 エディンもその威力に目を見張り、さらなる力を込める。
『風炎乱舞』そんな言葉を思い浮かべた。
 まるで踊っているかのような炎が、木のモンスターを焦がしていく。


 程なく植物系のモンスターは力尽き、ほぼ同時に獣系モンスターも倒れ込んだ。
 エディンはキャムを助け起こしながら、ザイールの様子を視界に入れる。
 こちらはもうヘトヘトなのに、プロの剣士はまだ余裕の足取りだ。
 エディン達が三人がかりだったことを考えると、ザイールのレベルがかなり高いことが窺える。
 強さを見せつけられ、エディンは考えを改めざるを得なかった。
 彼の自信は傲慢ではなく本物だという事だ。
 自分と彼との違いは、素人とプロという肩書だけではない。
 恐らく心構えやら背負っている責任やら、何から何まで違うのだろう。
 少女に対する態度についてはまだ引っかかるものがあるのは事実だが、それでもエディンはザイールを見直していた。

 本報酬を貰って宿に帰ってきたザイールはエディンに金を手渡した。
「ほいよ、お前らの分だ。」
「サン…。」
 礼を言いかけてエディンは手の中の額を見て口ごもる。
 そこには5枚の紙幣。
「…なあ、おっさん…本報酬って合わせて1100だったよな?それを頭数で等分って話だったろ?」
 紙幣を凝視しながらそう言うと、ザイールは「あ~ぁ、」と思いだした風の声を出した。
 なんだ約束を忘れてただけか、と思ってエディンは手を差し出す。
「1100を5人で分けるから、一人分220だよな。」
 しかしその手にザイールは目もくれず、そして言った。
「そういう約束だったなぁ、確かに。………だが断る。」
「は?」
「俺は600の賞金首を一人で倒したろうが。600は俺の取り分だ。」
 言い分はもっともだが、あの仕事はチームで請け負った筈だとエディンは息巻いた。
「俺達がいたから、アンタはあの一体に集中できたんだろ!?」
「ふざけんじゃねーよ。作戦変更を余儀なくされたのはお前たちの所為じゃねえか。お前たちがもうちょっと役に立ちゃあ、俺と餓鬼で木のオバケをやっつけて、その後全員でアイツをやる筈だったんだよ。」
 作戦が変わったのだから報酬の分け方も変わって当然だ、とザイールは言う。
「じ…じゃあ、前金だって分けようぜ。木のモンスターの前金は俺達のだ。」
 納得がいかないエディンは喰い下がった。
 それでもザイールは怯まない。
「馬鹿言うな。仕事は俺が請け負った。お前らは俺に雇われたようなもんじゃねえか。前金はマージンだ。」
「なっ…!?」
 一応筋は通っている。確かに働きはザイールの方が上だ。
 でも約束が違う、という言葉を、エディンは仕方なく呑み込んだ。
 隣で聴いていたキャムがボソッと小声で言った。
「…やっぱ、やな奴…。」



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