開拓史

1崩れる平穏

 その日、友達のように仲の良い子供たちと、たくさんの孫たちに囲まれて、私は幸せな死を迎えた。微かに耳に届いたのは、娘の「産んでくれてありがとう。」という言葉。裕福ではなかったけれど、ささやかな幸せを噛みしめることが出来た一生だった。

 目の前にコングラチュレーションの文字が浮かぶ。パッと明るくなって私は覚醒した。
 プシュッと短い音と共に開いたふたは、私が楽に出られる位置まで静かに上がる。
「はい、終了です。メリサ・アイム、お疲れ様でした。」
 女性教師が事務的に言った言葉に促され、私はカプセルから起き上がった。
「身体チェックも問題なし。動けますね?」
「はい。」
 返事をしてから、少々体が重いことに気付く。無理もない。一週間もこのカプセルで寝ていたのだ。生命維持装置のおかげで健康には影響がなくても、筋肉は若干衰える。
 小さくよろけても教師は気にする様子もなかった。また事務的な口調で説明をし、終了の書類にサインをするようにと促す。
「リハビリを兼ねた軽い運動の授業がありますから、必ず出るように。」
「はい。」


 建物から出たところで、私は伸びをした。まだ15歳の若い体だと言うのに、軋むような音がする。
「あー、死んじゃったなあ。」
 なんとなくそんなことを呟くと、後ろから声が掛かった。
「終わったのか?」
 声でその主が分かり、私は笑顔を向ける。
「うん。そっちも?」
「ああ。」
 彼も笑顔を返してくれた。
 エダ・コンダート。私が一生を共にするパートナー、つまりは婚約者だ。
 ずっと昔に決められた法律に則って、5歳になる子供はみな性格診断を受ける。そうして結婚に最適だと判断された相手と婚約を結ぶことになっている。昔、離婚率と未婚率が異常に上がり出生率が人類の絶滅が懸念されるほど下がったことがあったらしく、政府が苦肉の策としてこの方法を取り入れたのだ、と歴史の授業で習った。
「どうだった?」
 そう訊いた彼はあのカプセルの中で見ていた夢に不満があるような面持ちだ。学校や国の方針に異議を唱えるのはタブーとされていて、そういう言動が見られた生徒はカウンセリングや更生カリキュラムを受けることになる。だから彼も表立って何か言うつもりはないのだろうが、元々あの疑似体験を良く思っていないようだった。
 あのカプセルは、若年層の精神的成長を促すため自分とは違う環境での一生を疑似体験させるという代物だ。人の一生を経験すれば視野が広がり、成長速度を上げることが出来る、ということらしい。人の痛みや辛さを理解すれば、互いを拒絶したり反感を持ったりしなくなる。それは私にとっては正しい理論のように思えていた。
「うーん…。幸せだったよ?…うん、楽しかった。」
「へー、そりゃ結構。」
「そっちは?」
 訊きかえすと彼は思いっきり顔を顰めた。
「俺は最悪だった。奴隷解放直後の黒人。差別だの暴力だのの嵐だ。最後は白人たちに取り囲まれての撲殺死。…ったく、なんであんな内容だったんだか…。」
 そんな終わり方をしても、終了時にはコングラチュレーションと出るらしい。
「俺、差別主義なんかじゃねーはずなんだけどな…。」
 疑似体験の内容はそれぞれの性格に合わせてあるそうだ。受ける本人が一番改善しなければならないところが盛り込まれているのだと言われている。あくまでも噂なのだが。
 エダは思ったことをすぐ口に出してしまうから、他人の心情への配慮が必要なんじゃないかなと思いつつ、じゃあ、自分はどういう理由であの人生を体験したのだろうと思い返した。あの人生で私は、どこが成長したのだろう。
 そんなことを考えていると、彼はこっちをじっと見て言った。
「なんだよ。何か思うことあるなら言ってみろ。」
 ハッとする。そうだ、私はエダとは正反対で、あまり人に意見を言わない。エダにもよくこんな風に注意される。
「え…いや、あの…性格に合わせた内容だって話はただの噂なのかなって…。私も…何が成長したんだか…よくわかんないし…。」
 エダは「ふーん?」と言ってこっちを見てくる。私が嘘を吐いてないか吟味しているのだと思う。いつもそうだから。
 私は心の中で、(嘘は言ってない)と繰り返して自分を落ち着かせた。そうでもしないとしどろもどろになって、余計に問い詰められるのだ。
 ま、いっか、と呟いて彼は歩き出した。私はホッとしてその横に並ぶ。体が痛いよね、と私はどうでもいい話題を振った。


「まだそんな冴えない女連れてんのかよ。」
 声の主を見て、私はエダの体に隠れるように立った。グレド・アステア、苦手な人だ。彼はどうも私のことが気に食わないらしい。直接かかわった覚えはないし、迷惑だってかけていないはずなのだけれど。
 ふん、と息を吐いてエダは応える。
「そっちはもう5回目の離縁申請したらしいじゃねーか。次にとんでもねー相手が来ても、離縁はできないぜ。」
 婚約制度には制約がある代わりに、DVやその他諸々の不和要素が発生した場合の救済措置として、離縁申請が出来るようになっている。訊いた話だけど、彼はその申請を小さな理由ですぐに出してしまうらしい。離縁が認められれば別の相手とマッチングするようになっていて、…それをもう、既定の5回まで使ってしまったということ。
 あはは、と彼は笑った。その笑い方も私は嫌いだった。人を馬鹿にしている風に見えるんだもん。
「だからお前はその女で妥協してるってわけか。意外と保守派だな。御心配には及ばないさ。知らないのか?結婚に不適合な要素が相手にある場合、5回って制限は無視されるんだ。完璧な人間なんていない。申請理由はどうとでも書ける。そうだろ?」
 そうかい、と興味なさげにエダは返事をした。私はこっそりと胸を撫で下ろす。今日は喧嘩にはならなさそうだ。
 そう思ったのも束の間。
「お前も安心して離縁申請しろよ。そんなの連れててもいいことないぜ?」
「エダ!」
 私が止めようと名前を呼んだ時にはもう、エダは掴みかかっていた。今にも殴りかかりそうに見えて、私は声も出せずにただ祈った。どうか、落ち着いて、と。
 祈りが通じたのか、もともと殴る気がなかったのか、エダは襟元を掴んで引き寄せたところで動きを止めた。
「次、コイツのことを馬鹿にしたら、遠慮なく殴るからな。」
「はいはい、了解。お前も更生施設送りは怖いらしいな。今殴りかかって来たら、二度と社会復帰できないところへ送ってやろうと思ったのに。」
「残念だったな。でも、次は遠慮しねえ。」
 突き飛ばすようにエダは手を離す。グレドの方も気が済んだのか、何も言わずに行ってしまった。
「…ご、ごめんね、私のせいで…。」
「何でお前が謝るんだよ。」
 エダは過去に何度か更生カリキュラムを組まれている。その全てが喧嘩によるもので、その喧嘩の原因の殆どが、私だったりする。
「だって…。わ、私、あんなの気にしないからね。平気だから。だから、私の為に喧嘩するの…やめてね。」
「…しねーよ。」
 珍しく、エダは何か言いたいことを飲み込んだようだった。
 私のことを不甲斐ないと思っているのかもしれない。私がもっと強かったら、何を言われても言い返すことが出来て、苦手な人とも対等に渡りあえて…。それならエダに庇ってもらう必要はないんだ。

 その後は寮に着くまで二人とも無言だった。
 エダが私の盾になってくれていることは知ってる。昔からそうだ。ずっと申し訳ないと思ってきたし、それと同時に、そんなにまでしないで、という思いもある。でも、彼が庇ってくれなかったら、私は『我慢する』という対処しかできないというのも分かっている。強くならなくちゃ、強くならなきゃ、いつかきっとエダを苦しめてしまう。
「勘違いすんなよ?」
 寮の玄関の前で、エダはそう言った。
「え?」
「俺は、お前の為に怒ってるんじゃねー。ただ、俺が腹を立ててるだけだ。俺が喧嘩っ早いのは昔からだろうが。お前の所為じゃねーよ。」
「…でも…。」
「喧嘩は、しない。約束する。更生施設なんてまっぴらだし、そんなんでお前から離れることになったら、一生後悔するからさ。」

 昔はもっと自由で、少々の喧嘩では指導が入ったりしなかったとどこかで聞いた。そのせいで社会不適合者が増えて混乱を作っていたのなら、指導をすべきだし、心のケアを目的とした更生カウンセリングも大事なことだと思う。でも、エダは元々の気性が荒いせいで、小さなころからそういう指導をたくさん受けている。悪いことをする人じゃないのに、不適合者と同じ扱いを受けてきたのはとてもツライことなんじゃないだろうか。

「先生にも言われてんだ。感情のコントロールさえうまくやれれば、将来は安泰だって。俺の当面の課題はそこだな。」
 エダはそう言って笑うと、私の頭をくしゃくしゃっと撫でた。




 それから数日が経ったある日、学校に行こうと部屋のドアを開けると、個人向けの連絡音が鳴った。顔のすぐ前に文字が流れる。
「生徒指導室へ?…私…何かしたかな?」
 どうしたの?と同室のアンナが後ろから覗き込んだ。
「なんか、呼び出されちゃった。先行ってて。…進路のことかなぁ…。」
「この前の書類、書き間違えたんじゃないの?あれ、大事なものだから書き損じはダメだってうるさく言ってたじゃん。」
「あー、あり得る…。」
「もう、ドジなんだから、メリサは。」
 苦笑いでアンナを見送って、私はお知らせにある通りに荷物を置いて生徒指導室がある教員棟に向かった。



「え?」
「以上です。すぐに指示に従いなさい。」
 そんな、という私の嘆きは無視された。
 退学処分。書類のその文字を、とても遠い世界の言語のように眺める。問題行動を起こした生徒でも、退学になったという話は聞いたことがなかった。そもそも、退学という制度が学校組織に残っていたことが驚きだった。
 完全管理社会のこの世界では、たとえ更生施設に移される場合でも、その施設の学校への転校という形にされる。未成年者は必ずどこかの学校に所属しているものなのだ。それなのに。
「早くしなさい。迎えの車が来ます。」
「…どこに…送られるんですか?…病院?」
 行き先が病院だと思ったのは、退学処分の理由からだった。私は、問題行動を起こしたことはない。普通なら処分対象にはならないはずが、この前カプセルの中で過ごした一週間の脳波のデータから、反乱分子の要素が検出されたからだという。自分でも分からない政府への反抗心なんて、普通の更生施設で治るとは思えない。
「行き先については我々の管轄外です。」
 手渡された衣服への着替えを命じられ、隣の部屋へと促されたところでノックの音がした。

「エダ・コンダート、入ります。」
 生徒指導の教師は急いでいたのか、私のことはそのままにして、私にした説明をかいつまんでざっくりと話し、エダに離縁申請の書類を渡した。
「君の将来に関わることです。強制はしませんが、サインすることをお勧めします。」
 書類を眺めて静かに考えているエダを見て、私は言わなくちゃと思った。唇が震える。
「エダ、いいよ。サインして。エダの人生、ダメにしたくないもん。」
「早くしなさいと言ったでしょう!君には関係のないことです。早く隣の部屋に行って着替えなさい!」
 教師の叱責にびくりと肩をすくめた。
「は、はい。」
 もうこのまま会えなくなるのかと思うと少し話したかったけど、仕方なく隣の部屋に入る。すると、その後ろからエダの声が掛かった。
「俺のことは俺が決める。」
「う、うん…。」
 自動ドアが閉まって、一人の空間になる。エダの声が頭の中でリフレインされた。そう、彼は私が何と言おうと自分で決めるだろう。私の言葉は、ただ私が自分は善良な人間だと思いたいから口から出しただけのもので、彼のためのものではないのだ。こういうところが保身になって、突き詰めていけば反乱分子の要因になるのだろうかと思いつく。
「…バイバイ。」
 そう口に出し、私は袋から着ろと言われた服を出した。そして驚く。
「…なに…これ…。」
 広げたそれは、前に社会科の資料集で見たことのあるデザインだった。更生のためのあらゆる手段を講じたにもかかわらず、結局犯罪者になる人は少なからずいる。そういう人たちが入れられている施設、つまり、刑務所の、囚人服だった。
 学校の制服のジャケットとシャツを脱いだ状態のまま、私はその囚人服を眺めて呆けていたらしい。また教師の叱責を受けた。
「まだ着替えていなかったのですか!早くしなさい!…エダ・コンダート、君もです。」
「はい。」
 エダも着替えるように言われたのだと知って驚いたけど、それよりも私は服の正体に戦いていた。自分は、刑務所に連れていかれるのだ、と。
「早く着替えろよ。俺、こっち向いてるから。」
「エダ!これ、これ、…囚人服…に…みえる?」
 私が広げた服を見てから、エダも慌てて袋から出して広げてみた。
 彼の物も同じだった。
「ちょっと待てよ!おい!どういうことだよ!」
 ドアを叩きながら声を上げたけどもうそこはロックが掛かっているみたいだった。代わりに壁の通信機の画面が点く。
「何をしているのです。早くしなさい。もう迎えの車は到着しました。」
「俺たち、刑務所に送られるのか!?おかしいだろ!弁護士を呼ぶ!電話を使わせろ!!」
「当校にはかかわりのないことです。行った先で訴えなさい。」
「そんな馬鹿なこと…!」
 教師が映った画面はあっさりと消え、そのあとに声だけが聞こえた。
「着たくないならそれでもかまいませんが、当校の制服を持っていくことは許しません。脱ぎなさい。」
 チッと舌打ちをして、エダがネクタイを外して床に投げつける。
「…仕方ねぇ。取り敢えず、着替えようぜ。車の奴らにも弁護士呼んでもらえるよう頼んでみる。」



 着替えながら、エダがどうして一緒に行くことになったのかを聞いた。
「離縁申請しないなら、同じく反乱分子の要因ありと判断されるってさ。」
「どうして…サインしなかったの?」
「お前、おとなしく連れてかれるつもりだったろ?行き先がどこであれ、さ。」
「…だって、社会の秩序を守るための決まりなら、従うべき…だと思うし…。」
 やっぱり、と彼は呆れたように笑う。
「何かの間違いって可能性だってあるだろ。訴えて、正当な処分かどうか審議してもらうのは大事なことだと思うぜ?で、俺は離縁しちまったら一切関われない。お前に訴える意志がなきゃ審議もされずにことが進むってわけだ。」
 ごめんね、と言うと、馬鹿、と返された。
「お前は悪くないって、いつも言ってるだろうが。俺が、やりたいようにやってるだけだ。」
 それでも、それは私のための行動なのだと思っている。自惚れかもしれないけど。
「とにかく、弁護士だ。更生施設ならともかく、犯罪を犯してもいない人間が刑務所にいきなり送られるなんておかしすぎる。」
 それには完全に同意して、うん、と頷いた。


 車は護送車だった。外が見えないようにしてあって、銃をもった兵士だか警官だかが二人入口を背にして座っていた。
 エダが何度か弁護士を呼びたい旨を訴えたけど、返事もしてもらえず、最後には口を閉じろと銃を向けて脅された。
「…着いてから審議される場があるんだったら、囚人服なんて着せないだろうし…。」
「でも、この人たち、護送が任務だろうから、きっとこれ以上言っても無理だよ。着いてからにしよう?」
 そんなことを小声で話していたら、それも咎められた。二時間経ってもまだ車は走り続けている。休憩をとる、と訊かされているから、まだ半分も来ていないのかもしれない。
「おとなしく座ってることには文句言わないですけどね、こう長くっちゃ暇で仕方ない。喋るくらい許可してくださいよ。」
 穏やかな口調でエダがそう言うと、警備の二人はチラッと見合ってから頷いた。
「雑談なら構わない。相談はするな。」
「雑談、ね。了解。」
 そういやもうすぐテストだったな、とエダが言い、私は戸惑いながらも応じる。退学になった今、テストなんて関係ないけど、この張り詰めた空気を変えることが出来ればどんな雑談でも良かった。
「時事問題にはアレが出るんじゃないか?ほら、最近施行された法律があっただろ。」
「うん、権利に関するものだったよね。」
「本来はその権利を主張できる立場の人間が、権利を失効していると判断される場合がある。例えば補助金。同時に複数の制度の条件に当てはまってしまうとき、どれか一つに絞られて、他の権利は失効ってことになる。」
「…うーん、そこまで細かい話はテストに出ないんじゃないかな。」
 それは分かってると言うように笑みを浮かべ、エダは警備に目をやった。
「で、俺たちの権利失効の要因は何ですかね?弁護士を呼ぶのは権利の一つの筈だ。」
 顔を顰めた二人に向けて、エダは続けて言う。
「雑談、でしょ?相談してるわけでもない。」
 数秒の間の後、片方が口を開いた。
「我々にその権限はない。弁護士を呼ぶことも、お前たちの権利を剥奪することもできない。」
 護送相手との会話を禁じられていたのか、黙っていたもう一人が「おい。」と叱責するような声を出す。
 これ以上何か言っても答えてはくれなさそうだ。エダもそう思ったのか、そこで黙った。彼らは任務に従事しているだけであって、私たちの権利をどうこうしているわけではない。行動を制限しているのは任務の一環であって、権利を奪っているのは彼らではない、ということかなと私は理解した。


 それから休憩を取り、簡易食を食べて、また2時間ほど車に揺られた。
 降りろと言われて外に出ると、そこは知らない駅だった。列車も見たことがないデザインだから、住んでた街から遠く離れた場所なのだろうと思った。
 てっきり車で刑務所まで行くのだと思っていたのに、私たちは列車に乗せられた。警備員は交代したけど同じ服装だから、訴えに応じてはくれないだろう。そうは思っても、この先にチャンスがあるかどうかわからない現状では訴えないわけには行かなかった。
「だから、俺たちは犯罪者じゃないんです。ちゃんと審議されるべきでしょう?弁護士を呼べるかどうか、確認を取るぐらい…。」
 今度の警備員は最初の人たちより徹底していた。一言も発さず、ただ銃を突きつけた。
「ねえ、エダ…。やっぱり、離縁申請して。エダは巻き込まれただけなんだから、きっと帰れるよ。」
「嫌だっつったろ!?」
「違うの。エダは帰って、ちゃんとした場所から訴えを起こして。離縁して直接は関われなくても、間違った扱いを受けている人がいるって訴えは出来るんじゃないの?」
 渋りながらもエダは了承した。弁護士を呼んでくれという申し出より、離縁申請のほうが受け入れてもらえそうな気がしていた。
 でもそれは甘い考えだとすぐに思い知った。警備員は変わらず無言で、列車から降りて引き渡されるときにも話を聞いてくれる人はいなかった。

 次に乗ったのは、リニアだった。入口が一つで窓は開かない。機能重視のデザインのせいか、護送専用に思える物だった。窓の外には荒野が見えた。
「どこまで連れてくんだ…。刑務所ぐらい、車で行ける場所にあるはずだろうに…。」
 エダがそう言ってから一時間が過ぎた頃だった。
「おい…、嘘だろ…?」
「どうしたの?」
 彼が凝視している方向に目をやると、荒野の真ん中、レールの行き先に見たことのない大きな施設があった。
「なに?あれ、何なの?」
「宇宙港だ…。」
 馴染みのないその言葉を理解するのに数秒掛かった。
「…どういう…こと?」
 宇宙港。文字通り、それは宇宙船の港だ。でもまだ宇宙開発は進んでなくて、一般人は宇宙への小旅行すらできない。技術はあるけど、予算やらなんやら政治的な理由で頓挫している分野だった。
 その宇宙港が使用されるときがある。それはただひとつ、凶悪犯への刑の執行。死刑制度が廃止になってから、凶悪犯と呼ばれる犯罪者たちは宇宙船に乗せられるようになった。服役の仕事として、別の星を開拓することを命じられている。言わば、島流しのようなものだ。宇宙船は全て自動制御。プログラミングされたようにしか航行しない。行ったきり帰ってこれない、片道切符の乗り物だ。
「…逃げよう…それしかない。次の引き渡しの時に。…いいな?」
「う…うん…。」
 刑務所に入れられるだけなら、その中から訴えを起こすことも可能だろう。でも、宇宙船は一度乗ってしまったら、その後で私たちの無罪が証明されても帰る手段がない。
 到着すると、私たちは手錠を掛けられてから外に出された。すぐ外に兵士が数人立っていた。

「行け!」
 エダが警備員の腕を振り払って兵士にタックルした。その場にいた全員がエダを捕まえようと襲い掛かる。
「行け!早く!逃げろ!」
 私も傍にいた人に思いっきりぶつかって手を振りほどいて走り出した。エダが心配だったけど、どちらか一方でも逃げることが出来れば、何とかなるんじゃないかと逃げることだけを考えていた。
 やめろ、とエダの声が後ろで響いた。乱闘の様子が聞こえてくる。
「止まれ!!」
 声の様子で自分にかけられたものだと気付き振り向いた。兵士の持っている銃は、取り押さえられたエダの頭に当てられていた。
「エダ!!」
「戻らないと撃つ。脅しじゃない。我々は自己の判断で発砲することを許可されている。」
「逃げろ!お前だけでも!」
 叫ぶエダをまた兵士が殴った。
「やめて!!」
 戻るからやめて、と懇願して、私はトボトボと歩みを戻した。

 エダは足にも枷を付けられ、荷物のように運ばれていた。弱々しく、自分たちは何もしていない、ここに連れてこられたのは何かの間違いだ、と訴える。私も促されるまま歩きながら、エダの言葉に賛同して見せたけど、兵士たちは何の反応もない。
 彼らは私たちが凶悪犯だと聞かされているのだろう。そう考えると、何もしていないという主張はさぞ滑稽だろうと思えた。

 ガラス張りの部屋の向こうに宇宙船の入口が見える。待合室のような、でも椅子も何もないその部屋に入れられるときに拘束具は外された。また暴れそうなエダを兵士が殴り飛ばし、私が彼に駆け寄った隙にドアは閉まった。
「すまない…何も…できなかった。」
「謝るのは私の方だよ。私のパートナーだったばっかりに…ごめんね…。」
 あの時、離縁申請にサインするように、私はもっと強く言うべきだったんだ。私が弱くて頼りないから、エダを不幸に巻き込んでしまった。
 どうやって償っていいか分からなくて、私はただ涙を流した。


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