霧の向こう
2.腕試し
フェリエは城下町を目指していた。
故郷の教会の使いと、自身の修行が目的の旅である。
一人旅に難色を示していた両親が首を縦に振ったのは、フェリエの力ならモンスターの2,3匹が一度に襲ってきたところで何の問題もないと教会の僧侶がお墨付きをくれたからだ。
修道女の身である彼女は、正式な僧侶になることを目標に町を後にした。
城下町まであと少しというところで、フェリエは前方に座り込んでいる人影を見つけた。
二人組の男女は兄妹のように見受けられる。
様子が気になり近付きながら視線をやっていると、どうやら兄の方が怪我をしている風だ。
「どうされましたか?」
近くまで行ってそう声を掛けると、二人はフェリエに今気付いたようで、少し驚いた様子で返事をした。
「ちょっとドジっちゃって。モンスターに…。」
青年が恥ずかしげにそういうと、少女が「違うよ。」と横から割り込んだ。
「エディンがドジったんじゃなくて、私がドジったから、エディンが無理して庇ってくれたんじゃん。」
もう、と少女は怒っている。
それはエディンという青年の言葉に単に反論してのことではないのだと、フェリエは思った。
恐らくモンスターの攻撃から庇われただけでなく、失敗をしたことさえも庇われてしまったことが、少女のプライドに触れたのだろう。
「ちょっとぐらい怪我したって大丈夫なのに。無理して庇わなくったってさ…。」
ぷうっと膨れる表情はまだかなり幼いものだ。
「そうはいかないだろ?俺、キャムんちのおじさんとおばさんに、絶対怪我させないって約束したんだから。」
「そんな約束おかしいよっ!私は自分で付いて来たかったんだから!」
怒りの中で、少女の目は微かに潤んでいる。
そうか、とフェリエはまた思う。
プライドもあるが、同時に、この青年に負わせてしまっている責任を辛く感じているのだ。
「あの…、ともかく、治療をしましょうね。その程度の怪我ならすぐに治りますよ。」
「え?…あなたは…?」
「ヒーラーです。まだほんの駆けだしですが。」
「そうなんですか?助かるよ。」
青年はホッとした様子で怪我をした足を前に出す。
怪我は浅く、治癒魔法を一分ほど当てると完全に塞がった。
「まあ、お城に行かれるのですか?私は城下町の教会に向かうところなのです。良かったらご一緒しませんか?」
フェリエは小さな偶然を喜んでそう言った。
自分でも気付いてはいないが、一人でいることに多少なりとも不安があったのかもしれない。修行という点において言えば、人を頼っていてはいけないのだが。
しかし、そんな事情に関係のない青年は即答で快諾する。
「じゃあ、よろしく。俺はエディン、で、こっちは…。」
「私はキャムっていいます。よろしく。」
キャムは慌ててエディンの言葉を遮った。
エディンの自己紹介のついでに紹介されてしまうのが、子供扱いされるようで嫌だったのだろう。
その様子にフェリエは柔らかく微笑んだ。
「私はフェリエと申します。こちらこそ宜しくお願いします。」
「じゃあ、フェリエ、城での用事がすんだら顔を出すよ。」
エディンはそう言って手を振った。キャムもそれに倣うようにぶんぶんと振っている。
ほんの短い距離だったが、気さくな性格のエディンは何の気負いもなくフェリエと打ち解けた。
キャムはというとちょっとした嫉妬心は湧くものの、それは表に出すほどでもなく、素直にフェリエの温かな人柄を心地よく受け取っていた。
「頑張ってくださいねー!」
城での試験のことを聞いていたフェリエは、去っていく二人を追うように声援を贈った。
エディンが緊張して書状を門番に渡すと、大したやり取りもなく二人は敷地内の庭に通された。
何かの式典の際に使う広場だろうか。だだっ広く、城のバルコニーから一望できるようになっている。
その下の大きな扉が開くと、高貴さを纏った女性が数人の侍女を従えてやってきた。
「女王陛下である。控えろ。」
すぐ近くの兵士がエディン達に告げて膝をついた。
それに倣ってエディンとキャムも膝をついて頭を下げる。
「よく来てくれた。お前たちの噂は聞いている。エディンとやら、早速だがお前の腕を試させてもらう。」
「はいっ!よろしくお願いします!」
固くなって返事をすると、女王は美麗な笑みを浮かべた。
「そう身構えずとも良い。いつもの力を見せてくれればいいのだ。ところで申し訳ないのだが、こちらも多忙でな、連携技なるものも同時に見たい。」
二人は顔を見合わせた。
「あ、あのっ…。」
「それは、二人で試験を受けるということでしょうか。」
期待と不安が入り混じった高ぶりでキャムが声を上げようとしたところを制して、エディンは落ち着いて訊ねる。
自分も試験を受けたい、と旅に出る前にキャムは言っていた。それが叶うことがキャムにとって嬉しいことなのは当然だが、エディンにとっては頭の痛い話である。
もしキャムを討伐隊に入れると言う話が出た場合、それは頑として断らねばならない。そういう約束だ。
二人で試験を受け、充分な力があると判断されたら、二人とも討伐隊に入ると言うことになるのだろうか。
だとすると、この試験は落ちなければならないと言うことになる。
その思考が伝わったのか、女王は優しげに首を横に振った。
「試すのはあくまでもお前に対してだけだ。戦いぶりを見て、判断させてもらう。」
ホッとした表情のエディンの横で、キャムは残念そうに眉を下げた。
エディンの強さを推し量ってのことなのか、それともいつもの形式なのか、エディンとキャムが準備を整えて広場の中央に立つと、それを10人の兵士が取り囲んだ。そして、その向こうには鎧を身に纏った、がっしりとした体つきの男が控えている。
つまり10人を倒したあと、あの鎧男が出てくるということだろう。
「はじめ!!」
女王の傍に控える兵士の掛け声が清々しく響き渡った。
取り囲んだ兵士たちは二つのチームに分かれて掛かってきた。前衛が踏み込む。
まず攻撃を掛けたのはキャムだった。強烈な雷を周囲に落とす。
それは先走った行動ではない。エディンを戦いやすくするためだ。敵は怯んでおのおの足を踏ん張ったり、一歩引いたりと立ち位置がバラけることになる。
それを受けてエディンは一番近い敵に斬りかかった。
訓練用の剣は鈍い音を立てて相手に打撃を与える。鍛えられた兵士だ。その程度では膝をつく様子もない。
しかし、エディンの攻撃には重みがあった。
二度三度ヒットさせると、バランスを崩して倒れ込んだ。地に体が触れた者はリタイアとなる。
キャムは普段手裏剣を使うが、今は少し重みのあるボールを持たされていた。
そのボールで兵士を転ばすのはかなり難しい。それでも攻撃を防ぐのには役立っていた。
前衛の数人をリタイアさせたエディンはキャムを振り返る。
「行くぞ!」
「OK!」
視線を合わせた次の瞬間、二人同時にフウッと細く息を吐いた。そして一気に空気を吸い込む。
「「ライディーンブロウ!!」」
エディンの剣の振りに操られるように、キャムの放った雷が波を打って兵士たちを襲った。
「ほう…。」
感嘆の息を吐いて、女王が鎧の騎士に目配せをする。
すると鎧は剣を鳴らして構えた。
「キャム、お前は手を出すな。俺がやる。」
剣を構えなおしたエディンが走り出した。
「陛下…。」
耳打ちに女王は視線をエディン達に向けたまま、少し体を傾けて声の主である大臣の言葉を待つ。
「先程知らせが参りました。挑んだ者が帰らぬそうです。」
「…そうか。」
「もう暇はございません。ご決断を。」
「…まだ人数が集まっておらん。」
「そうも言ってはおれません。」
「……分かっておる…。」
女王は苦悩を眉に浮かべた。
先程の連携技を思い出して、もしかしたら、と思う。この若者なら、期待を掛けてもいいかもしれない。
鎧の男はガクリと膝をついた。
女王がパチパチと拍手をすると、侍女や兵士たちもそれに倣う。
「見事だ。合格だ、エディンとやら。」
エディンは跪いて頭を垂れた。
「ありがとうございます。女王様。」
「ところで、エディン。実は状況が変わってしまってな、取り急ぎ討伐の旅に出てもらいたい。お前は強いが、まだ力が足りぬ。修行をしながらの旅となるだろう。こちらからも旅の供を出すが、それだけでは心許ない。道中、お前が信頼できると思う仲間を見つけることだ。一人目はもう決まっておるな。キャム、そなたも同行するが良い。」
驚きにエディンは立ち上がった。
「そ…それは!…困ります!!討伐隊には入れないことを条件にキャムはここに来たんです!」
「だが、そなたの力にその少女の協力は不可欠と見た。確かにそこの近衛隊隊長ヴァズをお前は一人で倒した。しかし、もしあの連携技で掛かっていたら、もっと短い時間で膝をつかせることが出来たのではないか?私はその力に期待したい。」
それに、と女王は言った。
「道中で出会うモンスター如きに殺されてしまっては困るのでな。保険を付けておきたいのだ。」
「しかし…。」
困惑の表情から、エディンが辞退しようかと思案していると踏んで、女王は語気を強めた。
「これは命令だ。もし背くなら、お前たちを家族共々刑に処す。」
「そんな!!」
愕然と見るその目に、女王は笑みをこぼす。
「と、私に脅されたことにしておけ。」
「え?」
「それ、キャムの方は行く気満々に見えるぞ?」
振り向くと、頬を紅潮させたキャムが、祈るように手を胸の前で組んでいた。
「お前たちの両親には前金を届けておく。それと共に今の話も手紙にして持たせよう。」
女王の命令に背くわけに行かずエディンは苦渋の選択を迫られたのだ、という体を作ってくれるという。
エディンはパアッと花が咲いたように明るい顔になった。今の今まで、責任が圧し掛かっていたのだろう。
「ありがとうございます!!」
二人は深々と頭を下げていた。
城で当面の旅費と必要な物品を受け取っていると、そこに若い男が現れた。
「君がエディンかい?」
そう言って握手の為に手を差し出した男は、背中に槍を携えている。
「…アンタは?」
握手に応じながら、エディンはしげしげと彼を眺めた。
兵士にしては鎧を着けていない。軽装のアーマーを肩や腰に当てているだけだ。そして、足元は長距離を歩くときに重宝する軽めのブーツ。背中には槍の他に小さくまとめた荷物も担いでいた。
「俺はカード。カード・バルドゥール。キミと同じく、女王陛下から名誉ある任務を言い渡された者だ。」
「ああ、じゃあ、アンタが同行してくれるのか。俺はエディン。エディン・カッソ。宜しく頼む。」
バルドゥールという名は聞いたことがなかったが、襟元や袖口にさりげなくついているアクセサリーに家紋が彫られているところを見ると、田舎から出てきたエディンでも彼が貴族なのだと推し量れた。
聞けば彼も同じような試験を受けたらしい。
貴族出身の彼がなぜ兵士としてその試験を受けるに至ったかについては、家庭の事情が垣間見える。貴族と言っても勢力は弱く、発言権もほぼ無いと言っていい立場だ。手柄の一つも立てれば少しは貴族院での扱いも変わるだろうという親の思惑である。
「陛下が命令書を持たせてくださったよ。これがあれば、何処の駐屯地でも軍の支援を受けることが出来る。」
目的の山に入る時は兵士を何人連れて行ってもいいと言われた。ドラゴンの情報を見る限り、今のエディンでは太刀打ちできない相手だ。女王が言ったように、旅の中で修行をしていく必要があるだろう。そして、その上で軍の兵力を借りて討伐に向かえということだ。
「ありがたい心遣いだな。」
ぽつりとエディンが言うと、カードは誇らしげに頷いた。
出発の式典こそなかったが、エディン達三人が城から出ようという時には女王自ら見送ってくれた。
必ず成し遂げてくれ、生きて帰って来い、と女王はそれぞれの手を取って言った。
それはどこか祈りのように見える行動だった。
城を出たエディン達はまっすぐ教会に向かった。勿論、フェリエに会うためである。
礼拝堂でもの珍しそうにキャムがあちこち見て回っていると、天使像の脇の扉が開いてフェリエがやってきた。
「どうでした?」
まるで自分の試験の結果を聞くように、緊張の面持ちで彼女がそう聞いた。
エディンは悪戯っぽい笑みを見せると、恭しく片腕を腹に当ててお辞儀をする。
「女王陛下からご命令が下りました。討伐隊として、これから旅路に着くところでございます。」
その様子を見てキャムはきゃらきゃらと笑い声を立てた。
まあ、とフェリエは声を上げる。
そして、彼女は「実は私も…。」と修行の旅について話し出した。
教会の僧侶は、彼女に一層の努力を求めている。まだまだ僧侶の器には程遠いということらしい。
未熟な彼女は、使える魔法を増やすことと威力を上げることが当面の目標だという。
「じゃあ、一緒に行けばいいじゃないか。ヒーラーが討伐隊に加わってくれれば心強い。」
カードの言にエディンも賛成した。
「俺達も鍛えながら旅をするんだ。一緒に闘っていれば仲間を回復したり、モンスターを攻撃したり、いろんな魔法を使うことになって訓練になるだろ?」
うんうんとキャムも頷く。
フェリエは困惑しながらも嬉しくてはにかんだような笑みを見せた。
「よろしいのでしょうか…?」
「もちろんだよ!」
遠い旅路で、どんな冒険が待ち受けているのか。不安もあるが、それ以上に期待に胸を膨らませている。
特にエディンとキャムは、自分たちの叶わない筈だった夢が現実になることに、踊りださんばかりの心中だった。
フェリエは城下町を目指していた。
故郷の教会の使いと、自身の修行が目的の旅である。
一人旅に難色を示していた両親が首を縦に振ったのは、フェリエの力ならモンスターの2,3匹が一度に襲ってきたところで何の問題もないと教会の僧侶がお墨付きをくれたからだ。
修道女の身である彼女は、正式な僧侶になることを目標に町を後にした。
城下町まであと少しというところで、フェリエは前方に座り込んでいる人影を見つけた。
二人組の男女は兄妹のように見受けられる。
様子が気になり近付きながら視線をやっていると、どうやら兄の方が怪我をしている風だ。
「どうされましたか?」
近くまで行ってそう声を掛けると、二人はフェリエに今気付いたようで、少し驚いた様子で返事をした。
「ちょっとドジっちゃって。モンスターに…。」
青年が恥ずかしげにそういうと、少女が「違うよ。」と横から割り込んだ。
「エディンがドジったんじゃなくて、私がドジったから、エディンが無理して庇ってくれたんじゃん。」
もう、と少女は怒っている。
それはエディンという青年の言葉に単に反論してのことではないのだと、フェリエは思った。
恐らくモンスターの攻撃から庇われただけでなく、失敗をしたことさえも庇われてしまったことが、少女のプライドに触れたのだろう。
「ちょっとぐらい怪我したって大丈夫なのに。無理して庇わなくったってさ…。」
ぷうっと膨れる表情はまだかなり幼いものだ。
「そうはいかないだろ?俺、キャムんちのおじさんとおばさんに、絶対怪我させないって約束したんだから。」
「そんな約束おかしいよっ!私は自分で付いて来たかったんだから!」
怒りの中で、少女の目は微かに潤んでいる。
そうか、とフェリエはまた思う。
プライドもあるが、同時に、この青年に負わせてしまっている責任を辛く感じているのだ。
「あの…、ともかく、治療をしましょうね。その程度の怪我ならすぐに治りますよ。」
「え?…あなたは…?」
「ヒーラーです。まだほんの駆けだしですが。」
「そうなんですか?助かるよ。」
青年はホッとした様子で怪我をした足を前に出す。
怪我は浅く、治癒魔法を一分ほど当てると完全に塞がった。
「まあ、お城に行かれるのですか?私は城下町の教会に向かうところなのです。良かったらご一緒しませんか?」
フェリエは小さな偶然を喜んでそう言った。
自分でも気付いてはいないが、一人でいることに多少なりとも不安があったのかもしれない。修行という点において言えば、人を頼っていてはいけないのだが。
しかし、そんな事情に関係のない青年は即答で快諾する。
「じゃあ、よろしく。俺はエディン、で、こっちは…。」
「私はキャムっていいます。よろしく。」
キャムは慌ててエディンの言葉を遮った。
エディンの自己紹介のついでに紹介されてしまうのが、子供扱いされるようで嫌だったのだろう。
その様子にフェリエは柔らかく微笑んだ。
「私はフェリエと申します。こちらこそ宜しくお願いします。」
「じゃあ、フェリエ、城での用事がすんだら顔を出すよ。」
エディンはそう言って手を振った。キャムもそれに倣うようにぶんぶんと振っている。
ほんの短い距離だったが、気さくな性格のエディンは何の気負いもなくフェリエと打ち解けた。
キャムはというとちょっとした嫉妬心は湧くものの、それは表に出すほどでもなく、素直にフェリエの温かな人柄を心地よく受け取っていた。
「頑張ってくださいねー!」
城での試験のことを聞いていたフェリエは、去っていく二人を追うように声援を贈った。
エディンが緊張して書状を門番に渡すと、大したやり取りもなく二人は敷地内の庭に通された。
何かの式典の際に使う広場だろうか。だだっ広く、城のバルコニーから一望できるようになっている。
その下の大きな扉が開くと、高貴さを纏った女性が数人の侍女を従えてやってきた。
「女王陛下である。控えろ。」
すぐ近くの兵士がエディン達に告げて膝をついた。
それに倣ってエディンとキャムも膝をついて頭を下げる。
「よく来てくれた。お前たちの噂は聞いている。エディンとやら、早速だがお前の腕を試させてもらう。」
「はいっ!よろしくお願いします!」
固くなって返事をすると、女王は美麗な笑みを浮かべた。
「そう身構えずとも良い。いつもの力を見せてくれればいいのだ。ところで申し訳ないのだが、こちらも多忙でな、連携技なるものも同時に見たい。」
二人は顔を見合わせた。
「あ、あのっ…。」
「それは、二人で試験を受けるということでしょうか。」
期待と不安が入り混じった高ぶりでキャムが声を上げようとしたところを制して、エディンは落ち着いて訊ねる。
自分も試験を受けたい、と旅に出る前にキャムは言っていた。それが叶うことがキャムにとって嬉しいことなのは当然だが、エディンにとっては頭の痛い話である。
もしキャムを討伐隊に入れると言う話が出た場合、それは頑として断らねばならない。そういう約束だ。
二人で試験を受け、充分な力があると判断されたら、二人とも討伐隊に入ると言うことになるのだろうか。
だとすると、この試験は落ちなければならないと言うことになる。
その思考が伝わったのか、女王は優しげに首を横に振った。
「試すのはあくまでもお前に対してだけだ。戦いぶりを見て、判断させてもらう。」
ホッとした表情のエディンの横で、キャムは残念そうに眉を下げた。
エディンの強さを推し量ってのことなのか、それともいつもの形式なのか、エディンとキャムが準備を整えて広場の中央に立つと、それを10人の兵士が取り囲んだ。そして、その向こうには鎧を身に纏った、がっしりとした体つきの男が控えている。
つまり10人を倒したあと、あの鎧男が出てくるということだろう。
「はじめ!!」
女王の傍に控える兵士の掛け声が清々しく響き渡った。
取り囲んだ兵士たちは二つのチームに分かれて掛かってきた。前衛が踏み込む。
まず攻撃を掛けたのはキャムだった。強烈な雷を周囲に落とす。
それは先走った行動ではない。エディンを戦いやすくするためだ。敵は怯んでおのおの足を踏ん張ったり、一歩引いたりと立ち位置がバラけることになる。
それを受けてエディンは一番近い敵に斬りかかった。
訓練用の剣は鈍い音を立てて相手に打撃を与える。鍛えられた兵士だ。その程度では膝をつく様子もない。
しかし、エディンの攻撃には重みがあった。
二度三度ヒットさせると、バランスを崩して倒れ込んだ。地に体が触れた者はリタイアとなる。
キャムは普段手裏剣を使うが、今は少し重みのあるボールを持たされていた。
そのボールで兵士を転ばすのはかなり難しい。それでも攻撃を防ぐのには役立っていた。
前衛の数人をリタイアさせたエディンはキャムを振り返る。
「行くぞ!」
「OK!」
視線を合わせた次の瞬間、二人同時にフウッと細く息を吐いた。そして一気に空気を吸い込む。
「「ライディーンブロウ!!」」
エディンの剣の振りに操られるように、キャムの放った雷が波を打って兵士たちを襲った。
「ほう…。」
感嘆の息を吐いて、女王が鎧の騎士に目配せをする。
すると鎧は剣を鳴らして構えた。
「キャム、お前は手を出すな。俺がやる。」
剣を構えなおしたエディンが走り出した。
「陛下…。」
耳打ちに女王は視線をエディン達に向けたまま、少し体を傾けて声の主である大臣の言葉を待つ。
「先程知らせが参りました。挑んだ者が帰らぬそうです。」
「…そうか。」
「もう暇はございません。ご決断を。」
「…まだ人数が集まっておらん。」
「そうも言ってはおれません。」
「……分かっておる…。」
女王は苦悩を眉に浮かべた。
先程の連携技を思い出して、もしかしたら、と思う。この若者なら、期待を掛けてもいいかもしれない。
鎧の男はガクリと膝をついた。
女王がパチパチと拍手をすると、侍女や兵士たちもそれに倣う。
「見事だ。合格だ、エディンとやら。」
エディンは跪いて頭を垂れた。
「ありがとうございます。女王様。」
「ところで、エディン。実は状況が変わってしまってな、取り急ぎ討伐の旅に出てもらいたい。お前は強いが、まだ力が足りぬ。修行をしながらの旅となるだろう。こちらからも旅の供を出すが、それだけでは心許ない。道中、お前が信頼できると思う仲間を見つけることだ。一人目はもう決まっておるな。キャム、そなたも同行するが良い。」
驚きにエディンは立ち上がった。
「そ…それは!…困ります!!討伐隊には入れないことを条件にキャムはここに来たんです!」
「だが、そなたの力にその少女の協力は不可欠と見た。確かにそこの近衛隊隊長ヴァズをお前は一人で倒した。しかし、もしあの連携技で掛かっていたら、もっと短い時間で膝をつかせることが出来たのではないか?私はその力に期待したい。」
それに、と女王は言った。
「道中で出会うモンスター如きに殺されてしまっては困るのでな。保険を付けておきたいのだ。」
「しかし…。」
困惑の表情から、エディンが辞退しようかと思案していると踏んで、女王は語気を強めた。
「これは命令だ。もし背くなら、お前たちを家族共々刑に処す。」
「そんな!!」
愕然と見るその目に、女王は笑みをこぼす。
「と、私に脅されたことにしておけ。」
「え?」
「それ、キャムの方は行く気満々に見えるぞ?」
振り向くと、頬を紅潮させたキャムが、祈るように手を胸の前で組んでいた。
「お前たちの両親には前金を届けておく。それと共に今の話も手紙にして持たせよう。」
女王の命令に背くわけに行かずエディンは苦渋の選択を迫られたのだ、という体を作ってくれるという。
エディンはパアッと花が咲いたように明るい顔になった。今の今まで、責任が圧し掛かっていたのだろう。
「ありがとうございます!!」
二人は深々と頭を下げていた。
城で当面の旅費と必要な物品を受け取っていると、そこに若い男が現れた。
「君がエディンかい?」
そう言って握手の為に手を差し出した男は、背中に槍を携えている。
「…アンタは?」
握手に応じながら、エディンはしげしげと彼を眺めた。
兵士にしては鎧を着けていない。軽装のアーマーを肩や腰に当てているだけだ。そして、足元は長距離を歩くときに重宝する軽めのブーツ。背中には槍の他に小さくまとめた荷物も担いでいた。
「俺はカード。カード・バルドゥール。キミと同じく、女王陛下から名誉ある任務を言い渡された者だ。」
「ああ、じゃあ、アンタが同行してくれるのか。俺はエディン。エディン・カッソ。宜しく頼む。」
バルドゥールという名は聞いたことがなかったが、襟元や袖口にさりげなくついているアクセサリーに家紋が彫られているところを見ると、田舎から出てきたエディンでも彼が貴族なのだと推し量れた。
聞けば彼も同じような試験を受けたらしい。
貴族出身の彼がなぜ兵士としてその試験を受けるに至ったかについては、家庭の事情が垣間見える。貴族と言っても勢力は弱く、発言権もほぼ無いと言っていい立場だ。手柄の一つも立てれば少しは貴族院での扱いも変わるだろうという親の思惑である。
「陛下が命令書を持たせてくださったよ。これがあれば、何処の駐屯地でも軍の支援を受けることが出来る。」
目的の山に入る時は兵士を何人連れて行ってもいいと言われた。ドラゴンの情報を見る限り、今のエディンでは太刀打ちできない相手だ。女王が言ったように、旅の中で修行をしていく必要があるだろう。そして、その上で軍の兵力を借りて討伐に向かえということだ。
「ありがたい心遣いだな。」
ぽつりとエディンが言うと、カードは誇らしげに頷いた。
出発の式典こそなかったが、エディン達三人が城から出ようという時には女王自ら見送ってくれた。
必ず成し遂げてくれ、生きて帰って来い、と女王はそれぞれの手を取って言った。
それはどこか祈りのように見える行動だった。
城を出たエディン達はまっすぐ教会に向かった。勿論、フェリエに会うためである。
礼拝堂でもの珍しそうにキャムがあちこち見て回っていると、天使像の脇の扉が開いてフェリエがやってきた。
「どうでした?」
まるで自分の試験の結果を聞くように、緊張の面持ちで彼女がそう聞いた。
エディンは悪戯っぽい笑みを見せると、恭しく片腕を腹に当ててお辞儀をする。
「女王陛下からご命令が下りました。討伐隊として、これから旅路に着くところでございます。」
その様子を見てキャムはきゃらきゃらと笑い声を立てた。
まあ、とフェリエは声を上げる。
そして、彼女は「実は私も…。」と修行の旅について話し出した。
教会の僧侶は、彼女に一層の努力を求めている。まだまだ僧侶の器には程遠いということらしい。
未熟な彼女は、使える魔法を増やすことと威力を上げることが当面の目標だという。
「じゃあ、一緒に行けばいいじゃないか。ヒーラーが討伐隊に加わってくれれば心強い。」
カードの言にエディンも賛成した。
「俺達も鍛えながら旅をするんだ。一緒に闘っていれば仲間を回復したり、モンスターを攻撃したり、いろんな魔法を使うことになって訓練になるだろ?」
うんうんとキャムも頷く。
フェリエは困惑しながらも嬉しくてはにかんだような笑みを見せた。
「よろしいのでしょうか…?」
「もちろんだよ!」
遠い旅路で、どんな冒険が待ち受けているのか。不安もあるが、それ以上に期待に胸を膨らませている。
特にエディンとキャムは、自分たちの叶わない筈だった夢が現実になることに、踊りださんばかりの心中だった。