霧の向こう

10.雷鳴


 パラサイトオークは、人の負の感情を餌に魔力を増大させる。憑かれた人間は、生かさず殺さずの状態でそこに留め置かれる。負の感情を取り込む代わりに、人間にエネルギーを分け与えているらしい。生死の観点から言えば、ある意味共生関係のようなものだ。
「じゃあ、取り敢えず、キャムが死ぬことはないんだよな?」
 村の村長宅、地下の書庫で本をめくりながら、エディンは別の書物を調べているフェリエにそう聞いた。
「…取り敢えずは…でも、種に憑かれた事例は載っていませんから何とも…。」
 どの本を見ても、成木に憑かれた時の対処法は載ってはいるが、種の方はさっぱりだった。そしてその成木の事例にしても、大抵は一週間程度で助け出されている。それ以上憑かれたままで無事でいられるかどうかは分からないのだ。
「…『種に寄生される事例も起こりうる』…か。これも駄目だ。それ以上載ってない。」
 また一冊、カードが山積みのてっぺんに本を乗せた。
「隣町に詳しい人いるかなぁ…。」
 マルタは手に持った大きな図鑑から視線を上にあげた。
 かつてこの近辺でパラサイトオークが生息しているのを見たものはいなかった。当然詳しい人間も皆無だ。そのモンスターの名前すら知らない年長者も多い。さんざん聞きまわってようやく、隣町にモンスターに詳しい人物がいると知った。
 今、隣町にはザイールが向かっているところだ。うまくいけば明日には情報を持ち帰ってくるだろう。
「とにかく、やれそうなことはやってみようぜ。」




 基本的に接続部分を切り離さなくてはいけないという。
 しかし悪いことに、その種がついている場所がキャムの喉元だった。攻撃を掻い潜りながら、その種を体から引き剥がすのは無理がある。勿論、種を砕くような攻撃を繰り出せば、キャムの命がない。
 ダメもとでやってみようと、ザイール抜きで山に入ることになった。
「ザイールさんは効かないと仰っていましたが、浄化魔法を試してみます。」
 うん、と頷いてエディンは自分のできることを考える。
 とにかく名を呼ぶつもりだ。一度目は敵だと見なされてしまったが、キャムが正気を取り戻しさえすれば木の動きを鈍らせることができるはずである。そうすれば、喉元に付いた種をはぐように刃物を使うことも可能だ。
 それにしても、キャムの様子がおかしいことが引っかかる。どの書物にも心を操られるというようなことは書かれていない。それが種から寄生して成長したパラサイトオークの特性なのか、それともキャム自身の異変なのか。
 不安を抱えたまま、一行は木の前に立った。



 浄化魔法は何度試しても効かなかった。
「こちらは私たちで食い止めますから、お二人で中に!!」
「よし!!」
 フェリエとマルタが援護を引き受けている間に、エディンとカードはうろに向かう。
 枝が鞭のようにしなってエディンを襲った。剣で受けようとしたところでマルタの矢が枝を射抜く。礼を言う余裕もなく、エディンは先を急いだ。
「キャム!!しっかりしろ!!今助けてやるからな!?」
 間近に入り込んで名を呼んでも、キャムは正気を取り戻さない。剣を振るうたびにキャムが叫び声を上げた。
 ビクッとエディンは動きを止めた。
 割り切って剣を振るっているつもりでも、キャムの叫び声を聞くとどうしても条件反射のように体を止めてしまう。
 しっかりしろ、とカードがエディンに迫った枝を突き刺した。
「キャム!耐えてくれ、種を引き剥がせばもう痛くないんだ!」
 言い聞かせるように言ってカードも懐に飛び込む。
 二人で何度も枝や根を切り、キャムの側に手を伸ばすとそこに突き刺すように細い枝が攻撃をしてきた。
「キャム!!手を!手を伸ばしてくれ!俺の手を取ってくれ!!」
『いや!嫌い!!来ないで!!』
「キャム!!」
 何度呼んでも、何度斬っても、キャムに触れることすら叶わない。
「「うわあああ!!」」
 また強い攻撃に吹き飛ばされた二人を、慌ててフェリエが風のクッションを出して受け止めた。
「…ダメ…なのか…?」




 意気消沈の面持ちで村に帰った4人を待ち受けていたのは、打ちのめすような知らせだった。
「あんたらには悪いけど、もう依頼は出しに行った。」
 依頼というのは、ギルドへの討伐依頼のことだ。
 キャムに寄生したパラサイトオークは巨大になりすぎた。踏みつぶされた下草だけでなく、周りの植物も枯れ始めている。村の収入源である山に自生している薬草も、危機にさらされ始めたのである。
「我々の生活もかかっているんだ。…わかってくれ。」
 引き離す前にモンスターを殺してしまうと、寄生された人間の命も潰える。それは過去の事例で明らかだ。
 エディンが何度も頭を下げたが、村人たちは目をそらすばかりだった。
「もう少し…もう少し待ってくれよ!俺たちが何とかするから!」
「何とも出来なかったんだろう?…ギルドの仕事を請け負った者が来るまでは好きにしてくれていい。でも、それ以上は待てん。」


 次の日の早朝、ザイールが戻ってきた。
「結果だけ言えば…手立てはない。」
「ないって…、そんな…。」
「未だかつて、種に寄生された人間を助け出した事例がねぇって話だ。諦めるんだな。」
 そう言って背を向けたザイールに、エディンは怒りをぶつける。
「諦めろって…諦められるわけないだろ!?キャムだぞ!?アイツ…まだ10歳で…まだ…これからいっぱい…。」

 これからいっぱい楽しいことがあるはずだ。色んな所に行って、色んなものを見て、色んなことをして、村に帰って、両親にしてきた冒険を楽しそうに語るんだ。

 ドンッと壁を殴り、エディンは目を伏せた。
「討伐の依頼が出されたんだ…。依頼を受けたヤツが来る前に、キャムを助け出さなきゃ…。」
 絞り出すようなエディンの声に、ザイールはあっけらかんと返す。
「ああ、知ってんのか。」
 言って懐からこぶし大の袋を出して机に置いた。
「…なんだよ…それ…。」
「前金だ。俺が受けた。」
 言葉を失って暫し立ち尽くすエディンを尻目に、ザイールはもう一度袋を懐にしまい、ドアに向かう。
「行くぞ。ヒーラー、付き合え。」
 フェリエを顎で呼ぶザイールの肩を捉まえ、エディンは声を荒げた。
「あんた正気か!?キャムを!!キャムを殺す気なのか!?」
「いつも言ってるだろうが。俺はプロだ。受けた仕事はきっちりやる。」
「金のためなら仲間も殺すのかよ!!…ああ…そうか、そうだよな。あんたにとっちゃ俺達は仲間でも何でもないんだろ。ただの金づるだ。一人ぐらい死んだって構わないって思ってんだろ!!」
「そうかもな。」
 事も無げに返して、ザイールは肩を掴むエディンの手を払いのける。
 エディンは怒りに拳を握りしめた。
「行かせない!!あんたがキャムを殺すって言うんなら!俺はあんたと戦う!!」
「お断りだな。仕事前に体力使う気はねえよ。」
「ふざけるな!!」
 振り上げられた拳を、ザイールはかわしてその手首を捕まえた。
「じゃあ、放っとくってのか?お前は、ここの村の人間を犠牲にしてもあの餓鬼を守るってのかよ。」
 村人のことを持ち出され、エディンは言葉に詰まる。
 薬草が取れなければ、ここの者たちの生活はままならなくなるだろう。それは理解している。
「それもいいさ。どんな犠牲を出してもアイツを守るってんなら、やってみろ。さっさと村の人間を皆殺しにしてこい。そうすりゃ討伐の依頼なんてなかったことにできる。アイツもあのまま生き続けられる。さあ、やってこいよ。」
 ザイールが掴んでいた手を捨てるように放すと、エディンはよろめいて後ずさった。
 あのモンスターを倒さなければ、この村の人間は生活を一変させなければならなくなる。死ぬことはないにしても、どこかに移住するか、周りのモンスターを狩って細々と暮らすか。何にしてもこれまでの安定した生活を奪われてしまうのだ。昨日今日会ったばかりの旅人のために、人生を狂わされることを良しとする人間はいないだろう。
 キャムを守るには村を犠牲にするしかなく、村人の安寧を守るにはキャムを殺すしかない。
 そんな残酷な選択が、エディンに出来るわけがなかった。


 ザイールはもう一度くいっと顎でフェリエを呼び、部屋を出た。
 フェリエは打ちひしがれるエディンを気にしながらも、言葉をかけることは躊躇われ、無言で部屋を後にする。カードとマルタも、後ろを気にしつつそれに続いた。
「討伐に…行くのですか?」
「ああ、付き合ってもらう。」
「…わかりました。参ります。」
 言葉少なに四人は山に向かう。
 あたりはまだ朝焼けが僅かに残る時間、人影もまばらだった。



「おい。」
 山に入ってすぐ、ザイールはカードに向かって呼び、何かを投げてよこした。
「?」
 慌てて受け取ったそれが、先ほど宿で見た『前金』の袋であることはすぐに分かった。
 カードはムッとして視線を返す。
「これは?」
「前金だ。」
「それは知ってるよ。なんで俺に渡すんだ。」
 その質問にはザイールは一拍の間をおいて答えた。
「…いらねーんだよ、そんな後味のワリぃ金なんざ。」
 カードは足を止めた。カードだけでなく、フェリエとマルタもである。
「なら、俺だっていらないよ。」
 先を行くザイールの背中に向けて投げ返すと、それは何の障害もなく目標の背中に当たって地面に落ちた。
 面倒臭そうにザイールは振り返って拾い上げる。
「んじゃ、ヒーラー。」
 そう言ってフェリエに向けて差し出した。
 プイッとフェリエは横を向いて応じる。
「私だっていりません。」
「…そうかよ。」
 暫し手の中の前金を見て、ザイールはマルタに投げ渡した。
「…いいの?貰っちゃうよ?」
「ああ、こいつらいらねーってよ。」
 そのやり取りに、フェリエが「ご自分だって。」と横やりを入れた。
「大体、お金が要らないならどうして仕事を受けたりしたのです。…そんなことをしなければ…。」
 エディンだって殴りかかったりはしなかったはずだ、とフェリエは口ごもる。
「仕事としてやる必要、なかったんじゃないのか?」
 カードもきつい視線を送った。
 キャムを助け出すことが出来れば、同時にモンスターを倒すことになる。自分たちの目的はキャムの救出でいい筈だ。
 チッと舌打ちをして、ザイールは口を開いた。
「俺達より腕の立つ奴が仕事を請け負ったら、手も足も出せねえだろうが。」
 フェリエは目をしばたたく。
「なら、エディンにもそう言えば良かったじゃないですか!」
「んなこと言ったら、ついて来ちまうだろ。」
 それには反論せずに口をつぐんだ。フェリエ自身、今日はエディン抜きでやった方がいいと思っていたからだ。
 前日の戦闘でも、エディンは何度も剣を止めていた。その躊躇が悪い結果をもたらさないとは言い切れない。何より、フェリエはこれ以上彼を傷つけたくないと思っていた。
「…なら、キャムを助ける気はあるんだよな?ザイール。」
 カードの問いに、ザイールは「ん。」と短く唸るような返事を返す。
 その返事に三人がホッとした顔を返すと、ザイールはしかめっ面を向けた。
「言っとくが、俺はギルドの信用を失うわけにはいかねえ。タイムリミットは夕暮れだ。それまでにどうにもならなきゃ、遠慮なく殺す。」





 ねえ、エディン。
 そう声を掛けられて、エディンは側にいる少女を見下ろした。
 彼女、キャムはいつもと変わらぬ笑顔を向けている。
「私とエディンならさ、きっともっと大きなモンスターをやっつけられるよね?」
 ああ、楽勝さ。
 目の前にはあの日のモンスターが横たわっていた。
 そう、こいつに追い詰められて、俺たちは合わせ技なんてものを編み出したんだ。
 訳も分からず泣きわめいていた筈のキャムが、必死に振るった俺の剣に乗せて電気を走らせた。一瞬何が起こったのか分からなかったけど、すぐにキャムの雷だと気付いた。
「行くよ、エディン!!」
 ハッとして前を向くと、モンスターが迫っている。
 よし、あれやるぞ!!
「オーケー!!」
 ライディーンブロウ!!と二人の声が重なった。
 剣先に電気が溜まり、放出される感覚が心地よかった。そして、その技で周りのモンスターがあっさりと倒れていくのは爽快だった。どんな手強いモンスターだって自分たちの敵じゃないと本気で思っていた。




 エディンはハッと瞼を上げた。
 昼の日差しが部屋の中を温め、ベッドで丸まっていた彼はじっとりと汗に濡れていた。
 思い悩んでいる間に眠りに落ちてしまったらしい。前日も遅くまでモンスターに関する資料を読み漁っていたから無理もない。
 日が高いことに焦り、エディンは慌てて剣をもって部屋を出た。
 皆はまだ戻っていない。まだ、キャムは生きている。
 祈りにも似た憶測を支えに、宿を飛び出した。

 山に入る手前で人だかりができている。
 何だろう、と思いはしたが、エディンは目を合わせることが出来ず、そのまま通り過ぎようとした。
 しかし、中の一人がエディンの前に立ちはだかる。
「討伐依頼、引き受けたのお前の仲間だそうじゃないか!本当に討伐してくれるんだろうな!?」
 ザイールが受けてきたことが漏れたらしい。村人が疑うのも無理はないだろう。昨日、もう少し待ってくれと散々頭を下げて頼んでいたのだから。
 エディンは足を止めて手を震わせた。
「殺すさ…アイツはプロだからな…。」
「本当か!?このままずるずると先延ばしされちゃ困るんだ!!」
「分かってるよ!!」
 突然荒げた声に周りはシンとなる。
「アイツは…キャムを殺すんだ!!あんたらのために!!」
 ジャキンと音を立て、エディンの持つ剣は村人に向けられた。
「お…おい…。」
「でも…俺は…俺にはそんなことはできない…。俺はキャムを助ける!!…どけ、邪魔をするなら、あんたらだって容赦しない!!」
 涙にぬれた瞳は本気だった。
「ま…まて、俺たちは何もあの子を殺したいわけじゃない。モンスターさえ倒してくれれば、それで…。」
「そのモンスターを殺したらキャムが死ぬんだ!!」
 ブンッと脅すように剣を振り、エディンはもう一度切っ先を向けた。
 ふらふらと村人が道を開けると一気に駆け抜ける。現実から逃げ出すように。




 どうして、どうして、とエディンは頭の中で繰り返していた。
 どうしてこんなことになってしまったのか。
 どうしてキャムを村から連れ出してしまったのか。
 どうして女王はキャムも討伐隊に入れたのか。
 どうして自分は否と押し通せなかったのか。
 どうしてキャムは一人で山に入って行ったのか。
 どうして呼ぶ声に応えてくれないのか。
 どうして討伐なんか…

「…なんで…みんな、アイツについてったんだ…。」
 ザイールが討伐に向かうその後ろに、フェリエもカードもマルタも、足取りは重そうにしながらも悩まずについて行った。
 最初は自分と同じ立場でザイールを止めてくれるものだと思っていたが、そうではなかった。皆帰ってこなかった。
 村人全員とキャム。
 それを天秤にかけた結果だろうか。
 ツイっと鞘から抜いたままの剣先がすぐそばの木に傷をつけた。
 それを見て、足を止める。
 自分はどうするつもりなのだろうか。キャムを守るために、皆を殺すのか。フェリエも、カードも、マルタも。
 そしてアイツを殺すだけの力があるのか。
 殺せたとして、その後キャムをどう助ければいいのか。
 ちくしょう、とボヤキが口からこぼれる。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!!」
 力いっぱい腕を振り、すぐそばの枝を斬り落とした。







「行くぞ!!」
 何度目か、ザイールたちはキャムのところへ赴く。まだキャムを救う手立ては見いだせずにいた。
 あらゆる技を試し、キャムが弱れば回復魔法を施すという繰り返しだ。小一時間で疲れが出始め、何度か撤退を余儀なくされている。
「日暮れまではまだまだありますわ。」
 乱れて落ちてきた髪の毛をひと房、サッと手で掻き上げてフェリエは気丈な声を出した。
「ああ。まだ、やれる。」
「うん。」
 休憩を取って体力や魔力を回復しても、精神の疲れまでは拭えない。それでも退くわけにはいかないと皆同じ思いでいた。

 サアッと一陣の風がパラサイトオークを包むと、ザイールが舌打ちを漏らす。
「効かねえってわかってる技出して魔力消費すんじゃねえ!!」
「す、すまない!」
 風の精霊を守護に持つカードは、とっさに風の魔法を出してしまうことがある。盾になるものなら良いのだが、風の攻撃はこのモンスターには効かなかった。
 幾度となくウロの近くに取り付き、幾度となく叩き落とされる。
 やはり種を引き剥がすのは至難の業だ。
「おい!ヒーラー!!回復!!」
「は、はい!!」
「俺じゃねえ!アイツだ!!」
 ザイールに向かって呪文を唱えようとするフェリエを叱責するように言って、キャムを指さした。
「はい!!」
 またキャムは力を取り戻し、枝の動きが激しくなる。
「お天道様はてっぺんか…。腹が減ってきたなぁ。」
「先ほど携帯食を召し上がっていませんでしたか?」
「昼飯の時間だって思うと腹減るだろうが。」
「呑気ですわね。…まだまだ、元気だという証拠です。」
「ああ、お前も踏ん張れよ。ネエチャン。」
「フェリエですと何度も申し上げているでしょう?」
「へいへい。」
 軽口を合図にまた走り出した。




 ざわざわと森が鳴る。
 エディンの足元は下草が完全に枯れて倒れていた。薬草の自生場所がどこかは知らないが、この様子では村人が焦るのも仕方がないだろう。
 サクッと枯れた草を踏み締め、エディンは先を目指す。





 風が舞う。
 一陣の風が、空の高いところへ青い葉を連れていく。
「何度も言わせんな!!」
 カードの風魔法は、彼の意志に関係なく発動している。彼の危機に精霊が反応しているのだろう。それを叱責されてもどうしようもないのだが、毎度のことながらザイールは遠慮がない。
「隷属蓮華!」
 また違う技をザイールが放った。彼の技の多さには舌を巻く。皆、打つ手は全て出し尽くしてサポートをするしかなくなっている。
 ザイールの技が出されたのは、丁度大きな枝がカードに向かって振り下ろされた時だった。
 またカードの風が舞った。
「てめえ何回…!?」
 枝が大きく揺れ、葉が嵐のように散る。
「効いてる!?」
 これまで何度カードが風の技を出してもそよぐように受け流していたパラサイトオークが、今の風にはダメージを受けたように見えた。
「アンタの技が効いただけじゃないのか?」
「あんなことが出来る技じゃねえ。」
 数秒考えに入り、ザイールは指示を出す。
「しばらく二人で持ちこたえろ。ヒーラー!!下がれ!!」



「ピュリファケーションを?あれは効かないと…実際何度も試しましたが駄目でしたし。」
「効くようにしてやる。ヒールと同時打ちだ。二つの魔法を同時に出せるんだよな?」
「ヒール!?無理です!!ピュリファケーションは攻撃魔法です!!回復魔法とは重ねられません!!」
「やるんだよ!!死んじまうだろうが!!」
 そう言ってザイールはキャムを指さす。
「マルタさんは…。」
「アイツのじゃ足りねえ!やれ!!」
 カードたちに視線をやれば、何度も枝に打ち倒されその度にマルタがヒールを発動している。
 疲れているのは簡単に見て取れた。
「攻撃魔法と…回復魔法…。」
 視線を泳がせてフェリエは思考を巡らせた。
 そんな方法は習ったことがない。それどころか、不可能だと聞いた覚えがある。
 …でも、
 ハッとしてフェリエは顔を青くした。
 ひとつだけ、可能な方法を思いついてしまった。間に両性の魔法を挟めば、攻撃と回復を同時に打てる。しかし、それは三つの魔法を同時に打つということ。
 魔法三種同時打ち。そんなことが出来るのか。精霊が許しをくれるのか。精霊が力を貸してくれたとして、それに見合う対価を払えるのか。自分にそこまでの魔力があるのか。
 フェリエは奥歯をかみしめた。
「必ず、効くようにしてくれるんですね!?」
「ああ!!急げ!!」
 杖を構え、呪文を唱え始める。
「聖なる力よ、忌避すべき生に終わりを告げよ、ピュリファケーション=エス=我らに仇なすものよ、その身の内に潜む力を差し出せ、マジックアブソーブ=ハス=彼の者に生の活力を、ヒール!!」
 今まで感じたことのない急激な疲労。体力や魔力だけでなく、命までも吸われているかのような消耗。それでも中断するわけにはいかない。充分な力が溜まるまで、フェリエはじっとその消耗に耐えた。
「まだか!?さっさとしろ!!」
(無茶を言ってくれますね。)
 そうは思っても口に出す余裕はない。
 ややあってフェリエは杖をパラサイトオークに向けて差し出した。
「ザイールさん!お任せします!!」
「了解だ、フェリエ!行くぞ!!」
 ザイールの剣の切っ先が鋭いラインを描く。その剣圧とともに、フェリエの魔法は勢いよくウロに向かって行った。



 木が朽ちるように倒れ始めると同時に、ふわりとキャムの体が投げ出された。
 ほんの数秒の光景が、エディンにはスローモーションに見えていた。
「カード!!」
 ザイールの叫ぶ声が聞こえ、直後カードがキャムの方に駆け寄りながら風のクッションを出す。そこにまたザイールが叫ぶ。
「マルタ!!あれを撃て!!」
 キャムの体のすぐ上に、何かが追うように落ちている。
 そこから伸びる根のようなもの。それがキャムを捕らえようとしているのが分かった。
 あれは種だ。キャムを捕らえていた種が、もう一度取り込もうとしているのだ。
 マルタの弓の腕は上がっているが、そんな小さなものが狙えるわけがないと瞬間的に思ってしまう。
 エディンはすぐにでも飛び出していきたい気分なのに、体は少しも動いてはくれなかった。
 マルタの動作がもどかしいほどゆっくりに見える。
 早く、早く、と気ばかりが焦る。
 ひゅんっと放たれた矢は吸い込まれるように種に向かって行った。
 モンスターの断末魔か、森全体がざわつくように感じられた。



 がさがさと樹木が倒れる音、葉がこすれる音、めきめきと亀裂が入る音が辺りを包んだ。
 種は完全に砕けた。
 さっきまでキャムを捕らえようとしていた根も、既に干からびて力を失っていた。
「やった…。」
 カードが信じられないというニュアンスを含んだ言葉を出す。
「やった!!」
 マルタが飛び上がりそうな喜びの声を上げた。
「よし。」
 ザイールは静かにそう言うと、間近に倒れているフェリエを担ぎ上げた。
 彼女は意識はあるものの、体を動かせるだけの力が残っていなかった。
「すみません…。」
「いや?よくやったな、ヒーラー。」
「キャムは?」
「大丈夫だろう。モンスターが死ぬ前に解放されたんだ。」
 キャムのところにカードとマルタが駆け寄って膝をついて覗き込んでいる。少し離れた場所からでも二人がホッと息を吐いたのが分かった。
 歩み寄る途中、ザイールは足を止める。
「隠れてねえで、出てきたらどうだ!」
 離れた茂みに向けて声をかけると、気まずそうな顔をしながらエディンが姿を現した。
「行ってやれよ。」
 くいっと顎でキャムの方向を示され、エディンは無言で駆け寄る。
「キャム…キャム…。」
 貴重品を扱うように、エディンは慎重にキャムを抱き起こした。
 首のあたりを触って脈を確認すると、泣きそうな顔をして抱きしめる。
「…エディ…ン…?」
 抱きしめられた感触でか、キャムがうっすらと目を開けた。
「助けて…くれたの…?」
 エディンは何も答えられず、すいっと目をそらすと、その視線の先にはザイールがいる。
 ザイールは何を思ったか、すぐ側まで歩み寄ってこう言った。
「ああ、そいつがお前を助けたんだ。オイシイとこ持ってかれちまったな。」
 それを聞いたキャムは力なく笑みを浮かべた。
「嬉しい…ありがと…エディン…。」
 エディンは目を伏せることしかできなかった。




 エディンがキャムの休んでいる部屋を訪れると、彼女のベッドには椅子に腰かけたまま突っ伏しているマルタが眠っていた。
 キャムは横にはなっていたが、訪問に応じた声は随分と持ち直した様子だった。
「…マルタ…どうしたんだ?」
 ベッドに近づきながらそう聞くと、キャムは体を起こした。
「ずっとね、ヒール唱えてくれてたんだ。…痛かったよね、頑張ったねっていいながら…。」
 マルタに向けられた静かな笑みは、愛おしさと申し訳なさが混ざったものだ。エディンが知っている顔より幾分大人びた印象を醸し出していた。
 エディンはマルタとは反対側にゆっくりと歩み寄った。
 そして目を伏せる。
「エディン…?」
「キャム、ごめん…。」
 キャムはぶんぶんと首を横に振った。
「なんでエディンが謝るの?迷惑をかけたのは私だよ?それに、エディンは助けてくれたじゃん。」
「違う。」
 目を伏せたまま、エディンはつらそうに顔をゆがめる。
 キャムは不思議そうにそれを見上げた。
「俺は…何もできなかった…何もしなかった…。守ることも、助けることも。」
「え…だって…ザイールが…。」
 そう、エディンが助けたのだと言ったのはあのザイールだ。貶し言葉ならいくらでも嘘を交えるであろう彼は、人を褒めそやす嘘を吐く性格ではないはずである。
「アイツがどうしてあんなことを言ったのかは解らない。…でも、俺は…何もしてないんだ…。助かったキャムのところに駆けつけただけだ…。」
 そうなんだ、とキャムは小さく相槌を打った。
 別段落ち込むことではないが、エディンが助けてくれたと思った時の嬉しさを思うと、がっかりした気持ちが沸き起こってしまう。
 エディンはまた、ごめんな、と伏せた瞼を震わせた。
「謝ることないよ。心配かけたのは私だし、迷惑かけたのも私でしょ?」
 気を取り直してキャムが笑顔を見せると、エディンは「でも、」と続けた。
「俺、この旅に出るとき、絶対にキャムを危険な目に遭わせないって思ってたんだ。自信もあった。だから、おじさんやおばさんにもそう宣言してきた。約束したからってことじゃない。…俺は、キャムをちゃんと守りたかった。なのに、あんな…。」
 キャムはまたぶんぶんと首を振った。
「私だって同じだよ。エディンを危険な目に遭わせたくない。絶対守るって、思ってた。でも、私、エディンに酷いことしたんでしょ?攻撃して、痛い思いさせたでしょ?だから、おあいこだよ。」
「キャム…。」
 ニコッと笑んで、キャムは言う。
「迷惑かけてごめんなさい。心配してくれてありがとう。」





 コンコンというノックの音に、一拍おいてザイールは面倒臭そうな返事をする。それはいつもと変わらぬ声だった。
 ドアが開いて中を覗いたのはキャムだ。ザイールは一瞬呆けたような顔をしてから、一段と面倒そうなしかめ面を見せた。
「何か用か。」
「うん、ちょっと話…いい?」
 彼がガシガシと頭を掻くのは思案しているのだと、最近キャムは気付いた。うーんと唸ることもあるが、迷っている風を悟られたくないらしく、大抵はシレっとした表情のままだ。
「好きにしろ。」
「うん。」
 彼が座るベッドのそばに近づいて立ったまま話そうとすると、ザイールは近くにあった椅子を足でずらして睨むように視線を寄こす。
 座れという意味だと理解して、椅子を受け取って大人しく座った。
「んで?何だ…?」
 促されてキャムはふうっと息を吐く。そして一言。
「ありがと。オジサンのおかげで助かったんだって、エディンが教えてくれたよ。」
 ザイールは顔を横に向けて小さく舌打ちをした。
「…んだよ、言っちまったのか。融通効かねえな、アイツ。」
「エディンはズルいこと嫌いなんだよ。…オジサンも一緒でしょ?仕事もせずに、報酬受け取らないでしょ?」
 まあな、と言いながらザイールは立ち上がって、いつもやっているであろう備品の手入れを始めた。
「それだけか?」
 用が済んだなら出て行けという意味かと、キャムは少々複雑な顔をした。礼を言ったのを分かってくれたのだろうか。大人だったらもう少し丁寧なお礼を言うのかもしれない。もうちょっと何か言った方がいいのかとキャムは考えあぐねて気になっていたことを訊ねた。
「…なんで、嘘ついたの?エディンが助けたって。」
「お前、その方が嬉しいだろ。」
 即答で返った返事にキャムがクリンとした目を大きく見開いた。
 その表情でザイールは誤解が生じているのだと知って付け加える。
「また寄生されちゃ困るからな。」
 自分に憑いていた木が負の感情に反応するという話を既に聞いていたキャムは、「ああ、そっか。」と納得の相槌を打って頷いた。
 大きく成長したパラサイトオークが他の種を落としていないとも限らない。折角、寄生していた種を引き剥がしたというのに、別の種に憑かれてしまっては元も子もない。ザイールはそれを危惧して、キャムの心情を慮ったのだ。
「寝てなくていいのかよ。」
「もう大丈夫。マルタがいっぱいヒール掛けてくれたもん。」
「…魔法じゃ癒しきれないもんもある。しっかり休んどけ。」
 ザイールらしからぬ気遣いにキャムは笑った。
「ありがと。」
「倒れられちゃ迷惑なんだよ。」
「うん、ありがと。」
 立て続けに礼を言われて、ザイールは一層不機嫌な顔を向けた。
「…俺はなあ、別に………。」
 チッと舌打ちをして、手入れ中のアーマーをボスンとベッドに投げ落とす。
「今になっての欠員は困るんだよ。ドラゴン討伐に支障が出る。1千万ルーベを手に入れるためにはお前みたいな餓鬼でも抜くわけにゃいかねえって話だ。」
 うふふ、とキャムは声を立てて笑った。
 ありがとうという言葉をザイールが意識して無視しているのだとわかって、この中年男の意外な一面を見た気がしていた。
「いいじゃん、私がありがたいと思ってるんだもん。お礼の言葉ぐらい素直に受け取ってよ。」
 チッとまた舌打ちが漏れる。
「ありがと、ザイール。助けてくれたのがエディンじゃなくても、私、嬉しいよ?」
「…そうかい。そりゃ良かったな。」
 明後日の方向を見たままのザイールは複雑な表情だが、先ほどまでのしかめ面は引っ込んでいた。
 まだ笑顔を見せるほどの間柄ではないんだなとキャムは思った。仲良くなったところで、この男が他意の無い素直な笑顔を見せるところは想像もできないのだが。
 他の皆にもお礼を言いに行ってくる、と言ってキャムは立ち上がった。



 フェリエはまだベッドに体を横たえたままだった。
 自身の魔力は使い切ってしまったし、マルタはキャムに付きっ切りだったため、薬を飲んで後は自然に回復するのを待っていた。
「フェリエ、ちょっといい?」
「はい。…キャムはもう大丈夫なのですか?」
「うん。」
 部屋に入ると、フェリエは体を起こそうとした。それをキャムが制すると、彼女は申し訳なさそうに笑って応じた。
「すみません…、キャム。つらい思いをさせてしまって…。」
 謝ろうとした矢先に逆に謝られてしまい、キャムは慌てて首を振った。
「いいの!私の方こそ、迷惑かけてごめんなさい。助けてくれてありがとう。」
「いいえ、仲間ですもの。助けるのは当然でしょう?それよりも、私は年長者として、あなたが思い悩んでいることにも気付かなかったことが悔やまれてなりません。」
 負の感情に憑りつくというパラサイトオーク。きっとキャムは大きな悩みを抱えていたに違いないとフェリエは辛く思っていた。まだ10歳の少女が親元を離れ、こんなに長く旅をするのは普通のことではない。そんなことを失念してしまうほど、キャムは明るく快活だった。その笑顔の裏で不安を押し殺していたのかと思うと不憫でならなかった。
 そんな思考が伝わったのか、キャムは更に首を振る。
「ち、違うの!違うんだよ。…私…。」
「キャムはもっと我儘になっていいのです。不安を口にしたり、やりたくないと駄々をこねていいのです。きっと、そうするべきなのです。無理をして私たちに付き従う必要はないのですよ?」
 大人の気遣いを見せられて、キャムはバツが悪そうに眼を逸らした。そしてそのままぼそりと漏らす。
「…嫉妬なの…。」
「…え?」
 予想外の言葉に、フェリエはその意味を把握できなかったらしく、キョトンとキャムを見返した。
「嫉妬したの。…ヤキモチ焼いたの…。フェリエとエディンが…仲良くしてるとこ見ちゃって…だから…だから、フェリエは悪くないの。私が勝手に嫉妬して、勝手に落ち込んで、勝手に一人で山に入ったんだから、私の所為なんだよ。」
 フェリエはハッとして視線を落とした。
 キャムがエディンのことを慕っているのは知っていた。でもそれは家族の情愛のようなものだと理解していた。まだ幼い彼女の胸の内に、恋心が育っていることに気付いていなかった。
「あ…あの…キャム?…私は修道女です。修行中の身です。だから…男の方とお付き合いする気はありません。」
「…そういうことじゃ…ないんだよ…。」
 そんなことを分かっても納得できないものが心の中にあるのだと、キャムは言う。
 しばらくの沈黙の後、フェリエはまた口を開いた。
「そう、ですね。すみません。今のは論点をすり替えただけにすぎませんでした。」
 そう言って体を起こす。
「キャムは、私より大人ですね。」
「…どうして?」
「私の知らない感情を知っているからです。」
 フェリエは柔らかな笑みを見せた。その笑顔にも小さな嫉妬を感じる。自分がフェリエみたいに美人だったら、きっとエディンは振り向いてくれるだろう。
 また少し暗い気分になって目を伏せると、フェリエが手を取った。
「キャム?今はきっと不安で、辛くて、私の言うことが信じられないかもしれませんが、聞いてくれますか?」
「…うん。」
「私はまだ、恋をしたことがありません。」
 信じられないかもしれないと言われたそのまま、キャムは信じられなかった。エディンと見つめあっていたあの瞬間、フェリエの中にも特別な感情があったのではないのか。
 キャムは口をつぐんでジッとフェリエを見遣る。
「まだ、男性を恋い慕うという感情がどういうものなのか、ピンと来ないのです。確かに、エディンは素敵な方だと思います。誠実でまっすぐで、優しくて…。だから、将来の結婚を夢見れば、彼は理想の男性なのかもしれないとは思います。自分の人生に寄り添ってくれる方が、エディンのような誠実な男性だったら幸せだろうと。」
 でも、と彼女は続ける。
「それは、彼を恋い慕っているというのとは違うと思いませんか?多分私は、誠実で優しい男性が目の前に現れたら、その方のことも素敵だと思うでしょう。現に私……。」
 そこまで言うとフェリエはキャムの手を放して恥ずかしげに口許を隠した。
「カードのことも素敵だと思いますし…。」
 私って気が多い女なのでしょうか、と今度は両手で顔を覆ってしまった。
 キャムが少し驚いてその様子を見ていると、彼女は頬を手で押さえて表情を戻してチラリと視線を向ける。
「だから、キャムはまだ焦る必要はないのだと思います。」
「え?」
 真顔になった彼女は、真剣なまなざしでキャムを見た。
「先ほども言いましたが、私は修道女で今すぐ誰かとお付き合いをする気は全くありません。それは誓って言えます。僧侶になる夢を捨ててまで恋に走る気持ちが、私の中にはないんですもの。…とすれば、私が男性をそういう感情を持って見るようになるのは、僧侶になってからです。しかも、僧侶になれば最初の数年はどこかの教会で高位僧の元に勤めることになります。ちゃんと男性とお付き合いできるようになるのは、早くても5年先だと思います。その頃、キャムは何歳ですか?」
「…15…。」
「きっと成長して、素敵な女性になっていますよ?」
「…でも、エディンが私を見てくれるかどうか分からないよ?」
「はい、その頃、私がどんな方を好きになるか、エディンがどんな将来を思い描いているか、キャムが変わらず彼を好きでいるか、何も分かりません。」
「好きでいるよ!それは絶対!!」
 そこだけは譲れない、とキャムはグッと拳を握って猛抗議の様子だ。
 フェリエはにっこり笑った。
「そうですね。でも、私やエディンが何処を目標にしているかは、分かりません。私は故郷の教会を引き継ぐつもりでいますが、そうなるとお婿さんに来てくれる男性を探さなくてはいけないと思いますし。」
 焦る必要、ないと思いませんか?とフェリエは優しく首を傾げた。
 多少誤魔化されているのではないかという疑心もありながら、キャムはほぼ納得していた。
「…素敵な女性に…なれるかな…。」
 エディンに振り向いてもらえるぐらいに。見つめあったときに、エディンをドギマギさせることが出来るぐらいに。
「はい。キャムは素材がいいですから、きっと美人になりますよ?」
 つんと人差し指でキャムの鼻を突く。キャムは照れ臭そうに笑った。
 あ、と思いついたようにフェリエは付け加える。
「数年後、私がエディンを好きになっていたら、その時はライバルですね。」
 突然の宣戦布告を受けた気分で、キャムは慌てて言い返した。
「その時は正々堂々勝負だからね!?」
「はい。負けないように精進しておきます。」
 数秒、挑むような視線をかち合わせ、二人は笑った。




 次の日の朝、皆で宿のレストランに入って行くと、ザイールが既に食事をとっていた。
 面々に気付いて軽く手を挙げる。
「よ、遅かったな。…あー…ニィちゃんとヒーラーのネェちゃんは報酬いらねぇって言ったよな?」
 山に向かったときのことを思い出して、カードは「ああ、」と返事ともつかない声を出した。
「なら、この報酬は俺のモンってこったな。」
「え!?」
 ザイールはしてやったりな顔で紙幣をペラペラと数えている。
 唖然としながらも、それを言うなら、とフェリエが顔を顰めた。
「あなたも要らないと仰っていませんでしたか?」
「餓鬼は助かったろうが。後味悪くねえから、要るんだよ。」
「それなら、俺達だって同じじゃないか。平等に分配すべきだ。」
 カードも眉間をおさえつつ反論するが、ザイールは取り合う気がないらしい。
「お前らはただ、要らないっつっただけだろ。話は終わりだ。」
 慌ててマルタが走り寄った。
「ちょっ!!あたしはいらないって言ってないんですけど!?」
「お前には前金全部やったろうが。ちょうどいい取り分だろうが。」
 ええ!?とマルタが声を上げ、フェリエとカードも口々に抗議を始めた。


「ねー…エディン…?」
 少し離れた場所で静観していたキャムが隣のエディンを突いた。
「ん?」
「わたし、言える立場じゃないんだけどさ…。久々にオジサンのヤなとこ見た気がするよ…。」
「あー、俺も言えた立場じゃないけど、同じこと思ってたとこだ…。」




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