ピアノの音












白い。
白く烟って、昼下がりの雲の隙間から見える弱い太陽の光。
目を凝らすと白い景色に溶けるように小さく舞うもの。




「寒いわけだ」





今年最初の雪が降ってきた。













ゆき の はな ❄︎*•゜















かちゃ。



美味しかった。
一度寄ってみたかったカフェの挽きたてコーヒー。

仕事の行き帰りで度々そこの前を通り過ぎていたけれど、時間が無かったり、窓から覗いた時の店内が混んでいたりでなかなか寄れずにいたカフェ。
今日は昼までのスタジオの仕事を終えて、空腹のまま街に飛び出して。
…なにか食べて帰ろうとスタジオ付近の店をくるくる思案して。
あ、今日なんてあのカフェに行くのにちょうどいいじゃないかと。
ようやく念願が叶ったわけだ。






「コーヒー美味しかったです。ご馳走様でした」

「ありがとうございます、またいらしてくださいね」



会計の時にちょうどいらしたカフェのオーナーと一言二言会話して。
その時に目に付いた、レジ横の小さな焼菓子。店内で焼いていますっていうPOP付き。
ひとつひとつ型抜きされてチョコチップなんかで飾られたそれら。
その中にひとつ。
冬らしい雪だるま型。
自分はあまり食べないし、自分用には滅多に買わないけれど。
ふっとチラついたのは、彼のこと。
これを手にして微笑む姿を一瞬で想像してしまって。



「これもひとつお願いします」



買ってた。
買って自分で驚いた。

どうするんだ?これ。









冬の空気はますます冷たく、露出した耳や鼻先なんかを凍てつかせる。




「ーーー寒…っ」



せっかくコーヒーで暖まった手指の先もかじかんでくる。
はぁ…と息を吹きかけてコートのポケットに手を突っ込んだ。




「早く帰ろう」



少し行くと駅のタクシーロータリーだ。
今の時間ならすぐに乗れるだろう。
帰ったら早々に風呂でも入ろうか…とか考えながら駅に向かって歩く。
しかしそこでハッと思い出した。



「ーーーそうだ。ドラッグストアで買うものがあった」


ついでだから隣の書店も寄ろうか…なんて、少しだけ進路変更。
まだ時間も早いから。
冬の余暇を楽しもう。





雪の結晶のガーランド。
街灯の柱元の冬の寄せ植え。
赤と白のポインセチア。
ブルーアイスとユーカリ。
何処からか聴こえる冬のラブソング。




「ーーー今頃は何しているのかな、」



こんな風景の中を歩いていると。
脳裏に思い描くのは、あなたの姿と声ばかりで。
街に流れる冬のメロディを聴くと、あなたの声を聴きたくなる。
ーーー以前は波乗りで頻繁に海に通っていたと聞いたけれど。
その話を聞くと夏が似合うような気がしてしまうけれど。

僕の中では、あなたは冬が似合う気がしてならなくて。
なんでだろうな?




「ーーーーー冬空が白いから、黒髪が映える気がするし。冷たく赤くかじかむ頬が、やっぱり冬の空に似合う気がする。ーーー声も、」


冬の歌。
冬の愛の歌。
冬の短い昼間を惜しむような切なさや。
白い吐息に霞むあなたの横顔や。



「ーーーやっぱり冬が似合う気がします」



隆一さんは。
儚くて切なくて。
凍てつく冷たさも温もりに変える。
そんなイメージなんだ。













ドラッグストアで買い物を済ませて、その隣の書店へ立ち寄った。
今日買わねばならない目当ての本は無いけれど、いずれ読みたいと思っている本はたくさん。(足りないのはゆったりとした読書時間で…)
家にも既に待機中の本が何冊かある。




「ーーーいいなぁ…旅」



ふらりと足を止めた旅の雑誌の前で少しだけ立ち読み。
時期的にウィンタースポーツ系、冬のグルメ、雪景色、山小屋etc…

久しく行っていない。ひとり旅とか行きたいな。
いいなぁ、いいなぁ…なんて呟きながら。
カニ歩きみたいに前をよく見ずに横へ横へと移動していたら。




トンッ…


ばさっ!



「ぁ、」

「!…すみません、」

「…いえ、」



しまった。
見ず知らずのひとにぶつかってしまった。
しかも相手の持つ本を落としてしまったようで、静かな店内に落下音が響いた。



「ーーーごめんなさい」


慌ててしゃがんで本を拾い上げる。
腕の中に積んでいたようで3冊の書籍や雑誌。せっかくの新しい本を申し訳ない。




「ーーーーーえ、?」

「え?」



拾うのに熱中していたら相手から素っ頓狂な声。
え?と思って顔を上げると、思わず僕もびっくりした。
だってそこに立っていたのは…





「隆一さん?」

「ーーー葉山…っち…」




ぽかん…。
お互いにそんな気の抜けた音が聞こえた気がして。
次の瞬間には、この偶然に、笑ってた。

















「葉山っち、ありがとう。買ってくれちゃって…」

「いえ、これくらいさせてください」

「別に俺気にしないよ?」

「いいんです。だってせっかくの新品の本なのに僕がよそ見してたせいで落としてしまったんですし…」

「俺だって寸前まで気付かなかったのに…」

「でも、いいんです。どうぞそのまま受け取ってください」

「ーーーわかった、じゃあ…葉山っち本当にありがとう」




本はプレゼントした。
そのまま済ますのはどうにも申し訳なくて。
本が3冊入った紙袋を抱えて、ぺこりと頭を下げる隆一さん。
ひとつひとつの所作が丁寧で、言葉のひとつひとつが優しくて。
こちらこそ有難うって思ってしまう。



 

再び冬の街へ。

紙袋をご機嫌そうに揺らしながら、隆一さんは白いストールに鼻先を埋めて微笑んだ。




「それにしてもホントに偶然だね。葉山っちは仕事?」

「ええ、今日は昼までで。軽食を摂って買い物して帰る途中で」

「そっか、俺もそう。帰りに少し息抜きに」

「本屋さんですか?」

「今日発売の目当ての本が1冊。あとの2冊は一目惚れ」

「一目惚れ…」




一目惚れという言葉をどこかで聞いた。
その言葉はもちろん知っているけれど、その言葉を使う風景をどこかで…という意味だ。




(ーーーそうだ、)



どこかで…なんて、忘れる筈ない。
そうだ、隣を歩く彼だ。
彼について語る、彼の言葉だ。





〝隆の声も、隆の表情も、全部〟

〝ガキの頃に出会った瞬間なんだ、きっと〟

〝俺はきっと、隆に一目惚れしたんだ〟





一生のうちにその言葉を使えたら…
それはなんて幸せだろうと思う。
言葉にして、声にして。
その情熱を誰かに語り伝えられたら、それはなんて素敵だろう。




「ーーーーー……一目惚れ…か」



彼、イノランさんのように。
隆一さんを長い時間想い続けて、そしてついに攫っていった。
深い愛。
それがあるからきっと臆せずに言葉にできるのだろう。







「僕も言える時がくるかな…」

「ーーー葉山っち?」





叶わないことは知っている。
でも、想うことは自由だろうか。







♪…ことし さいしょの ゆき の はな …❄︎.゜






「あ、この曲」

「そういえば隆一さんもカバーしましたね」

「うん。ーーーすごく好きな曲」

「今の季節にぴったりな。ーーーそういえば今日初雪がちらついてましたね」

「あ、葉山っちも見た?」

「はい、立ち寄ったカフェの窓越しに」

「ふふっ、いいね」





隆一さんは街に流れるこの曲に目を閉じる。
カバーアルバムにおさめられたあの曲を、僕は度々聴く。
実際にはスタジオで録音されたあの曲が、目を瞑るとそうは思えなくて。
ーーーそうだな。
まるで今みたいに。
オフホワイトのコートと白いストールを纏った隆一さんが、初雪舞い散る冬空の下で歌うような。
そんな風景を思い浮かべて、愛おしくなる。
閉じ込めた想いの壁を壊して、触れたくなる。










♪…゜.❄︎ * ふたり よりそって …













「じゃあ葉山っち、またね」

「はい、隆一さんも気をつけて」

「ーーー本も、ありがとう。大切にする」

「こちらこそ。思いがけず隆一さんとデートができて幸いでした」

「っ…デー…」

「あ。イノランさんには内緒です」

「ぇ…え?」

「なんて。いえいえ、何でもお話ししていただいて大丈夫ですよ」




変に困らせるのは嫌だし、それは僕の本意ではないから。
でもこの日僕はほんの少しだけ、偶然ふたり出会えたというチカラのおかげで、勇気を持つことができた。





冬の夕暮れは早く、辺りはもう薄暗い。
この時間になると待機タクシーもほぼ無くて待つことが多い。
それぞれタクシーを待つ間、寒くて足踏みして。
ようやく向こうに空車の車が見えると、僕は先に隆一さんを促した。
ヴォーカリスト、なるべく風邪は引かせたくない。




「ありがとう。ちょっと早いけどおやすみなさい」

「ははっ、ホント早いですね。隆一さん風邪引かないように」

「葉山っちもね?」

「はい」




ロータリーの湾曲した道をタクシーが滑らかにこちらへ向かう。
その瞬間、びゅうっ…と、冬の木枯らしが辺りを掻き回した。

地面の枯葉、コートの裾、舞い散る雪。
ふわっ…
それらが一斉に舞い上がる中。
僕は弾かれた様に思い出して、ポケットからカフェで買った雪だるま型の焼菓子を取り出して。




「これあげます」

「ーーーぇ、?」

「どうぞ」




自分は食べないのに買ったこれも、今日隆一さんにあげるためだったんだ。
手のひらにそれを乗せてあげて、びっくりしたように目を丸くする隆一さんを間近で見つめる。
そしてもう一度、どうぞの意味を込めて頷くと。
隆一さんはにこっと柔らかく微笑んだ。
どきん…
心臓が鳴った。




「隆一さん、」




叶うとは思っていない。
でも。
伝えることすらしないで、それで…いい?






「…っ、」



一瞬、視界を遮るように重ねた。
初雪が掠めるように、唇の温もりもわからないくらい。
隆一さんのストールが翻った瞬間に微かに触れた。
隆一さんと交わした初めてのキス。







「◯◯◯までお願いします」




ばたん。



時が止まったような隆一さんを到着したタクシーに乗り込ませて、彼の帰る街を運転手に告げる。
窓越しに隆一さんは瞬きもせずに僕を見ていたけれど。
車が出る間際挨拶代わりに手を振ったら、隆一さんはそっとはにかんでくれた。





















「ーーーお客さん、どちらまで?」

「あ、◇◇までお願いします」





次の車に乗り込んで夕闇の道を帰る。
ぼんやり車窓から外を眺めた。
街はクリスマスが過ぎても煌めいて眩しいほど。
年末に向かう忙しない街。



「ーーー…」



今日ふたりで偶然に過ごした時間は、世間の時間にしたら小さなものだったかもしれないけれど。
確かに僕達はこの冬のひと時をふたりきりで過ごしたのだ。

隆一さんがどう思ったか…とか。
彼の恋人に知れたら…とか。
考えることは色々あるけれど。
最初で最後かもしれないキスに込めた想いは本当だから。





「好きです」



これからも ずっと。








end





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