CAT!CAT!











季節は春から夏に変わる頃。
一面の青い花畑で。
俺は、出会ったんだ。










《はじめまして》











猫の世界にも色んなヤツがいる。

歌が上手いヤツ。
ダンスが上手いヤツ。
脚が速いヤツ。
お喋りなヤツ…。

どの世界でも、それは同じだよな?


俺はイノラン。
毛色は…ーーーうーん。
淡めの灰色。
特別長毛とか、そんなじゃなくて。
まさしく猫って感じの姿形だと思う。
肉球は、チョコレート色。
目の色は灰と青を混ぜた感じ。
尻尾は長いよ?
この尻尾を振って、リズムをとって音楽を聴くのが大好きなんだ。

俺の趣味?
音楽かな?
…うん。ーーー音楽だ。
歌を歌うのも好きだけど、楽器に触るのがやっぱりいい。

実はギターを持っているんだ。
猫なのに?猫サイズのギターがあるの?って思うだろ?

俺のご主人は、音楽好きな元気なおじいさんだった。
…だった。って事は、今はもういない。
俺が生まれて三年ほど経った頃、急な病気で空の上に行ってしまった。
今はおじいさんの奥さんの、面白くて料理が上手いおばあさんと暮らしてる。

それまでの、おじいさんとの生活は。
とにかく音楽漬け!
朝から寝るまで音楽が聴こえる生活。
俺も色んな音楽を聴いたよ?
おじいさんは楽器もたくさん持っていて。ピアノも、トランペットも、バイオリンも。それからギター…。

俺が特に好きだったのは、おじいさんが弾くギターの音色。
白いエレキギターは、一際カッコいい音がして。
時々触らせてくれた時は、ホントに嬉しかったんだ。


『イノラン…お前も弾きたいのか?』

『お前とギターが弾けたら、それは愉快だろうなぁ…』



俺の目をじっと見て。
優しく頭を撫でてくれながら、おじいさんは言った。



「にゃあ」


ーーうん。俺も一緒にギターが弾きたいよ。


…猫語だけど。おじいさんには通じたのかもしれない。

それからしばらくして、俺の誕生日におじいさんがくれたもの。
それはギター。
手作りのギター。
おじいさんが持っているものと、そっくりな猫サイズの白いギター。レリック加工っていうの、ちゃんとそこまでおんなじ!

俺はピックを持つ事が出来ないから、猫の爪でそのまま弦を弾く。
音が鳴ったら、嬉しくて!

ーーーだから。
おじいさんが急にいなくなってしまった時は。とっても寂しかったんだ。









さて。
まあ、そんな俺。
今日も朝ご飯をもらって、毛繕いして。
おばあさんの手伝い。
今日は庭の花壇の土を豪快に掘り返してフカフカにする。球根を植えるんだってさ。

それから、おじいさんが使ってたギターストラップをリメイクして作ってくれた、猫用のギターストラップ兼首輪。
背中にギターを上手く背負えるようになってる首輪。
外に出掛ける時は、だいたいいつもこのスタイルなんだ。




「ーーーみゃあ」

「イノラン行ってらっしゃい。気を付けて行くんだよ?」

「にゃーぁ」




球根を楽しそうに植えるおばあさんに、行って来ますの挨拶。
夕方には帰るからな?



煉瓦の塀を飛び越えて。
いざ。
今日も探検に行こう!








今日はいい天気だ。
ちょっと、暑いくらい。

通りすがりの、顔見知りの猫に挨拶。
日向は暑いから、みんな日陰を選んで歩いてる。

いつもの散歩コースを歩いて、今日はもっと先まで歩いて。
ーーーこの辺は…最近来てないなぁ。
確かこの先は、広場があったり木がたくさん生えてる場所に続いていた気がする。

分かれ道。
左に行けばいつもの道。
…でも、今日は。



「こっちに行ってみようかな」



左には曲がらずに。
今日は右に曲がる事にした。










ずっと前に来た時と、あんまり景色は変わってないみたいだ。
だんだんと家並みが減ってきて、木々や野原が増えてくる。
こんな場所は大好きだ。

初夏。
緑は深い。

静かで、のんびりしてて。
俺はずんずん進んで行った。
青い花のついた雑草が生える道に差し掛かって。足裏の踏み心地も良くて。
誘われるように、草の方へ草の方へ…





「ーーーん?」



ーーー?…なんだろう?

なんか…今。
一瞬だったけど。



「いい匂いがした」



立ち止まって、鼻先を上げる。
すんすん…と。
辺りの匂いに意識を向けた。



「あ、こっち?」



青い花の咲く草の道。
背の高い草も生い茂って、ちょっと鬱蒼としてるけど。
ここまで来ると、抗えない好奇心。

草の根元を通り抜けて、壊れて錆びたフェンスの下を潜り抜けたら…




「っ…うわ」




そこは一面、青い花。
ずっと辿ってきた青い花とおんなじ、それが絨毯みたいに咲いていて。ここだけ広い野原になっている。



「すっげ…こんな所に続いてたんだ」



一歩踏み込んで。足元の小さな花に目をやる。星形の、青い花。鼻を近づけて匂いを嗅いでみる。



「ーーーいい匂い」



あ、もしかして。さっきのいい匂い?って思ったけど。…これか?



「うーん…。でも…ちょっと違う?」



この花もいい匂いだけどね?
でも。さっきのは…ーーーもっとなんだ。
もっといい匂い。
もっと好きな匂い。
ーーーなんの匂い?




「ーーー…あ…」



まただ。
今、鼻先を通り抜けていった。
さっきのいい匂い。

どこ?…近い?

俺は野原の真ん中に立って、辺りを見回した。
…そしたら…。




「ーーー…え?」



誰か…いる?
あそこに、誰か。
俺のずっと前方。
まだ…多分。俺に気付いてない。
ぴょんぴょん跳ねて、なんか…



「歌ってる?ーーーあのこ」



遠いから、その姿はまだはっきりわかんないけど。…猫だ。知らない猫。
俺と同じくらいの、黒猫。

しかも…

あの、いい匂い。
あのこの方から…?


多分、そのこの存在に、この時から夢中になっていたんだと思う。
普段なら、こんなミスしないのに。
うっかりだ。
相手をじっと観察するべき場面で。
俺は不覚にも音をたててしまったんだ。



パキッ



「!」

しまった!
足元に落ちてた枯れ枝を踏んでしまった。その乾いて通る音は、当然ながら、そのこにも聞こえたようで。

歌をピタリと止めて。
振り返った顔はびっくりしていて。
そして。
さらにびっくりしたことに。
そのこの顔を見た瞬間。
…俺は。



「ーーー好きだ」



呟いてた。思わず。
…これって、一目惚れってやつか。









「ごめん、おどかしちゃって。…せっかく歌ってたのに」




何はともあれ、謝らないと。
歌の邪魔をしてしまったんだから。
振り返ってからずっと、俺の方をじっと見てる。このこ。
…ホントは早く、もう少し近くに行きたいけど。もっとびっくりさせたら大変だから、まずは遠くから声を掛けた。




「俺は、イノラン。…ホント…ごめん」

「…ーーー」

「…俺、初めてここに来たんだけど。…そっち、行ってもいい?」



…って、言ったら。




「いいよ?」

「っ…!」




まるで声のいっこいっこが、歌みたい。
声を聞いたら…男の子なんだ。
優し気で、でも。凛とした声。
ずっと聞いていたくなるって思った。

ありがとう、ってお礼を言って。
ゆっくりゆっくり、青い花の中を進んでく。
そのこ…彼も。俺の方をじっと見ながら、ゆっくり…向かってきてくれて。
ちょうど野原の真ん中辺りで、向かい合わせになれた。



ーーーうわ…

遠目だとわかんなかったけど。
真っ黒な毛並みが、すごく綺麗だ。
このこも俺と同じ、特別長毛とかじゃないけど。ピンとした耳も、長くてしなやかな尻尾も。
目…茶色だ。濃い目の琥珀色って感じ。
しかもチラリと見えた肉球は…ピンク色!
…可愛い。
そんな姿が、この青い花畑と、めちゃくちゃよく似合ってる。

それから、あのいい匂い。
このこから香ってるんだって、近付いてわかった。
…彼の匂いだったんだ。






「…あの」

「っ…あ、ごめん。つい…」



見惚れて、ボーっとしてしまった。
初対面なのに。いけないいけない…。



「あなたは…ーーーイノラン?」

「うん。もう覚えてくれて、ありがとう。…君は?」

「ーーー……隆一」

「隆一?…じゃあ、隆ちゃんだ」

「あなたは…じゃあ、イノちゃん」

「ははっ、うん!」

「ふふっ、うん!」



すげえ…ーーー出会ったばっかりなのに。この感じはなんだろう?
同じくらいの背格好、歳ってのもあると思うけど。
でも多分…それだけじゃない。
何か…なんだろう?
似てるって思うんだ。
何か、根本的なところが。




「今日、いつもと違うコースで散歩して来たんだけど」

「そうなの?」

「こっちきて、良かった。こんな綺麗な場所に来られたし…隆ちゃんにも…」

「ーーーえ?」

「隆ちゃんに出会えたから」

「っ…」



元々おっきな目が、もっとぱっちり開いて、次第に潤んで。
長い尻尾が、ゆらゆら…

嬉しいって、思ってくれてるんだってわかって。
ーーーどうしよう。ホントに、俺も嬉しい。



「ーーーイノちゃん?」

「ん?」

「すごく…格好いいね?…それも…ギター?」

「あ、うん。そうだよ?俺のご主人が作ってくれたんだ。俺、音楽が大好きでさ」

「っ…俺も!」

「え?」

「音楽大好き!いつも、ここで歌っているの」

「いつも?」

「うん!」



ここが俺の住処なの!

そう言って。
隆は、誇らしげに青い野原を見渡した。

…そっか。隆はここで暮らしてるんだ。
ひとりなのかな。
兄弟とかはいないのかな。

朝も昼も夜も。
ずっとひとりなのかな…。



聞いてみたい事が一気に溢れてきたけど。…まだ、いい。
せっかく出会えたんだから。今はこの出会いに、素直に喜ぼう。

隆はさっきから、俺の首輪兼ギターストラップに興味津々っぽい。
ギターを見ては、目を輝かせてる。
そっか、音楽好きって言ったもんな?
それに…


(首輪をつけてない。ここが住処って言ってたから…)


すげえ綺麗な場所だけど。それでもここでひとりって…
その事が頭の中をぐるぐる…。

寒い夜。雨降りの日。
怖いな…って時。
心細いなって時…

そんな時も、ひとりなのか?




「ーーー良かった。今日、隆ちゃんに会えて」

「俺もだよ?」

「え?」

「こんな風に他の猫と話すの…久しぶり。ーーー嬉しい」

「ーーー」

「ありがとう、イノちゃん。今日ここへ来てくれて」



にこっと。
微笑んでくれた、隆。
そこには、色んな気持ちが混じってる気がして。ただ俺に会えて嬉しいってだけじゃなくて。
音楽が好きって、同じ事も。
久しぶりに、誰かと話したって事も。
…まだ、わからないけど、隆のこれまでの事とか。
そうゆうの全部。

その端っこの部分だけでも、隆は見せてくれたんだって思えて。


ーーーよし。


俺の胸に広がる、アツイもの。




「隆ちゃん」

「?うん」

「また明日来てもいい?…つか、来るから」

「ーーーえ?」

「隆ちゃんの事、もっと知りたい。だから、会いに来たい」

「っ…ーーー」

「いい?」

「ーーーうんっ」




「やっ…たーーーーー‼」




知らない道を進んだら。
青い花畑で、君と出会った。

今日は俺の、最高の一日。





end


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