2
●熱
朝起きたら。
イノちゃんはまだ眠ってた。
朝まで一緒のベッドで眠ってて。
先に目が覚めたら、イノちゃんはまだよく寝てた。
そぅ…っとベッドから抜け出して、俺はシャワーを浴びて。
も一度戻ったら、まだ寝てたから。
そう言えば、朝食のパンが無かったな…と思い出して。
音を立てないように部屋を出て、近所のパン屋さんで食パンと、隣のカフェでイノちゃんのコーヒー豆を買って。
天気良かったから、ついでに近所を散歩して。
公園のアスファルトで丸まってる、グレーと白のハトを見つけて。
そよ風でふわふわ揺れる、丸い鳩胸の羽毛を眺めたりして。
朝の街を堪能して。
…でも。
やっぱり一人じゃつまらなくて。
鳩にバイバイ…と小さく手を振って。
元来た道を歩いて、家に着く直前に。
ピタリと、足が止まった。
……。
「…えっと…。」
なんか違和感が…あって。
それが、どんな事に違和感なのか、いまいちピンと来なくて。
でも。確信は無いんだけど、結構重要な事のような気がする。
「…………」
立ち止まったまま、考える。
記憶を掘り起こす。
遡って、小さな違和感を感じた。
その瞬間を。
思い出す。
思い出すぞ。
思い出……
「 ‼ 」
くるりと踵を返して。
駆け出した。
一直線に。
ある所へ。
「ただいま」
リビングに荷物を置いて。
そう…っと、寝室に入る。
イノちゃんは、まだ寝てる。
そっと手を伸ばして、イノちゃんの額に手を触れる。
………やっぱり。
「熱…あるじゃん」
イノちゃんのばか。
………………………
「……ぅ、」
「あ、イノちゃん起きた?」
「………隆…」
イノちゃんは、俺の顔を見て起き上がろうとしたけど、怠そうに横を向くだけで精一杯みたいだ。
「無理して、起きちゃダメ」
布団を掛け直して、イノちゃんの額に、自分の額をくっ付ける。
イノちゃん、熱いよ。
「熱。今日は大人しく寝てるんだよ?」
「隆…」
「薬はあるから、ちゃんと飲もうね。あとね、経口補水液!それとリンゴとゼリーとコーンスープ」
「…いつの間に…いつ気付いたの?」
「はっきり分かったのは今朝だけど。でも、ずーっと遡って思い出したのは、昨夜だよ」
「 ? ? 」
「熱かったなぁ…って。イノちゃんの身体」
いつもよりね?
昨夜から…ホントは昨日の内から、具合良くなかったんじゃないのかな。
それなのに、一緒にいっぱい遊んで、ご飯も食べに行って、夜は…いつもより、優しく抱いてくれて。
あんなに近くに居たのに、気付かなくて。
ごめんね、イノちゃん。
でもイノちゃんも、ちゃんと言ってね?
「イノちゃん、隣入っていい?」
「なに言ってんの…感染っちゃうよ」
「感染らない」
「隆ちゃん…」
「感染らないから。万が一感染ってもライブも無いもん。いいでしょ?」
側に居たいよ。
イノちゃんの、薬になりたいよ。
前に俺が、具合悪かった時みたいに。
今度は俺が、側にいてあげる。
「ん。…じゃあ、来て?隆ちゃん」
「うん」
ベッドに潜り込んで、イノちゃんに擦り寄ると。
熱い熱い、イノちゃんの腕が。
俺の身体を捕まえる。
ぎゅう…。
「隆ちゃん…ひんやりして…気持ちいい」
「外に出てたからね」
「気持ちいい」
「ふふっ…」
「隆ちゃん…風邪感染らないの?」
「うん!気合いで」
「ははっ」
「あ、イノちゃん笑った。ちょっと、元気でた?」
「そりゃそうでしょ。隆ちゃんが居てくれるんだから」
「良かった」
ねえ。
「…………」
ねえ?
「…………」
ねえ、イノちゃん。
「隆ちゃん…」
あ…。
「目、瞑って?」
「………ん、」
同じ気持ちになったみたい。
「……んっ…ン」
イノちゃんの身体はやっぱり熱い。
でも、抱きしめてくれる腕は、とても強くて優しい。
唇も、いつもより熱い。
でも、とっても気持ちいい。
良かった。
俺でも、薬になれたんだ。
大好きな人を、癒せる薬に。
遠のく意識の向こうで聞いたのは、少し元気が戻った、イノちゃんの声だった。
「ありがと、隆ちゃん…」
大好きだよ。
end
.