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●揺れる(ギター)
ピィンッ…
隣の部屋からこんな音が聴こえてきた。
俺はキッチンでコーヒーを淹れていて。ポットからカップにコーヒーを注ぐと、トレイに乗せて、たった今音が聴こえた部屋へ向かった。
音のした寝室は、ドアが半分開いていて。
入るよ~と声を掛けて、ドアの隙間からコーヒー片手に入りこんだ。
「あ…」
ベッドの下のラグマットの上。
アコースティックギターが横たわっていて、そのすぐ側に、この家の主がギターと同じように、床に座り込んでいた。
俺の立つ方からは、主であるイノランの背中しか見えない。
声に気付いた筈だけど…。
そっと近づいて、様子を伺ってみる。
「あ、」
近づいてわかったけど、ギターの弦が切れている。1弦。
さっきの音の意味がわかって、心の中で納得した。
どうしたんだろう。
張り替えないのかな?
そもそも、こっち見てくれないし。
「イノちゃん?コーヒー持ってきたよ」
「………」
「飲む?」
「………」
「……ここ、置いとくね」
なんか、あったんだな。
こういう時、誰でもあるよね。
何かあって。心がもやもやして。
うまく言葉に出来ない時。
俺もある。
涙が流れてしまう時。
そんな時、イノちゃんはいつも。
黙って俺を抱きしめてくれる。
ここにいるよ?って、笑ってくれる。
コーヒーのトレイを、ベッドサイドのテーブルに置く。
明るい昼間の室内に、コーヒーの白い湯気が、マーブル模様に漂って。
俺の背を、押してくれる。
「イノちゃん…」
イノちゃんの前に回り込んで、同じように、床にペタンと座る。
「イノちゃん」
「…………」
「……イノちゃん」
そっと、手を伸ばして。
彼の首筋に腕を絡ませる。
「俺、なんにもできないけど…」
ゆっくりイノちゃんが、顔を上げてくれる。
その瞳は、案の定。揺れていた。
「すきにしていいよ?」
俺を…
ぎゅうっと抱きしめられて、暫く、そのまま。
そのまま、体温を感じていたら。
「落ち着く…。」
「ん?」
「いや。やっぱ落ち着かない。」
「どっち?」
「…両方。隆ちゃんに触ったら、ドキドキして、落ち着かない。……でも、落ち着く。」
「ふふっ」
少し元気出たかな。
「イノちゃん。…コーヒー飲む?」
「うん。ありがと、いただく。…弦も、張り替えないとね」
「うん」
「それでさ、そのあとね」
「うん?」
「隆ちゃんを抱く」
「…う?」
「すきにしていいんでしょ?」
言ったけどさ。
言ったけど…俺の心の内を読まれたみたいで…なんか。
「隆ちゃんのおかげで、元気でたから」
それは、嬉しいかも。
俺でも役にたつんだなぁ
「めちゃくちゃ嬉しかったから、めちゃくちゃ気持ちよくしてあげる」
「うん」
いいよ、あんなちっぽけな事で、喜んでくれるなら。元気に戻れるなら。
何度でも。
「イノちゃん…」
抱きしめて。
何度だって、笑って、側に居てあげる。
そしたらイノちゃんも、笑顔になるでしょ?
「隆ちゃん。その笑顔…」
最高だよ?
your place.
end
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