11
今は桜の季節。
…ひら
「あ」
「お?」
スタジオのテーブル周りにいた真ちゃんとJが唐突な声。
それを聞いた側を通り抜けた隆は目を丸くして立ち止まった。
「…ぇ…なに?」
隆は目をぱちぱち。
二人はじっと、隆を凝視…(つか、見つめてる?)
見つめられる隆は、服になんか付いてる?変な格好してる?って自分のことをくるくる見回して。
それでも尚も無言でじっと見つめられ続けて居心地悪くなったのか。
「ーーーもぉ、なに?」
二人が何も言わないもんだから、ついに隆はちょっと声を尖らせて問いかけた。
するとまずは真ちゃんがハッとして、ごめんごめんって。
「や。ーーー今さぁ」
「?」
「な、J」
「ん?ぁ、ああ」
「お前も見た?」
「まぁ、」
「じゃあ俺の見間違いじゃなかった」
「???」
顔見合わせて頷き合う真ちゃんとJ。
隆は???いっぱい浮かべてますます???顔。
窓際のソファーで一部始終を眺めてた俺も???
…なんだろう?
「二人でわかってたって俺は全然わかんないもん!ね⁈イノちゃん、イノちゃんもわかんないでしょ?」
「ーーーまぁ…。だな」
「ほら!イノちゃんもよくわかんないって言ってるよ?もぉ!なんなの?」
ちょっと突っつけばキィッ!と怒り出しそうな隆。
それを見て真ちゃんはもう一度ごめんごめん!って手を合わせて苦笑い。
Jもバツが悪そうに頭を掻いて。
そして、こんな事を言いだした。
「今ね、隆ちゃんがテーブルの側を通った時に」
「…俺?」
「ひら…って。なんか落ちたなぁって気がしたんだけど」
「俺も見た。落ちるっていうか、なんつうかな」
「?」
「桜の花びらがさ、舞い散る感じあるじゃん?ああいう感じで」
「ーーーーー桜?」
「そう!春風で花びらがくるくるって舞う感じ」
「ーーーそれが俺から?」
「そ」
「ーーーーーなんで?」
「や。なんでって言われても」
「ここスタジオの中なんだからお花もないじゃない」
「そりゃそうなんだけどよぉ…」
な?真矢くんって。Jは真ちゃんと顔を合わせながらまた頭を掻く。
歯切れの悪い感じが、この二人にしちゃ珍しいなって、俺もそんな様子を眺めながら思ったりもして。
でも、真ちゃんがこうも言ったんだ。
「隆ちゃんって桜の妖精なんじゃないのかと思ったよ」
「えー?」
桜…桜…
薄紅色の、雪みたいな。
ーーーと。
そんな事があった今日のスタジオ。
結局その直後に遅れて登場したスギゾーのガラリと変わった話題によって、隆の桜事件?はうやむやに終わったけれど。
夕暮れ時。
隆と並んで家までの街並みを歩く時。
桜並木を歩いたせいか、昼間の出来事が再び脳裏によみがえる。
コンビニで買った飲み物やらチョコやらには、季節柄の桜模様が多いんだ。
中身は通年同じなのに、パッケージが変わるだけで気分も変わるんだから不思議だよな。
隆が手に持つ緑茶のペットボトルにも桜の模様。
そんなだから、なおさら…だ。
こく…こくん。
「ーーーはぁ、美味し」
「喉乾いてた?」
「ん。急にあったかくなったもん」
「気温差すげぇよな」
「半袖でもいいくらいだったね、今日」
「そうだな。これなら一気に桜も花開きそうな」
「ね。ーーー」
桜。
…桜。
道なりに立つ樹はまだ蕾が多い。
「ーーーそういえば今日変だったね」
「ん?」
「真ちゃんとJ君」
「…ああ、」
隆も思い出したんだ。
昼間の出来事。
まぁそりゃそうだよな。
よくわからないまま終わったから、唇を尖らせて隆は少し不満げだ。
「ーーー変なの」
「…ははっ、隆は振り回されて災難だったな」
隣を歩く隆の頭をぽんと撫でる。
「ーーー俺が桜の妖精なんてさ」
「ーーー……」
ぽつりと、ペットボトルを見つめたまま。
隆は俯いて呟いた。
小さな飲み口の向こうに見える、新緑の液体をゆらゆらさせながら。
伏し目がちの目元を薄紅色に染めながら。
「ーーーーーーー」
桜…
桜の妖精。
そんなの見たことも無いし、いるのかどうかもわからないけど。
春でありながらも、まだ肌寒い、冬と春の隙間みたいな。
冷たい空気に、なんとなく植物の匂いが交じりだした今みたいな時には。
季節を連れて来る、そんな不思議な存在が漂っていてもおかしくないのかもしれない。
そしてそう考えた時。
俺は隣にいる恋人とそれが結び付いているって気がついた。
「ーーーーーそうだな」
「ーーーん?」
「そっか。ーーーーーそうだ」
「…なぁに?」
「ん?」
「…イノ?」
急に俺が喋り出したから、隆はきょとんとした顔で俺を見る。
「あの二人の言う通りだ」
「…え?」
そう確信したら、なんだか嬉しくなってしまった。
溢れる笑みで歪みそうな顔を抑えるのにもひと苦労。…つか、抑える必要もないなって思ったら堪えらんなくて。
ひとりでくっくっと笑ったら、隆は頬っぺた膨らませて不満顔。
また俺を置いてきぼりにして皆んなばっかり分かっててずるい!!!って表情で。
今度ばかりはやり過ぎたら泣きそうだから。
「…っ!」
「隆」
「ーーーっ…もぉ!…な、に」
「隆」
帰り道。
まだ蕾の桜並木の下。
人通りだってゼロじゃない、この時間帯だけど。
俺は隆を抱きしめる。
途端にじたばた身を捩ってすり抜けようとする隆を、俺はさらに両手に力を込めて腕の中に閉じ込める。
憤慨と恥ずかしさとで忙しそうな隆をどうにか落ち着けようと、もう一度隆の名前を耳元でそっと囁いた。
「っ…ゃ、」
「いやとか言うなよ」
「だって、こんな外で!」
「平気」
「だっ…何が⁈」
「俺が隠すもん。隆のことが誰にも見えないように」
「そんっ…なの、無理でしょ!?」
「へいき。隆は大人しく俺に抱き締められてたらいいの」
「っ…」
お。ちょっと大人しくなった。
耳元で囁かれるのが弱いって、隆がされると弱い部分とか気持ちいいこととか、そこを攻めるって俺だけができること。
隆も隆で、ここで更に暴れると俺にやりたい放題されるって知ってるから、小さなため息の後は俺に身体を預けてくれる。
背に回った隆の手の指先に、ぎゅっと力が込もる。
そして、桜の下で。
俺たちは暫し抱擁のひと時。
「ーーーーー教えてあげるよ」
「…ん」
「真ちゃんとJと、いま俺が感じたこと」
「っ…」
「桜の妖精の意味」
隆を見て、きっとね。
こう感じて、思ったんだ。
「明るくて軽やかな色彩と、切なくて甘やかな匂い」
「ーーーーーぇ、?」
「隆と一緒にいて感じる春の気配」
「……は…る?」
「そう」
「ーーー春」
「隆ってね、ちゃんと季節の気配とか匂いがするんだよ」
ぽかん…。
隆の目がまん丸。
そんな事言われるなんて思ってなかったって表情。
…くそ。それがすげぇ可愛くて、ここが屋外ってことが心底もどかしい。
さっさと帰って、帰ったら速攻隆に触りたい。
…と、俺がそんな下心丸出しな思考を渦巻かせている間も、隆は目をぱちぱちさせて可愛いったら!
「ーーー季節の匂いって…ナニ?」
「ん、とね」
春はさっき言ったとおり。
薄紅の花びらの季節に感じる甘い花と切なさの匂い。
夏は爽快さ。流れる汗と、海の後のシャワーの心地よさ。濡れた肌とシャツの隙間を通る風。
セミの大合唱。夏草の匂い。
秋は蜩と蜻蛉。
色付き始めた葉と、高くなった空。
でもまだ夏日もあったり、服装で悩む季節。
からりとした植物と木の香り。
冬の白い吐息。
雪の白の中に赤と緑。金色の星。
温もりを欲して、そこに手を伸ばす。
冬の暖房に似合う、あたたかな匂い。
「そうゆう感じ」
「ーーーーーそれが…俺から感じるの?」
「そう。春は桜餅、夏はブルーハワイ、秋はモンブラン、冬は汁粉!隆の好きなものばっかりだろ?」
「…俺が食い意地ばっかりみたい〜」
「いいんだよ」
「…もぅ」
「それがいいんだよ。隆はそーゆうのすげぇ嬉しそうにしてるから、どんな季節もにこにこしてるから、俺らはスタジオの中に籠ってても季節を感じられるんだ」
「え、?」
「きっとあの二人もそんなのを感じたんだと思うよ?春らしい隆を見て、春を感じたから隆が桜の妖精って」
なぁ?
それって、すごく素敵なことだ。
桜。
薄紅の花びら。
それに似た痕は、君の肌にも散ってるよ。
夕暮れの部屋。
帰ってすぐに玄関で唇を重ねて。
靴を脱ぐ間も無く、隆はくたりと力が抜けた。
まだお風呂入ってない…とか。
まだ少し明るいからヤダ…とか。
そんな隆の抵抗もささやかなもので。
ベッドに連れて行く間も唇を離さないでいたら、シーツに沈めた途端に縋りついた隆。
「…ぁ、」
「ここ」
「ーーーっ…ん、ぁ…」
「ほら…ここも、だ」
服をはだけさせて、シャツの隙間から見えるのは隆の肌に散る薄紅の花びら…痕。
昨夜俺がつけた痕。
そこにひとつひとつ丹念にキスを落とす。
昨夜の感覚を思い出すのか、隆は両手を俺の首元に絡めて先を強請る。
それが可愛くて、早々に隆の後孔を指先で揉んで滑り込ませる。
「ーーーぁあん…っ…」
足の爪先をシーツにクッと食い込ませて快感に耐えながら。
まだ指だから、緩やかに隆のナカを解す。
触れてあげていない隆自身は先端がすでに濡れて苦しそうだ。
「ーーー…すげ、指だけでこんな…濡れてる」
「ぁ…っ…あ、ゃ…」
「気持ちイイ?昨日のキスの痕だけじゃなくて、もっと…」
ちゅくっ…ちゅぷ…
「ーーーーーーっ……ひぁ…」
「…ここ…弱いもんな?」
曝け出した隆の胸に吸い付いて、舌先を穿るように先端を愛撫する。
舐めると口内でそこが尖るのを感じて、それが嬉しい。
俺のすることで気持ちいいと思ってくれるのが、たまらなく愛おしい。
「ーーーっ…新しい痕つけたから、」
「…ぁ…イノ…ちゃ…」
「繋がって…いいか?」
「ーーーん…っ…ぅん」
「っ…りゅう」
こくん。
涙をこぼしながら頷いてくれたのを合図に。
頬を染めて微笑んでくれる視線を決して逸らさずに。
埋めていた指先を引き抜いて、反り勃った俺自身で隆を貫いた。
「…っ…ぁ…気持ち…ぃ…」
「ーーーっ…りゅ…」
繋がると俺だって気持ちよさでおかしくなりそうだ。
最奥まで捩じ込んで何度も突くと。
隆の白い肌は上気して、俺の付けた痕はいっそう赤く花びらみたいに色づいて。
何度言っても足りない。
可愛いよ、愛おしいよ。
「ぁんっ…ぁん…あぁっ…いの…っ…」
「ーーーっ…隆…おま…え、」
「ーーーーーっ…ぁあ…も……いのちゃんっ…」
「ーーー綺麗…っ…だ…よ」
「ーーーーーー……」
まだ残るのは微かな夕陽。
夜になる直前の空。
くったりと眠ってしまった隆を胸に抱きながら、ぼんやりと窓の外を眺める。
「…隆」
空から視線を恋人に。
黒髪は無造作に艶やかに。
なんでこんなに睫毛長いんだよ?
唇も緩く開いて笑ってるみたいで。
ーーー俺に愛されることを受け入れてくれて、昨夜よりももっと花びらを纏って、生まれたままの姿でここにいてくれる。
〝隆ちゃんって桜の妖精なんじゃないのかと思ったよ〟
「ーーーそうだな。桜の妖精って見たことないけどさ」
きっと。
「おまえみたいなんだろうな」
春
夏
秋
冬
どの季節の隆も大好きだ。
でもひとまず今は、薄紅色に染まって微笑む隆を心ゆくまで愛そう。
春の君を、思う存分。
end
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