10
⚫︎夏日
今年も春が来たと思っていたら、もう夏の一歩手前だ。
地面の端には散って暫くした桜の花びらが枯れて積もっていて、見上げると爽やかなグリーンの葉桜が広がっている。
季節は移るなぁ…なんて、先日までの春めいたピンク色を思い出しながらも、身体はもう冷たさや涼しさを求めてる。
「ーーーーーあ…つぅ…ぃ」
隆は前髪を鬱陶しそうに掻き上げて空を見上げた。
雲もなく、真っ青な真昼の空。
今日の日差しは夏日なんだそうだから。
日の遮る物の無い場所に少し立っているだけで汗が噴き出す。
だからなるべく木陰から木陰へ。
俺と隆は、大きく葉の茂る方を選んで歩いていた。
「ーーーーーまだこれから五月なのにな」
「俺の誕生日ごろはもう真夏なんじゃないの?」
「でも誕生日デート行くだろ?」
「そうだよー。せっかくイノちゃんと誕生日は海に行きたかったのに」
「いいよ。隆の行きたい所行くよ」
「ーーーでも暑いよね。きっと」
「いいさ。暑けりゃ暑いなりにいい事もある」
「ぇ?」
「カーッと暑いと逆に清々しい!って思うじゃん」
「あ、それはあるね」
「ん。ーーーあとは、冷たい飲み物が美味い」
「あははっ、それもわかる」
「でしょ。ーーーあとはね、」
「うんうん」
「ーーー隆の、」
「…うん?」
ぴちゃ。
「ひゃっ…」
「いいね、その反応」
「なななな…なにいきなりっ…」
不意を突いてやった。
隆のうっすら汗ばんだ白い首筋に。
周りに誰もいないから、唇で啄むように触れた。
瞬時に鼻先を擽ぐる隆の匂いに胸が騒めくけれど、もっともっと…触れたくなるけれど。
まだ、今はさ。
「どうせ汗かくんだから同じだろ?」
「っ…」
「誕生日の夜はさ」
「ーーーーーそーゆうことばっかり」
「今更?ずっとそうだよ。知ってるだろ?」
「ん、」
「誕生日でも、そうじゃなくても。隆といたらそうなるんだよ」
「…ぅん」
「もちろん、今日もね」
暑い日も寒い日も。
いまいち冴えない日も、そうじゃない日も。
隆と一緒にいたら、無条件で求めてしまうんだよ。
今日はオフ。
肌寒い日や雨降りが続いた春を通り抜けて、今日は一日中晴天です。…の予報に嬉しくなって出掛けたドライブデート。
行き先は決めないで、高速道路情報でなるべく空いている方面へ車を走らせた。
(隆とふたりでの渋滞はもちろん嫌いじゃ無いんだけど、せっかくの貴重なオフだからなるべくさ、)
ーーーで、空いてる方へ進んだ行き先は。
「海」
やっぱりこうなった。
春先から夏を迎える前の海岸ってのは、海水浴客を迎える前でビーチクリーンもまだな状態。
冬の間に流れ着いた漂着物やなんかで裸足では歩けない。
でも隆とのデート先が海岸って事はよくあることだから、車のトランクには季節問わずサンダルを二人分常備してる。
トントン。
爪先を地面でたたいて。
久しぶりのサンダルに履き替えて繰り出した砂浜だったけど。
冒頭のやりとりの通り、あっつくて。
結局二人で散歩してるのは、海岸線に連なる松の木と桜の木の遊歩道だ。
「ーーーだぁれもいないね」
「わざわざ夏日です!って予報の平日の真っ昼間なんか誰も来ようなんて思わないんじゃねぇの?」
「ーーー俺たちは来たね?」
「そりゃ、俺らはさ」
「デートだもん!」
「!」
「ね?」
「ーーーーー隆、」
「ぅん?」
「…あのさ」
「⁇」
「ーーーそーゆうの、」
毎度毎度言うけど、そうゆうのがいちいち俺を煽ってるっていい加減気づかない?
お前が自分で思ってる以上にお前の言動は可愛くて堪んないんだから自覚しろよ。
「ーーーよ。」
「?…よ?」
「わかった⁈」
「よ?…何が?よ?」
「自覚しろ!って、自覚しろよ!の〝よ!〟」
「ぅん⁇なぁに?イノちゃんよくわかんないよ」
変なの〜!って、隆はけらけら笑う。
周りに誰もいないから遠慮もないんだろう。
笑いながら、追いかけっこを始めるみたいに軽やかに駆け出すから。
俺も追いかけない理由もなく、隆の後を追いかける。
隆はぐんぐん走る。
俺は隆の背を追いかける。
ーーーでも。
隆が本気出したらこんなスピードじゃないって知ってる。
それってさ。
ーーー捕まえてよ。
ーーー早く。
ーーーねぇ、イノちゃん。
「ーーーーー隆…っ…」
「待て…」
「ーーーーーっ、て!」
腕を掴んだ。
一瞬振り向いた隆は、頬が赤くて。
走ったからなのか、暑いからなのか、わからないけれど。
掴んだ腕をぐっと引いて、そのまま後ろからぎゅっと抱きしめると。
隆は肩で息をしながらも大人しく俺の腕の中に捕まっててくれて。
木陰の中で。
俺たちは暫くそのまま、砂浜向こう側の海を眺めていたんだ。
日は暮れ行く。
「ーーーさむ…」
隆がふるっ…と、肩を震わせる。
日が暮れて、水平線はもう青く夜の気配だ。
日中あれほど暑かったのに、日が暮れたら肌寒い。
やっぱりこうゆう部分はまだ本格的な夏とは違うんだって思う。
サンダル履きで半袖だったから、肌寒さは容赦なく襲ってくる。
「車に戻ろう」
そう、隆の手を引いて言うと。
隆は素直に頷いて俺に付いてきた。
「砂漠みたいだね」
「ーーー砂漠?」
「うん」
車に辿り着いて、サンダルを脱いで乗り込むと、ホッとひと息。
助手席にちんまりとおさまった隆は、歩いてきた砂浜を窓越しに見つめて呟いた。
「砂漠は昼夜の寒暖差が激しいでしょう?」
「そうだな」
「ここはそこまでじゃないんだろうけど、寒暖差あるものね」
「温もりが欲しくなるくらいには違うよな」
「そうそう。昼間は冷たいサイダーが美味しかったけど、今はあったかいココアがほしい気分」
「俺も。昼はアイスコーヒーが美味かったけど、今は熱々ブラックがほしい」
「ね?」
にこっ。
こっちを向いて無邪気に微笑む隆は、相変わらず両腕を摩る。
無意識なのかも。
寒いとか、暑いとか。
そうゆうのを感じるのも、それによって欲しいと思うものも。
ーーーだったらさ。
キシッ。
「ぁ、イノ…?」
周りを見渡しても、俺の車以外はいない。
だから躊躇いも無い。
一度着けたシートベルトを外して、隆に手を伸ばして。
肩に触れて、そのままクッと押して。
助手席の隆に、覆い被さる。
「ーーーなぁ、に…?」
「なに?わかんない?」
「っ…」
「ーーーそんなわけないよな?」
温もりが欲しいって、言っただろ?
「ーーーこ、こで?」
「だめ?」
「っ…じゃ、ない…けど」
「誰もいないじゃん。俺しかいない」
「ん、」
「俺しか見てないよ」
ーーーつか。
俺以外、見せるつもり無い。
ギッ…
「あ、」
「あったかくなるよ。一緒にいればさ」
「っ…ん、」
「ーーー隆、」
キシ…キッ…
「ーーーゃっ…ぁ、」
「まだ寒い?」
「ンっ…じゃ、なく…って…」
「ん?」
「…ぁあっ…」
くちゅっ…くち…っ…
隆の下着の隙間から手を差し込んで、まだ柔らかい隆自身を何度も扱くと先端を濡らして水音を立てた。
恥ずかしそうに脚を閉じようとするのを許さないで、膝裏を抱えて、早々にジーンズの中で硬くなった自身を隆のそこに押し付ける。
びくんっ。
隆の肩が揺れる。
寒さで震えていたさっきまでと違って、今はきっとこれから先の期待に満ちて。
「ぁん…っ…ゃ…」
「腰、揺れてる」
「やだっ…も…出ちゃ…」
「まだだめ」
弄っていた隆のそこから手を離して、俺は片手で自身のベルトを外す。
その隙をついて隆は身体を反転させて捩るから、シャツの裾から手を入れて、薄い胸をやわやわと揉んで胸の突起を摘んで弄った。
「ぁ…あっ…」
「ここ、弱いもんな?」
「っ…ゃあ…ん」
「ーーーっ…やばいから…その声」
もう待てないくらいに隆を求めてるってわかる。隆の後孔に勃起した自身を擦り付けながら隆に問いかける。
隆も両方を愛撫されて、もう限界とばかりに涙を溢して俺を見た。
「一緒に、」
「んっ…ん…ぅんっ…」
「ーーーいい、か?」
慣らす余裕もない。
痛いかもしれないけれど。
「ぃ…い、よ」
早くイノちゃんのがほしい。
息絶えだえで隆が言ってくれた言葉に。
俺はきっと、微笑んでいた。
嬉しくて。
愛おしくて。
「ーーーっ…ん、」
「…は、」
「……んっ…ぁ…」
キスの音は時間も感覚も麻痺させる。…気がする。
車の中だから、尚更かな。
「ーーー隆、」
「っ…ん、ん…」
ちゅ…っ…
「…隆」
「…ィ、ノ……んっ…」
名残惜しいけど、漸く唇を離す。
ずっと繋がっていた名残。
ふたりを繋ぐ唾液の糸が隆の唇を濡らしていたから、俺はそれを指先で拭ってやった。
「…ぁ、」
俺に縋り付いたまま、髪も無造作に乱れて、身体も顔も瞳も唇もうるうると潤んで。
震えていた身体はぽかぽかにあったかくて。
俺に隅々まで愛された隆の声は、俺だけが聞ける声で。
俺だけが見る事ができる隆で。
「ーーーもう寒くないか?あったかい?」
「ん…。イノちゃん」
「ん。ーーー帰ろっか」
「ーーーーーーね、」
「ん?」
「 」
「!」
耳元で隆が囁いてくれたのは。
帰るのが。
帰ってからも。
どんな季節も、どんな時も。
ふたりでいるのが楽しみになるような言葉だった。
ーーー帰ってから、もっと。
ーーーね?
end
.
3/3ページ