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⚫︎tussie mussie



















願いはね。
例えば…そうだなぁ。

俺の存在があなたにとって、力が湧いてくるものであればいいなと思う。










《tussie mussie》












「ああ…。ちょっと、」



キッチンで彼のコーヒーと自分用の紅茶を淹れている時だ。
リビングの方から、ひとり言っぽい彼の声。



(イノちゃん?)



ああ、とか。あああ〜とか。
なんとなく気怠げに聞こえるのは気のせい?

どうしたんだろう?って思いつつ、淹れたての湯気がほかほか立つマグカップをふたつトレイに乗せて。
ふんわり混じり合うふたつの香りに微笑んで。
たった今何事か?の声が聞こえてきたリビングの方へ、俺は湯気を引き連れて向かったんだ。








「コーヒーですよぉ。イノちゃんどーぞ」

「隆」



コトン。
イノちゃんの座るソファーの前のガラステーブルにマグカップを置く。
その向かい側に俺のマグ。
頬杖ついてたイノちゃんは置かれたマグを交互に見て、それから俺の方をぱっと見て俺の名前を呼んだ。



「冷めないうちに、ね?」

「ありがと。欲しいって思ってた」

「そ?よかった」



マグカップに手を伸ばすイノちゃんを眺めながら、俺は角砂糖を一個ポトン。
カランカランとティースプーンで混ぜて、まずひとくち。
ほっとしたところで、今度は俺がイノちゃんを呼ぶ。



「ーーーで、どうしたの?」

「ん?」

「ああ、とか。あああ〜とか。さっきキッチンまで聞こえたよ?」

「ぁ…。ーーーああ…」

「あ、また」

「ーーーははは…。あぁ〜」



ーーーほら、また言った。
本当に、どうしたの?





「ーーー微妙なんだけど。風邪…かなぁ…って」

「え?」

「や、大した事ないと思うんだけど。ーーーちょっと、」

「熱、ある?」

「まだそこまでじゃないけど。ーーーなんとなく、喉痛いかなって」

「ほっとくと熱出るかも。ひどくなる前に薬のもう?それでちゃんと寝た方がいいよ」

「ーーーやっぱそうかな」

「疲れが出たんじゃないの?だってずっと仕事だった」

「それは隆もだろ?それに新年明けたばっかで、こんなさ…」

「年末だろうが新年だろうが疲れが溜まったら体調も崩すんだよ。ちゃんと休みなさいってこと」

「ええ〜⁈」

「音楽の神様と、」

「!」

「俺が言うよ?」

「〜〜〜それは、」

「ん?」

「従わないわけにいかないじゃん」

「ふふふっ」

「逆らえないじゃん…。そのふたりに言われたらさ」



知ってるよ?
イノちゃんが大切にしてる存在。
音楽の神様と。
ーーーそれと、これは自惚れになっちゃうけど…俺。
大切にしてくれてるなぁって、気持ちがあったかくなる。
だからこそ、俺たちの言葉はキチンと守ってくれるはず!




「いいじゃない、幸い今日はお休みなんだし。俺も休みだし。まるでイノちゃんの看病するためにお休みだったみたい」

「ーーー看病…。隆が?」

「ぅん?そーだよ?」

「…隆が、」

「外は寒いし、今日は色んなこと俺に任せて休んでね」

「…看病。ーーー隆が、」

「ーーーーーちょっとイノちゃん?」

「え、?」



ーーーちょっと気づいちゃった。
イノちゃんさ。



「ーーーなんか、やらしいこと考えてない?」

「っ…そ、そんな事な…

「ホント⁇」

「っっ…ホ…

「ホントにホント⁈音楽の神様に誓う⁈」

「ぐっ…」

「ーーーーーやっぱり」



わかりやすいんだ。イノちゃんってば。















pipipi。



お昼がすぎて、午後になった頃。
念の為イノちゃんに体温計を渡してみたら。
ーーーちょっと。



「ーーーーー37度…ちょっとあるね。やっぱり熱が出てきたね」

「ーーーごめんな、隆。せっかくの休み…」

「そんなのは気にしないで。寧ろ休みだからって朝から出掛けなくてよかったよ」

「…隆」

「イノちゃんの側でお世話できるんだからよかったよ」




そう。
こんな時にはいつも思う事がある。
こんな事ができるのは。
イノちゃんが弱っているとき。
こんな時に側にいる事ができて、側にいる事を許してくれるのは。


(すごく、幸せな事だよね)


俺だけができる事。
だからそれを大切にしたいと思う。






少し買い物してくる。
何か要るものある?って訊いたら。






「行かないで」

「ーーーへ?」

「隆に、ここにいて欲しい」




ーーーなんて言うんだもの。


「っ…そ、そんな事言ってもちょっと買うものもあるから。すぐに帰るから、ね?」

「ーーーすぐ?」

「うん!」

「ーーーん、わかった」

「ん。ーーー本当に、すぐに帰るからね?」



ぎゅっと繋いでいた、少し火照ったイノちゃんの手をそっと離して。
俺も気持ちが後ろに引かれて…しまうけど。
でも、イノちゃんに食べさせてあげたい物とか、飲み物とか、買いに行かないとだし。
なんだかいつもと違って頼り無さげなイノちゃんが(ちょこっと)心配だけど。
俺は思い切って、真冬の外へ飛び出した。











真冬の空は白い。
はぁ…と吐き出した息も白い。
午後の太陽も白い淡い光。
それから…




ちらちら…




「あ、」



ちらちらちら…



「雪?」



視界に舞う、小さな花びらみたいな。
たぶん、舞い落ちる位の微かな雪なんだろうけれど。



「ーーー冬だなぁ…」


はぁ。手を擦り合わせて、息を吐く。
一瞬、指先が温もりを感じるけれど。



「ーーー寒いね」



ひとり、つぶやく。



〝隆、ほら。手〟

〝かしな?〟


いつかの雪の日。
いつかの寒い日。

イノちゃんはいつも、俺の手を手繰り寄せて。
そのまま、手を繋いで。
コートやジャケットのポケットに、繋いだ手を入れてくれて。
絡む指先に、俺はいつだってどきどきして。
あたたかくて。
幸せで。

ーーーだから。
今はね。



「ーーー寒…」



あなたが隣にいないから、ぐっと寒さが堪える気がする。
イノちゃんが側にいてくれる事が。
どんなに力が湧いて、支えられているか。
小さな事でも、こんな時は痛感するんだ。






〝ーーー隆…〟

〝隆、行かないで〟

〝ここにいて〟




だからかな…。
出掛けのイノちゃんの言葉が。
すごく、切ないものに聞こえてしまった。
















「ただい…ま、」


寝てたら、起こしちゃいけないから。
俺はそっとリビングの戸を開けて、テーブルに荷物を置いた。

しん…と静まり返った部屋。

眠れなかったらテレビ観てるかも…なんて言ってたけど。
きっとちゃんと眠れているんだろう。
がさがさと買い物袋からイオン飲料を取り出して。
残りの品物を冷蔵庫にしまったりして、ペットボトルを持って寝室へと向かう。



こんこん…カチャ。


ノックも開閉音も控えめに。
寝てなさいって押し込んできた部屋のベッドは、人ひとり分膨らんでる。
そっと近付くと、イノちゃんは眠ってた。



「ーーーーー」


穏やかに上下する胸元。
起こさないようにそっと手を伸ばして、イノちゃんのおでこに触れる。


「ーーーーーん、少し…」

「落ちついたかな」


薬が効いて汗をかいたのかも。
熱。
買い物前より、熱さを感じない気がする。




「   イ   ノ   」



囁くように、彼を呼ぶ。
ーーー当然、こんな声じゃイノちゃんは起きない。



「     ね ぇ     」



だから俺は少し、大胆になる。
普段ならこんなことしない。(だって恥ずかしいし)
俺にとってイノちゃんがパワーの源みたいに、イノちゃんにとってもそうであれば良いなぁって。
思って。




「…ん、」



珍しいんじゃないかな。
逆の構図なら何度もあるけど、今みたいなのはほとんどない。
眠るイノちゃんに、俺がキスするって。



「ーーーっ…ど、しよ」



そっと唇を重ねただけなのに。
自分でしといてなんだけど、恥ずかしくてどうにかなりそう。
イノちゃんが目覚めてなくてよかった。(目覚めてたらそもそもできるワケない!)
確認!
起きてないよね?大丈夫だよね?
って、まるで起きないでって言ってるみたいだけど、そうじゃないよ。
本当は早く起きて欲しい。
いつもの元気なイノちゃんになって、俺の側で。




「ーーーーー知らないんでしょ。俺がこんなに…どきどきしてて」

「眠ってさえいても。俺に…ーーーーー」

「パワーをくれてるって」




あなたが側にいれば、俺は。




「ーーーーーーーぇ、」



「隆」






ギシ。


反転。
手首、押さえ付けられて。

午後の陽の光で逆光だけど。


イノちゃんが、俺を見下ろして。

いつもの。
ちょっと意地悪…で、でも。
格好…よくっ…って、エッ…チな……




「イノちゃん…」


「隆」





キシッ。



「おかえり」

「っ…た、だいま」

「ありがと。寒かったろ?買い物」

「ぅ、うん」

「それと…」

「ーーーぇ、?」




ちゅっ…



「んっ、…」

「ーーーーー可愛い、」

「はぁ…っ…」



ちゅくっ…ちゅ、



「んんっ…ぁ…っ…」

「キス。ーーーしてくれただろ?」



すでに、ぼんやりしてきてしまった思考。
でも、イノちゃんの言葉をじっくり紐解く内に。
さっき内緒でしたキスが。
実はバレてたって、気が付いて。
俺は急激に恥ずかしくなって、イノちゃんの下でぎゅっと目を閉じた。

でもそんな俺にも、イノちゃんはお構いなし。
熱もちょっと下がって、かえってこの状況を楽しんでない⁇




「ぃ…やぁ、」



一応の抵抗をしてみるけど(だって帰ってきたばっかり!)
イノちゃんはやっぱりお構いなし。
俺の服を脱がすのに忙しい。



「イノ…ちゃ、」

「隆はさ」

「ーーーえ、?」




ちゅ、ちゅっ…って。
キスを降らせながら、イノちゃんの手が俺の肌を撫でる。
首筋も鎖骨も胸も。
舌先で突くみたいに舐めるから。
ぞくぞくっ…と背筋に快感が走る。


「ひぁ…っ」

「あのね、隆は」

「ーーー?…なぁ…に、」

「お前は知らないと思うけど」




ぴちゃっ…



「ぁんっ…待っ…そこ、」

「ーーー気持ちいい?」

「やぁ…ん、」



「だめ」



ぐっと。
俺の膝の裏を抱え上げて、脚を割って、イノちゃんは顔を寄せる。
さっきから何かを言ってくれそうなイノちゃんなのに、全然、集中して聞けない。
舌で濡らして、指先で柔らかく解してくれた俺の秘部に、擦り付けるみたいにゆっくりと挿入ってくる。
まだそこだけ熱があるみたいに、熱く勃ったイノちゃんの欲望。
余裕をなくしたイノちゃんの表情を見たら、俺も無意識に腰が揺れる。
きゅうっと胸が切なくなって。
もっともっと、って。

強請るだけ。




「ーーーっ…熱い…な、お前の…中」

「イ…ぁ…もっ…と」

「…欲しい?ーーー隆…ほら、」

「ぁん…ぁあ…もっ……奥ま…で」

「ーーーーーりゅ…っ…隆…隆…」


「ーーーーーーーイノちゃ…っ…





イノちゃんの襟足に両手を回して。
ぎゅっと抱きついて。
激しく揺さぶられながらも、願うのは。



俺の存在があなたにとって、力が湧いてくるものであればいいなと思う。








小さな勇気。
背中を押してあげるチカラ。
元気。
明るさ。
可愛らしさ。
凛とした美しさ。
秘める強さ。
挑む心。





何でもいいんだ。
小さなチカラをくるくるっと花束みたいにまとめて。
イノちゃんにって。
俺はあなたに何かをあげられているのかな。









「ーーーは…ぁ、」

「疲れちゃった?」

「え?ぅうん、平気だよ」

「買い物行って来てくれたのにな。帰って休む間もなく…」

「そうだよ」

「はははっ」

「もぅ、」

「ーーーでもさ?」


「ぅん?」



キシ。


ーーーあれ、また?

はだけた格好のままで横たわってた俺を、イノちゃんはまた組み敷いて。
指先に、指先を絡めてくれて。

こつん。


おでこ。
前髪も絡んで、目の前でイノちゃんは笑う。




「すげぇ、元気出た」

「…ぁ、」

「隆に触って、隆の全部、もらったから」

「っ…」

「もう平気だよ?ありがとな、隆」



ぽわん。

俺の胸があったかくなる。
あ、もしかして。
ずっとさっきからイノちゃんが言いかけてた言葉って、これなのかな。
俺を抱いてくれている間、ずっと。
そう思ってくれていたのかな。

ーーーだとしたら。




「嬉しい」

「ん?」

「ねぇ、俺はイノちゃんの薬になれた?」

「もちろん!ーーーあ、でも。薬っていうより、」

「?」

「ーーーそうだな」



イノちゃんはちょっと考えて。
じっと答えを待つ俺に、もう一度。


「…っ…ん、」

「ーーー隆、」

「ン…っ…ぅん」


深く深く、唇を重ねて。
溺れ始める俺の耳元で、教えてくれた。





幸運のお守りみたいな感じかな。








end



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