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⚫︎隠した気持ち











好きなひと。
俺にとって、隆。




「ん。…それか好きな子。かな」


俺にとっては。
だってさ、隆のこと。
好きな奴って言うより、好きな子とか好きなひとってニュアンスの方がぴったり合う気がするから。

そんな俺の大切なひと。
秋なんて気候の良い季節は特に、隆と外に出る事も多い。
その先々で見せてくれる隆の言動に、感動すら覚えるような発見を分けてくれたりするんだけれど。

ーーーそこには隠した想いが込められていたりするから、目が離せない。















「ね、真ちゃん。隆、知らない?」



レコーディング中のスタジオ。
午前中の作業を終えて、午後からは隆の歌録り。
楽器隊の録りはもう既に終わっているから、今日は全員来ているわけじゃない。
今日の仕事の予定の無い真ちゃんと俺が、立ち会い人。(Jとスギちゃんも仕事の後寄りたいって言ってたけどね)

さっき届いた軽めの昼食を終えて、午後の前のちょっと一服って。俺がスタジオの隅に設られた喫煙所で煙草一本味わって。
それでスタジオに戻ってきたら…だ。

さっきの問いかけ。
隆の姿が見えなくて。
空き時間にせっせとPCで仕事してる真ちゃんに、俺は思わず訊いてしまった。




「隆ちゃんー?あれぇ、さっきまでそこでスタッフとお喋りしてたけど…」

「お喋り?」

「賑やかでさぁ。俺仕事してんだから、静かにしなさいキミタチ!って言ったら、ちょっと大人しくなったけど」

「ハハハッ」



我らがお父さんを困らせる様子を想像したら、つい笑ってしまった。
だって、可愛いだろうなぁって。

ーーーまぁ、それはいいとして。




「俺ちょっと探してくんね」

「頼むー。隆ちゃんが言うこと聞くのイノだけだもん」

「…いや、そりゃないと思うけど」



真ちゃんの言うこと。
Jのいう事。
スギゾーの言う事。
隆はちゃんとその場で一番大事な事を受け取ってるって。



じゃあ、イノよろしくー!
隆ちゃんが来ないとレコーディング終わんないよぉ。



PCから顔を上げて、真ちゃんはニカッと笑って俺を送り出す。
ん、じゃあ。行ってくるよ。って、俺は部屋を出た。
お姫様を迎えに行かないと。(俺の、)












「あー。すっげ、いい天気」



秋の爽やかな空気。
カラリと晴れて、落ち葉が散って。
からからと音をたてて、アスファルトの上を落ちたばかりの枯葉が転がっていく。
一年のうちで僅かしかない、貴重な気候。

まぁ、こんないい天気なら仕方ないのかな。
スタジオ中を探し回ったけど、隆の姿が見つからない。
秋の空気に誘われて、この建物の中にはいないのかも知れない。
ーーーってことは、スタジオ界隈で隆行きそうな場所。
これから歌入れがあるんだから、そこまで遠くまで行ってはいないと思うけど…



「ーーーや。でも、隆だからなぁ…」


俺の予想も想像も飛び越えて。
隆は羽根の生えた生き物みたいだから。
繋ぎ止めておくことなんか出来なくて。
閉じ込めておくことも出来ない。
そんなことしたら、隆は弱ってしまいそうで。
俺が出来ることは、側にいる為の努力をすること。
隆の予想も想像も超えるくらい、隆を愛することだ。




「でもそろそろ出てきてくれないかな」



午後の時間は待っててくれない。
隆を連れて戻らないと。




「ーーーやむなし」



自力で見つけたかったけど、スマホの力を借りることにした。






pipipi…pipipi…


「あ?」



電話をかけようと隆の番号を呼び出してる間に、逆に鳴り出す俺のスマホ。
誰だ?と思ってみると、かけてきたのはなんと隆。
なんていいタイミングって思いながら、すかさず通話をONにして。



「隆?」

『あ、イノちゃん!でてくれた』

「でてくれたって…。こっちからかけようと思ってたんだよ。隆ちゃん今どこにいんの?」

『ふふふっ、さあどこでしょう?』

「…お前なぁ」


電話の向こう側の恋人が満面の笑みで微笑んでいるってわかって、俺はやれやれと肩の力が抜けてしまう。
お前これから歌うたうってわかってんのか⁇



『わかってるよ。だからこそ、秋の空気をいっぱい吸って歌入れにのぞもうと思っているの』

「はいはい」

『あ、ねぇ!イノちゃん』

「ん?」

『ヒントをあげる。だから俺を迎えに来てよ』

「ーーーヒント?」

『そう!えっとねぇ、俺が今いる場所。ーーー水がある!』

「水?ーーー自販機とか?」

『ちがーう。ーーーあとねぇ…。あ!魚が見える』

「ーーー魚」

『あと木がいっぱい。それから石段と、ベンチと、藤棚と、』

「ちょ、ちょっと待て」

『ふふふっ』

(…お前楽しんでんだろ)

『ヒントいっぱい教えたよ。イノちゃん俺を探してね』

「ほんと…。お前なぁ…」



くすくすと隆の軽やかな笑い声。
くそ。

教えられたヒントじゃ、何と無くしか見当がつかない。
もしかしたらあそこか?って場所があるけど…
でも電話の向こうで隆が早く早くって急かすから。
俺も見切り発車的にその見当をつけた場所へと足を進めた。



ーーー水、魚。たくさんの木、石段、ベンチ…藤棚…

ヒントを並べて、歩きながら記憶の中の風景を掘り起こす。
ああ、でも。
やっぱりあそこかな。
初めて行った時も、こんな爽やかな秋の季節で。
一緒に行ったのも、隆で。
あの時も、休憩中に買出しがてら。
隆とふたりで寄り道した…



そうだ。
きっとあそこだ。
まるで白鳥の湖のロケーションにもなりそうな、ひっそりとした都内の公園で。
隆はきっと、俺を待っているんだ。





「待ってろ」

『…っ、』

「今行くよ」

『わかっ…た、の?』

「ああ」

『ほんと、に?』

「わかってほしかったんだろ?だからあんなにヒントもだして」

『っ…』

「すぐ、行く」

『イノ、』




隆の。
さっきまでの余裕たっぷりな態度が変わった。
それで確信した。




(だってさ、そこって…)


いつだったか。
見せてくれた場所だから。
隆が。
俺だけに。
きっと誰にも見せないように隠していた。
不安とか、弱さとか。
そうゆうのに押し潰されまいと、流した涙を。









ーーー怖いよ
ーーー本当は 全部が
ーーーうまくできなかったらって
ーーー歌えなかったら、って

ーーー歌う瞬間は
ーーー幸せと怖さが背中合わせ



ーーーーーーイノちゃん…今はすごく、こわいんだよ













「ーーー隆?聞こえる?」

『ぇ、あ…うん』

「そこに向かってる」

『ーーーっ…!』

「今、行くから。ーーーでも、着くまでね」

『?』

「俺が行くまでの間も、隆がひとりで不安になんないように」

『ーーー!』

「泣かなくていいように」

『俺泣いてな…っ、』

「でも泣きそうだろ?ーーー泣きそうな気持ち、抱えてるだろ?」

『イノ…』



あの時みたいに怖がって。
ーーーだから俺を呼んだんだろ?




「そんなの吹っ飛ぶように。このあと気持ちよく歌えるように」

『ーーー』

「ね、隆。ーーー」

『え、?』

「一度、してあげたかったんだ。ーーーしてもいい?」




何を?



そんなふうに訊く隆の声は、か細くて。震えてて。
尚更、してあげたくなった。
気持ちも身体も、解れて、和らぐような。







「ーーー赤信号だ。ちょっと止まる。ーーーね、」

『え?』

「隆、いま。周りに誰もいない?」

『周り?ーーーいないけど…』

「ん。じゃあさ、」

『イノ?』

「ーーーしようよ。このまま、」

『っ…ぇ、』

「え、っち」

『ーーー』







ひゅっ、と。
隆が息を飲む気配。
まぁ、そりゃそうだ。
いきなりこんな、電話越しでなんて。
何考えてんだ、って思うだろう。
ーーーけど。

最愛のひととだから。
最愛のひとだから。
こんなことも、躊躇いなんか消える。
期待で、心臓が高鳴る。






『ーーー本気?』

「こんなこと冗談で言わないよ。隆相手に」

『ぅ…うぅ、ばか』

「でもいいでしょ?気持ちも身体もリフレッシュしそうじゃない?ーーーいい気持ちで、歌えそうじゃない?」

『~~~』

「ん?」

『ーーーーーぅ、ぅ歌…え、そう、』

「よし」




自分に苦笑い。
でも、もう期待は消せない。











「ーーー唇、触って」

『ゃっ…恥ずかしい、よ』

「いいの。隆の指が俺の指だと思って。ーーーほら、指先」

『…ぅ、うん』

「ーーー舌先で触れて、そのまま咥えて」

『んっ…ぁ、』

「そう。いつも俺がするみたいに。ーーーなぁ、片手空いてるでしょ」

『ん、んん…』

「触って。ーーーわかる?胸、もう勃ってるだろ」

『っ…ぁ、ぅん』

「服の上からでいい。ーーーそう、」

『ーーーんっ…ぁ」



信号が変わる。
歩き出す。
ーーーもう俺も、身体がふわふわしてる。
隆を抱いてる時みたいに、熱に浮かされる。



「…りゅ、う」

『ぁ、く…ぅん、』

「ーーー電話越しなのにさ、その、声」

『や…だ、ひとり…じゃ、』

「ーーー今行くから。もう少しだけ」



道の先に、見覚えのある藤棚が見える。
きっと隆がいる、公園の入り口。
この先の大きな池のほとりの、木々に囲まれた小さなベンチのある場所に。
きっと。



「ーーーりゅう、」

『ん、んんっ…ィ、ーーーーーぁ、ああっ…』

「もう着くから。ーーーもう、」



隆をなだめつつも、自分もそれどころじゃないって気付く。
隆のところに早く行きたくて。
自分の指先で、触れてあげたくて。
早足で草木の遊歩道を進んで、目指す場所に足を踏みこむと。
俺の足音で気がついたのかもしれない。
眉を寄せて、目を潤ませて。
振り向いて俺を見つめる、好きなひとの姿。



「ーーーっ…ぃ、いの」

「隆、」


隆の持っていたスマホが、パサリと草の上に落ちた。















「ぁんっ、ぁ、あ…っ…」

「ーーーやっ…ぱ、」


後ろから隆を抱きしめて。
池のほとりの手摺に両手をつかまらせて。
すぐに繋がって、片手で隆自身を弄って。
こんな場所で、ほんと何考えてんだって思うけど。
関係ないんだ。
もう、好きなひとがここにいて。
求めてくれて、求めたくて。
それが揃っていれば。



「隆の声、最高…っ…」

「ーーーっぁ…あ…っ…」

「一番…側で…聞けて、それだけで…っ…」




そのままの。
隆でいいんだよ。

不安や弱さも。
嬉しいのも、気持ちいいのも。
俺が全部受け止めるから。
















「おっそーい!どこまで行ってたんだー⁈お前ら」


スタジオに戻ると、仁王立ちで腕組む真ちゃんと。
それから、寄るって言ってたJとスギゾーの姿。
もう歌入れ真っ最中だと思っていたらしいふたりは、今になって登場の隆と俺に何が何やらってカオ。
真ちゃんは…ごめん。待たせてしまった。






「ごめんね、遅くなって」

「どこまで行っちまったのかと思ったよ」

「悪い、真ちゃん。ーーー心配した?」

「そりゃあさぁ。ーーまぁ、帰って来たからいいけどさぁ。ーーー歌は平気?」

「大丈夫!任せて」

「そのためにリフレッシュをな?」

「え?リフレッシュ?なになに」

「お前らどこか行ってたの?」

「うー、ん。まぁ、ね?ね、イノちゃん」

「ああ、まぁな?」



なになに?なんなんだ?
って、3人は俺と隆を見比べて。

ーーー流石に言えないけど。
でも。





「隆の歌。間違いないから」




気持ちよさも。
怖さも。
弱さも。
愛おしさも。

全部、歌声に。







END






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