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⚫︎真夏日



















真夏の日中の、太陽がガンガンに降り注ぐ海岸。
用のない場合は出来るだけ外出を控えた方がいいと天気予報で注意喚起が出るくらいの、とある夏の日。
歩いてるだけで立ち眩みが起きそうな熱々の道。
出歩いてる人…少ないなぁ。
海岸の外のバス通りも仕事中なんだろうって人や、炎天下を横切る自転車の人。
平日ってこともあるんだろう。遊びに来ている人も、さすがに今日は多くはない。
それはそうだ、今日は本当に暑い。
そんな酷暑の中、俺と隆は貴重な重なったオフを使って外出中。ーーーまぁ、デートだ。
じゃあもっと涼しい屋内でもいいじゃんって思われそうだけど。

今日第一回目の上映回の映画を観て(涼しかった)、その後ちょっと早めの昼を食べて(涼しい!)、そのレストランの入っていた海沿いのリゾートホテルのショップを隆と楽しみながら見て(涼しく快適)、その後だ。




「ねぇねぇイノちゃん、ちょっと海岸を散歩しない?」

「ええ、まだ外暑いよ。せめてもうちょい陽が落ちてからにしないか?」

「ずっと涼しい場所にいたから、ちょっとだけ。お日様浴びようよ。適度に汗もかかないと身体に良くないと思うよ」

「ーーーまぁ、そうだけど」



隆の言うことも一理あるし、今年の夏はまだ隆と海に来ていなかったから連れてきてあげたいって思ってたのも事実 (海が好きな隆だから)。
しかし連日発表される暑さ警戒の予報を見ると躊躇いも出る。
無理して熱中症なんてことは避けたい。

ーーーとは言うものの。



「無理しないから、ちょっとだけ」


ね?


…なんて。小首を傾げた隆の懇願に抗えるわけなく。



「ーーーわかったよ」

「イノちゃん!」

「た・だ・し!」

「っ…⁇」

「行ってみて、日陰が無かったら早めに戻る!ここから見た限りじゃ日差しを遮るものがなさそうだから」

「ん、わかった!」

「だったらいいよ。砂浜を少し歩いて、最後はあそこに駆け込むぞ」



ピッと指差す、あそこというのは。さっき食事をしたホテルのロビー横にあるカフェ。
ショップをぶらついてる時に見かけた、カフェの入り口には冷たいメニューが並んでいた。
あの店をゴールと考えれば、熱々の海岸も怖くない気がする。




「よし、じゃあ」

「うん!」

「行くぞ、隆ちゃん」










ザザ…ザー…

ーーーザ…ン、










「ーーーーーーっ…あっーーーーーーーっ…ちぃっ…」

「まっーーーーーーっ…しろ!照り返し、すっごい!」

「眩し過ぎ!つか、こんな日に限ってサングラス忘れるって…!」

「あはは!俺もー」

「笑い事じゃないよ!隆ちゃん」



ホテル前の道を横切って、海岸の堤防横のコンクリートの階段を砂浜まで降りると。
そこは本当に、日を遮るものは何も無かった。
季節柄、海の家とかあるのかな…とも思ったけど。この海岸はすぐに岩礁地帯になる、海水浴が出来ない海岸で。それ故にそんな季節的な店も無く…

ーーーー広い浜に続くのは…

砕ける波音。カモメの声。
ーーーと。

隆の。



「ああ、でも。気持ちいいねぇ!夏って感じ!」



ーーーーー暑さに負けない、元気な声。









ザザ…ン…

ーーーザザ…







さくさく。


白い砂浜を歩く。
歩くけど、足跡は光に反射して見えない。
本当にぽつんと、砂の真ん中に取り残されたみたいな。
息苦しいほどの暑さの中、真っ白で行く宛も見えなくて。
ちょっと怖くなる。




「ーーー隆」

「ん?」

「大丈夫か?」

「ーーーん、へいき」

「そこ、自販機あるから水買ってくる。そこで待ってろよ」

「ん、」




そこでって言っても、砂浜の真ん中。
日陰が無いから、どこにいても同じ。
だからせめてすぐに戻ろうと、自販機まで走る。


ピッ。ーーーごとん。



取り出したペットボトルの冷たさに、ホッとする。
すぐさま結露の水滴が手首を滑り落ちる。
冷たさにほっとする。でもそれも、一瞬の事。

近年の真夏の暑さは。
それを乗り越える力を試されている気がしてならない。
体力とか、精神力とか。
真夏の太陽の下では、細かい事なんていちいち考えていられない。
無駄なものは削ぎ落とされて、芯の部分だけで立っている気がする。




「芯…か」



俺の真ん中。
どんな状況であれ、俺をこうして立たせてくれているもの。




「音楽」


迷い無く口に出る。
その言葉。
すると不思議とこの暑さを忘れる。
この暑さに負けない熱を知っている。
だから、平気なんだ。きっと。











ぴと。


「…っひゃ、」

「ははは、ほら隆ちゃん」

「イノちゃん。ーーーびっくりしたぁ」

「でも気持ちいいだろ?」

「うん、ありがとう」



太陽の下ど真ん中でぼんやり海を眺める隆の頬っぺたに、買ったばかりのペットボトルをくっ付ける。キリリと冷えた感覚に、隆は肩を震わせて息を詰めた声を上げた。
そんな反射的な様子が、アノ瞬間を思い起こさせて。…俺は気持ちを揺さぶられる。
ーーーこんな時だってのに。



「…や、こんな時だからこそなのかも」

「ーーーイノちゃん、何か言った?」



もうすでに半分くらい水を飲んで、唇をほんのり濡らしたまま。
隆はきょとんと、俺を見る。
俺の言葉を気にしてくれて、先を待ってる。



「ーーーあのね、」

「ぅん?」



こんな暑さの中で、熱に包まれた中で。
俺の身体に残るもの。
気持ちの中に、しぶとく残ってくれているもの。




「音楽と隆ちゃん」

「ーーーぇ、?」

「俺の大切なもの」




こんな状況で言う言葉じゃ無かったのかも。
隆はぽかん…として、口をぱかっと開けて。
…ちょっと、間抜けな感じだけど。
でも、こんな暑さに身を置いているのは隆も同じだから。
隆もきっと、そのままでここに立っているんだろうから。

次の瞬間には、はにかんで。
海風に髪を揺らしながら、俺が大好きな微笑みを見せてくれた。











あっつい!もう灼ける!

そう言いながら、ホテルまで駆け込んだのはたった今のこと。
砂浜には結局、ペットボトルの水を飲み干す時間くらいしかいられなかった。


「ああ、中は涼しいね」

「な、」

「エアコンの有難さがわかるね」


ロビーを横切る間、隆はまた微笑みながら言う。
隆は俺より肌が白いから、日に当たった部分が薄く上気してる。
頬っぺたもサッと赤が散って、こんな時なのに俺はまたアノ瞬間を思い出す。

ーーーどんだけやらしい奴なんだ?俺、って思うけど。きっと、隆だからなんだ。





「俺、氷食べたい。カフェにあったかなぁ」

「あるんじゃない?夏のスイーツの定番なんだし」


そんな会話をしながら、ゴールに決めたカフェに入る。
海を眺められるカウンターの席に決めて、二人並んで、ほっと落ち着く。
メニューを見ると、あった。
かき氷。ちょっとお洒落な感じの、だ。
隆はそれを見て目を輝かせた。



「これがいいな。苺のピューレがかかってるの」

「ん、じゃあ俺はアイスコーヒーで」



それらを注文して、来るまで目の前の海岸を見る。
相変わらず、日差しで真っ白で。
ついさっきまであそこにいたんだと思うと、今ここにいられる事に、なんとも言えない安堵感がわいてくる。
すると。




「ーーーさっきさ?」

「ぇ。…ん?」



隆が、不意に。
前を向いたまま、俺に話しかけてきた。




「さっき?」

「うん、さっき。ーーー砂浜で、イノちゃんがさ?」

「ーーーうん」

「言ってくれたでしょ?」

「ーーー」

「音楽と隆。って」

「ーーーあ、あぁ」

「あれね、」

「ーーーりゅ、」




隆の匂いが、すぐ側まで来たと思ったら。
瞳が、頬が。隆の唇が、もう触れ合えるほどに側に。
それから、やっぱり俺が大好きな。
隆の微笑み。

見惚れていたら、触れ合っていた。



「…ん、」



羽がかすめるような、淡いキス。
でも、こんな場所で隆がしてくれるって、滅多になくて。
それだけで、俺の気持ちは高鳴る。
どきどきして、どうしようもない。


ちゅっ…

かすかな音をたてて、唇が離れる。
離れてしまう感触が惜しくもありつつ、照れて目を伏せる隆の表情から目が離せない。



「ーーー隆ちゃん」

「…だ、だって、」

「ん?」

「嬉しくて。ーーーさっき、の」

「ーーー」

「ほんとはね?あの、暑くて眩しくて真っ白な砂浜で」

「ーーー」

「イノちゃんとキスしたかったの」

「ーーー隆…」

「あの太陽の下で。余計な事、何も考えられない場所で」

「ーーー」

「俺もあなたの事が好きだよって。それだけは、譲れないよって」

「ーーー」

「キスに込めたかった」














「お待たせいたしました。氷苺と、アイスコーヒーです」


お好みで練乳もどうぞ。

そう言って、隆の前に小さなミルクピッチャーも一緒に置いて店員が戻って行った。
けれどなかなか、それらに手を伸ばせない。
それどころじゃないんだ。

ーーーそう。俺たちはと言うと。


隣同士の席で、どきどきと、二人して。
まるで初めてのデートみたいな、そんな気分で。
時折互いを気にして視線を合わせて、でも照れくさくってまたそらす。



「ーーーイノちゃん…。来たよ?コーヒー」

「ん。ーーー隆こそ、溶けるぞ、氷…」

「ーーーぅん、」


いただきます…。
そんなか細い隆の声を聞きながら、俺もストローで氷をかき回す。
しゃくしゃくと苺と氷を頬張る隆を横目で見ながら、やっぱりそんな隆が可愛くて堪らなくて。

一緒にいられる事が、幸せで。


今はもう、怖いなんて思わない。
眩しくて、真っ白な砂浜を。
陽が落ちて、空の端がオレンジ色に染まり始めるまで。

他愛無い事も、愛を込めた話も。
二人で密やかに笑いながら、囁き合って、見つめ合って、過ごしたんだ。









「なぁ、この後さ」

「ぅん?」











end





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