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⚫︎冬












《冬》





朝夕が冷え込む季節。
特に早朝なんかは冷たい空気がキン…として。

冬だなぁ…。






布団の中はこの上なくあったかい。
寝る前に緩くかけた暖房の温もりは、もうすでに消えてるようだ。
ーーーでもさ。



「ーーー」


俺の隣には、いい匂いで手触りのいい…カイロ。
ーーーならぬ、隆ちゃん。
こんな寒い朝は、暖と、愛おしさを求めて。
隆を抱きしめずにはいられない。



「…」


じっと見つめる。
まだ眠りの中の隆を。


「ーーー…」


微笑んでいるみたいな、隆の寝顔。
口角が微かに上がってて、良い夢なのかな?って思う。
どんな夢?
もっと見つめる。
さっきよりも近づいて。
ーーーほら、あとちょっとで、触れ合えるくらい。

ーーーーーキスしたくなってしまった。







「ーーーイノ?」

「…ぁ。」

「…ん、もぅ朝?」



前触れもなく、ぱかっと開いた瞼。
数回の瞬きをして、ぐーっと、布団の中の隆の脚が伸びをする。
さっきまで触れ合ってた足先が離れてしまって、拍子抜け。ちょっと寂しい…
でも隆はそんなのはお構い無し。
俺が切なくなってるのも気付かないで、あ~布団の中あったかいねぇ、なんて朝からご機嫌だ。


(くそ…。ひとの気も知らないで)



ーーーすると。
もしかすると俺は機嫌悪そうなカオしてたのかもしれない。
いつのまにか隆がじっと俺を見上げてて。
探るような、そんな目で。
俺を、じっと。




「イノちゃん」

「…ん?」

「ーーーイノラン?」

「…なに、どした?」

「おはよう。っていうか、どした?はこっちの台詞」

「ーーー」

「でもね、イノちゃんのカオ見たらわかっちゃった」

「え?」

「ーーー俺もしたいよ?」

「…な、に」





ちゅ。




「りゅ、」

「ン…っ、同じじゃない?…気持ち」



俺とイノちゃん。
一緒でしょ?


そう言って、隆は軽やかに笑う。
ーーー不意を突かれて。そんなのされて、見せられて。

このまま黙ってると思うなよ。




「っ…うぁ、」

「良かったよな?俺ら。今日は揃って休みでさ。お陰でどんなに隆に煽られても誘われても我慢しなくていいもんな?だから今は朝で寝起きだけど隆にキスされてドキドキした俺に抱かれても隆は何も言う事ないよな?」

「ーーーっ…!」



少々力づくで隆を押さえ込む。
意地悪だったかな。
今の有無を言わせぬ…物言い。
隆は覆い被さった俺の下で、カオを真っ赤にしてぱくぱくしてる。
そして、キッと俺を睨む。



「っ…意地悪いカオ…!」

「隆こそ」

「…なに」

「ーーー色っぽいカオ」



ささやかな隆の反撃をさらに返してやって。
もうそろそろいいだろ?って。
そのままその身体に触れていく。



「…ぁ、っ…ーーーーーん、」


甘い声。
こんな寒い朝にぴったりな、温もりを帯びた声。
もう寒くない。
服をはだけても、布団を跳ね除けても平気だ。

ーーーほら。

さっきまでクリアだったベッドのそばの窓ガラスも。
ふたりの忙しない呼吸で。
結露を纏って、曇るようだよ?












ざぁぁぁぁぁぁ。




行為の後。
隆と風呂。
起きたのがだいぶ早い朝だったから。…抱いて、それでも。
まだまだ早い朝。
朝風呂しようよって言ったら、隆は気怠げに笑って頷いた。

ちょっと熱めの湯で、目覚ましもして。
先にさっさと着替えた隆に、湯冷めするからリビングであったまってなよ。ってドライヤーで髪を乾かしながら言う。
使ったタオルやシーツ、二人分の衣類を洗濯機で回しながら。
さ、俺もリビングへ…。って廊下を横切ろうとしたら、だ。

ーーー言う事聞きゃしない…。


風呂上がりでせっかくほかほかになった身体で。
隆は廊下の突き当たりの出窓の所で…何してんだ⁉




「隆‼」

「ぇ?あ、イノちゃ~ん」

「イノちゃ~ん、じゃない!何やってんだよ、そんな冷える場所で」

「平気だよぉ、お風呂上がりでぽかぽかだもん」

「そーゆう油断が!風邪ひくぞ」


ーーーけど。
こうゆう時の隆には、何言っても暖簾に腕押しっていうか…
本人はのほほんとして笑って終わりって事が多い。(俺はやきもきさせられんだ)
だからその時は俺も。
俺のしたいようにさせてもらう。
隆との付き合いで見出した楽しみのひとつだ。


「ぁっ…」

「ーーー言う事聞かないから」

「…ぅ、」

「だから俺も好きにするよ」

「ーーーぅ、ん」



ぎゅっと、背後から抱きしめる。
その瞬間にふんわり香るシャンプーに混じった隆の匂いに、俺はまた堪らない気持ちになる。



「ーーー何してたんだ?」

「あ、えっと…」

「うん」

「曇ってる窓ガラスに…」

「⁇」

「指先で、文字」



キュキュキュっ…と。
文字?



「ーーー外、今朝はとっても寒いんだね。向こうが何も見えないくらい真っ白で」

「ーーー」

「窓に書いた文字もクッキリだよ?」

「だから!こんなとこにずっといたら風邪ひくから。ほら、もう向こうの部屋行こ」

「ん…。でもね、懐かしくない?こうゆう…曇りガラスに文字って」

「え、?」

「ーーーイノちゃん、覚えてない?ーーーほら、ずっと昔だよ?」




隆が何やら書いたのはデタラメの文字。
でもその隆の指先が走った線はクリアになって外が見える。
その小さな隙間から隆は外を見て。
ーーーその、ずっと昔に想いを馳せているよう。

隆の言う、曇りガラスに文字…。
ーーーあぁ、そんな想い出…あったよな。













インディーズの頃。
バンドの知名度が急激に上がり始めた頃。
音楽が忙しくなる一方で、バイトは継続しなくては生活できなかった、アンバランスでめちゃくちゃ大変な日々。
夏暑く、冬は寒さに耐えて。
ーーー特に真冬なんかはさ。
日々のバンド練習は欠かせない訳だけど。
借りるのはだいたいが、狭くて安いスタジオ。エアコンも壊れて使えない、部屋の内も外も冷えびえしてる…なんて事はしょっちゅう。
温度湿度に敏感な楽器には、悪いことしたなぁ…って、今では苦笑いだ。

そんなスタジオ。
その年の冬も寒かった。
寒すぎて弦が痛い!って、冗談抜きで言ってたっけ。
でもね。
演奏以前の問題の寒さで四苦八苦してた俺ら楽器隊の中で。
隆はやっぱり、いつも笑ってた。






「隆ちゃん何してんの」

「ん?あ、イノちゃん」



防音の効いた部屋の外。
通路の突き当たりの、結露で白くなってる小窓のそばで。
(落書きしてたんだか、曇ったガラスに雪だるまの絵が描かれてる)
隆は両肘をついて、何やらご機嫌に振り向いた。
長い黒髪はひとつに括って、つり上がったメイクも今はしてないからか。
小窓から射し込む冬の陽に照らされた隆は、塔の外に憧れるラプンツェルみたいで。なんだかすごく可愛らしく見えた。




「ーーー」

「?…イノちゃん?」

「隆ちゃんってさ」

「ん?」

「可愛い」

「ーーーそんな事言うのイノちゃんだけ」

「だってそう思うし」

「…でもそれを言ったらイノちゃんは綺麗でしょ?」

「ーーーーーあのな、」

「赤い口紅塗ったら、とってもね?」

「ーーーはぁ…。」

「ん?溜息…」

「…もうそれって何遍も言われてるし、いちいち否定も肯定もしようと思わないし、自分で選んでやってる格好だからいいんだけどさ」

「ーーー」

「隆ちゃんにはね。ーーーちょっと…」

「ん、?」

「隆にだけは…ーーーーー格好いい、って」

「ぇ、」

「…言われたいよ」

「ーーーーー」

「…よ。」

「ーーーイノちゃん、それって…」

「……そーゆう意味じゃない?」



わかるでしょ?って、顔を覗き込んだら。
隆は、プィ…と。
むこう向いてしまった。
そんな反応が珍しくて。
いつも堂々とブレることなんか無いような隆なのに。
今は…



(ぅわ、)


少しだけここから見える、隆の頬が。


(…赤い)




(ーーーーー可愛い)






隆の手にそっと触れた。
するとビクンッ…と隆の肩が揺れたけど拒否はされない。
俺は気を良くして、もっと図々しくなる。
窓辺のラプンツェルを、後ろから抱きしめた。



「イ、」

「今日はすごくいい日。だって俺、気付いたから」

「ぇ、?」

「隆ちゃんにこうしてると、すごく優しい気持ちになれるって」

「!」

「それってさ」

「ん?」

「愛おしいって気持ちだよ」




ーーー本当は。
この時の俺は、もうすでにもっと違う気持ちも生まれてた。
実際はずっと前からそうだったのかもしれないけど、気が付いたんだ。
この時に。

きみが欲しい。
全部。

優しい気持ちの奥の、もっと凶暴な欲深い想い。


だから俺は、まだそれを隆には言わないけれど。
一端でも伝えたくて。





キュッ、


隆がさっき描いた雪だるまの横に。




〝すきだよ〟
























廊下からようやく隆を引っ張ってきて。
あったかいリビングで、隆はカフェオレを飲む。
柔らかいブランケットを肩にかけて。

窓の外は。
今日も寒そうだ。




「隆ちゃん、今日はどうしようか」

「ん、?」

「どっか、買い物でも行く?」

「…んー」

「それか飯でも、」

「イノちゃんといたい」

「ーーー」

「今日はずっと。くっついていたい…かな?」

「ーーー」

「あ、イノちゃんは出掛けたかった?ご飯、外で食べる?」

「いやいやいや!」

「ん?」

「いいよ、全然!寧ろ大歓迎‼」




あまりにも可愛い事をいきなり言われたから。
ーーーあっけにとられてしまった…


持っていたマグを置いて。
隆のも奪って。
ブランケットごと、隆を抱いた。

ーーー昔を思い出したから、恋しくなったのかもな。




「イノちゃん、」

「ーーーん?」

「あの頃からね」

「ーーー」

「変わらないよ?ずっと好き」

「!」

「イノちゃんが好き」

「りゅ、」

「死ぬまで…。ーーーその先も」

「ーーー…」

「好きだよ?」





俺もだよ。

そう言葉にするよりも。
隆も俺も好きなこと。
言葉よりも気持ちが伝えられると思うこと。

すでに待ちわびている風な隆の頬を包んで。



きみとキスをした。












end



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