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⚫︎白シャツ









真っ青な空だ。







昼下がり。

風はちょっと、時折強めかな?…って日。
俺はなにしてるかって言うと、洗濯物の取り込みの真っ最中だ。





「わっ…うわ!」




風が強い時のこの作業は、なかなかスリルがあるよね。カラカラに乾いた衣類。取り込んだ途端に飛ばされやしないかって。



「ーーーっ…と…と」



両手いっぱいに抱えた洗濯物。
朝の天気予報で、今日は絶好の洗濯日和です!って言ってたから俄然やる気が出てしまって。
脱衣カゴの衣類から、タンス、クローゼットからも手当たり次第引っ張り出して洗い上げた。自分の物とイノちゃんの物と。こうしてふんわり乾いた後は物凄い量に見えて頭を掻いた。





「ーーー洗いすぎたかなぁ…?ーーーでもいい天気だったし、もうすぐ衣替えだしいいよね?」




リビングの床に広げた洗濯物を一枚一枚丁寧に畳む。スッキリサッパリ、えらく気分もよくて、歌なんか歌いながら小高い衣類の山を作っていった。





「ーーーん?」




手が止まる。
一枚の服を手に取って。それがなんか、見覚えがあるような無いような…。

ヒラリと両手で広げたのは真っ白なコットン素材のシャツ。
一瞬、自分のかな?って思ったけど、このブランドのは俺のじゃないや。
…って事はイノちゃんのだよね?




「うーん…」




でも最近これを着てるのを見てないし。
ーーーでも、今朝の俺はとにかく手当たり次第洗濯してしまったから、いつの間にか近頃ご無沙汰の服まで洗っていたのかも。




「ーーー…」



ーーーでも、このシャツ。
なんか見覚えがある。…見覚えってゆうか、このシャツの思い出が……


じっと。
じっと、その真っ白なシャツを見つめていると。
静かな昼下がりのリビングにいる俺なのに。
頭の中で。
サアアア……と。
微かに聞こえてきたのは雨の音だった。



「ーーーあ…」


目を閉じると、まるで昨日の事のよう。
あの雨の日。
俺はこのシャツを着たんだ。


ーーーあれはまだ、イノちゃんと俺と。
恋人同士になって間もない頃だ。





















……………





「ああー…もう~」

「ずぶ濡れ!」




もう暗くなった、夕方過ぎ。

ちょうどスタジオで一緒に作業してた俺とイノちゃん。
もうそろそろ帰ろっか。なんて言い合いながら片付けを始めて。どことなくそわそわ浮き足立ってるのは、今日はこの後イノちゃんの家で夕飯を食べて映画観よう!って楽しみにしてたから。


スタジオの施錠をして、外に出た。
すると…





「あれ、雨降りそう?」

「ーーーえ?…ーーーああ、そうかも…?」

「予報ってどうだったっけ。…イノちゃんの家に帰るまでもつかな?」

「ーーーん…まあ、タクシーで途中まで行くし大丈夫だと思うけど」

「…そっか。ーーーん、そうだよね?」




家になんもねえ~ってイノちゃんが言ってたから、帰りにちょっと買い物して帰る予定だけど。そんなにたくさん時間がかかるわけじゃないから…まあ、大丈夫!って事で傘は持たずにスタジオを出た。

だんだんグレーになっていく空をチラチラ見ながら、家の近くのマーケットでタクシーを降りて買い物。
イノちゃんとふたりで買い物って楽しくて、ついつい余計に時間もくって。
ようやく店を出た時、空は今にも…って感じになっていた。




「ちょっと急ぎ足」

「ーーー濡れて困る物…って」

「パン!イノちゃんの雑誌!」

「あと隆のケーキ!」



ーーーどれもこれも紙袋だったり箱だったりの包装だからね…。
万一の雨で濡れたら…ちょっと悲しい。




「降る前に!頑張って帰ろう」

「おう!」



意気込んで、イノちゃんの家まで早足で歩き出した…その途中だった。




ポ。
…ポ…ポ。

ポツ…




「あ」




小さな水滴だった雨粒は、あっという間に地面の色を変えてしまう雨脚になっていった。




「ーーーあああっ…」

「取り敢えず急げ!もうちょいだから」

「うん!」




ふたりして荷物を抱えて、帰路を走る。
ーーーケーキの惨状を悟ったけど。…食べられるならいいやって、全力で走る。

角を曲がって、イノちゃんの家が見えて、ホッ。

バタバタバタッ!と、賑やかに帰宅。
玄関先でお互いに見合った姿に、可笑しくなって笑ってしまった。





「はははっ!なんだよ、結局ずぶ濡れ!」

「でも買い物した後でまだ良かったんじゃない?ずぶ濡れでお店は入りづらいもん」

「まあな?ーーー」

「ふふっ」

「ーーーーー」

「?…ーーーーーイノちゃん?」

「あ、え?」

「ボーッとして。どしたの?」

「ああ。…ーーーいや、なんでもないよ。…隆ちゃん先にシャワー浴びといで?」

「いいの?」

「うん。俺は買った物しまってるから、先どうぞ」

「ありがとう。じゃあ、お先に」




?…ーーーどうしたんだろう?
なんかちょっと…違和感。
急にイノちゃん、視線が彷徨って。

ーーーすぐに戻ったけど。
…気のせいかな?


ま、いいか。












「イノちゃん、上がったよ。ありがとう」

「ん。タオルわかった?」

「うん!」

「ーーー着替えは適当に…タンスでもクローゼットでも引っ張り出していいからな?」

「ありがとう」




そんじゃ、俺も行ってくる。って、イノちゃんをバスルームに見送って。
俺は、さて。
イノちゃんの寝室のクローゼットを扉を開けた。




「わあっ!」



すごい。イノちゃんワールドだ。
俺もイノちゃんも好きなブランドとかコーディネートとか似てる部分あるけど。
この扉の中は100%イノちゃんだ。




「ーーーこれ、よく撮影でも着てるよね」



彼のお気に入りを目の当たりにすると、嬉しくなって、思わず微笑んでしまう。



「ーーーって、そうじゃないや。着替えを借りないと…」



遊んでる場合じゃないと、慌ててハンガーにかかった服に目を移す。

ーーー気楽な部屋着みたいなのでいいんだけど…。
どれにしようかな。


うんうん悩みながら物色していたら、端の方にかかっていた一着に目が止まった。




「ーーー…これ」




手を伸ばして、ハンガーからスルリと外す。
両手で持って、じっと見た。
ーーー真っ白な、コットンのシャツ。




「ーーーーーーーー……こんなの着たら…」




ドキドキドキドキ…。
いつの間にかものすごい鼓動の音。
手にした服を着てみたら?…って想像しただけで、こんなだ。

だって。だって…こんな…




「ーーーこうゆうの…彼シャツ…ってゆうの…かな」





ごくん。
思わず息をのんだ。

ーーーだって、緊張してしまった。


俺とイノちゃんは、まだいくらも経っていないんだ。
ーーー恋人同士になってから。

好きって言葉も、キスも。
順調?…かどうかはわかんないけど、重ねてきて。
もっと一緒にいたいって気持ちも、いっぱいあるんだけど。
ーーー実は…まだなんだ。
彼と、身体を重ねるのは。




「ーーーイヤなんかじゃないし、怖いんじゃない…けど」



一度だけ。スタジオでふたりきりの時に。…そんな雰囲気になった事あるんだけど。いかんせん、スタジオって場所だったから。…できなくて。

だから多分きっと、キッカケの問題なんだと思う。それに俺たちは、恋人同士になる前の下地があるから。
長くて濃い、メンバー同士という付き合いがあるから。




「ーーー難しいよね…」




本当は、もっと側にいきたい。
隙間なんかないくらい、一緒にいたいけど。
なかなか…一歩が踏み出せない。




「ーーー」



ーーーそれなら。
キッカケがあればいいのかな。
キッカケを作ればいいんじゃないかな。

ーーー例えばこんな…シャツを着るだけで。
ふたりの雰囲気を変える事が出来るなら。




ごくん。
ーーーまた、息をのむ。




「っ…ーーー」




羽織っていたバスタオルを落として、白いシャツに袖を通す。
スルリと素肌を滑る感覚が、ますます俺をドキドキさせる。
ーーーちょっとサイズが大きめなんだ。
シャツの裾は、俺の太腿の半分辺りまでを隠してる。


ドキドキドキドキ


イノちゃんが上がってくるまで心臓がもつのかな。






「隆ちゃーん、上がったよ~」

「っ…‼」

「ーーーりゅーう?」

「っ…う、うん!」

「リビング?」

「え、うううううん!」

「うううううん?ーーー寝室?」

「うっ…ん!」

「わかったー、水持ってくね」







十数秒後。
寝室に来て、俺の姿を見たイノちゃんが。

持っていたペットボトル二本をゴロンと落っことして。瞬きも忘れたみたいに俺をじっと見つめたのは…


初めてふたり、身体を重ねた。
雨の日の夜だった。

















……………




「ーーーそうだ。あのときのシャツだ」




ーーー顔が熱くなる。
あの初めての雨の日を思い出したから。




「今思うと…すっごく大胆な事したよね…俺」



思い出してしまった。
初めて抱き合う間、彼が囁いてくれた言葉。ずっとずっとお互い触れ合いたかった熱が、溢れ出した事が。





〝隆…ヤバい。…可愛い〟

〝ずっと…こうしたかったよ〟


〝     〟




「っ…ーーーうわぁ…」




恥ずかしくてどうしようもなくて。
思わず叫んでしまった。





「なにが、うわぁ?」

「わあっ‼」

「ーーーさっきからどうした?隆ちゃん挙動が…」

「いきなり話しかけないでよ!」

「はははっ、悪りい。ーーーただいま」

「っ…ーーーオカエリナサイ」



もう!帰ったなら玄関で声かけてよね⁉



「洗濯物?ありがと隆ちゃん、たくさん」

「…うん。晴れてたし」

「うん。ーーーん?…隆、そのシャツ…」

「ーーーーー見覚え…ある?」

「そりゃ…忘れもしないよ」

「っ…うん」

「めちゃくちゃ…すっげえ可愛かったもんな?」

「~…う」

「なに。照れてんの?」

「だっ…て」



直視できなくて俯いた。
そうしたらイノちゃんはズリズリ俺の前に来て、ぎゅっとシャツごと俺を抱きしめてくれた。



「ーーー隆?」

「っ…ぅん?」

「ーーー今日それ着てくれんの?」

「えっ?」

「着てよ。それ着た隆、抱きたい」

「イノちゃんっ…」




ちゅっ。


「ん…っ」

「ーーーあの日からさ」

「…んっ…?」

「隆が好きって、変わらないからな?」

「!」

「変わらないどころか、もっと…」



…くちゅっ…


「んっ…ん!」


ーーーとさっ。



「ーーーっあ、」



「隆…ヤバい。…可愛い」


「っ…ぁん」


「ずっと…こうしたかったよ。あの時もな?」


「あっ…ーーーイノちゃ…」



「愛してるよ」




イノちゃんはあの日と、同じ言葉をくれた。あの日と同じ、優しい微笑みで。

あの雨の日キッカケを作ってくれた白いシャツ。
今日は洗い立ての太陽の温もりを纏って、俺とイノちゃんを包んでくれた。






end






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