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●好き













がりっ…




赤い液体が、ぽたり。




「こら」

「ーーーんっ…」

「そんな、指噛むな」

「だっ…」

「血。出たじゃん」




隆の指の付け根まで垂れた血液を。
俺は舌先で、舐めてやった。














春夏秋冬。
俺たちは季節問わず、この海岸を訪れる。
何しろ隆がこの海岸を気に入っているし、俺も隆と一緒にいるようになってからは、度々ここに来るようになった。



秋の海岸。
この季節の海岸ってのは、人も少ないし空気も冷えて清々しい。
人が少ないって事は荒らされてないって事で。
多分。今はすごく綺麗な海岸なんだと思う。




「イノちゃん」




波打ち際で、何やら棒切れで砂に書いていた隆が、振り返りもせずに俺を呼んだ。




「なに?」

「いま砂にね。なんて書いたと思う?」

「砂?ーーーう…ん。ハート♡とか?」

「近い!」

「近い?じゃあ、星☆とか」

「ああ~っ遠ざかった」

「ええ⁇」

「もう、わかんないの?恋人がこんな事言ってる時はこれしかないでしょう?」

「ーーーなに?」

「っ…」

「なに?隆ちゃん、教えて?」




ーーー実は。何となく隆の言わんとしてる事はわかってる。
わかっててわざとこんな態度とるのは…意地悪か?
隆はチラッと俺を振り返ると、頬を染めて唇を尖らせてまた前を向いてしまった。

ーーー機嫌を損ねたかな。




「ーーーごめん、隆ちゃん」

「ーーー」

「ちゃんとわかってるよ。だから…」

「ーーー」

「もう一回こっち見て?」




隆の真後ろに立ってそう言ったら。
ちょうどそのタイミングで来た大きめの波が、隆が書いていたものを洗い流してしまった。




「ーーーイノちゃん、残念」

「ーーー」

「もう答えわかんないね?」




意地悪そうに。
隆は楽しげに俺の方を向いて、クスクスと笑った。

ーーーそんな隆を見たら。





ぎゅっ。




「っあ…」



目の前で笑う隆の手を少々乱暴に掴んで、俺は砂浜を横切った。
靴に砂が入るのも構わずに、ずんずんと砂の上を歩く。

急な俺の行動に、隆はちょっと身を怯ませて。それでも文句も言わずに、俺に付いて歩く。
俺が目指す先は一言も言っていないけれど。たった一度だけ、ここに来た時に行った事がある場所の方へと足を進めると。
すると。きっと隆も、それに気付いたんだ。
一瞬だけ振り返って見た隆の顔は、赤く恥ずかしそうに俯いていて。
そんな態度が、より俺を煽り立てた。




「ーーー隆、覚えてんだ?」

「え…?」

「今から俺が行こうとしてるトコ」

「っ…ーーーん」

「うん」

「…覚えてるよ?ーーーーーーー桜」




そう。

桜。


この海岸の端の、岩礁地帯のその先に。
海岸に自生する植物に混じって。なぜかたった一本だけ。
桜の樹がある。
っても、背はそれ程高くはない。
砂地に生えているからなのかは、わからないけど。
小さな桜の樹。
それでも初めてこの樹を見つけた春先には。ちゃんと可愛いピンク色の花をつけていた。

それを見た隆は、いたく感激してたのを覚えてる。
そしてその時、隆は俺にこんな事を言ってくれたんだ。




ーーーいつまで好きでいていいの?

ーーーえ?

ーーー何度目の春まで、一緒にいられるの?

ーーー…隆はさ。

ーーー…うん。

ーーー期間限定の恋人なの?

ーーーっ…違うよ。

ーーーじゃあ、なんでそんな事聞くの?

ーーーだって。

ーーーん?

ーーー多分…ううん、絶対に。俺はずっとイノちゃんが好きだから。

ーーー……。

ーーー離してあげられないから。…だから。…そんなのでも、イノちゃんは一緒にいてくれるのかな…って。

ーーーーーー。

ーーーだってそれって、一生って事だもん。




…そんな可愛すぎる事を言ってくれた思い出の場所だ。

あの時俺は何て返事したか…なんて。正直記憶が朧げだ。だってそのまま、桜の樹の下で隆を抱いてしまったから。
あんな事を言ってくれた隆が、愛おしくて堪らなかったから。






桜の樹は、そこにあった。
季節は冬に向かう秋。
紅葉した葉も、はらはらと落ちているけれど。
ここに立つだけで、あの日の隆の横顔を思い出す。





「ーーーしよっか」

「…え?」

「あの日みたいに、ここでさ」

「イノちゃんっ…」

「さっきの砂の文字も、ちゃんと答えてあげたいし」

「ーーー」

「今、隆に触りたいよ」




問答無用で、隆を抱き寄せてた。



「ーーーっあ…待っ…」



隆は慌てて俺の胸に手を突っ張るけど。
ゆるさない。
砂の上に、愛しいひとを横たえた。











「っ…ぁーーー」

「りゅう」

「くっ…ぅーーー」

「こら」

「っ…やーーーっ…あ」

「そんな、指噛むな」

「だっ…て」

「血。出たじゃん」




ぺろりと、隆の指の付け根まで垂れた血液を、舌先で舐めてやる。
隆は身体を震わせて、潤んだ目で俺を見る。

繋がった身体は、もう制御不能なようで。無意識にも、俺に縋って先を欲しがった。




「っ…んーーーイノちゃん」

「ん…?」

「ね…ぇ、俺が…言った事」

「ーーーん。覚えてるよ」



忘れるわけないじゃん。って耳元で言ったら。隆は心底嬉しそうに、にっこり微笑んだ。

そうだな。もう一度ちゃんと言ってあげよう。さっきの砂の文字の事と合わせてちゃんと。
今度は俺から。


照れながらも、不器用にも。
お前はいつだって俺に、想いを伝えてくれているから。




「好きだって、書いてくれたんだろ?」



「っ…ーーー」



「俺もだよ」



「ーーーうんっ」



「好きでいて」



「イノ…ちゃっ…」



「好きでいさせて」





いつかこの樹が枯れてしまっても。
お前の好きなこの海の波みたいに、永遠に。


ずっと。






end


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