7
●好き
がりっ…
赤い液体が、ぽたり。
「こら」
「ーーーんっ…」
「そんな、指噛むな」
「だっ…」
「血。出たじゃん」
隆の指の付け根まで垂れた血液を。
俺は舌先で、舐めてやった。
春夏秋冬。
俺たちは季節問わず、この海岸を訪れる。
何しろ隆がこの海岸を気に入っているし、俺も隆と一緒にいるようになってからは、度々ここに来るようになった。
秋の海岸。
この季節の海岸ってのは、人も少ないし空気も冷えて清々しい。
人が少ないって事は荒らされてないって事で。
多分。今はすごく綺麗な海岸なんだと思う。
「イノちゃん」
波打ち際で、何やら棒切れで砂に書いていた隆が、振り返りもせずに俺を呼んだ。
「なに?」
「いま砂にね。なんて書いたと思う?」
「砂?ーーーう…ん。ハート♡とか?」
「近い!」
「近い?じゃあ、星☆とか」
「ああ~っ遠ざかった」
「ええ⁇」
「もう、わかんないの?恋人がこんな事言ってる時はこれしかないでしょう?」
「ーーーなに?」
「っ…」
「なに?隆ちゃん、教えて?」
ーーー実は。何となく隆の言わんとしてる事はわかってる。
わかっててわざとこんな態度とるのは…意地悪か?
隆はチラッと俺を振り返ると、頬を染めて唇を尖らせてまた前を向いてしまった。
ーーー機嫌を損ねたかな。
「ーーーごめん、隆ちゃん」
「ーーー」
「ちゃんとわかってるよ。だから…」
「ーーー」
「もう一回こっち見て?」
隆の真後ろに立ってそう言ったら。
ちょうどそのタイミングで来た大きめの波が、隆が書いていたものを洗い流してしまった。
「ーーーイノちゃん、残念」
「ーーー」
「もう答えわかんないね?」
意地悪そうに。
隆は楽しげに俺の方を向いて、クスクスと笑った。
ーーーそんな隆を見たら。
ぎゅっ。
「っあ…」
目の前で笑う隆の手を少々乱暴に掴んで、俺は砂浜を横切った。
靴に砂が入るのも構わずに、ずんずんと砂の上を歩く。
急な俺の行動に、隆はちょっと身を怯ませて。それでも文句も言わずに、俺に付いて歩く。
俺が目指す先は一言も言っていないけれど。たった一度だけ、ここに来た時に行った事がある場所の方へと足を進めると。
すると。きっと隆も、それに気付いたんだ。
一瞬だけ振り返って見た隆の顔は、赤く恥ずかしそうに俯いていて。
そんな態度が、より俺を煽り立てた。
「ーーー隆、覚えてんだ?」
「え…?」
「今から俺が行こうとしてるトコ」
「っ…ーーーん」
「うん」
「…覚えてるよ?ーーーーーーー桜」
そう。
桜。
この海岸の端の、岩礁地帯のその先に。
海岸に自生する植物に混じって。なぜかたった一本だけ。
桜の樹がある。
っても、背はそれ程高くはない。
砂地に生えているからなのかは、わからないけど。
小さな桜の樹。
それでも初めてこの樹を見つけた春先には。ちゃんと可愛いピンク色の花をつけていた。
それを見た隆は、いたく感激してたのを覚えてる。
そしてその時、隆は俺にこんな事を言ってくれたんだ。
ーーーいつまで好きでいていいの?
ーーーえ?
ーーー何度目の春まで、一緒にいられるの?
ーーー…隆はさ。
ーーー…うん。
ーーー期間限定の恋人なの?
ーーーっ…違うよ。
ーーーじゃあ、なんでそんな事聞くの?
ーーーだって。
ーーーん?
ーーー多分…ううん、絶対に。俺はずっとイノちゃんが好きだから。
ーーー……。
ーーー離してあげられないから。…だから。…そんなのでも、イノちゃんは一緒にいてくれるのかな…って。
ーーーーーー。
ーーーだってそれって、一生って事だもん。
…そんな可愛すぎる事を言ってくれた思い出の場所だ。
あの時俺は何て返事したか…なんて。正直記憶が朧げだ。だってそのまま、桜の樹の下で隆を抱いてしまったから。
あんな事を言ってくれた隆が、愛おしくて堪らなかったから。
桜の樹は、そこにあった。
季節は冬に向かう秋。
紅葉した葉も、はらはらと落ちているけれど。
ここに立つだけで、あの日の隆の横顔を思い出す。
「ーーーしよっか」
「…え?」
「あの日みたいに、ここでさ」
「イノちゃんっ…」
「さっきの砂の文字も、ちゃんと答えてあげたいし」
「ーーー」
「今、隆に触りたいよ」
問答無用で、隆を抱き寄せてた。
「ーーーっあ…待っ…」
隆は慌てて俺の胸に手を突っ張るけど。
ゆるさない。
砂の上に、愛しいひとを横たえた。
「っ…ぁーーー」
「りゅう」
「くっ…ぅーーー」
「こら」
「っ…やーーーっ…あ」
「そんな、指噛むな」
「だっ…て」
「血。出たじゃん」
ぺろりと、隆の指の付け根まで垂れた血液を、舌先で舐めてやる。
隆は身体を震わせて、潤んだ目で俺を見る。
繋がった身体は、もう制御不能なようで。無意識にも、俺に縋って先を欲しがった。
「っ…んーーーイノちゃん」
「ん…?」
「ね…ぇ、俺が…言った事」
「ーーーん。覚えてるよ」
忘れるわけないじゃん。って耳元で言ったら。隆は心底嬉しそうに、にっこり微笑んだ。
そうだな。もう一度ちゃんと言ってあげよう。さっきの砂の文字の事と合わせてちゃんと。
今度は俺から。
照れながらも、不器用にも。
お前はいつだって俺に、想いを伝えてくれているから。
「好きだって、書いてくれたんだろ?」
「っ…ーーー」
「俺もだよ」
「ーーーうんっ」
「好きでいて」
「イノ…ちゃっ…」
「好きでいさせて」
いつかこの樹が枯れてしまっても。
お前の好きなこの海の波みたいに、永遠に。
ずっと。
end
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