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●pretty
pretty : 美しい、かわいい…
新曲のタイトルでちょっと調べたい単語があって。
雨降りの昼下がり。
コーヒーと紅茶のカップを傍らに置いて。愛用の英和辞書をぱらぱら捲る。
「ーーーうー…ん…」
候補のタイトルがいくつかある。
メモには残さず、気になった言葉を頭の中に残していく。
これもいいな。あれもいいなって、どんどん増えて上書きされる俺の頭の中のメモ帳。
そして、度重なる上書きにも消される事なく、最終的に残った言葉が俺の曲を飾るんだ。
ペリ…ペリ…。
辞書独特の薄紙を捲る音が、雨音しかしない部屋に響く。
ーーー静かだなぁ。
ーーーなんでだ?
「ーーーーーーーーーーあ。そっか」
彼が今、この部屋にいないからだ。
彼って?
ーーーそりゃ、もちろん。隆だよね。
でもこの家にいないわけじゃないんだ。隆は今、リビングのソファーで昼寝の真っ最中。
つい一時間程前に、仕事を終えて帰って来た隆。
空腹を我慢して、俺と一緒に食べたかったって、あれこれたくさん買い込んできた。
目を輝かせて、満面の笑みの隆を見ていたら。そんな腹減ってなかった俺も、ついつい隆と一緒になって箸が進んでしまった。
「ご馳走さまでした」
行儀良く、手を合わせる隆。
イノちゃんもちゃんとしなきゃダメって言われて、俺も隆と一緒に手を合わせる。
買って来てくれたから、俺が片付けするよ。って申し出て、俺がキッチンで洗い物なんかして、淹れたてのコーヒーと紅茶を持ってリビングに戻ったら。
「ーーーーーー寝てる」
ソファーの背もたれに縋りつく格好で。すやすやと、安らかな寝息。
仕事で疲れたのかな?
ーーーそれとも、腹いっぱいになったから?
ーーーつか…。疲れて、腹いっぱいで、すぐ寝るって。まるで…。
「ーーー子供じゃないんだからさ」
でも、安心しきって眠る姿とか。なんとなく上向きの口角とか、長い睫毛とか。
こんな姿、無防備に見せてくれるのは俺だけなんだなぁ…なんて思うと。
守ってあげたくなる。
この安らかな眠りを、何ものにも邪魔させないように。
「……一曲できたかも」
実は隆へのラブソングです。って、そうゆう隠しコンセプトのアルバム作るのもいいな…なんて。ちょっと思う。
ーーーいいよね?
まぁ、それは追々として。
隆にタオルケットを掛けてやって、隆に用意した紅茶は俺が飲むことにする。隆には後で、オヤツの時間に淹れてあげよう。
それまで俺は、片付けなきゃならない仕事の続きをしよう。
ーーーで、英和辞書の経緯に戻るんだけど。
紙媒体は、結構好きだ。
今は電子辞書なんかもめちゃくちゃたくさんあるけど。すぐに調べたいって時はそれが良いけど。たくさんの中から、たった一つのものをじっくり選び出したいって時は、書物ってカタチの物の方が選択肢は広がる気がする。
紅茶は既に飲み干して。コーヒーを愉しみながら、ペリペリとページを捲る。
へぇ…この単語ってこんな意味もあるんだ。ーーーなんて思いつつ。
捲る先で、手を止めた。
pretty
〝かわいい〟〝美しい〟
「ーーー」
見慣れたこの単語。
そういえば、あんまり歌詞には登場させてないかも…?と思い返す。
これに近い意味合いの言葉は使うけど。
pretty は、なぁ…。
ーーーーかわいい、美しいって聞くと、パッと浮かぶのはやっぱり、隆。
可愛いとか綺麗とかは、そういえばしょっちゅう隆に言ってる。
「だって可愛いし」
「綺麗だもんな」
それを言うたび、隆は照れくさそうに「そんな事言うのイノちゃんだけだよ」ってそっぽを向く。
でも、事実だから仕方ない。
そんな事を考えていたら隆の顔が見たくなった。
ほんの少しだけ残ったコーヒーは、すでに冷えてしまったから。
おかわりのついで…と言い訳して席を立つ。
空になった紅茶のカップと少し残ったコーヒーカップを持ってリビングへ。
すると。
「!」
さっきまで背もたれに寄りかかっていた隆が、完全にソファーの上で寝転がる体勢に変わっていた。
「ーーーでも、よく寝てる」
こんなに昼寝して夜寝付けるのかな…。
…そんな疑問を抱きつつ、時計を見ると間もなく15:00。そろそろ起こしてオヤツにしようか…と、隆の肩を揺すってみる。
「隆ちゃん、起きて」
「ーーーーーん…」
「オヤツにしようよ」
「っ …ん…」
「ーーー隆ちゃん」
「ーーーーーーん」
「ーーーかわいいひと」
「ーーーーーーーー…」
「ーー美しいひと」
「ーーーーーーん?」
「綺麗なひと」
「ーーー」
「起きないと…」
「ーーー」
「今すぐ抱くよ?」
がばっ‼
「おはよう隆ちゃん」
「っ…ーーーーイノちゃん~~」
勢いよく起きた隆は、顔が真っ赤。
どの辺から聞こえてたんだろう…
まぁ、どちらにしろ。
寝起きの隆は可愛いんだ。
「ーーーなに。抱いて欲しくて起きたの?」
「っ …違っ!イノちゃんが変なこと言って起こすから!」
「ーーー変?変ってなに?ーーー可愛いとか?」
「っ…ーーーあと、綺麗…とか、今すぐ抱くよ…とか」
「事実と希望。さっき英和辞書見てて、隆はprettyだって思ったし、今すぐ抱きたいのも本心だし」
「っ …ーーーーーーーー‼」
「いっぱい寝て元気でただろ?ーーーだから、しよ?」
「だから、なんっ…」
「隆が可愛いのが悪い。あんな無防備な姿晒してさ」
「ーーーーーイノちゃん」
「ーーーこれから抱き合って、その後オヤツにして。そしたら聴かせてあげる」
「え?」
「さっき隆の寝顔見ながら出来た、隆へのラブソング。一番に聴かせてやる」
「っ…ーーーーーーーーうん!」
瞬時に隆一の瞳が輝いた。
きらきらして、やっぱ綺麗。
隆。…って言いながら抱きしめて、起きたばかりのソファーにもう一度隆を沈めて。
催促するように唇をなぞると、隆もすぐにキスを強請って縋り付いてきて。ほら、やっぱり可愛い。
ーーーアルバム作ろうかな。
裏コンセプトが隆へのラブソング。
何なら自費制作で一枚だけ作るんでもいい。
ちゃんとカタチにして、隆に贈りたい。
想いを込めて。
愛を込めて捧ぐ。
もちろんちゃんと、タイトルもこだわりぬいてさ?
end
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