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●待ち合わせ














〝いつもの場所で待ってるね〟













「ーーー」


取材を受けた後。
スタジオの控室でこの日一緒に仕事したJと休暇中。
マネージャーが準備する間の、ちょっとした待ち時間。

そんな時に届いたメッセージ。
それは俺の今日の予定を知っている〝彼〟からで。
俺はそのメッセージを無言で見つめていると。
真後ろの席で雑誌を読みながらコーヒーを啜っていたJが、いつの間にか俺の背後肩越しに覗き込んでいた。







「ーーーーー隆?」

「…なに見てんだよ」

「隆か」

「聞けっての。…まぁ、いいけど」

「ーーーいつもの場所…。へぇ」

「…ん?」

「待ち合わせって事だろ?何処って言わずともわかるってさ、」

「ふ。羨ましいだろ」

「ハイ。羨ましいネ…(って言わせたいんだろ)ーーーでも阿吽の呼吸っていうかさ。息ぴったりって感じじゃん」


興味津々って風情で。
Jはたった一行の隆からのメッセージをじっと見てる。
ーーー阿吽の呼吸…ね。
そうなれたらいいだろうな…って思う事もある。


(息ぴったりって事はないよ。俺と隆は恋人同士だけど)

(すれ違いもあるし喧嘩もあるし好みもそれぞれあるし)

(隆の誰より近くにいるって思っているつもりだけど)

(100%の理解なんて無理なんだ)

(ーーーでも、そーゆうもんだよな)

(そうゆう、ちょっともどかしい感じ)

(隆との駆け引きとか。そうゆうのが、めちゃくちゃ楽しい)







「宇宙一愛してますからね」



…途端。
呆れ顔のJ。
事実なんだから仕方ないだろ。
もう一人のギタリストの彼が選びそうな言葉を選んだけれど。
言ってから…


「訂正」

「あ?」

「ーーー生涯一…愛してるひと」



「はいはい…」












マネージャーが用意してくれた帰りの車にはJだけが乗り込んで帰って行った。



「隆によろしく」

「ーーーJだっていつも会ってるだろ」

「んー。最近だと先週…ミーティングで?」

「ほら」

「いいだろ?メンバーなんだし、挨拶したって」

「ーーーわかったよ」

「ん、じゃな!」



わかったって言って手を振ったけど。
俺の心は、あの一行メッセージを見た時から隆ばかりに向いていて。
ーーーえっと。今から超心狭いこと言うから…引かないでほしいんだけど…。

これからプライベートで隆と会って、その時にJからの言伝の〝よろしく〟を伝えた途端。
二人きりでいる隆の心とか思考が、そのぶん一瞬でも俺から離れそうで。
それがなんか…おもしろくないっていうか…。
そんな事考えちまう俺の心は狭小過ぎだ。

ーーーだめだ。




「ああああ~…」


俺ってこんな奴だったっけ。
…束縛とかしないように…ちょっと気をつけよう…。


ーーーでも、それくらいにさ。

好きなんだ。
大切なんだ。

隆のことが。















〝いつもの場所〟と言われたら。
俺と隆にとっては、多分あの場所。
〝いつもの場所=あの場所〟って事にしようね。とは、確認し合った訳じゃないけど。
二人でデートしてて、だいたい立ち寄るあの場所。行き先に迷った時に、取り敢えず向かうあの場所。ーーーなによりも、隆が大好きなあの場所=俺も大好きになった場所だ。

スタジオを出てタクシーをひろう。
迷わず告げる行き先は、潮風香る…








チ、チ、チ、チ、…


信号待ち。
車内の空気を小さく刻むウィンカーの音。


♫~♪~


少しだけ開けた窓から、外の音が聴こえる。
ちょうどそこにはレコードショップ。
店頭に流れる新譜の音楽は、今の俺の気持ちにぴったりだと思った。

♪君に会いに行く その途中の 空の色



「薔薇色」


ーーーいや、それもいいけど、やっぱ…


「青空かな」


似合うからさ。
隆に。



ーーーそして、あっという間に到着した目的地。
タクシーを降りた瞬間に感じるのは。


秋のひんやりカラリとした匂いと。
湿度が低いせいかな。
いつもより(夏場よりも)あっさりしてる気がする、海の匂い。







さく、さく、さく、


砂浜の砂は、程よく平らに固まってる部分があって。
(先日降った雨を吸って、そのままなのかも)
道みたいになってるから、その部分を歩いて行く。
でも油断すると、それ以外のさらさらの砂に足元を取られて、豪快に砂が靴に入って…苦笑。
ーーーでも、これも馴れっこだ。









「ーーーーーで、隆ちゃんはどこだろう」


砂浜の真ん中に立って、辺りを見回す。
でも、隆らしき姿は見えない。
ずっと向こうの岩場の方に少しだけ人影が見えるけど、今日は肌寒いせいか人もほぼいない。
つか、いないんだけど…。肝心の恋人の姿。




「…っていうかさ」




自信満々ここへ来たけれど。
実は隆の言う場所と違ってたりして…。


「ぅわ、それってめちゃくちゃ情けないじゃんか」


Jにあんなに堂々と言ってのけたのに。
実は違ってました、なんて…。
情けないし、不甲斐ないし…

でも、もう一度考えても、やっぱりここしか考えられなくて。
今度はもっと目を凝らして、近くも遠くも見渡してみる。







ザザ…ン…。

ーーーザ、ザザ…






「ーーーーーいない」






いない。
君が、いない。


いると思ってて、いないってのは。
思ってる以上に、切ない。




「ーーーああ…。マジか…」



はぁ…と。ため息ついて。
俺はその場にしゃがみ込む。
ーーー脱力だな。



「隆…」


でも、しゃがんだ分だけ、空が高くなる。
さっき呟いた、青空が。

























サク……サクサク…






背後から小さな足音が迫ってるって。
気付きもしなかった俺。

気付いたのはーーーーーー




ふわり、と。

知ってる匂いと、温もりが。
俺の背中を包んだから。





「ーーーーーりゅ、」

「っ…ふふ」




しゃがんだまま振り向いて、すぐにその視線は重なった。
青空の下で。
俺だけに向けられる微笑みと。





「隆ちゃん」

「イノちゃん、来るの早かったね」

「ーーー隆…」

「嬉しい。ーーーすぐにここをわかってくれたって事だもん」

「ーーーあぁ…。よかった」

「ん?」

「会えてよかったよ」

「っ…ーーーうん!」










座ってる俺のすぐ隣に、隆は膝を抱えて、ぴたり。
肩が触れ合う、そんな近くに。



最初来た時にすぐに隆を見つけられなかったのは、彼がこの海岸の自販機まで行ってたかららしい。
手渡してくれた熱々の缶コーヒー。
隆はオレンジキャップの、緑の茶のペットボトル。

ありがとうって受け取ると。
隆はまた嬉しそうに無邪気に微笑む。
その度に俺は、その微笑みに見惚れてますます隆に惚れていく。





「ーーーーーJがね」



なんだよ。結局伝えるんだ、俺。


「ん?J君」

「ーーー帰りがけにね、隆によろしくって」

「!」

「言伝を受けたので…」

「っ…ふふふ!」

「隆?」



笑う要素…あったかな。
でも隆は、軽やかにころころと笑う。



「ふふっーーーーーごめんね?」

「面白い要素あった?」

「ぅん?…っていうか、イノちゃんがね」

「俺?」

「すっっっごい、しかめっ面で言うんだもの」

「え、」

「それがなんか…可笑しくって。ーーーごめんね」

「…マジか」


しかめっ面…。
やはり素直には言えてなかったらしい。

ーーーごめん、隆。悪りぃ、J。



「ーーー反省。…」

「へ?」

「ごめん。ーーーマジで、反省」

「何が?」

「ん、」

「⁇」

「そうだよな。ーーー俺は隆ちゃんが、」

「?????」

「自由奔放でいてくれるのが好きなんだから」

「自由奔放?」





意味わかんないよ?って顔の隆。
そりゃそうだよな。
俺だって、色んな感情が混じり合って複雑なんだから。

でもさ。



「要するにね。俺は隆ちゃんの事が大好きで、愛してて、プライベートの隆ちゃんを本当は誰にも見せたくないし、触れさせたくもないってくらいの激狭な気持ちなんだけど」

「っ…ぇ、」

「束縛したくないって言ったら嘘になる。さっきの、たった一言のJからの伝言すら、伝えるの面白くないな…とか思うくらいで…。ちょっと自分でもそれはダメだって思うんだけど」

「ん…」

「でもその反面。今日みたいな青空の下なんかで隆ちゃんと会えると、やっぱり俺は隆ちゃんの自由で奔放で飛び回ってる姿が好きなんだって思うし。ーーーそれを制限も束縛もしたくないって思うし。ーーー」

「ーーーーー」




側にいたいんだ。
ごちゃごちゃ言ってるけど、早い話が、結論はそれ。
どんな隆も、見逃さないように。
俺に向けてくれた眼差しを、一瞬たりとも受け止め損ねないように。




「ごめんな。今日の俺はめんどくさい感じで」

「ぅうん」

「なるべくなら近寄りたくない感じだよな」

「っ…ううん、嬉しいよ」

「ーーー隆ちゃん、」

「ほんとだよ、嬉しいよ?イノちゃん。ーーーさっきも言ったでしょう?」

「ーーー」

「この場所をすぐにわかってくれた。だってそれがわかるのはイノちゃんだけだもの」

「隆…」

「〝いつもの場所〟は。イノちゃんがいなかったら成立しないんだよ?」




隆の持っていたペットボトルがゴロンと砂浜転がった。
隆の両手は俺に。
俺はそんな隆の気持ちも温もりも逃さない。
髪に触れて、頬に触れて。
いつもの順。
頬から唇に触れると、隆は震える瞼をゆっくり閉じる。



「ーーーーー」


触れる寸前。
俺はまだ、目を瞑る隆をじっと見つめる。
この瞬間が堪らなく好きで、この表情が愛おしくて。

まだ、触れない。

すると隆は次第に焦れて、頬を紅潮させて、唇をぎゅっと噛み締めて。



「ーーー…ね、」

「ーーーーー」

「……イノ…ちゃん、」



ま、だ…?
























〝いつもの場所で待ってるね〟





このたった一行のメッセージに込められた隆の隠された想いは。


言葉じゃなくて、この場所を知っている俺だけが読み解ける暗号だ。







〝今までここで過ごした時間を
ここで二人で過ごしてきた幸せな想い出を
今日もまた分かち合おうよ
二人だけの場所で
新しい想い出を今日も紡ごう〟







「隆ちゃん好きだよ」





暗号を解く鍵は、俺だけが持つ。
君を好きだと想い続ける事。













end


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