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●気怠げな君
薄曇りの早朝。
目覚めたら、隣で眠る隆の身体がほかほかしてた。
(ーーー熱?風邪でもひいたかな)
いまだ眠る隆を起こさないように、そっと前髪と額の隙間に手のひらを当てて…
俺の手が拾う隆の体温が、やっぱりいつもより熱いと確信した。
(昨夜までは元気だったよな)
隆の寝顔を見つめつつ、昨夜の事を頭の中でくるくる考える。
昨夜はお互い仕事を終えて、ほぼ同じである時刻に帰り着いて。
一緒に夕飯作って(昨夜は和食だった。刺し身と湯豆腐、茄子とミョウガの味噌汁)
食事の後はテレビ。バラエティーを観つつ、隆はチョコレートアイス、俺は晩酌。
先にイノちゃんお風呂どうぞ。って言われたんだけど、明日はオフなんだしって、結局は一緒に風呂。
入浴剤入れる?って訊いたら、隆は身体が芯からあったまるのがいい…なんて言って、柚子の香りの入浴剤を選んでた。
(………今思うと、この身体の芯から…っての、この時すでに体調がいまいちだったのかも…)
髪を乾かし合って、その頃には観ていたテレビも終わってたから。もう向こう行こうかって、手を繋いで寝室へ…ベッドに潜り込んだ。
「んー」
「隆?」
ベッドに入ると、すぐさま隆がくっいてきた。
風呂上がりだから、触れるところが全部あったかくていい匂い。
ぎゅっと抱きつく隆の手に俺も手のひらを重ねると、隆の指先はじん…と熱い。
風呂上がりだし、こうゆう時に隆が熱々になるのは毎度のことって知ってるから、今もそうなんだろう…って、この時は思って。
「ーーーする?」
「…ぅん、」
「ん、いいよ」
「あったかくなりたい」
「じゅうぶん、隆の身体あったかいと思うけど。ーーー足りないんだ?」
「~~~イノちゃん呆れてるでしょ」
「呆れてなんかないよ。隆、可愛いな、って」
「ーーーーほんとはもう眠りたい?」
「…まさか。無理だろ」
「ん、」
「俺も、もう。このままじゃ眠れないよ」
くっついてる身体をそのままに。
今度は俺もその身体を抱き寄せて、まずは服の上からゆっくりと触れた。
「っ…ん、」
「ーーー隆、あったかい。…けど、もっと、な?」
首筋に顔を埋めて、舌先で突いて。
布越しでも、もうかたくなってるってわかる、小さな胸の突起を指先で弄った。
「…ぁ…っん」
甘い喘ぎ声。
俺だけが聞ける隆の声。
その声が聞こえる頃、隆の脚が俺の脚に絡んで、もう待てないって言ってるようで。
俺はこうゆう瞬間がたまらなく幸せで、微笑みながら隆を蕩けさせていったんだ。
ーーーそんな昨夜。
いつのまにか穏やかな寝息を立てて、くったりと眠ってしまった隆を見て。
肌蹴てしまった寝間着を整えてやりながら、また幸せな気分に浸って。
俺もいつしか睡魔に襲われて、隆と一緒に朝までゆっくり眠れたんだけど。
早朝、先に俺が目覚めてみたら、この様子。
(…ん、やっぱり熱い)
ライブで騒いで熱いとか、気温が高くて熱いとか。ーーー俺に抱かれている最中の…とは、違う熱さ。
身体の奥から発熱してる、風邪特有の、あの火照った感じだ。
「お前…熱出てるよ?ーーーだから昨夜風呂でもあんな事言ってたし、ベッドでも…訴えてたんだな」
案外、風邪の引き始めって本人はわからない場合も多い。
なんか怠いな…とか、疲れてんのかな?…ぐらいの認識で。
一番側にいる俺が、もっと早くに気付くべきだったよな。…ごめんな。
「ーーー…ん、」
「隆?」
「ぁ…イノ…」
「平気か?隆、熱あると思うんだけど」
「ーーーあぁ、どうりで」
「ん?」
「なんかふわふわしてるし、熱い…」
「体温計持ってくる。頭痛とか腹痛とか、ないか?」
「ん…。そーゆうのは無い…」
「わかった。…ちょっと待ってな?」
今のところ、熱以外は無いようだ。
それだけは良かった。
リビングの棚にある、常備薬や絆創膏なんかが入ってるケースから体温計を取り出す。
それからキッチンに寄ってミネラルウォーターも。
「隆、おまたせ」
再び寝室のドアを開けると、隆は横たわったまま窓の方を向いていた。
隆、と呼んでも振り向かなくて、ちょっとだけ背筋がザワリとする。
「ーーー隆?」
春用の薄掛けの布団から肩がのぞいていて、俺はその肩に触れてもう一度声をかけた。
「隆、」
「ーーーぁ、イノちゃ…ごめん」
「微睡んでた?」
「ん、ふわふわして」
「やっぱ、熱。測ってみな」
「ぅん」
体温計を舌下に入れて、隆はまたぼんやり。
測り終わるひと時、俺はベッドの縁に腰掛けてじっと隆を見つめた。
ーーー静かだなぁ…。
まだ早朝ってのもあるけど、こんなに静かなのも珍しい。
一人でいても、大抵テレビの音やら音楽やらが聴こえてるから。
隆と二人でいても、隆がたくさんのお喋りをしてくれるから。
こんな静かな朝は、珍しい。
pipipi。
終わったみたい、ってカオして、隆が俺を見る。
俺は隆の口から体温計を引き抜いて、その数字を見て、次に隆に見せた。
「微熱だけど、今日はゆっくり休みな」
「っ…えぇ、」
途端に不満げな反応。
ーーーまぁ、気持ちわかる。
今日はオフ。
隆も、俺も。
特に予定は立てていなかったけど、何処か行きたいって思ってたんだろうなぁ。
「明日からまた仕事だろ?今日はゆっくり休んだほうがいい」
「ーーーっ…」
「隆?」
「…これは熱じゃないもん」
「は、?」
「この熱くてふわふわしてんのは風邪じゃないの!」
「ーーーお前…。さっき自分でも、どうりでって言ってなかったっけ?」
「勘違い!」
「隆、あのなぁ…」
外に出たくて駄々こねてるのが見え見えだ。
ーーーなに言ってんだ、そんなぼんやりした顔して。
断じて今日は家から出さない、休ませる!
そう誓った俺だったのに。隆はとんでも無いことを言って俺の意志を覆してしまった。
「顔が赤いのはイノちゃんがいるから!ふわふわしてんのはイノちゃんの事が好きだから!」
だから一緒に外に行こうよ。って、無茶苦茶な隆の言い分に、俺はそれに頷いてしまっていたんだ。
ザザ…
ザ…ン…。
ーーー結局、隆を車に乗せて着いたのは、いつもの海岸。
他に行く場所無いのか⁇って言われそうな位頻繁に来る場所だけど。
落ち着く場所。
リセットできる場所なんだ。
風邪っぴきに変わりは無いんだから、今日は閑散とした場所に行こうって隆に提案したら喜んでくれた。
いつもより多めのブランケットで隆を包んで、飲み物も途中の海岸線沿いのコンビニで買った。
ザー…ン。
ザザ…ザー…
車を駐車スペースに置いてエンジンを切る。
途端に波音が聴こえてきて、一気に海に来たって雰囲気が高まるんだけど。
いつもと違うのは、大人しい隆。
サンダルにいそいそと履き替えて、俺なんか置き去りにする勢いで砂浜に飛び出す常の隆は、今日はいない。
ブランケットに包まって、くったりと助手席でうとうとしてる。
「ーーー隆?平気か?」
「……ん、」
なんて声だよ。
かき消えそうな、か細い声で。
出掛けるなら飲まなきゃダメって、出掛けに飲ませた風邪薬のせいかもしれない。
「眠い?」
「ーーーーーん…」
「いつもの海岸、着いたけど。ーーーどうする?残念だけど、もう帰るか?」
帰るか?って言った途端、隆はぶんぶん首を振って抵抗した。
多分、砂浜で遊びたい気持ちはあるんだろうけど、身体が追いついていかないんだな。
スッと、隆の手が伸びて、俺の腕に触れた。
熱い手。
家にいる時より、熱が上がったみたいだ。
連れて来たのは間違いだったかもしれない。
「ーーー」
やっぱり今日はもう帰ろう。
そう思って、再びエンジンをかけた。
すると隆は、また首を振って俺に縋り付いてきた。
「ーーーイノちゃん、」
「帰ろう?元気になったら、また来よう」
「ーーーっ…ねが、」
「隆」
「ちょっとで、いいの」
「え、?」
「お願い」
潤んだ目。
じっと見上げてる。
(ーーー勘弁してくれ…)
「イノちゃん…」
(どう、抗えって?)
(無理だろ。俺には)
「わかったよ」
「ありがとう」
「…ただし、」
「え、?」
「俺が抱えてく」
再びエンジンを切って。
少々乱暴にドアを開けて外に出ると。
助手席側のドアから、ブランケットに包まれたままの隆を抱え上げた。
「っ…ぅ、あ」
「落ちんなよ」
恥ずかしいらしく、しばらくジタバタしてたけど。
やっぱ気怠いんだろう。
疲れたみたいで、すぐに観念して俺に身体を任せてくれた。
サクサク、
俺ひとりの足跡が砂浜に点々と。
でもひとりじゃ無い。
愛しい愛しいひとが、ここにいるんだから。
「ーーー隆?」
「ぅん、」
「見てみな。ーーー向こう」
「ん?」
「陽が出てきた。ずっと今日は曇ってたのに」
「ーーー晴れたんだ」
「な?」
「ーーー眩しい」
隆はぎゅっと、顔を隠してしまった。
眩しそうに目を瞑って。
今日は気怠げだから、昼間の陽射しも辛いのかも。
そう思って、車に向かって踵を返した。
ーーー歩き出しても、もう隆は何も言わなかった。
俺に抱えられてる隆は、遠去かる海を眺めている。
サクサクサクサク…
「ーーーイノちゃん」
「ん?」
「ねぇ、あのね?」
「ん、」
「ーーー大好き」
砂を踏みしめる音と波音に混じって、微かに聴こえた声。
それは小さな愛の言葉。
あまりに唐突で、でも嬉しくて。
一瞬、呆気にとられた俺は。
〝ふわふわしてんのはイノちゃんの事が好きだから!〟
そう威勢良く言ってくれた今朝を思い出して。
隆の告白は、いつだって突発的で、タイミングなんて全然読めなくて。
(だから俺はお前から離れられないんだよ)
ひとかけらだって、隆の言葉を取り損ねないように。
「俺も。隆じゃなきゃだめだよ」
end
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