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●移ろうものたち
俺はお前の声が好きだよ。
出会った時から、そしてこれから先もずっとだ。
【移ろうもの達】
「隆の声…若いなぁ」
思わず笑みを溢しながら聴いているのは、ルナシーのファーストアルバムだ。
そのジャケットを飾る俺たち五人の、あの写真。それは度々、今現在との比較対象にされる事が多いけど…。
まぁ、そうだよな。
もし俺がルナシーを知らない全くの他人だったら、とても同じ人物とは思えないだろう。
そしてさらにその音を聴いてみれば苦笑も漏れる。
若い音。…けど、この音は確かにあの時でないと出せない音だ。
今同じ楽器を使ってこの音を出せって言われても、多分それは違うものになる。
「若かったよなぁ」
こんな発言…どうなんだ?って思うけど、それはそれだけ自分が大人になった証だ。
苦行も、逆に良い事も。
逃げずに味わってきた証だ。
ヘッドフォンで聴きながら、俺はもう一度ジャケットを眺めた。
ーーーその、真ん中でガンを飛ばす奴。
まるで野生の猛禽類みたいな。
「ハハッ、髪、めっちゃ逆立ててんの。…隆」
…なんて、俺も人のこと言えないけどさ。
吊り上がるアイメイク。
頬も身体も、無駄なものを削ぎ落として。
長く伸ばした黒髪は、威嚇するよう。
微笑みなど無い。
一切の隙も見せない。
鎧を着込んで、仮面を被って。
RYUICHIはそこに存在してた。
「尖ってるなぁ…」
でもね、わかってたんだ。
言わなかったけどさ。
この、今よりも破天荒な連中の集まりだったバンドのヴォーカルを務めるという事が。
どれだけ彼にとって、巨大で長く続く道であるか。
『ーーーイノランはさ、ずっと、、、、、、、、、くれる?』
真っ黒な出で立ちでステージで睨みをきかせて…その帰り。
メンバーの誰だったかが運転するワゴン車の後ろの席で。
ぎゅうぎゅうに積まれた荷物の隙間に挟まるように。
珍しく眉を下げて、隣の俺をチラリと見た隆。
そんな遠く遠くのいつかに、隆がぽつんと呟いた言葉があったな…と。
その時のビジョンを、俺は急に思い出した。
隆の横顔。
けど。この時話してくれた肝心な言葉の部分を。俺は今まで思い出せないでいたんだ。
………………………
「ただいまぁ」
ちょっとうたた寝してたかも。
玄関から聞こえた声で、俺はパッと目がさめる。
隆だ。
今日は朝から仕事に行ってたから疲れただろう。
「隆、おかえり」
「イノちゃん」
奥から顔を出した俺を見て、隆はにっこりと笑う。
目は微笑みのカタチ。
口元は可愛く弧を描いて。
そんな隆に気を良くして、おかえりのハグとキスをしようと思ったら待ったをかけられた。
「うがい。手洗い。ーーーその後に、ね?」
言ってる隆もきっと照れてるんだろうって気付く。
たった今帰宅した外気の寒さだけではない、頬の赤さ。
甘い声。
「そうだな」
ーーーそう言うしかないじゃん。
こんな隆を目の前にしたらさ。
「ーーーっ…ん、ふぅ」
ギシッ…
ソファーが二人分の重みを乗せて、小さく軋む。
洗面所から手を繋いでリビングまで来て。
その頃にはもう我慢できなくて、恥ずかしそうにはにかむ隆を横たえた。
そしてすぐに、唇を重ね合わせる。
うがい薬のミントの香りが、隆の唇を弄るたびに鼻先を擽る。
でもそれも最初の内だけで、すぐに隆の匂いでいっぱいになって。
キスだけじゃ足りなくて、隆の身体に優しく触れた。
「ぁう…っ、ん」
「……っ…隆、エロい」
「っ…ゃ…だって…ぇ」
「ん?」
「イノちゃ…っ、が」
こんなにする俺の所為だと言わんばかりに、隆は潤んだ目で俺を睨む。
ーーーそんなの逆に煽られるし興奮するんだけど、隆はこれっぽっちもわかってない。
「んっ…んん…」
「ーーーーー」
こんな風に、隆の密やかな部分を暴くのは自分だけだと思うと堪らない。
ーーー堪らないし。
さっき見た、アルバムのジャケットと比べると。
「ーーーっ…ぁ…イノちゃ…ぁ…」
「…隆、っ…」
白い兎みたいだ。
甘く柔らかく、肌も髪もきらきらと陽に透けるみたいで。
「…あっ…ぁあ…ん」
その声は、濃厚で…
それは逆にあの頃には無い。今の隆。
ーーーーー変化していく。
ーーーーー移ろってゆく。
「昔のアルバム聴いてたの?」
肩を剥き出しで、テーブルに置いていたCDを手に取る隆。
すぐに懐かしそうに微笑んで俺を見る。
…グラつく理性。…無防備なのも大概にして欲しいんだけど、一先ず隆を抱き寄せる事で我慢した。
「久々にな?ーーーリマスター盤じゃない、正真正銘の初回の」
「ふふふっ。それにしてもいつ見てもこの写真…」
「ん?」
「誰だろー⁇って思っちゃうよね。きっと、知らない人が見たら」
「そうそう」
「声も違うし。皆んなの音もそうだけど、自分で思うもん。若いなぁ…って」
「そりゃそうだよな」
「でもこの時だけしか出せない音と声だよね?今は無理。そう考えると、俺たちの大切な軌跡だね」
ふっと。
俺を見ていた隆がジャケットに視線を移す。
俺には隆の横顔が見える。
露わになった襟足に、短い黒髪がさらりと溢れてる。
そんな光景を見た瞬間だ。
さっき急に思い出したビジョンが再び蘇る。
鮮明に覚えているのは、今と同じように隆の横顔。
髪型も雰囲気も今とは違うけど、時を経た同じ人物の、どこか憂いの表情。
「ーーーね、あのね?イノちゃん…」
「ん?」
隆がぽつんと、小さな声で、呟いた。
視線は依然、CDへ。
「これからもね。変わっていくと思う。…いっぱい」
「ーーー」
「皆んなが色んな楽器に挑戦するように、俺も色んな歌い方…してみたいし。ーーーそれだけじゃなくて、歌声も少しづつ、変わっていくと思う」
「ーーーうん」
うん。
それは当たり前だ。
当然の事なんだよ、隆。
だって俺たちは生きているんだから。
「変わっちゃうのが…怖いなって、思う事もあるの。どうしようどうしよう…って思いながら歌うこともあるし。ーーーでもね、そこを乗り越えると楽しみになってーーーーー」
「ーーーああ、」
「次の自分をどうしてやろう?って、力が湧いてくる」
ーーーああ、そうだ。
思い出した。
いつかのあの時の隆も、今と同じ様な事を言っていたんだ。
俺に横顔を見せて。
いつもは誰にも見せない憂いの表情を、俺だけには見せてくれて。
「ねぇ、イノちゃん」
『ねぇ、イノラン』
「ーーーイノちゃんはさ、ずっと、、、、、、、、、くれる?」
『ーーーイノランはさ、ずっと、、、、、、、、、くれる?』
ーーーずっと、俺の歌を聴いていてくれる?
思い出したよ。
隆からの問い掛け。
きっとそれは、移ろい変わっていく事への不安と、期待。
ーーーで、俺も返事はひとつしかないんだ。
今も、あの時も。
これから先も、ずっと。
「俺はお前の声が好きだよ。
出会った時から、そしてこれから先もずっとだ」
end
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