6
●君の存在
「イノランさん、どうしました?行きますよー」
「ん?ああ、うん」
ぼんやりしてたみたいだ。
マネージャーと移動中の、街中で。
大勢の人が波を作る、日中の都会の真ん中で。
「ーーー」
マネージャーに促されて、移動用の車に乗り込む。
この後の予定を頭半分で聞きながら相槌打って。
残り半分で。
ーーーたった今見つけた、君の姿を思い浮かべた。
こんなたくさんの人々の真ん中にいても。
たったひとりの君の姿を探し出せる。
誰にも負けない特技と言ってもいいのかもな。
…それくらい。
ほとほと呆れてしまうくらい、好きだから。
移動中の車内で、マネージャーは一通りの予定を告げるとカーラジオをONにした。
前回どんだけデカイ音で聴いてたんだよってくらいの大音量が鳴って。マネージャーはごめんごめんって、慌ててボリュームを下げた。
「この後のラジオで隆一さんが出ますよ」
「え、?」
「昨夜彼のマネージャーとたまたま会って。その時教えてくれました。新曲キャンペーン真っ最中!って、すごく忙しそうでしたよ」
「そうなんだ」
確かにここしばらく、隆は毎日どっかしらに出掛けてた。
今日はラジオと雑誌。明日もラジオ二件と撮影。明後日もラジオと雑誌と…などなど。
俺自身もそうだし、他のメンバーも、同じような職種の皆んなも大体こんな感じだろう。
新しい作品が生まれたら、その先に待っているプロモーションという仕事。
自分と仲間と、丹精込めて作り上げた作品を世にお披露目する大事な事。
それは誇らしくもあり、嬉しくもあり。
ーーー忙しいんだけど。…その忙しさも、楽しみだ。
フッと。
さっき街中で見かけた、彼の姿をまた思い浮かべる。
広い道の向こう側のCDショップ。
その道に面したウィンドウに、新作紹介の他のアーティストと並ぶ。隆のパネル。
ルナシーのRYUICHIとはちょっと雰囲気の違う、柔らかな微笑みの隆一。
まるで吸い寄せられるように、俺の視線は隆を探し当てた。
「ーーー」
カーラジオから聴こえる。
隆の声。
新曲について、思いの丈を軽やかに語る。
時折笑い声も混じって。
真剣な語り口も交えて。
ーーーけれど。
どの声も、全部好きだけど。
忘れられないのは、今朝の隆の声。
こうして数時間経った今でも、思い出せる。
胸に燻った熱は、全然冷めてくれない。
今朝の隆。
一歩一歩真冬に進む、寒さの日々で。
偶然見つけた、小さな陽だまりみたいな。
足元に擦り寄る、甘える猫の体温みたいな。
はぁ…と吐き出した。白い吐息の、向こう側の冬の景色みたいな。
甘い、甘い。
隆の声。
pipipi。
pipipi。
枕元に置いた隆のスマホが、主人を起こそうと鳴り響く。
pipipi、pipipi。
何度目かで、隆はもそもそとスマホに手を伸ばした。
「も、朝…?」
隆の眠たげな声。
それにつられて、俺も目を開けた。
「ーーーごめんね。イノちゃんも起きちゃった」
「ん…。いいよ、俺も仕事だから。どうせ起きるんだし」
「…ぅん」
まだぼんやり。
スマホを手に取ったものの、起き上がれはしないようで。
白いシーツの上に黒髪を散らしたまま、隆は窓の方を眺めてる。
昨夜カーテンを完全に締めないで眠ってしまったようだ。
朝の眩しい光が、隆の髪の輪郭を金色に染める。
睫毛も唇も、少しだけ露わになっている肩も。
寒そうな朝なのに、暖かそうな色彩だ。
「っ…ぁ?」
隆の手からスマホを取り上げてサイドテーブルに置いた。
唐突な俺の行動に隆はきょとんとしてるけど。
そのまま隆の手に俺の手を重ねて、ギシリ…音を立てて覆い被さると。
ーーーわかったようだ。
俺が今望んでいる事。
時間もそんなにたくさんあるわけじゃないのに、したいって。思っている事。
「ーーーっ…イノ」
隆の目が咎めてる。
時間無いよ!
こんな朝からだめだよって。
ーーーけど。
指先で何度か隆の髪を梳く。
そのまま頬や耳元を撫でて、親指で唇に触れる。
びくん…とした反応。
あっという間に蕩ける、隆の顔。
「ーーーほら。ここまでしたら、もうさ?」
「…ば、かぁ」
「ばかで結構。ーーーもう無理だろ?」
「時間…無、」
「まだ平気」
「…っん」
「ーーーまだ平気だよ。出勤前の時間、もう少しだけ」
「 イノちゃんっ…」
「一緒にいよう」
ね?って、至近距離で隆の目を見たら。
「遅刻はしないからね!」
そう威勢よく言って、観念したみたいに縋り付いてくれた。
人肌恋しい、寒い朝。
緩く暖房を効かせた寝室も、外気に触れると肌寒いけれど。
俺も隆も、寝間着は脱いでしまって。
でも逆に、触れ合う素肌は、この上なくあたたかい。
「ぁ、はぁっ…」
首筋に顔を埋めて、甘噛みしながら舌を這わせる。
隆はもどかしいのか、物足りなさそうに身を捩った。
もっと強い刺激を求めてる。
それがわかるから、つい苛めたくなってしまう。
「ぁ、あ…っーーーやだぁ」
「足んないんだ?」
「っ…意地悪!わかっ…て、なら…」
「もっと?」
こくん。
照れながらも頷く隆。
涙を浮かべる目元も、赤い頬も。
そんなの全部を見せてくれる隆が、愛おしくって。
(ーーーっ…やば…)
可愛くて、大好きで。
(時間守れるかな)
そこはもちろん守るけどさ。
それくらい夢中になってしまうって事。
ぷくんと色付いた胸を舌先で穿ると、今度は仰け反って涙を散らす。
所在無さげに宙を彷徨う脚を割り開いて、隆のそこに、俺自身を擦り付ける。
焦らすつもりが早々に俺も我慢出来なくなって。ゆっくり隆と繋がると宙に上がっていた隆の脚は、快感に耐えるようにシーツの上に爪先を食い込ませた。
「っーーーぁっ、」
「隆っ…隆…」
「ん…っ、ん…んーーーーー」
シーツに立てた隆の足の爪先が、力を入れ過ぎて白くなっているのを見て。
「ーーー痛くなっちゃうよ」
そんな力入れたらさ。
隆の腕を引いて、繋がったまま。
膝の上で抱きしめた。
「んっ…ぁん、ん」
隆の奥まで満たしたら。
気持ちよさで目眩がしそうだ。
俺の耳元で喘ぐ隆の声が、更にそれに拍車をかける。
何度も何度も突き上げると止まる事ができない。
好きだって、揺さぶる度に言って。
隆の吐息も喘ぎも、全部。
キスで全部奪って。
一緒に果てた、その時に。
隆が言ってくれたんだ。
ーーーもしかしたら、無意識なのかもしれないけれど。
甘い、甘ぁい…声で。
好き、って。
目尻から、ひと粒の涙を零した。
「ただいま」
隆のニューアルバム片手に帰宅した。
もちろんすでに初回盤も通常盤も持ってるけど。
この店ではまだ買ってなかったからさ (特典クリアファイルもいただいて)。
好きなアーティストのCDって、なんでか何枚持ってても嬉しいから。
「おかえりなさい!」
隆、先に帰ってたんだ。
パタパタと玄関まで出迎えてくれた隆は、俺の手にあるCDを見て目を丸くした。
「ーーー俺の?」
「そう、買っちゃった」
「もう二つ持ってるのに…」
「何枚あっても、いいもんだろ?」
「えー?」
「CDってさ。なんかいいじゃん。配信サービスももちろん良いとこいっぱいだけど、こうして手に持てるってのが…」
「ん、そうだね」
「だからいいの。とくに隆のは何枚あっても」
「ふふっ、」
イノちゃんありがとうって、隆は嬉しそうに目を細めて。
いまだジャケットを着たままの俺に、手を回して。
「おかえりなさい」
ーーーの、キスを。
「ん、」
ちゅぷ。
「…っふ、」
ちゅっ…。
ーーーああ、ほら。また、目眩がしそうだ。
「隆」
「…んっ」
「可愛すぎ。勘弁してよ」
蕩ける甘い声も、好きって、泣き出しそうな声も。
本当ならいつだって聞きたい。
ーーーそれこそ、CDみたいに手元に置いて。
でもそれじゃあ、意味が無いんだ。
「離せないじゃん」
温もりを感じて、この腕に抱いて。
ここで聞かせて欲しいんだ。
「好きだよ」
end
.