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●Candy













「なんだぁ?これ」



控え室で着替えを終えて、ライブの本番までの時間をジュース片手に寛いでいた真ちゃんが言った。



「何?」

「何なにー?真矢君」


その唐突な呟きに、同じように控え室でリラックスしていたスギゾーとJが、真ちゃんのいるテーブル周りに集まって来る。
真ちゃんはじっとテーブルの一点を凝視して。
集まって来た二人に、これこれ見てよって、指差した。



「ーーー」

「ーーーん、と。…」

「菓子の…」

「包み紙」

「…紙じゃねーよ。これビニールだろ」

「(む、)…んじゃ、包みビニール」

「誰だよ。食ったあと捨てねーで置きっ放し」

「ちゃんと片付けろよなー」

「まぁまぁまぁ、まぁそうなんだけどさ。これ見てよ」

「ん?」

「なぁ、イノも見てみてよ」

「?…どしたの」



鏡の前で、最後のヘアスタイルのチェックをしてもらって。
はい、完成!って、肩をポンと叩かれたから。
俺はスタイリストにお礼を言って、のっそりと呼ばれた三人の元へ寄って行った。



「なにー⁇」



テーブルに置いてあったのは、多分…キャンディかなんかの個包装の…。まぁ、ゴミ。…なんだけど。…でもなんか、ひと言でお菓子のゴミって片付けるには気が引ける。

ーーーなんでだ?って思ったら。
ああ、そっか。




「可愛いね。この包装の」



可愛かったんだ。
テーブルに乗ってる、数枚の包装ビニール。
小さな四角い、ちょっとクシャッと皺の入ったビニールに。
イチゴとかレモンとかオレンジのイラストが細かく印刷されてる。
ーーーちょっとレトロな感じ。
中身のキャンディを取り出した後、カサカサと広げたくなる気持ちも…解らなくは…ない。かな?



「全部に名前が書いてあんの」


そう言って真ちゃんはそれらを指差した。

三人はハテナ?いっぱいの様子だけど。
そう言われて、俺はそれに心当たりがあって。
置いてあるそれを一枚摘んで、カサリとひっくり返して裏を見た。



「ーーーああ、」


俺はそれを見て、苦笑が溢れた。




















ルナシーライブの、あれは前々日だ。
シトシトシトシト…雨が降ってる日だった。

明後日に控えたライブを見据えて。
隆は、(もちろん俺も)もう気持ちをその日へと向けていた。



ヘッドフォンをつけて、リビングで音楽を聴いていた。
聴いているのはルナシーじゃないけど、気持ちを高めるためによく選ぶ曲達だ。
手を伸ばしたコーヒーカップを口に運んだら、いつの間にか空になっていて。
仕方無し…と。もう一杯を淹れる為、ソファーから立ち上がった時だ。




「…うぅ、なんか寒いねぇ」



パタパタと身体を丸めてリビングに入って来たのは隆。
さっきまでホームスタジオに篭っていたけど、どうやらひと休みに来たみたいだ。

隆が来たなら、俺もちょっと休憩しよう。
ヘッドフォンを外して、テーブルに置いて。
そのまま、隆おいでって。両手を広げた。



「…ん」


隆は少しはにかんで、それでも素直に俺の腕の中におさまった。

ーーーん?



「隆、冷えてる?ーーースタジオ寒かった?」

「ーーーうん。ちょっとね」

「エアコン付けなかったの?」

「ーーーだって喉乾燥しちゃうし。それに、ちょっと寒いかなぁ?って思ってたんだけど、歌うのに夢中で…」

「で、気付いたら寒くなってたんだ?」

「ーーーぅん。…えへへ」



ーーーったく。えへへ、じゃないよ。
隆は夢中になると、時々こうだ。




「っ…あぅ」

「ちょっと。…大人しくしてな」



冷えた身体をあっためてあげたくて。
恥ずかしがって突っ張る隆をぎゅっと抱きしめる。
しばらく、ジタバタジタバタ。
ぎゅうぎゅう、むーむー!
俺と隆の攻防が続いたけど。
不意を突いて、唇にちゅっとキスをしたら、頬っぺたを染めて黙ってしまった。



ーーーこてん。


諦めたらしい。(無駄な抵抗を)
隆の頭が俺の胸に落ち着いた。

俺は気を良くして、もっと隆に腕を回す。
…すると。




「ーーーはぁ…。」

「ん?」



隆がため息。
大きくて深いため息。
ーーー聞き様によっては、ちょっと涙声にも聞こえてしまって。
俺はそっと隙間を作って、隆の顔を覗き込んだ。



「どした?」

「…ん」

「ーーーいっぱい歌って、疲れたか?」

「…ぅうん」

「んー、じゃあ。腹減った?」

「むーむーむーっ…」

「えー?」

「違うの!疲れてないし、お腹も空いてない。そうじゃなくて、」

「うん」

「ーーーそうじゃなくて…」

「ーーーうん?」

「ーーー」

「ーーーうん」

「ーーー」

「ーーーうん、」

「ーーー…」

「ーーーん。…わかったよ」

「え?」

「ちょっと待ってな?」

「ぇ、え?」



まで何も言ってないよ!って心境なんだろう。
俺がいきなり、ひとりで納得したみたいに言ったから。

ーーーうん。わかんないよ?
隆が今心に秘めてること、100%は理解してないと思う。…けどな?
隆の一番側にいるって、それだけは譲れなくて。
そんな俺だからこそわかってやれる事ってあると思う。
そんな俺にしか出来ない事もあるって思いたい。



テーブルに置いてあるガラスの器には、小さな菓子があれこれ入ってる。
チョコとかキャンディとかガムとか。
そこに手を伸ばして、一個のキャンディを摘まみ取った。
それからもうひとつ。
さっきまで譜面に書き込みをしていた時に使ってたサインペン。
それも掴んで、細字の方のキャップを外す。

俺に背後から抱きしめられたまま、??????いっぱいの隆の頭上。
そんな隆の反応すら愛おしく思いながら、俺はキャンディの包みにペンで字を書く。



「⁇」

「ーーーこれはまぁ、おまじないみたいなもんだ」

「おまじない?」

「何でもいいよ。お守りでもサプリメントでもラッキーチャームでも何でもさ」

「??????」



はい。って、そのキャンディを隆の手のひらに乗っけた。
コロンと落ちたのは、オレンジ味のキャンディだけど。ーーー重要なのは味じゃなくて。
指先で転がしたキャンディの包装の表面に書いた文字。
我ながら丸っこい字だなぁ…なんて思いつつ、それを隆に指し示した。



「あ、」


そこには俺の字で、俺の名前。
俺の名前が書かれた事で、このキャンディはイノラン味になるわけだ。



「イノラン味…って、どんなの?」

「さぁ?どんなのだろうな?」

「ふふふっ」



隆が笑ってくれた。
俺は内心、ガッツポーズ。

ーーーそうだよ。
イノラン味のキャンディなんて、どんな味か俺だってわかんないよ。(まぁ、この場合はオレンジ味だよな)
そうじゃなくてさ。

これを見て、隆一が笑ってくれた。
ちょっとした、こんなキャンディひとつで。
心が緩んで、特別な想いが隆の中に届けばいい。



「きっと世界一美味しいね」

「ん?そっか?」

「うん!」



ーーー歌うという事。
ライブという、全てをかける場で。
どのライブも全てが、絶好調なわけではないだろう。
例えば隆が、どんなプレッシャーにも責任にも押し潰されそうになったとしても。

お前の中には俺の想いが入ってるって。
隣にいるんだ、易々とお前だけ潰させやしないって。

伝わればいい…って。




















「ーーー隆、みんなの名前…」



それぞれ味の違うキャンディの包装。
そこには。

SUGIZO
真矢
J

一個づつにひとりづつの名前。
隆の文字で書いてあって。

中身は無いから、もうリハの間にも食ったんだな。



「そういやさっき、リスみたいに口をもごもごさせてたっけ」


その様子を思い出して、ひとりでククッ…と笑ったら。
スギゾーが何が何やらと首を傾げて。そしてフト、こう言った。



「イノの名前のは無いのかね」

「ん?ああ、」

「⁇」


ーーーここには、ね?

ちょっとだけ自惚れていいのなら、俺は、俺の名前のキャンディの在り処が何となくわかる。
三人が別の会話に移ったのを機に、俺は控え室を後にした。

ーーー向かうのは。ーーーーーステージ袖の。





「隆」


彼はそこにいた。
祈るように手を重ねて、ステージを見つめて。
俺の声掛けにゆっくりと振り返った隆は、頬がうっすら紅潮している。



「準備OK?」

「ーーーうん。大丈夫」

「隆」

「ん?」

「キャンディ食い過ぎて、甘ったるくないの?」

「っ…知ってたの?」

「捨てられなかったんだろ?アイツらの名前書いちゃったから」

「ーーーライブが無事終わるまではね」

「ん、」

「でもね、まだ一個残ってるの」

「ーーー」

「イノラン味のが、まだあるよ」

「ーーーん」




ずっと手のひらに握っていたんだろう。
それはオレンジ味のキャンディ。あの日俺が隆にあげた俺の名前が書かれたそれは、ほんのり人肌にあたたかくて。
隆はそれを、スッと俺に差し出した。




「食べさせて」

「ーーー隆」

「本番直前はこれを食べるって決めてたの。ーーーだから、これ」

「ん。いいよ」



隆に差し出されたオレンジ色キャンディを受け取って、隆が見守る前で包装を開ける。
カサリと出てきたのは、丸いキャンディ。
ステージのライトを浴びてツヤツヤ光るオレンジキャンディは、ちょっと特別に見える。


ーーー食べさせて。ってさ?
こうゆう意味でいいのかな。

そのまま隆の口に押し込んでもよかったけど、そうじゃなくて。
色んなパワーと一緒に、愛情も…

指先で摘んでいるキャンディを、自分の口に。
その様子をじっと見ていた隆の頬を捕らえて、視界を塞ぐみたいに唇を重ねた。
舌先で唇をなぞると、隆の舌先が絡んでくる。

ねぇ。イノちゃん、ちょうだい?

そう言われているみたいで、隙間無く唇を合わせて。
コロン。
キスと共に、隆の口内にキャンディを転がした。



「ーーー…っ、ん」

「甘…」



「ーーーふふふっ…」



隆が、また笑ってくれた。
ーーーなんだよ。
めちゃくちゃ可愛いの。
めちゃくちゃ、綺麗だ。



「ありがとう、イノちゃん」

「ん、」

「幸せに歌える」

「ああ」



隣にいるよ。
お前の中にいるよ。
アイツらも、俺ももちろん。

最幸な時も、どんな時も。


ひとりにさせやしないから。









end


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