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●会いたい







隆に会いたい。

隆に、会いたいんだ。



気持ちの中に小さなささくれがある時。
ほんの少しだけどチクリとした時。
もしかしたら、その時の自分のコンディションによっては、難なく乗り切ってしまいそうなくらい、それは小さなものだけど。
気持ちがカクンとした時。
自己嫌悪とか、自己叱責とか、意気消沈…とか。

とにかくさ。

心が、重い時。

隆に会いたくて、堪らなくなるんだ。














《君に指先で触れるだけで》

















『ーーーーーおかけになった電話番号は、電波の届かないところにいるか電源を…』


pi。



ちくしょう。
思わず先に自動アナウンスを切ってしまったじゃないか。
…最後まで聞くのは癪だったから。



「はぁ…」



こんなアナウンスにまで癪だって思うなんて、ホントどうかしてる。
今の俺は、きっと酷いカオしてるに違いない。
ーーーでも考えてみれば、昨日だって隆と会ってたんだ。
昨日だけじゃない。
その前日も…だ。



「ーーーなんだよ…」



気付いてしまった事に苦笑い。
ーーー気付いてしまった事。

毎日でも会ってるってのに、毎日会いたい。
ーーー会わないと……落ち着かない。
恋しいし、恋しいし…。物足りない。



「………」


会えない事を自身の不調の理由にはしたくない。
するつもりも無いけど…ーーーでも。



「会えるか会えないか…だったら。当然、会えた方がいいに決まってる」



そりゃそうだよな。
だって好きなんだ。

隆の事が誰よりも、好きなんだよ。














…………………………………



「俺らの中じゃ、誰よりも隆の側にいるくせに何言ってんだよ」



意気消沈したまま向かったスタジオで。
たまたま来ていたJとバッタリ。
ちょっと浮かない気持ちなんか誤魔化し通してやるって思ってたのに。
ーーーやっぱコイツには通用しなかった。
スタジオの紙コップに注いだコーヒーを飲む俺の近くにグイグイ寄って。
じぃっと俺を覗き込んだかと思ったら、ニヤリと不敵に笑いやがった。

ーーーで、その台詞だ。




「ーーーナニ、Jお前。一瞬で見抜いた訳?」

「あのな…何年お前と一緒にいると思ってんだよ。その時間の長さだけ見たら、隆より長いぜ」

「ーーーま、な」

「けど隆は違うだろ。隆はもっと、深く深くだろ?」

「ーーーホント、底が無いんじゃないかって思う」

「ん?」

「底無し。溺れそうで、時々ヤバいよ」

「ーーーなんの底だよ」

「ん?…ーーーん…。ーーーーーーーーーーー恋?」

「ーーーーーーー。」

「ーーーーーーーーーー想いとか。」

「ーーーーーーー。」

「ーーーーーーーーーーーーーーーーなんか言えよ」

「ーーーーーーー。」

「ーーーーーーーーーー小野瀬サン?」

「っ…ぶは!」

「ーーーーーてめぇ…。」

「はっはっははは!ハハっ…いや、」

「…笑い堪えてただけかよ」

「いやいや、違うって。悪りい悪りい」

「ーーーーーふぅん?」

「怒んなって、違うから。馬鹿にしたんじゃねぇよ。そうじゃなくてさ」

「ーーーどうだかねぇ…」

「あのな?ーーー相思相愛だなってさ」

「ーーー」

「お前は知らねえから、そう思うだけだろうけど。ーーー知ってるからさ、俺は」

「ーーーーーナニを?」

「今のお前と同じ顔してる事があるからさ。隆も」

「ーーーーー隆ちゃん?」

「まぁ、別にアイツに口止めされてる訳じゃねえから言うけどさ。ーーーお前がいないところで、アイツもよく切なげな顔して言ってる。ーーー『イノちゃんに会いたい』ってさ」

「ーーーマジ?」

「こんな事で嘘ついてどーすんだよ」

「…まぁ…。うん」

「ーーー同じじゃん?」

「…うん」

「だから言っただろ。相思相愛って」

「ーーーJから見て、そう見えんの?」



随分話し込んだな…なんて思いながら。最後にそう問いかけたら。



「…あのなぁ」


Jはやれやれって感じで。
肩を竦めた。



「あんなイチャついてるくせに、よく言う」



あれ…。結構、密やかな恋だと思ってたんだけど。
違ったらしい。

















…………………….……………………………



「イノちゃーん!お邪魔しまーす!」




その日の夜。
Jと別れて、その後漸く隆と連絡とれて。
隆も仕事だったんだけど、来れる?って聞いたら、いいよ!って二つ返事でOKしてくれた隆。
先に帰って、飯の準備とかしつつも。
今か今かとソワソワしてた俺。
時折フッと冷静になって苦笑しても、すぐに待ち遠しくてソワソワする。
隆に会いたくて堪らない。
今夜の俺は、きっと隆から離れられないんだろう。

だから玄関のチャイムが鳴って、で元気な隆の声が聞こえた途端。
俺は玄関に駆けて、まだ靴を履いたままの隆をすぐに抱きしめた。



「っ…ん、イ…ノ、」


待ちきれずに、すぐに唇も重ねて。
隆からしたら、今の俺は相当な欲しがりだろう。

ドサリ。
隆の持っていた鞄が落ちた。
それでも頓着せずに、隆に触れる事が今は気持ちいい。


不思議だ。
今日一日俺を覆っていた、自己嫌悪やら意気消沈やらが。
隆に指先で触れるだけで解けていく。
重ねた唇から、あったかくて愛おしい気が、流れ込んでくる。



ちゅ、く。
っ…ちゅ



「ぁ、んっ…ん」

「っ…ーーー隆」

「は、ぁ…」

「会いたかった…っ…」

「ーーーっ…」



〝会いたかった〟


俺の口から溢れた、素直な気持ちだ。
思えばイマイチ不調だった今日一日を総括して、その上で一番欲していたもの。

隆に会いたい。
君に会いたい。

会えばどんなに力が湧くか知っているから。
会えばどれ程自分が強くなれるか知っているから。

だから会いたいんだよ。
不調な時は元気になる為。
元気な時は、もっと舞い上がる為に。

君に恋して。
君を愛して。

俺は強くなれるんだ。




「んっ、ぁ…イノちゃ、」

「ーーーん?」

「イノちゃ…ん」

「隆?」

「イノちゃん」

「ーーー隆、ぅ?」

「イノちゃん…イノ、イノラン」

「っ…りゅ」

「ーーーーーーーーここにいるよ?」

「!」

「今夜は…ね?」

「ーーーえ、」

「ぐちゃぐちゃになるの」

「隆ちゃ、」

「イノちゃんが笑顔を見せてくれるまで」




にこっ。
微笑んだ隆は、天使みたいで。
綺麗で可愛くて。
俺はその、俺だけの天使を。
意識を飛ばして眠るまで、愛したんだ。









目覚めたら、もう明るくて。
太陽光いっぱいのベッドの上で。

昨日の重ったるい気持ちは何処へ行ったのか。


明るい黄色と白の色彩の中で。
嘘みたいに軽くなった気持ちに驚きつつ。
フッと横を見ると。
真っ白なシーツの上に、黒髪を散らして。
白い裸で、ブランケットに包まれて。
緩く微笑んだみたいな寝顔の隆。



「ーーーホント、天使みたいだよ」


俺だけの。

その姿を見た俺は、隆が昨夜言っていた。
笑顔を、きっと浮かべてる。






end




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