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●初秋恋









「…あ。降ってきた」




つい、声が出た。
カフェのカウンター越しの、窓の外は。
どうやら今日も雨のようだ。


ここ数日、急に寒くなった。
八月の終わりは確かに残暑厳しくて、毎日汗だくになってたってのに。
九月になった途端だ。
朝夕はひんやりして、日中も快晴が少なくて雨模様が続いている。

ーーーようするに、ろくに衣替えも出来ていないうちに冷え込んできたってわけで。慌てて長袖なんかを引っ張り出した人も多いんじゃないのかなぁ…。




コトンと置いた紙のコーヒーカップは、今日はホット仕様で。先日ここに来た時は、カップに描かれた人魚のイラストは結露で濡れていた。

ーーー季節が移る。
秋がもう来てるんだ。
そう意識したら、窓からの午前中の空も急に秋めいて見える。




「…そういや今朝も」




ふと、今朝の出来事を思い出す。
今日はオフな俺に対して、昼過ぎまで仕事に行く隆。
もうすぐマネージャーが迎えに来るって時に、バタバタバタバタ大騒ぎだった。



「寒い!今朝も寒いよ!どうしよ、上着!なんかすぐ羽織って行けるのあったかなぁ⁇」



例に漏れず。
隆もこの急激な気温低下への準備が整っていなかったようで。今にも降り出しそうな、寒々とした空を見上げながらクローゼットを引っ掻き回していた。




「ーーー隆ちゃん、平気?そろそろマネージャー来そうだけど」

「うぅ、わかってるよ~…。でも前のシーズンに仕舞ったっきりのばっかりなんだもん」

「あー」

「衣替えもまだだし。どうしようかなぁ…。もうこれでいいかなぁ」




そう言ってパサリと隆が羽織ったのは、薄手のカーディガンだ。…秋冬用というよりサマーニットって感じの、白いロングカーディガン。


ーーー…ちょっと、そのチョイス…。





「ーーー変?」



俺がよっぽどジトリと見ていたのかもしれない。
隆はちょっと俯いて、変かな…って、ヒラリと身を翻した。

…そうじゃねえよ。





「似合う」

「あ、ホント?」

「うん。すごく」

「ーーーよかった」

「…けど」

「?…ーーーけど?」




あーあ。いい加減、わかって欲しい。




「ーーー似合うからさ。…見せたくない…っていうか」

「ん?」

「ーーーっ…だから」

「ぅん?」




ちょこん。
首を傾げながら、長めの袖を弄ってる。




「ーーーーーーーー」

「…イノちゃん?」

「ーーーーーーーーー……はぁ…。」

「なんだよー、イノちゃん?」

「ーーーーーーーーーーーーーーいや、いい」

「えー?」

「いいよ。似合ってるから大丈夫だよ」

「ん?」

「行っといで、もう迎えも来る」

「…へんなイノちゃん」

「なんとでも。ーーーその代わりな?」

「え?」

「帰りは迎えに行くよ」

「っ…来てくれるの?」

「そのまま出掛けられるだろ?夕飯は食って帰ろうよ」

「うん!わぁい」





ーーーと、そんな事があった朝だ。
今日これから夜に向けての予定を決めたら。隆はご機嫌に、足取り軽く玄関を出て行った。





「……」


がしがし。



無言で頭を掻く。
今朝の事を思い出したら、あの行き場のない…もやもや。
…や、もやもやじゃないな。そうじゃなくて、トキメキ?
あの隆の姿を見て、確かに思った事は。


ーーー誰にも見せたくねえな。…って事で。


だってさ。あんな可愛い姿。
ひらりんひらりん…してて。
白くて、黒くて、桃色で。
隆の選ぶ服ってのは、時々、ん?って思うこともあるんだけど。でもそれも、隆の雰囲気に妙に似合ってしまうから不思議だ。
隆の持つ、ふわふわにこにこした姿に。
隆が身に付けるだけで、悶えてしまうくらいキュンとするから不思議だ。





がしがしがし。




「ーーー…見せたくねえな」



あまりの独占欲に、思わず苦笑い。
…ホント。
俺は隆の事になると、心は激狭だ。








カフェを出て、車を停めているショッピングモールを眺めつつ時間を潰す。
隆の仕事が終わるまで、あと二時間くらいだ。
二時間…。
ここにはショップがたくさん入っているから、この際ゆっくり回ろう。

平日の昼だからか、人はそれ程多くない。
混み過ぎてると疲れるから、ちょうどいい。




「ーーーそれにしても」



こうして見ると、並ぶ商品も、ディスプレイも。
いつのまにか秋仕様だ。
オレンジや、茶色。深いグリーンなんかの、落ち着いたあったかい色彩。



「季節は移るなぁ」



ここでもまた呟きながら。
ーーーここで、ピタリ。
足を止めた。


惹き込まれるように、その目の前のショップに近づく。
主にメンズ向けの服や小物が並ぶ。
俺は店頭に飾られている品に目をやった。




「ーーーこれ、隆にいいかも」



今度は手を伸ばす。
それに触れると、ふんわりした感触がよかった。

今朝の一連の騒動?を思い返すと、これはやっぱり隆にちょうどいいって、確信して。
何色かあってちょっと迷ったけど、ここでもやっぱり今朝の事を思い出して。
隆に似合ってた、白い…オフホワイトを選んだ。



思いがけずに用意した、隆へのプレゼント。
しかもこれは、俺にとってもちょうどいい。
きっと、お互いにちょうどいい。

受け取ったショップバッグを提げて、腕時計を見たら。
隆を迎えに行くのに、ちょうどいい時間になっていた。













隆を迎えに行って、隆の希望でいつもの海に行って。
寒いし雨だから今日は散歩だけって。
一本の傘の下で、手を繋いで砂浜を歩いた。
少々早めの夕飯は、海岸沿いのレストランで。
雨だから店内は空いていて、隆とゆっくり食事した。








「ふ、ぁぁ…」



陽が落ちるのも早くなった。
夜の気配のレストランの駐車場。車に乗り込んだ途端だ。
隆は眠たげに欠伸した。




「眠い?」

「ん?…んーん」

「朝からだったもんな」

「大丈夫、ヘイキ!だって勿体無いもん」

「ん?ーーーせっかくのデートなのに…か?」

「そう!」



そう。いつも隆が言う事だ。
せっかくのデートで、寝ちゃうのは勿体無いって。
だからヘイキって、強がってみせるけど。
帰り道の隆は、大抵うつらうつらしてる。

寝てていいのにって思うけど。
隆のその気持ちが嬉しい。


でも今日は、そうだって。思い出して。
後部座席に置いておいた、例のショップバッグを取って隆に渡した。




「ーーー俺に?」

「そう。待ち時間にちょっとね?隆にいいなって思って」

「嬉しい!ありがとうイノちゃん、開けていい?」

「どうぞ」




がさがさと中身を取り出す。
その表情は嬉しそう。




「それにね、多分俺にもちょうどいい物だよ」



えー?イノちゃんにもいい物?なんだろー?って、隆はラッピングされた袋を開けた。




「わ…ふわふわ!」

「どう?」

「これ…ストール?ーーーすっごくあったかいね」

「大判のストールだからさ。そうゆうのあれば、朝に羽織る物ないない!って、大慌てで探さなくていいだろ?」

「うん!イノちゃんどうもありがとう!」



隆はぎゅっとそれを抱きしめて、早速クルリと肩に羽織った。
オフホワイトのふわふわに、隆が包まれる。
ーーーああ、やっぱりこの色にしてよかった。
隆によく似合う。
ーーー可愛い。



俺は多分上機嫌で微笑んでいたんだろう。
隆はきゅっと小首を傾げると、ねえねえイノちゃんって。




「ナニ?」

「このストール、俺にはちょうどいいっていうのわかるんだけど。イノちゃんにもちょうどいいって…なんで?」

「ん?…ああ」




きょとんとした目で俺を見る隆。
夜の暗い駐車場の、薄暗い車内だけど。
白いカーディガンとオフホワイトのストールに包まれた隆は、ふわっと明るく見える。
ーーーその無邪気な表情も、よくわかる。




「ーーーほら、まさに今」

「え?」



助手席の隆の肩を掴んで、抱き寄せる。
そして一緒怯んだ隆の隙をついて、肩にかかったストールを頭からふわりと被せた。




「ほら」

「イノちゃ…」

「隆を隠せる」

「っ…?」

「独り占めだ」

「ぇ?……んっ……」




唇を重ねた。


ちゅ、



「…っふ、は…ぁ」


…ちゅく、



「ーーーっ…ん、ン」




ーーーほら。
ストールに隠された空間は、寒さなんか無い。
キスに夢中になって、蕩けきった隆の表情も。
俺だけしか見えない。




「…ぁ…っ、イノ」

「ーーーっ…はっぁ…ーーーーーいいでしょ?それ」

「ぅ、ん」

「大判のだから、なんなら身体も隠せるだろ?」

「っ…ば、か!」

「いいじゃん、これからの季節の必需品」

「…ぅ、うん」

「くっついて、あったかくなれる季節が来るもんな?」

「ーーーっ…うん」





もう今すでにあったかいけど。
寒い季節は、もっともっと恋しくなるから。
温もりも、君の存在も。


密やかに、君を愛する季節がやって来るよ。






「ーーーね、イノちゃん」

「…ん?」

「ーーーーーーもっと」









end



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