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●夏






ミーンミーン…
ワシャワシャワシャ
ジージージー…



蝉…が。

ーーーすげえ…

ライブに負けないくらい…
爆音。




「ーーーーー…う…ぅー…ん」




ジーワジーワ
ミーンミンミン…




「うぅ…ーーーーー暑…ぃ」




ゴロン。

寝返りを打ったようだ。
…無意識に。
自分のことなのに、ぼんやりしててよくわかってない。
ただ、寝返った先に広がる、まだ体温を吸収していないヒンヤリしたシーツの感触に。
ああ、俺は寝苦しさで悶えているんだって、気が付いた。




「…んー……今…」



ゴロン。


「ーーー何…時………?」





ーーー…たとたとたとたとた

コンコン。



「イノちゃん、おはよう!起きてる⁇」



「ーーーーーーあ、ぇ?」



…今…の?



「隆一だよ!イノちゃん、入るよ!」



……今の。



かちゃ。
ーーーキイ




「ーーーイノちゃん?…まだ寝てる?」



部屋に入って来たからだろう。
恐らくたった今までドア越しだった人物の声が、急にクリアに近くに聞こえるようになって。
まだベッドの上でゴロゴロしてる俺を見て、寝てると思ったんだろうな。
心持ち声をひそめて、側に寄ってくる気配がした。



「ーーーイノちゃん?」



その声の人物。
それが誰か…なんて。起き抜けのぼんやりした俺でもすぐにわかる。

いまだ目はハッキリと開いてないけど。
声のする方向に、手を伸ばして。
指先に触れた、馴染みのある感触に確信を得て。



「…っわ?」



その掴んだ感触を引き寄せて。
ベッドの中に引き込んだ。

唐突で。
相手は一瞬動きを止めたけど、すぐに逃れようとジタバタ暴れて。
その抵抗は、俺が相手を抱きしめるまで続いたんだ。




「暴れん…な……って」

「もっ…ーーーイノちゃん!」

「ーーーりゅ…う」

「イノちゃん寝ぼけてる⁇っ…ってゆうか、あっつい!」

「いいだろ?…いつも、あっつくなるじゃん」

「ええ⁇」

「ーーーシたら、汗だくだろ?…いつも」

「っ…ーーーばかぁ!」



ペチ!


隆の平手打ちがヒットしたらしい。
ーーーまあ、弱い弱い一撃だけど。

隆は(多分照れで)ぷりぷりしながら、どうにか俺の抱擁から腕だけ逃れて。
ベッドサイドテーブルに置いていたエアコンのリモコンに手を伸ばした。



ピ。



「ーーーもう、クーラー付けないで寝てたの?」

「…ん?いや、付けて寝たと思ったけど」

「でも付いてなかったよ?ーーーあ、もしかしてタイマーセットした?」

「あー…。したかも」

「夜中に切れちゃったんだ。寝坊すると、朝からぐんぐん気温上がるから気をつけなきゃダメ!熱中症に注意だよ⁇」

「ーーーはい。ごめん」

「ん。今日は俺が来て良かった」

「うん、ホント良かった」

「ん?」

「ーーー朝から隆を抱きしめられた」

「??!ーーー違っ…そうじゃないでしょ⁇」



ペチ!



「ーーーちょっと隆ちゃん」

「ナニ」

「ペチペチ叩かないでよ」

「だってイノちゃんが…」

「ん?」

「ーーー変な事ばっかり言うんだもん」

「変?」

「変!」

「ーーーーー変じゃねえだろ」




ちゅ…く。


キスしてやった。
これ以上ペチペチ叩かれたら、堪らない。



「ーーー何っ…?…ん」

「黙れって」

「んっ…ん、ぁ」

「ーーー隆」




ギシ…



「ーーーーーん…っ」

「ーーーほら」

「あ…っ…はぁ」

「どうせあつくなってんだから。ーーーシようよ?」



見上げる隆は、すでに蕩けてる。
涙ぐんで、唇は濡れていて。

いまさらもう退けないよな?




「ーーーーーいい?」



じっと見つめて、そう問い掛ければ。
隆は恥ずかしそうに視線を揺らしながらも、返事はひとつだけだ。
両手を広げて、俺に縋り付いてくれる。




「ーーーっ…うん」





うん。

嬉しくて、幸せで。
俺はきっと、めちゃくちゃ微笑んでる。



少し遅い朝に。
蝉の鳴き声響き渡る、梅雨明けの夏空。

クーラーを効かせても、尚もあつい俺たち。

床に落とした二人分の服も。それからシーツを洗濯しなきゃな。


シャワーを二人で浴びて、洗濯機を回している間。
遅い朝食を食べよう。









朝食はトーストとスープ。





「風鈴を買いにいかない?」


「ん?」




俺がいれてやったアイスティーを飲みながら。テーブル向かいに座る隆がにっこり笑って言った。



「風鈴?」

「うん!ーーー風鈴の音ってさ、不思議じゃない?ーーーこう、涼しい気持ちを…」

「ああ、感じさせてくれるよな」

「そう。例えばクーラー付け忘れてもね?」

「ーーーりゅーう。俺の事言ってんだろ」

「違う…ってば。ね、いいでしょ?」

「ん?…ん、いいよ」

「ホント?やったあ!」




ダメ。なんて言えないでしょ?
そんな顔されたらさ。








…………………




「あ、これ綺麗」

「どれ?」

「これ、この薄水色の。模様は無いけど、色が。ーーー音は…」





ちりー…ん。

ーーーりーん。




「ーーーいい音」

「うん、いいんじゃない?」

「ね、これにしようかな」

「いいよ。ーーーほら」

「ん?」

「それがいいんだろ?」

「…う、うん」

「プレゼントするよ?」

「え…?」

「今朝、俺を起こしてくれたお礼」

「っ…そんなの」

「あと、隆を抱けて幸せだったから」

「っっ…〜〜〜」

「最高な朝だったから。そのお礼」

「イノちゃん…」

「一緒に楽しもうな?風鈴」

「ーーーん、うん!ありがとう」

「どういたしまして」




雑貨屋を出て、照り付ける陽射しの下。
隆と歩く。
日陰をなるべく選んで歩くけど、やっぱり暑いよな。


ーーーでも。

気分は、いつだって変わらない。
春も。
夏も。
秋も。
冬も。

隆と並んで歩いたら、手を伸ばして。
隣に揺れる手を絡ませたくなる。


…今日も、例に漏れず。




ぎゅっと。
手を繋いだ。


「!」


隆はびっくりしたみたいだけど、振り払ったりしなかった。
それどころか、もっと。
強く、愛おしげに。
手を繋いだ。


重ねた手のひらは、すぐに汗ばんでくる。
混じり合った汗。

それはまるで、今朝の俺たちみたいで。
あつくて。
あつくて…。

愛おしい。




「ーーー今年の夏はどうしようか?」

「海!」

「…年間通して一緒じゃね?」

「夏の海は格別だもん」

「はいはい」




さあ。

夏が来たよ。

青空と、白い雲と、足元の夏草揺れる夏が。
今年も君と、潮騒を聴きながら駆け抜けよう。
手を繋いで、離さないで。








end






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