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●はじめて
裸のままで。
真っ白なシーツにくるまって眠る君。
あの日から。
もういくつこんな朝を迎えたかな。
《 はじめて 》
俺にとって隆は、本当に大切な存在だった。
それはもう、ずっと。ずーっと前からだ。
遡れば、それは。
おそらく初めて出逢った時から。
歌声も、笑顔も、性格も。とにかく隆というひとを形造る全てが、俺を捕らえて離さなかった。
はじめは好奇心。
仲良くなって、一緒に音楽で進んでいきたい。一緒なら、どんな世界でも行けると思った。
でも、その内に。
メンバーとしてだけじゃない。
それだけじゃ物足りない。
もっと一緒にいたい。
側にいたい。
そう思う自分を自覚して。
ちゃんと自分の気持ちを見極めなきゃって。
しばらくの間、隆と接する時の自分自身を、ちょっと引いた目で観察してた。
そしたら。
困った事に、俺が思い知ったのは。
紛れもなく、隆が好きだという事。
「はぁ…」
こんなため息も、最近は頻発してる。
俺だって、別に恋愛が初めてなわけじゃない。その上で、自分自身の分析をした。
好きになったら、好きだと伝えたい。
それに対して、好きだと言われたら嬉しい。
両想いになれたら、デートして。
手を繋いで。
微笑み合って。
そっと肩を抱いて。
もっと、抱きしめて。
それから…キスをして。
きっともっと欲しくなるから。
そうしたら…隆と。
「はーーーーー……ああああああ」
思わず、俺は天を仰ぐ。
恥ずかしい事に、顔が熱い。
つか。学生じゃないんだからさ。
こんな…まるで初恋だ。
それにそもそも、メンバー同士。もっと言ったら、同性同士。
これは…。色々道は険しそうだ。
「はぁ…。」
ーーーでも。仕方ないよな。
だって、好きになってしまったんだ。
好きになるのに、性別も年齢も関係無いって言うけど。
まさにそうだ。
他ならない、隆というひとを好きになったんだから。
この想いを成就するには、色んな壁がありそうだけど。
関係ない。
だって好きだから。
どんな壁だって、超えられるって思える。
好きっていう気持ちは、すごいんだよ。
告白するなら、こんな場所で。…とか考えてた事もあったけど。
気付いたら俺は。
いつものスタジオ。
通い慣れたスタジオの屋上で。
隆に、告白してた。
今日ここで言おうと思っていた訳じゃない。
たまたま隆と一緒にいた屋上で。
レコーディングの合間。
休憩してた隆と談笑してて。
ひとしきり喋って、笑って。
ふ…。と、会話が途切れたんだ。
その時に、ちょうど吹いてきた涼しいそよ風が、隣の隆の黒髪を揺らして。
風に混じって、隆のシャンプーの香りが微かにして。
揺れた両サイドの長めの髪の隙間から、隆の横顔が見えて。
何と無く、微笑んでいるような。
そんな穏やかな横顔で。
ずっと遠くの景色に向けられた隆の視線が、欲しくて堪らなくなった。
こっちを見て。
俺を見て。…って。
「隆のことが、好きだよ」
壊れそうな鼓動とか、覚悟していたのに。急に口から溢れた告白だったせいか、全然そんな事なくて。
割と落ち着いた自分。
ーーーでも。足元だけは、地に着いてないみたいだった。
ふわふわして、夢心地な。
俺の突然の告白に、隆は当然目を丸くしてた。
そりゃそうだよな。
でも隆は、じっと俺を見て。
馬鹿にしたりとか、引いたりとか。そんな気配も見せないで。
ただただじっと、俺を見てたから。
俺もそらしては駄目だと思ったから、隆の視線を受け止め続けた。
「ーーーイノちゃん…」
「ん?」
「ーーーーーそれって」
「ーーー隆ちゃんが好きってこと。恋愛したいって事」
「っ…!」
「ーーーぇ…」
もう一度、好きだと言った瞬間。
隆の顔がほわ…と、赤くなった。
それが。
( ヤバ…っ… )
可愛くて。
惚れた手前ってのも…あるのかな。
もうそれどころじゃなかったんだけど。
とにかく可愛くて。
こんな反応を返してくれるって事は…?と、期待も大きく膨らんで。
隆に問いかけた。
「隆ちゃんは?」
「え…?」
「俺を、どう思ってる?」
突然の事だから、押し付けたくはなかったけど。
ーーー知りたいって思うのは、仕方ないよな?
俺の言葉に、またじっと俺を見て立ち尽くす隆。返事も時間がいるって思うし。どんな返事であれ、貰えるだけで一歩前進だ。俺と隆の、今現在の立ち位置がわかるんだから。
それだけでも、良いって。
そう思っていたのに。
隆は、言ってくれたんだ。
今まで俺が、見たことがないくらい。
綺麗な微笑みにのせて。
「ーーー俺も、すき。イノちゃんが、すきだよ?」
大好きな隆と、恋人同士になれて。
もうひと月。
月日が経つのって早い。
毎日が忙しいのもあるんだけど。
片付けなきゃいけない仕事は待ってはくれなくて。
あの屋上以来、デートはおろか。手を繋ぐこともできていない。
こんなんじゃ、キスなんて。一体いつになったらできるんだろう。
一時的な衝動で、なし崩しにしたいんじゃない。
隆は大切なひとだから。
たとえ時間がかかっても。ひとつひとつ、丁寧に進みたい。
どきどきしたいし、優しくしたい。
だから、忍耐と共に、ここまできたけれど。
でも、そろそろ。もういい加減そろそろさ。
したいな…って。
そんな風に悶々としてたら、マネージャーから吉報が。
オフになったらしい。明日。仕事の予定が変更したと。
明日、隆は元々オフなのは聞いているから知ってる。
だとしたら。
ーーーチャンスじゃないか。
俺はすぐに、隆に連絡を取った。
〝明日、デートしようよ〟って。
「ーーーごめん…イノちゃん」
「気にすんなって。それよりいいから、ちゃんと寝てな?」
隆が熱を出してしまった。
昨日の昼間の電話では元気そうだったのに。夜中に隆から電話がきて。
〝ごめんね。風邪ひいたのかも〟って。済まなそうに言った。
残念だけど。これは仕方ない。連日の仕事で、疲れも溜まってたんだろう。
隆が責任を感じる必要なんてないんだよ。
「ーーーごめんね」
「だから、隆は悪くないんだから。良くなったら、行けばいいよ」
「ーーーうん…」
すっかりシュンとした様子の隆。
ベッドに横たわって、眉を下げてる。
「行きたかった?」
「え?」
「俺と。初デート」
「っ…ーーそりゃ…そうだよ」
「ホント?」
「当たり前でしょ?ーーーだって…嬉しかったんだから。デートに誘われて」
「っ…ーーー」
「初めての…デートだよ?ーーーいろいろ…」
「え…?」
「あの屋上から…何もしてないじゃん。ーーーだから」
「ーーー」
「イノちゃん…いつ、してくれるのかなぁ?…って」
俺の脳内が大騒ぎだってのは、わかってもらいたい。
だって。
可愛いにもほどがあるだろ。
「ーーーしよっか」
「え?」
「初めてのキス」
「っ…‼」
「俺も、今日のデートでしたいって思ってた。良い景色の場所で、カッコよく…とかさ。ーーーでも、隆ちゃんとキスできるなら、どこでもいいんだ。ホントは」
「イノちゃん…」
横たわる隆のすぐ側に。ベッドの縁に腰掛けて。
覆いかぶさるみたいに、手をついて。
顔を寄せる。
「ーーー隆ちゃんは風邪で辛いかもしれないけど。逆に、良かったかも」
「っ…え」
「ーーーどきどきしない?こんなキス」
「イっ…ノちゃ…」
「目。閉じて?」
「っ…ーーーーーうん…」
震えながら閉じる隆の瞼。
無造作にかかる前髪が、めちゃくちゃ艶っぽく見えて。
綺麗で。
ーーーーー可愛い。
熱で火照った唇も。
初めて聞いた掠れた声も。
隆と初めてしたキスは、忘れられない。
「あれから何年経つ…?かな」
シーツにくるまる隆の髪を梳きながら。懐かしい頃に思いを馳せた。
あれからずっと隆といるけれど。
想いは変わらず。むしろ増えていって。
数えきれないキスも。身体も愛も重ねた日々も。
この先もきっと、続いていく。
「っ…ん…イノちゃん?」
「おはよ、隆ちゃん」
「おはよう。ーーーーーー?なに?」
「ん?俺は幸せだなって」
「え?」
「隆といられて、幸せだよ」
「っ…ーーーうん」
「隆は?」
「え?ーーー…わかるでしょ?」
「言って?」
「っ…ーーーーーーーーーー俺 も」
「ーーー」
「しあわせ」
「ん」
「ね。ーーーして?」
「ん?」
「あの、初めてキスしたときみたいに」
緩く目を閉じて、キスを待ってる。
飽きる事はない。
何度だってしたいから。
「っ…ぁ、ぅん」
この瞬間の隆は、今だけのものだから。
小さな愛情のカケラも、取りこぼさないように。
俺と隆の、あのはじめての日を。
いつでも側において。
〝はじめて〟を探しに行こうな?
end
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