4
●膝枕
ザザ…ン。
ッ…ザ……ン…
寄せては返す。
波。
初夏の青空に照らされた海は、透けて綺麗な明るい青色。
砕けた波は、しゅわ…と泡立って、砂浜に白い模様をつけていく。
いつもの海。
いつもの砂浜。
いつもの二人。
車で履き替えた二人分のビーチサンダルが、そこら辺に転がっている。
辺りを見回しても、あんまり人はいない。なんでだろう…?平日だから?
ちょうどいいけどね。
どっちかと言ったら、静かな海が好きだから。
そんな静かな海岸。
俺は砂浜にペタリと座り込んで、じっと海を見る。
「あ…つ…」
ちょっと暑いかな。陽射し。
風は涼しいから、動き回っていれば心地いいくらいなんだろうけど…。
こうしてじっと動かないでいると、正直、暑い。
陽射しが照り付けて。
動けば?って思うかもしんないけど…動けないの。
ーーーなんでかってね?
「ーーーイノちゃん…よく寝られるな…」
こんな陽射しの中でさ…。
イノちゃんは今。俺の膝に頭を乗せてる。俺の膝を枕にして、気持ちよさそうに眠ってる。
ーーー膝枕ってやつだね。
「隆ちゃん、膝枕して」
一緒の休みの日。
いつもみたいに行き場所が思いつかなくて、いつもみたいに来た、いつもの海岸。
到着して。ひと遊びした俺が、砂浜に腰掛けていたイノちゃんの所に行くと。
ーーー言ってきたんだ。
膝枕してって。
「ーーーここで?」
「もちろん」
「今?」
「そりゃそうだろ」
「えぇ~?」
「え、ヤダ?」
「ヤダ…とかじゃ…無いけど…」
「うん?」
「ーーーーーーーう~…」
「う~?」
「ーーーーーーーーーー恥ずかしい…し」
「うわ…」
「うわ?」
「相変わらず。…」
「ん?」
「ーーー隆ちゃん…可愛い」
「!」
はい、決まり。
もう今ので決定。
可愛い隆ちゃんに膝枕してもらう!
そう言いながら。イノちゃんは俺の体勢をぐいぐい変えて、反論の余地なく、俺の揃えた膝の上にごろんと寝転がってしまった。
「っ …あっ …」
「え、なに隆ちゃん…エロいよ?」
「違っ …くすぐっ…たぁい」
「ーーーくすぐったいの?」
「だって!…ゃっ …動かな…で」
あはははっ!…って笑いが込み上げて堪えられなくて、身体を捩っていたら。
隆ちゃん、これじゃ寝らんない。って、イノちゃんの腕が俺の腰に巻きついてきた。
「イノちゃんっ 」
「あー…至福。これすっごく気持ちいい。リラックスできる…」
「ーーーそんなに?」
「うん。…だって、好きな子の膝枕だよ?気持ちよくない訳ないよね」
「ーーーそ…なんだ」
それって、ちょっと…嬉しいかも。
嬉しいって思ったら、くすぐったいのは鳴りを潜めて。
今度込み上げてきたのは、優しい気持ちだ。
陽に透けていつもより明るい色のイノちゃんの髪を。いつもイノちゃんがしてくれるみたいに、指先で梳いてあげる。
気持ちいいのかな?
いつの間にか目を閉じてるイノちゃんの口元は、緩いカーブを描いて微笑んでる。
ホントに、いつもと逆だね。
「イノちゃん、少し寝ていいよ?」
「ん…隆ちゃん…ありがと」
「おやすみ」
「…おやすみ」
くー…。と、深く吸った息をゆっくり吐いて。イノちゃんはすぐに寝息をたて始めた。
ザ…ザン…
ザザ…
ピイピイ…と海鳥の声。
「ーーー静か…」
膝枕してる時って。
考え事にいいかもしれない。
自分は寝てられないし。動けない。
自由なのは上半身だけ。
読書はいいね。あと…縫い物とかするひとは、それもいいかも。
でも、だんだんと痺れてくる足を、ジリジリと体勢を変えたり。起こさないようにって。
結局は、今膝に乗っているひとの事を、延々と考えてしまうんだ。
「イノちゃん、好きだよ?」
「あなたが好き」
「イノちゃん、愛してる」
面と向かって言うのはなかなか恥ずかしい言葉を。こんな時にここぞとばかり言いまくる。
でもこれだって、どきどきするんだよ。
実は起きてたりして…とか。
そんな事考えて、ひとりで顔を赤くするんだ。
「ーーー」
反応ナシ。
ちゃんと寝てるみたいだ。
よし。ーーーそれなら…。
「あなたに会えてよかった」
「よかったって思うたび、ホントは泣けてくるんだよ?」
「あなたの隣で、歌い続けたいよ」
「一緒にいさせて」
「側にいて」
今だから、言えそう。
海と空の力を借りて。
すぅ…と息を吸って、海の向こうまで届くように。
「世界で一番、あなたを愛しています」
「⁉」
ぐいっと引き込まれたのは、イノちゃんの胸の中。
あっという間に、体勢は逆になって。
…あれ?
嬉しそうに。心底嬉しそうなイノちゃんの笑顔が真上にあって。
それを見たら…わかってしまった。
全部聞かれてたって‼
「イノちゃんっ …寝たふり⁉」
「微睡んでた。ーーーでも、目ぇ覚めちゃうでしょ、あれは」
「‼」
「隆ちゃん可愛い!好きだよ!嬉しい!愛してる!」
「っ …~~」
イノちゃん、ホント油断なんない!絶対寝てると思ったのに。
恥ずかしくて、ジタバタ暴れたら。イノちゃんは抑え込むみたいに俺を抱きしめた。
「ーーー心の内吐き出して…どう?」
「え?」
「普段言えない事、いっぱい言ってくれたでしょ?」
「ーーーーーーーーうん…」
「恥ずかしい?」
「恥ずかしいよ!」
「ーーーでも、気持ちいい?」
「ーーーうん…。スッキリ」
「じゃあ、いいじゃん?」
「ーーーーうん」
「ふふっ 」
「へへっ 」
太陽がちょうど真上のあたり。
見下ろしてるイノちゃんが、逆光で見えづらくなってきた。
ーーーだったらいいかな。
直視は恥ずかしいけど。これなら…
「ーーーイノちゃん」
「ん?」
「…なにもしないの?」
「え、」
「この体勢、絶好のチャンスじゃないの?」
「ーーー隆…」
「ねぇ…して?」
「っ …」
「イノちゃん」
逆光で表情は見えづらくなっちゃったけど。包む匂いはイノちゃんのもの。
俺とイノちゃんの前髪が混ざって、もっと絡んで。
そうだ。これもいつも思う事。
砂浜でイノちゃんとキスすると。
不思議な事に、それまで聞こえてた波音も、鳥の声も。
なんにも聞こえなくなるんだ。
イノちゃんしか、感じなくなるんだ。
車まで歩く道すがら。
イノちゃんは俺の方をちらっと見て言った。
「隆ちゃん、さっきのあれ、もう一度聞きたい」
「え?」
「世界で一番~…っての」
「!」
「もう一度聞きたいな」
甘さを含んだ、イノちゃんの声。
揺らぎそうになるけど…。
ーーーーでもダメ。
「また今度ね?」
「えぇ?」
「こーゆうのは、忘れた頃にいきなり言われるのがいいの」
「俺は毎日でも聞きたいよ?」
「でもダメ」
「ちぇー」
残念そうに不貞腐れる…ふり?
すぐイノちゃんにのせられるから、用心しないとね。
でもね?そう言ってくれたことは嬉しかったから。
「イノちゃん」
「ん?」
「手、繋ご?」
「!」
ずっと手繋いで離さなければ。その瞬間はすぐにまた来るよ。
「らぶらぶなんだね、俺たち」
「そうだよ、ずっと前からだ」
「離さないでよ?」
「隆もな?」
end
.