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●いってらっしゃい
今日は俺はオフ。
イノちゃんは朝から仕事。
『いってらっしゃい』
昨夜も何度も何度も愛し合った。
二人でベッドに入ったのは夜の10時くらいだったけど。何度目かの絶頂の後、俺が意識を飛ばしてぐっすり眠ってしまったのは、日付が変わってからだったと思う。
次の日は隆ちゃんオフだからゆっくりできるね。って嬉しそうに言ってたイノちゃん。
何言ってんの?イノちゃんは次の日仕事でしょ?って言ったのは俺。
だから早めに寝ようねって言ったのに結局…。
今思い出しても恥ずかしくなっちゃう。
それくらい、俺とイノちゃんは求め合ってしまった。
寝る前にセットしたアラーム。
イノちゃんのスマホのアラームだけじゃ心許ないからって、俺のアラームと目覚まし時計も置いておいた。
今日のイノちゃんの仕事は、何がなんでも遅刻できない仕事なんだ。
そんな絶対遅刻できない‼って意識が頭の片隅にあったのか、アラームが鳴る前に俺は目が覚めてしまった。
そーっと。
絡みついたイノちゃんの腕をすり抜けてベッドから這い出した。
まだもう少しだけ寝てて平気な時間だから、イノちゃんを起こさないように寝室を出る。
早く起きたと言っても、俺は今シャワーを浴びてる時間は無い。チラリと覗く俺の肌には、花びらみたいな赤い痕があちこちにあって。
痕の正体がわかるから、やっぱり恥ずかしくなってバスローブを羽織った。
イノちゃんを送り出したら、ゆっくりお風呂入ろう。
時計を気にしつつキッチンへ。
ポットでお湯を沸かしながら、冷蔵庫を覗いて卵を取り出す。
フライパンで卵を二つ焼く。焼いてる隣でレタスを洗って千切って、白い皿に盛り付ける。
そうこうしている内に。
シュー…‼ とポットから湯気が出て、火を止めて挽いたコーヒーをフィルターにセット。
クロワッサンを二つトースターに入れたら、俺はリビングのカーテンを開けて寝室に向かった。
ベッドサイドの時計を見ると、起こすのにちょうどいい時間だった。
横を向いて眠ってるイノちゃんの肩を揺すって、声をかける。
「イノちゃん起きて、朝だよ?」
「っ…んーー~」
「イノちゃん」
「うー…ん…」
「……」
「…くー…」
「もぉ!イノちゃん、遅刻できないんでしょ⁉」
「う…ん。あー…隆ちゃ…」
「おはよう!イノちゃん起きて⁉」
「ん…。ーーー起きた」
「ホント?」
「ーーホント…」
「ん!じゃあ後はコーヒー淹れるだけだから、シャワー浴びてきて」
「うん。ーー隆ちゃんは?」
「俺は後でゆっくりはいる」
「え~?ーー…一緒にはいろ?」
「ダメ!もう時間無くなっちゃうよ」
「隆ちゃんに触んないと元気出ない」
「ばかっ!何言ってんの!いいからさっさと入って来い!」
「ちぇー」
仕方無さそうに渋々バスルームに向かうイノちゃん。しばらくするとシャワーの音が聞こえてきた。
よしよし。
それじゃこの隙にコーヒーを淹れないとね。
寝室のカーテンもシャッ…と開けて、俺は再びキッチンへ向かった。
チン!という音で、トースターに入れておいたクロワッサンがこんがりした香りとともに焼き上がる。
お皿に乗せて、目玉焼きと一緒にテーブルに運ぶ。
もう一度キッチンに戻るとコーヒーの良い香りが漂っていた。
戸棚からイノちゃんのカップを取り出して、淹れたてのコーヒーを注ぐ。
ポットと一緒にカップもテーブルに。
そのタイミングでイノちゃんもシャワーを終えてリビングに来ていた。
「隆ちゃんありがとう、美味しそう」
「うん、先食べててね。俺イノちゃんの靴磨いてくる」
「そんな、いいよ。隆ちゃんもゆっくりしな」
「ん…、でもちょっとだけ見てくるね」
玄関に行って並んでるイノちゃんの靴を揃える。この間、新しく作ったって言ってた靴。ステージ用だけど、今日は撮影だから履いて行くって言ってた。
「綺麗な靴」
イノちゃんがいいなって思う物は、大体俺もいいなって思う事が多い。
好きなものが似てる。
それだけで、嬉しくなってしまう。
「隆ちゃん」
「あ、食べ終わった?」
「うん。美味かったよ、ご馳走さま」
「良かった」
イノちゃんが食器を下げてくれて、そのまま隆ちゃん。と呼ばれた。
「なぁに?」
「紅茶、いれといたよ」
「ーーーいつのまに」
「ん?」
「いい匂い…ありがとうイノちゃん」
「ごめんね、こんくらいしか出来なくて」
「全然!イノちゃん仕事だもん」
「そうだ、もう行かないと」
昨夜の内に用意しておいた鞄を掴んで、イノちゃんとパタパタと忙しなく玄関へ。
イノちゃんが靴を履く間、俺はその背中をじっと見る。
「靴ぴかぴか。隆ちゃんありがとう」
「うん。仕事頑張ってきてね」
「ん、」
「ーーー何時くらい?」
「夕方には帰るよ。ーーー夕飯どうする?なんか買って来ようか?」
「ん…ーーー夕方散歩するから、待ち合わせて一緒に買い物して帰ろ?」
「ん、了解!じゃあ連絡すんね?」
「うん!」
立ち上がってイノちゃんは俺の方を向いてにこっと笑う。イノちゃん今日の格好素敵だよ?
カッコいいなぁ…って見てたら。イノちゃんの手が伸びて、ぎゅっと抱きしめてくれた。
バスローブ越しにイノちゃんの手が優しく撫でてきて、ここでもまた恥ずかしくなる。
「イノちゃんっ…」
「ん?」
「…遅刻するよ?」
「まだもう少しだけ平気」
「ーーっ…」
「隆ちゃんに触れて、元気チャージして行くから」
「っ昨夜!…あんなに…」
「昨夜は昨夜、今は今。ーーーね、隆ちゃん?」
「ナニ?」
「いつもの」
「っ…!」
イノちゃんの優しい、ちょっと意地悪そうな顔で、〝いつもの〟はすぐわかる。
恥ずかしいけど、したいのは俺も同じ。
イノちゃんの肩に手をかけて、顔を近付ける。これから出掛ける彼に、めいっぱいの愛と今日一日の無事を祈って。
心を込めた、キスをした。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
end
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